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桃栗

Author:桃栗
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続・父と母を敬わなかったイエス様
先日、12歳の少年イエスが親を侮辱する態度を取った話を書きましたが、
さらにこの話の不自然な点についてお話したいと思います。
改めて書きますが、該当箇所はルカ2:41~51です。


イエスの生まれた「ヨセフ家」の家族構成はご存知でしょうか?
イエスは「処女マリア」から生まれたことになっていますから、
ヨセフ家の長男だったことになります。
他の兄弟についてはこのように記されています。

この人は大工の息子ではないか。
母親はマリアといい、兄弟はヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダではないか。
姉妹たちは皆、我々と一緒に住んでいるではないか。
(マタイ13:55)

この人は、大工ではないか。
マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。
姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。
(マルコ6:3)


一部名前の表記は異なりますが、
イエスには4人の兄弟と、少なくとも2人の妹がいたことになります。
つまり、ヨセフ家は一家の大黒柱であるヨセフを筆頭に、
マリア、イエス、ヤコブ、ヨセ(ヨセフ)、ユダ、シモン、姉妹「たち」の、
少なくとも9人家族だったことになります。

では、ルカ2:41~51に記されている「過ぎ越しの祭り」についてよくご覧ください。
そこにはこう記されています。

さて、両親は過越祭には毎年エルサレムへ旅をした。
イエスが12歳になったときも、
両親は祭りの慣習に従って都に上がった。
(ルカ2:41-42)


この記述で明らかな通り、
ヨセフとマリアは毎年エルサレムに行っていたことになります。
しかし、不自然なのは、他の家族に関する記述がまったくないことです。

イエスと他の兄弟姉妹との年齢差については聖書に記述がありません。
仮に、2歳ずつ年齢が離れていたとしたら、
イエスには10歳、8歳、6歳、4歳、2歳、0歳の弟と妹がいたことになります。
3つずつ離れていたとしても、
12歳のイエスの他に9歳、6歳、3歳、0歳の弟と妹がいたことになります。

マリアとヨセフは、そんな幼い子供達を何人も家に残して
イエスと3人だけでエルサレムに行ったのでしょうか?
子供を知人に預けるという方法もありますが、
それにしてもあまりにも不自然です。
また、家族全員で出かけたにしても、
当時の交通手段はらくだ、ろば、馬、徒歩ぐらいしかないでしょうから、
そんな大家族が何日もかけて旅をするのは無理があります。
たとえ家族全員で出かけたにしても、
イエスとはぐれたことに家族の誰かが気付くはずです。
丸一日もイエスが行方不明になっていることに気付かないはずがありません。
そういうわけで、この少年時代のエピソードは不自然だと考えざるを得ません。

なお、カトリックでは、イエスの母マリアを「神と人間との媒介者」と考え、
「聖母マリア様」と称して崇拝しています。
(カトリック信者はあくまでも「崇敬」だと言い張りますが)
しかし、我が子とはぐれたことに丸一日も気付かないそそっかしい人を
神との媒介者にしても良いのでしょうか?
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

新約聖書の疑問 | 00:23:18 | トラックバック(0) | コメント(10)
コメント
おっしゃるとおりです
聖書は矛盾だらけですよね。
2010-07-16 金 04:02:32 | URL | リリス [編集]
矛盾を感じません。

子と親が離れ離れになる状況はあります。

今でも途上国など、通信機能がない場所、
交通手段が限られている場所、離れ離れになる
状況は多々あります。
家族全員で旅をすることもあるでしょうし、
子供を預けて行く場合もあるでしょう。

はぐれてしまったのは、親の責任ですし、
その場所にとどまり、神殿で学者と話していたとは
凄くないですか?
私は、3人の子持ちですが、自分の子どもが
このイエスのようなことを言った場合、
驚くでしょうし、感心します。

子供のころから、神を感じ悟っているんですよ。

そのように育てた両親も尊敬します。

うちの子も、神を信じていますが、悟っていませんよ。
学者と話せるほど、神を感じていたとは
やはり凄い人だと思います。

2010-07-18 日 21:09:14 | URL | 異端 [編集]
このような子どもの言動を凄いとは思いません。
むしろ奇異に感じます。
2010-07-19 月 01:40:28 | URL | ゆま [編集]
「道連れ」(ルカ 2:44)をNASBではキャラバンと訳してますね。
家族で旅をするのは大変ですので、キャラバンに加えてもらって旅をしたということなのかなと。
過越しの祭りは、全員参加するでしょうから凄まじい人出だったのでしょう。
こういうウッカリがあるものなのかどうかは分かりませんが、迷子になったら探すのが大変な気はする。

2010-07-25 日 08:11:46 | URL | Kazist [編集]
Re: タイトルなし
> 矛盾を感じません。

> 私は、3人の子持ちですが、自分の子どもが
> このイエスのようなことを言った場合、
> 驚くでしょうし、感心します。
>
> 子供のころから、神を感じ悟っているんですよ。
>
> そのように育てた両親も尊敬します。
>
> うちの子も、神を信じていますが、悟っていませんよ。
> 学者と話せるほど、神を感じていたとは
> やはり凄い人だと思います。

よくぞはっきりと答えてくださいました。
しかし、私は常々疑問に思うのですが、
正統派キリスト教を自称するクリスチャンに限って、
はっきりと「矛盾する」「しない」と答えるのを避ける傾向にあります。
あれが不思議でなりません。
正統派なら堂々と自信を持って答えても良いと思いますが。
異端を自称する貴方がはっきりと「矛盾しない」と答えられたのが興味深いです。
2010-08-04 水 23:53:46 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 「道連れ」(ルカ 2:44)をNASBではキャラバンと訳してますね。
> 家族で旅をするのは大変ですので、キャラバンに加えてもらって旅をしたということなのかなと。
> 過越しの祭りは、全員参加するでしょうから凄まじい人出だったのでしょう。
> こういうウッカリがあるものなのかどうかは分かりませんが、迷子になったら探すのが大変な気はする。

当時のイスラエルの人口がどれほどだったのかは知りませんが、
例えば現代の日本で、初詣の人ごみの中で子供とはぐれて
心配しない親がいるでしょうか?

それにイエスが神様なら、親が心配で探していることぐらい分かるはずです。
ここに大きな矛盾を感じます。
2010-08-17 火 22:10:05 | URL | 桃栗 [編集]
とてもよい疑問点だと思いますが・・・
2:44の原文ではσυνοδίαが一行と訳されている。
本来の意味は”ともに旅をする隊”か”旅団”と言えます。

2:44の原文ではσυγγενεῦσινが親族と訳されている。ユダヤ人は名字を持っていない事から、同じ土地に属する者も親族としていた可能性がある。英語ではextended familyと訳されているので、かなり広い意味での親族だと思われます。

2:44の原文ではγνωστοῖςが知人と訳されている。英語ではwell knownと訳されているので、知人よりも友人、それも生活を共にしている友人と言える。

以上の事を鑑みて、この旅団は普段から生活を共にする親しい家族や友人で構成されていたと思われる。

過越の祭りやはモーセ5書から推測されるに全ユダヤ人に課せられた義務的な命令にもみられる。よってこの旅団を構成する人数は一つの村の人口程はあったと考えられる。

数百から数千人の旅団が、数日かけて祭りの喧騒から離れた。そして荒野でキャンプを張る時に、ヨセフとマリアはイエスがいない事に初めて気づいたのではないだろうか。

ヨセフとマリアはイエスが親しい友人と共にいるか、家族として付き合っている友人の幕屋にいつものごとく身を寄せていると思っていた可能性は否めない。

現代の各家族社会からは想像できない程当時のユダヤ人は拡大家族だった事は今日のユダヤ社会からも想像できます。

よって子供が丸一日行方不明であり、それに親が気付かない事は、当時の社会では十分に考えられます。

イエスの少年時代のこのエピソードは確かに不自然に感じられますが、それは現代の価値観から見た場合です。

想像してみて下さい。

沢山の子供がいて、両親や隣近所の人達が自分の子供と分け隔てなく一緒に子育てをしている。
家も自分の家というよりは、誰もが自由に出入りし、皆で一緒に家族として暮らしている社会。

このようなエピソードが生まれない可能性も、またありません。

ではでは~
2010-11-23 火 14:28:09 | URL | トチ [編集]
兄弟がいる件
カトリックでは、これら兄弟の話が出てきても"従兄弟も兄弟と言ったんだ"として、彼らが兄弟だと認めず、
イエスがあくまで一人っ子だったと強調しようとします。

兄弟がいたら"神っぽい"感じが薄まるからかしら…。
2011-11-03 木 22:47:07 | URL | かな [編集]
Re: 兄弟がいる件
> カトリックでは、これら兄弟の話が出てきても"従兄弟も兄弟と言ったんだ"として、彼らが兄弟だと認めず、
> イエスがあくまで一人っ子だったと強調しようとします。

実に興味深いお話ありがとうございます。
結局、都合の悪い箇所は強引にな解釈を施してつじつまを合わせるのですね。
キリスト教はエホバの証人などを「聖書の解釈が間違っている」と非難しますが、
キリスト教だって人に言えませんよね(笑)。


> 兄弟がいたら"神っぽい"感じが薄まるからかしら…。

マリアが「処女懐胎」したことになっているのも、
普通にセックスしていたら「聖母っぽい」感じが薄まるからでしょうね。
2011-11-06 日 00:06:03 | URL | 桃栗 [編集]
・労働者階級の家に、私生児として生まれる
・稼業が嫌で家出。以降定職もなくフラフラしながら
既存宗教の手口を学ぶ
・突如神の子を名乗る
・水の上を歩いた、パンを増やした、瞬間移動した、病気を治した等と
宣伝して回る
・貧乏人の信徒を得るために権力階級、金持ち、既存宗教は
残らず地獄行きと言い始める
・なんだかんだで処刑。処刑間際まで
「俺は神を呼べるけど今は呼ばない」という邪気眼
・残った信者が「生き返った」とか言って回る
オウムの上位互換
新興宗教と世界宗教の違いなんて信徒の数と歴史の長さだけや
2017-04-21 金 03:23:35 | URL | 盆暗庫子 [編集]
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