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桃栗

Author:桃栗
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もしもアブラハムが現代にいたら?
クリスチャンの方なら、アブラハムのことは良くご存知でしょう。
創世記第11章26節で「アブラム」として誕生、
そして、同17章5節で、神に命ぜられてアブラハムと改名しています。

あなたは、もはやアブラムではなく、アブラハムと名乗りなさい。
あなたを多くの国民の父とするからである。
わたしは、あなたをますます繁栄させ、諸国民の父とする。
王となる者がたちがあなたから出るであろう。

(創世記第17章5~6節)

神にこのように言われたぐらいですから、
よほど神の信頼を得ていたのでしょう。
が、もしもこのアブラハムが現代に生きていて、
聖書に書いてある通りの行動を行ったらどうなったでしょうか?


旧約聖書の創世記第22章をお開きください。
ここに、アブラハムと息子イサクの有名な話が記されています。
話の内容を要約すると次の通りです。

アブラハムは、イサクを生贄に捧げるように神様に命ぜられます。
そして、アブラハムは息子イサクに重い薪を背負わせ、
自分は軽い?刃物を持って神に言われたとおり山に登ります。
その道中、イサクは父に「献げものにする子羊はどこにあるの?」と聞きます。
父アブラハムは、「それは神が用意してくださる」とウソをつきます。
山に着くと、アブラハムは祭壇を築いて薪を並べ、
息子イサクを縛ってその上に載せ、
神の命令どおりに刃物で殺そうとします。
その瞬間、天の御使いの声が聞こえます。
「アブラハムよ、その子に手を下してはいけない。
あなたが神に忠実な者であることがわかった」

こうして、教会ではアブラハムは神に忠実な者だと教えられています。
が、よくよく考えてみてください。
もしも彼が現代に生きていて同じことをしたらどうなったでしょうか?
児童虐待殺人未遂で逮捕されるのがオチです。
そして、いくら彼が「これは神が私に命じたのだ」と主張したところで、
一体誰が信じるでしょうか?
それとも、クリスチャンなら信じてあげられますか?

キリスト教の世界では、聖書に書かれていることはすべて実話であり、
一つも誤りも欠点もないとされ、
クリスチャンはそれを信じていることになっています。
しかし、もしも聖書に書かれていることと同じことが目の前で起こったら、
果たしてそれを大いなる神の御業(みわざ)として褒め称えることができたかどうか、
甚だ疑問です。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

もしものコーナー | 21:06:23 | トラックバック(0) | コメント(12)
コメント
別に現代でなくても
当時でも、非難はされたでしょうね。主が止めてくれたから良かったようなものの。

逆に、殺人未遂や幼児虐待は、試練の現代的形の一つとなるのではないでしょうか。アブラハムはやったでしょう。そして、主が「ちょっとまて」と止めてくれたらいいものの、止めてくれなければ・・・。

いずれにせよ彼にとっては、主の命令が大切であって、他人に非難されようとも、罪に問われようとも、現代においてはあなたもしくは私に何か言われようとも、大きな問題ではないのでしょう。

社会的に意味ではこれはキリスト教に限らず、信仰を持つということの問題の一局面といえると思います。

「もしも聖書に書かれていることと同じことが目の前で起こったら」
ということも「アブラハム目線」と「当時の山にすんでいた1目撃者の目線」では違ってくると思います。

ただ、一般論として、有限の人間が何の疑問も無くある事実を「大いなる神の御業(みわざ)として褒め称える」ということは難しいと思えます。
そこに「信じる」ということが入らないかぎりは。


2009-07-25 土 10:13:39 | URL | う~ん [編集]
そうですねえ、アブラハムは「信仰第一」だったので(良くも悪くも)尊敬されているわけですけれども。
もし時代が旧約でなく新約だった場合でも、イエス当たりから「律法主義者」としてこっぴどく言われたでしょうね。
アブラハムを擁護するとすれば、この話で問題にしたかったのは「神にゆだねる」であって、別にアブラハムが息子をいけにえにしようがアブラハムが自らいけにえになろうが、関係なかったのか…。ううむ。
2009-07-25 土 11:34:27 | URL | るーく [編集]
毛嫌いにも似たようなのが感じられる文ですねぇ・・・w

昔と当時を一緒に考えちゃだめなような気もしますけど。。。だって神様はふさわしい時に事を行われるらしいし。

アブラハムのところは特に重大だったから、救いの民族の最初の時にこれをする必要があったわけで、今あったら…って考えるのはなんか無意味な気もするって考えてしまいます。

「アブラハムは神が死者のうちからも人を復活させることができると信じた。そのことは彼が義とされるにふさわしいとみなされた。」


キリストの復活を信じる者は義とされると言われてますけど、そのひながたってやつですか?


まぁ現代であったとするなら、それはそれで神様がそのような大きな意味を入れてるから、褒めたたえるんじゃないかなぁ。
この人は凄い!ってクリスチャン いますしね。
でも、自分だけは中身もわかるから、正直苦しんで不満を言う自分には無理かもしれないと思います。

と、正直聖書を語れるほど理解出来てるものでもありませんが…(((*´ε` *)
2009-07-25 土 22:10:39 | URL | ムス [編集]
誰とは言いませんが
同一人物で複数の名前を使い分けて投稿するのはおやめください。
もうここには書き込まないと言ったはずではありませんか?
2009-07-26 日 00:36:25 | URL | 桃栗 [編集]
確かに、書き込まないと言いました。
嘘でしたね。それは僕の負い目です。
本当に申し訳ありません。

僕自身いま、とても不満を呟いたりしてしまうのですが、キリストや聖書に反しているのを見ると、どうしても反発してしまいたくなるのです。

名前、変えたのですが、きんしわーどがはいってるらしくて、毎度書き込めなかったのです(ノ_・。)
2009-07-26 日 13:33:07 | URL | あの~ [編集]
本当は、ネットで名前を統一するつもりだったのですが…

そして、上でも書いたとおり、僕も不満をたくさん吐くものです。
今ブログも書いていてそこではたくさん吐いていて、むしろ咎められたりしたこともあります。
本当はURLも結構前からはろうとしていたのだけど、何がきんしわーどかわからないので…


反キリストを説こうとして安心感を得たかったのかもしれません。(思考ではそんなこと考えてるつもりはありませんでしたが)
でも、、、やっぱり気になるサイトの一つで、ネットサーフィンばっかしていると来てしまうのです。。。
派ずかしいけど(*´ε` *)
2009-07-26 日 13:43:17 | URL | あの~ [編集]
まとめてレスさせていただきます
やはり、クリスチャンの方はこういう質問には
イエス、ノーではっきり答えるのを無意識に避ける傾向がありますね。
そして、いろいろと言い訳を並べ立てて
結局何が言いたいのか分からない回答ばかりです。
要するに、「素直には信じられない」というのが本音でしょう?
それが言えないからのらりくらりと長文を並べ立てて
ごまかしているだけです。
違いますか?
もしも信じられるならはっきりと「はい、信じます」と言い切れるはずです。
2009-08-16 日 16:40:57 | URL | 桃栗 [編集]
>キリスト教の世界では、聖書に書かれていることはすべて実話であり、一つも誤りも欠点もないとされ、クリスチャンはそれを信じていることになっています。
わたしは科学と聖書を比較するようなことはしません。聖書には非科学的なことも書かれているので、科学で証明されていることと比べて「どっちが正しい?」と議論することはナンセンスです。創造論か進化論かとも良く言われますが、科学的には進化論が正しくて、信仰的には創造論が正しいと思います。つまり聖書は物事の意味付けと思って読んでいます。
ところで意外と歴史的な部分で実話も入っているようなのでそこはこれから学者によってますますはっきりしてくると思います。
2009-10-05 月 23:15:03 | URL | ぶる [編集]
Re: タイトルなし
> >キリスト教の世界では、聖書に書かれていることはすべて実話であり、一つも誤りも欠点もないとされ、クリスチャンはそれを信じていることになっています。
> わたしは科学と聖書を比較するようなことはしません。聖書には非科学的なことも書かれているので、

「聖書には非科学的なことも書かれている」ではなく、
「聖書には非科学的なことしか書かれていない」でしょう。
神が一週間で天地創造をしたとか、土からアダムを造ったとか、
アダムのあばら骨からエバを造ったとか、
ヘビがエバに話しかけて木の実を食べさせたとか、
聖書はいきなり非科学的な話ばかりで始まります。
そして、新約聖書の一番最後のヨハネの黙示録ですが、
改めて純粋に文学作品として読んでみると、
オカルトの世界としか思えません。

>科学で証明されていることと比べて「どっちが正しい?」と議論することはナンセンスです。

つまり、科学の世界に真っ向から対抗しても勝ち目がないから
そうやって言い訳して逃げているだけでしょう。

>創造論か進化論かとも良く言われますが、科学的には進化論が正しくて、信仰的には創造論が正しいと思います。つまり聖書は物事の意味付けと思って読んでいます。

「科学的には進化論が正しい」は分かりますが、
「信仰的には創造論が正しい」とはどういう意味でしょうか?
「信仰的」という言葉は私の手元にある辞書に載っていません。

あなたはクリスチャンでありながら「創造論だけが正しい」と言えないのは、
科学を信じる人から批判されるのを恐れているからです。
かと言って「科学の方が正しい」と言ってしまうと聖書を否定してしまうことになり、
どっちに答えてもクリスチャンとしては実に都合が悪い立場となります。
だから「科学的には~、信仰的には~」というあいまいな言葉を用いて
批判をかわそうとしているだけです。
2009-10-24 土 23:18:47 | URL | 桃栗 [編集]
まず、誤解がありますね。

》もしも彼が現代に生きていて同じことをしたらどうなったでしょうか?
児童虐待と殺人未遂で逮捕されるのがオチです。


ここが間違いです。
当時であっても、児童虐待と殺人未遂で逮捕されたでしょう。

だからこそ、二人だけで人の居ない山にわけ行ったのですから。

ちなみに、このモレヤ山にソロモンがエルサレム神殿を建てました。

また、イサクが捧げられかけた岩を囲むように、岩のドーム、別名、黄金のドームが建てられ、イスラム教第三の聖地になっています。

そして、長野県の諏訪大社の御神体も守屋山です。
御頭祭は、江戸時代には、このイサクの故事に基づいて、同じ寸劇が行われていました。
2011-09-08 木 20:22:55 | URL | タコ [編集]
 親に叛(そむ)く子は不孝。
 君主に叛く民は国賊。
 ならば、神(大いなる父にして君主)は彼に叛く人間を何者として見なすだろうか? 人間でさえ
自分に仇なす者に好意的に接する筈がないというのに。
 そもそも信仰は神への従順と服従と献身。 現時点では、一般人の常識に反していることが多い。預言者(神の派遣した代理人)によって神の声が語られるときは、自己と世界の変革のとき。
世俗の価値観と聖なる価値観の衝突。どちらを選ぶべきかは言うまでもない。これが信仰者は
いつも天から試されている。そうでなかったら、
なぜアブラハムはイサクを生贄に差し出したというのです?
2014-04-19 土 20:50:19 | URL | GB [編集]
Re: タイトルなし
>  親に叛(そむ)く子は不孝。
>  君主に叛く民は国賊。
>  ならば、神(大いなる父にして君主)は彼に叛く人間を何者として見なすだろうか? 人間でさえ
> 自分に仇なす者に好意的に接する筈がないというのに。
>  そもそも信仰は神への従順と服従と献身。 現時点では、一般人の常識に反していることが多い。預言者(神の派遣した代理人)によって神の声が語られるときは、自己と世界の変革のとき。
> 世俗の価値観と聖なる価値観の衝突。どちらを選ぶべきかは言うまでもない。これが信仰者は
> いつも天から試されている。そうでなかったら、
> なぜアブラハムはイサクを生贄に差し出したというのです?

難解なな日本語を使って非信者を煙に巻くのはやめてくださいね。
2014-04-26 土 13:34:48 | URL | 桃栗 [編集]
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