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桃栗

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誰も教えてくれない聖書の読み方
私はめったに本を読むほうではないのですが、
最近、ある本に関心を持ち、購入することにしました。
ケン・スミス著、山形浩生訳の
「誰も教えてくれない聖書の読み方」(晶文社)という本です。


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この本を買おうと決意したのは、
この本の序文(訳者によるものか著者によるものかは不明)に共感したからです。
そこにはこう記されています。

聖書という本は、読む人の勝手な解釈で語られすぎてはいないだろうか。都合の悪いところは後代の創作や脚色にされるし、都合のいいところは妙な強調のされ方をする。でも聖書を、いろんな脚色を抜きにして、そこに書かれているとおりに読むとどうなる?

私は、このブログでも何度か発言していますが、
クリスチャンは聖書の中の都合の良い部分は文字通り信じるのに、
都合の悪い部分は強引な解釈を施してごまかすか、
さもなくば無視する傾向があると私は考えています。
ある部分については「聖書にこう書いてあるからその通り信じなさい」と言うのに、
理論的な解釈が不可能な部分は、比喩だのたとえだのと言って言い訳をします。
とにかく聖書の解釈に一貫性がないのです。

この「誰も教えてくれない聖書の読み方」の序文は、
まさに私の考えとぴったり一致したのです。
本の帯には「聖書がこんなに××××な本だったなんて!」と書かれています。

内容についてはあえて詳しくは書きません。
興味を持たれた方は是非本を手にとって読んでみてください。
特にクリスチャンの皆さん、
本当に神を信じているならば恐れるものは何もないはずです。
さあ、是非この本と御自分の持っている聖書を読み比べてみてください。
聖書に何が書いてあるか、先入観を持たずによくお読みください。

最後に、このような面白い本を日本に紹介してくださった訳者に感謝します。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

普通の?日記 | 23:42:43 | トラックバック(0) | コメント(4)
コメント
実に
おもしろそうですね。
早速、明日探しに行ってみます。
私自身はクリスチャンですが、自分の信じるものは妥協無く信じたいので、こういう本も大好きです。
2010-07-23 金 04:02:51 | URL | alchemist [編集]
この本は読んでないですが、気にはなってました。
読んでみよう。

バート・D. アーマン著『捏造された聖書』はかなり面白かったけど。
たぶん、近いタイプの本ではないかなと。
2010-07-25 日 07:51:25 | URL | Kazist [編集]
その本に興味はありませんが
その本に興味はありませんが、別に読む事も怖くありませんがコメントさせていただきます。

>クリスチャンは聖書の中の都合の良い部分は文字通り信じるのに、
>都合の悪い部分は強引な解釈を施してごまかすか、
>さもなくば無視する傾向があると私は考えています。

あなたがクリスチャンであったのか、そうだと思っていただけなのか私にはわかりませんが、聖書には古くからある写本があります。
プロテスタント系の牧師達は、古代ヘブライ語ではどう書かれているか、語源は何であるのか、ギリシャ語ではどう訳されたかも併せて礼拝説教や聖書勉強会等で説明しています。

日本に和歌のようなものがあるように、古典文学(予言学を含めた内容)に属する内容で勉強会を開く事もあります。

数々の事柄に興味を持つ事は良い事だと思いますし、成長させてくれる事だとも思います。ですが、あまり偏ってしまうとただの偏見や決め付けになってしまうと思います。

「つっこみどころ満載の聖書」なんていう内容のブログやホームページは、たくさんの国の人が作っています。ほとんどの方が、偏見や決めつけ、思い込みで意見をダラダラ書いているのを見るとがっかりします。

どういった教会でどういった活動をしていたのか、どういった事を学んできたのかわかりませんが、教会歴が長かった過去を持っているのであれば、もう少し読み応えがあるブログになると思います。

聖書は何故か版権があり、政治的利用や歴史、古代宗教とのかかわりで教義とされるものや、聖書の語句が書き換えられている事実はあります。

聖書の読み方なんてものに興味を持つより、何故語句がこうなったのか等現在の聖書の何故を調べるとカトリックや色々なものが見えてきます。これはこれで面白いし楽しいですよ。
2010-08-10 火 21:37:21 | URL | MAKO [編集]
Re: その本に興味はありませんが
> その本に興味はありませんが、別に読む事も怖くありませんがコメントさせていただきます。
>
> >クリスチャンは聖書の中の都合の良い部分は文字通り信じるのに、
> >都合の悪い部分は強引な解釈を施してごまかすか、
> >さもなくば無視する傾向があると私は考えています。
>
> あなたがクリスチャンであったのか、そうだと思っていただけなのか私にはわかりませんが、聖書には古くからある写本があります。

その写本が正しいという客観的な根拠はあるのでしょうか。
書き写したり翻訳したりする過程で間違いが生じると考えるのが妥当でしょう。


> プロテスタント系の牧師達は、古代ヘブライ語ではどう書かれているか、語源は何であるのか、ギリシャ語ではどう訳されたかも併せて礼拝説教や聖書勉強会等で説明しています。
>
> 日本に和歌のようなものがあるように、古典文学(予言学を含めた内容)に属する内容で勉強会を開く事もあります。

大都会の大きな教会ではそのような勉強会も行われているのでしょうが、
日本の大半のプロテスタント教会は信徒数が少ない弱小教会であり、
そのような高度な内容の勉強会を開くほどの信徒がいないのが実情です。


> 数々の事柄に興味を持つ事は良い事だと思いますし、成長させてくれる事だとも思います。ですが、あまり偏ってしまうとただの偏見や決め付けになってしまうと思います。
>
> 「つっこみどころ満載の聖書」なんていう内容のブログやホームページは、たくさんの国の人が作っています。ほとんどの方が、偏見や決めつけ、思い込みで意見をダラダラ書いているのを見るとがっかりします。

私は至極まっとうな指摘だと思いますが。
クリスチャンのほうこそ、
いかに思い込みや決め付けが多いか考えたことはないようですね。
例えば、イエスの誕生はそんなにおめでたいものでしょうか?
この時、ベツレヘムで無差別幼児大量虐殺事件が起こったのを知らないのですか?
しかも、イエスは神のお告げでエジプトへ逃亡し、のうのうと難を逃れています。
私はいつかブログで紹介するつもりでしたが、
案の定、ケン・スミス氏も本の中でそのことに突っ込んでいました。
ところが、教会のクリスマス礼拝ではこういう残酷な話は教えません。
クリスチャンは聖書も読まずに教会の話を聞くだけで
イエスの誕生がおめでたいものだと思い込んでいるのです。
ウソだとお思いでしたらマタイ2章をお読みください。


> 聖書は何故か版権があり、政治的利用や歴史、古代宗教とのかかわりで教義とされるものや、聖書の語句が書き換えられている事実はあります。

おっしゃるとおりです。
その時代、国、立場などに応じて聖書は都合よく書き換えられてきたのです。
あなたが読んでいる聖書が原典から少しも変えられていなという保障はどこにもありません。
2010-08-25 水 22:53:05 | URL | 桃栗 [編集]
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