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桃栗

Author:桃栗
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神は悪魔を創造したのも「良しとされた」?
キリスト教の世界では、
すべての人間は生まれながらにして罪人(つみびと)ということになっています。

まず、旧約聖書の冒頭の創世記によれば、
全知全能の神によってこの世の万物は創造され、
最初の人類としてアダムとエバ(イブ)がエデンの園に造られました。
神は、当初は人間を完璧で汚れのないものとして造っていました。
ところが、悪魔(サタン)が現れてアダムとエバをそそのかし、
神が「食べてはいけない」と忠告していた
禁断の果実(善悪の知識の木の実)を食べさせてしまいます。
その結果、人間の心に悪が入り込んでしまい、
それ以降、すべての人間が罪人になってしまいました。
人間の世界で悪いことが起こるのは
アダムとエバがあの木の実を食べて人間が罪人になったからです。

・・・と、キリスト教の世界ではだいたいこんな解釈がなされています。
すると、ここでひとつの疑問が起こります。
全知全能の神は、なぜ「悪」も一緒に作ってしまったのかということ。


創世記第1章には、神が万物を創造された過程について記されています。
初めに光(昼)を創造し、次に闇(夜)を創造、
そして水、空、地面、植物、太陽、月、星、動物、人間などを
6日間かけて次々と創造していきます。
聖書によれば、神は毎日新しいものを造るたびに
「神はこれを見て、良しとされた」と記されています。
この「神は~を見て、良しとされた」という言葉は1日ごとに記されていますから、
第1章になんと6回も登場します。
そして第1章の最終節の31節には、

神はお造りになったすべてのものを御覧になった。
見よ、それは極めて良かった。


と、あります。
つまり、神は毎日その日に造ったものを「良し」とされ、
すべて造り終えたときには「極めて良かった」と締めくくっているわけです。
というわけで、この世は完璧なものとして造られたのです。

ところが、第3章の冒頭にはいきなり悪魔(サタン)が登場します。
いえ、正確には悪魔ではなく「蛇」です。
悪魔やサタンという言葉はこの箇所にはありませんが、
キリスト教の世界ではこの蛇が悪魔、サタンと考えられ(黙示録第12章9節)、
アダムとエバはその悪魔の誘惑に負けて禁断の果実を食べてしまいます。
そして、二人は自分たちが裸であることにここで初めて気付きます。
人間が裸を恥ずかしがる理由はここにあるとされています。
同時に人間の心には「悪」が入り込み、
アダムとエバの長男カインが
人類史上初の?殺人事件(創世記第4章)を起こしたのを始め、
人間社会にさまざまな事件や災いをもたらすことになった、
ということになっています。

では、もう一度創世記第1章を読み返してください。
神は万物を創造されたときに、
一日ごとに「それを見て、良しとされた」わけで、
最後はすべてをご覧になって「極めて良かった」と締めくくっています。
そして、創世記第3章の冒頭に、
「主なる神が造られた生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。」とあります。

とうことは、神がエデンの園に禁断の果実を置いたのも、
悪魔である蛇を造ったのも、神にとっては「良し」ということなのでしょうか?
その結果、人間の心に悪が入り込んだのも、
神にとってはすべて「良し」ということなのでしょうか?
聖書を文字通り読むと、そういう風にしか解釈できないのですが。
それとも、私の理解が間違っているのでしょうか?

すでに、あのザビエルが来日して伝道活動をしていたときに、
こう尋ねた日本人がいたそうです。
「全能の神はなぜ悪も一緒に造ったのか」
この質問に対して、ザビエルは答えに窮したそうです。
「ザビエルも困った「キリスト教」の矛盾を突く日本人」を参照)

クリスチャンの皆さん、ザビエルでさえ答えられなかったこの質問に、
どうお答えになりますか?
1%にも満たない日本のクリスチャン人口を増やしたいとお思いでしたら、
誰もが納得するような答えを用意していおいた方がよろしいかと思います。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

旧約聖書の疑問 | 00:07:44 | トラックバック(0) | コメント(56)
コメント
桃栗さまの解釈は間違っていないと思います。むしろ正しい解釈でしょう。
しかしここで考えたいのは、『神』にとっての悪と『人』にとっての悪ということです。
神が在ると仮定しようと、無いと仮定しようと、それについては微妙なところです。戦場で一人殺すことと、日本で10人殺すことの違いのような、至極難しい問題ではないでしょうか。
悪があって初めて、よしとされた、と考えてもいいんじゃないでしょうか。

今ある存在よりももっとひどいものが、本当はあって、それは神は作らなかった、とか…?
神がいようといまいと、人は何か欠けたものを持っている人は見下しますし、それを忌み嫌って悪と名付けることもあります。
悪もひっくるめて、よしとしたんじゃないでしょうか?
2009-03-02 月 11:23:08 | URL | るーく [編集]
予想通りのコメントでした。
確かに、聖書を文字通り読めば神にとって「良し」ということなのでしょう。
しかし、だとすると、神は恐ろしいほどサディスティックだと思わざるを得ません。

この世を一旦は完全なものとして造っていながら、
あえて「悪」の元であるあの木の実と蛇をエデンの園に置き、
二人が食べるのを黙って見ておきながら、
食べた後になって罰を与えています。
カインがアベルを殺したときも、神は天から黙って見ておいて、
事が起こった後にお怒りになっています。
もっとも典型的なのが「ノアの箱舟」でしょう。
神を信じるノアとノアの家族だけを残し、
全ての人類を水に沈めたのですから。
どうしていつも神は事が起こってから罰を与えるのでしょうか?

この世に悪がはびこるのが神にとって「良し」とされることなら、
何も人類を滅亡させることはないんじゃないでしょうか?

ノアの箱舟の話は、創世記第6章から始まっています。
そこには、人類の繁栄と共に地上に悪がはびこるのを神がご覧になって、
「地上に人を造ったことを後悔し、心を痛められた」(創世記第6章5節)とあります。
同、7節目にも「わたしはこれらを造ったことを後悔する」と、
神自身のセリフがあります。

後悔するぐらいなら、最初から造らなければいいのにと思いません?
神が全知全能なら、これから先何が起こるかぐらい分かるはずだと思うのですが。
2009-03-07 土 11:57:04 | URL | 桃栗 [編集]
『後悔』という感情が、神にあるとは私には思えません。それは所謂『ピンとくる』というやつではないでしょうか。そうでないとすれば、神そのものが不完全だという証拠になるんじゃないでしょうか。
感情があるということは感情に左右される点が少なからずあるわけですから。その点で、『後悔した』という描写があるということは、神にも欠点がある、即ち不完全であるという証拠なんじゃないかと。

もしくは、はじめから悪があるとわかってて作ったんじゃないでしょうか。アダムとイブの罰にしろ、大洪水にしろ、『神のご計画』の一端だったとか。
神は結局、地上をドラマ感覚で見ているのかもしれませんね^^;
2009-03-08 日 16:55:00 | URL | るーく [編集]
神(創造主)は絶対なので誰も逆らってはいけない。御心を受け入れなさい。聖書とは神が無茶苦茶な存在だ。しかし、逆らうとこうなるということが、これでもか、これでもかというオンパレードが書かれている書物です。まだわかりませんか。
2009-03-08 日 21:04:36 | URL | ぴぴ [編集]
びびさま>
しかし、受胎告知の際にマリアは疑問を投げかけましたよね。神はそれについてとがめていませんよ。御心に疑問を抱くことが悪だということは、それは思想統制というものではありませんか。すくなくともそれは愛ではないと思いますが。
2009-03-09 月 20:03:23 | URL | るーく [編集]
るーくさま>

疑問と逆らうこととは違います。
マリアが「私は男を知らないのに」のくだりのことをおっしゃていると思われますが、これは純粋な疑問をなげかけているだけですので問題はないと思われます。
 ところで、私はびびではなく、ぴぴです。
2009-03-14 土 01:09:44 | URL | ぴぴ [編集]
Re: タイトルなし
> 『後悔』という感情が、神にあるとは私には思えません。

創世記第6章には、「後悔」という言葉が少なくとも2回も出てきます。
聖書は神の言葉であり、その記述に間違いが一つもないのであれば、
神にも後悔する感情があるということになりませんか?

> 感情があるということは感情に左右される点が少なからずあるわけですから。その点で、『後悔した』という描写があるということは、神にも欠点がある、即ち不完全であるという証拠なんじゃないかと。

それではキリスト教の神様は全知全能ではないことになりますね。

> 神は結局、地上をドラマ感覚で見ているのかもしれませんね^^;

それをサディスティックというのではないでしょうか。
2009-03-15 日 12:25:22 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 神(創造主)は絶対なので誰も逆らってはいけない。御心を受け入れなさい。聖書とは神が無茶苦茶な存在だ。しかし、逆らうとこうなるということが、これでもか、これでもかというオンパレードが書かれている書物です。まだわかりませんか。

私が信仰を捨て、改めて一般人の視点で聖書を読んでみると、
なぜ聖書の矛盾点に気付かなかったのか不思議に思います。
結局、私の目に信仰という名のフィルターがかかっていたのでしょう。
2009-03-15 日 12:28:10 | URL | 桃栗 [編集]
ぴぴさま>>
大変失礼いたしました。

桃栗さま>>
残念ですが聖書は完璧な神の言葉ということについて、私は賛同しかねます。どちらかというと、抽象的なものに感じるのです。ですから、『後悔』という言葉は、神が後悔したというよりも、(人に例えると)神が後悔した、と思ってしまうのです。
2009-03-15 日 17:19:18 | URL | るーく [編集]
解らない事があれば
エレミヤの部屋を見ていただけると
良いかも
2009-04-09 木 12:12:43 | URL | 名前を入れてください [編集]
very good
>最後はすべてをご覧になって「極めて良かった」と締めくくっています。
>そして、創世記第3章の冒頭に、
>「主なる神が造られた生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。」
>とあります。
>
>とうことは、神がエデンの園に禁断の果実を置いたのも、
>悪魔である蛇を造ったのも、神にとっては「良し」ということ
>なのでしょうか?
>その結果、人間の心に悪が入り込んだのも、
>神にとってはすべて「良し」ということなのでしょうか?
>聖書を文字通り読むと、そういう風にしか解釈できないのですが。
>それとも、私の理解が間違っているのでしょうか?

はい、あなたの理解が間違っています。完璧(complete)ではなくて、聖書には it was very good と書いてあるだけです。これは good より優る、excellent より劣るという評価です。 なぜ全知全能の神が、万物創造を完璧にしなかったか? これを考えてみてください。
2009-09-16 水 14:26:46 | URL | ゲット [編集]
Re: very good
> はい、あなたの理解が間違っています。完璧(complete)ではなくて、聖書には it was very good と書いてあるだけです。これは good より優る、excellent より劣るという評価です。

ええ、少なくとも確かに日本語の聖書には完璧だとは書いていませんね。
では、「神は悪を造ったことを”極めて良し”とされた」ということで正しいのですね?
そんな教えを一般人に説いたところで、どれほどの共感が得られるでしょう。
ザビエルがあの質問に答えられなかったのは「答えが分からなかった」のではなく、
「神は悪を造ったことを良しとされた」と言ってしまうと、
日本人の共感が得られなくなると思ったからではないでしょうか。
何と言っても彼が日本に布教に来たのは、日本を彼らの植民地にするのが目的でしたからね。
しかし、それは失敗しました。
私たちの賢い祖先に感謝します。

>なぜ全知全能の神が、万物創造を完璧にしなかったか? これを考えてみてください。

人に考えさせる前に自分の考えを書いたらどうですか?
自分が答えられないものだから、そう言ってごまかしているだけでしょう?
2009-10-02 金 22:10:39 | URL | 桃栗 [編集]
机上の空論はあなたを地獄に誘う
幻の内に主のお姿を見、疑問等がある時は、聖霊様が横に立って色々教えて下さるというtakaponこと、私が一言コメントさせて頂きます。まず、主は、ロボットを創造されたのではない。自分の意思で何があっても、主を愛し続ける者を探しておられます。ルシファーは、第一の天の下で、爬虫人類(今で言う「恐竜」)の大祭司として創造されたが、高慢になり、主が激高されて地上も天の上も全て滅ぼされました(イザヤ45:18参照) 。ですから、太陽を創造される前に光ができたし、聖書に恐竜時代のことが書かれていなくても、恐竜の化石が出たりする。主の御思いは、私達の考えよりはるかに高く、思いもつきませんが、想像することを許して下さるとして、思うには、ルシファーが今のサタンになることも全部知っておれた(だから千年期の後しばらくサタンが活動することを許しておられる)し、人類がサタンにそそのかされることも知っておられました。それでも人類を創造されたのは、主を愛し、殺されるようなことがあっても、また、自分には何もできなくても、従い続けようとする者を探しておられるからだと信じます。
2009-11-25 水 17:57:11 | URL | takapon [編集]
悪が何故存在するのか?
私はクリスチャンですが、その立場から、発言させていただきます。
神がこの世界と万物とを創造された時、「神が造ったすべてのものを見られたところ、
それは、ははなはだ良かった。(創世記1-31)」ですので、
呪われるべきものは、何ひとつ無かったわけです。
創造の第6日目に、神にかたどられて人間が造られました。
神は(愛する対象として)御自分と交わるために人間を造られました。
ですから、人間は他の生き物(動物)とは、全然違う存在として造られたわけです。
神は、人間が愛する対象であるからこそ、自由意志を持たせて、
自分の意志によって神御自信を愛することを望まれました。
ここに罪が入り込む可能性が出てきます。
つまり、与えられた自由意志によって神に背くことも出来るわけです。
最初の人、アダムは残念ながら、罪のほうを選んでしまいました。
ですので、神が悪を造られることはありえません!
悪(罪)がこの世にはびこるのは、人間が自分の意志によって、光よりも闇を愛したから、
そうなってしまうだけです。
しかし、人間の全部が全部悪を愛する者かというと、
・・・どんなに曲がった時代にあっても、神を愛し、神を求める人は必ず存在します。
神様が欲しがっているのは、そういう人間なんです。
2010-11-21 日 00:38:25 | URL | ふくろう [編集]
うーん。。やっぱり怖い。
地獄へ落ちる、とかそういう言葉で不安をあおったりする
お前は間違っている、と断罪する・・・

こういったものが宗教の本質なのでしょうか?
だとしたら、自分は宗教に入信することは未来永劫無いでしょうね・・
2010-11-22 月 11:22:28 | URL | とらさぶろう [編集]
悪とは
Dr. Yoon-Hee Kim’s OT6030 Pentateuch & Historical Books
2010/11/17 2009122267 SHIN Jung bum
Reading Assignment of the Pentateuch Bible and Wolf

Historical Books 100% Howard 100% Sailhamer 100%

Chapter title
Joshua
1. The Death of Moses
2. The Spy
3. The Lord’ Ark
4. The Twelve People
5. The commander of the Lord’s army
6. The fall of Jericho
7. Consecrate yourselves
8. Do not be afraid
9. The Gibeonite deception
10. Lord fight for Israel
11. The northern kings were destroyed
12. Kings
13. The place of Israel
14. Division of the land
15. The land of tribes
16. The land of tribes
17. The land of tribes
18. The land of tribes
19. The land of tribes
20. The land of exile
21. The land of tribes
22. The rebellion
23. The warning
24. The death of Joshua

Judges
1. Israel fights
2. The rebellion of Israel
3. Ehud’s success
4. Woman prophet Deborah
5. The song of Deborah
6. Gideon
7. The fight of Gideon
8. Zebah and Zalmunna
9. Abimelech
10. God upset to Israel
11. Jephthah
12. “Shibboleth”
13. The birth of Samson
14. The rebellion of Samson’s wife
15. Samson killed thousand Philistines
16. The death of Samson
17. Micah
18. Danites
19. Levite’s Concubine
20. The destroy of Benjamites
21. Wives for the Benjamites

Ruth
1. Naomi and Ruth
2. Boaz
3. Ruth sleep with Boaz
4. Boaz marries with Ruth

1 Samuel
1. The birth of Samuel
2. The pray of Hannah
3. Lord calls Samuel
4. The Ark is lost
5. The Ark brought Disease
6. The Ark is buck
7. The repentance of Israelites
8. People want to have King
9. Samuel meets Saul
10. Samuel anoints Saul
11. Saul is elected the King of Israel
12. The preaching of Saul
13. Saul’s disobedience
14. Jonathan’s disobedience
15. Lord rejects Saul
16. Saul meets David
17. David killed Goliath
18. Saul jealous David
19. Saul try to kill David
20. David and Jonathan
21. David becomes crazy
22. Saul killed Lord’s prophets
23. Saul pursues David
24. David reconcile with Saul
25. The death of Samuel
26. David reconcile with Saul again
27. David exiled
28. Saul and Witch of Endor
29. Achish send David
30. David destroys the Amalekites
31. The death of Saul

2 Samuel
1. The song of David for Saul and Jonathan
2. The anointed of Davit
3. The death of Abner
4. Ish Bosheth murdered
5. David become a king of Israel
6. The ark brought to Jerusalem
7. God blessed David
8. David victory over Philistine
9. David treated Mephibosheth
10. David defeats the Ammonites
11. David committed sin with Bathsheba
12. Nathan rebukes David
13. Amnon and Tamar
14. Absalom comes buck to Jerusalem
15. Absalom’s conspiracy
16. David and Ziba
17. Ahithophel
18. The death of Absalom
19. The grief of David
20. Sheba against David
21. The revenge of Gibeonites
22. The song of David
23. The mighty men of David
24. David builds an Altar

1 Kings
1. Solomon will be king
2. Death of David
3. Solomon receive wisdom from God
4. Solomon becomes king
5. Prepare to build the temple
6. The temple of Solomon
7. The palace of Solomon
8. The ark brought to the temple
9. The LORD meets Solomon
10. The queen of Sheba meets Solomon
11. Solomon’s 1000 wives and his death
12. Israel rebels against Rehoboam
13. The man of God from Judah
14. Meet the Prophet Ahijah
15. Abijah king of Judah
16. Elah, Zimri, and Omri king of Israel
17. Elijah
18. Elijah and Obadiah
19. The LORD meets Elijah
20. Ben Hadad attacks Samaria
21. Naboth’s Vineyard
22. Jehoshaphat king of Judah

2 Kings
1. Ahaziah
2. Take Elijah up to heaven
3. Ahab king of Israel
4. Widow’s oil
5. Healing of Naaman
6. Elisha with horses and chariots of fire
7. The Siege lifted
8. Hazael murders Ben Hadad
9. Jehu becomes king of Israel
10. The death of Ahab’s family
11. Athaliah and Joash
12. The temple is repaired
13. Jehoahaz king of Israel
14. Amaziah king of Israel
15. Azariah king of Judah
16. Ahaz king of Judah
17. Hoshea king of Israel
18. Hezekiah king of Judah
19. The prayer of Hezekiah
20. Hezekiah is healed by God
21. Manasseh king of Judah
22. The book of the law is founded
23. Renew the covenant
24. Jehoiakim, Jehoiachin, and Zedekiah, king of Judah
25. The fall of Jerusalem

1 Chronicles
1. Historical record
2. The sons of Israel
3. The sons of David
4. The clans of Judah
5. The sons of Levi
6. The tribes
7. The tribes
8. The sons of Benjamite
9. The people in Jerusalem
10. The death of Saul
11. David becomes king of Israel
12. Warriors
13. The ark brought back
14. David’s house and family
15. The ark brought to Jerusalem
16. The thanks prayer of David
17. The prayer of David
18. The victory of David
19. The battle against the Ammonites
20. The capture of Rabbah
21. Census of Israel
22. Prepare for the Temple
23. The death of David and Solomon becomes king of Israel
24. The division of priests
25. The singers
26. The division of the gatekeepers
27. The division of armies
28. The planning for the temple
29. Building the temple

2 Chronicles
1. LORD gives wisdom for Solomon
2. Prepare for the temple
3. Building the temple
4. The temple’s furnishings
5. The building temple is finished
6. The prayer of Solomon
7. The dedication of the temple
8. Solomon’s other activities
9. Meet the queen Sheba
10. Israel rebels against Rehaboam
11. Rehoboam
12. Shishal attacks Jerusalem
13. Abijah becomes king of Judah
14. Asa becomes king of Judah
15.




Ezra

Nehemiah

Esther


なぜ神が悪を作ったのか?

とても大きなテーマの疑問点ですよね。もしこれがわかれば、神が一体どんな神なのか、その理解に一歩近づくと思います。

その前に、悪とは一体何なのか?

悪とは存在ではなく、行動の結果によって生じるものです。

たとえば、人は話をする事が出来ますが、話をする事が悪ではありません。
嘘や人を傷つける話をした時、それが悪とみなされます。

ですので、知恵の実を食べる事は何も悪い事ではありません。
ただ、「食べてはいけない」と言われていたのに、食べた事が悪となったのです。

ですので、神が悪をつくったのではなく、神が作ったものを良い事に使わないで、悪い事に使ったのです。

経験あると思いますが、スパナで釘を打った事はありませんか?
本来はハンマーで打つのですが、ハンマーがない時によくします。
スパナで釘を打てば、スパナは壊れてしまいます。

ギリシャ語の原文では罪とは“本来の目的に従わず、的外れな事をする”という意味があります。

悪とは、本来人が行動するべき事ではない、という事です。

Intelligent Human Being という人間のひとつの定義があります。
知的に人間らしくある、と日本語に訳せるでしょうか。

人間らしく知的に生きる結果が、人間であるという事でしょう。

非人間的で、無知に生きる結果が、人間ではないという事でもあります。

ですので、悪とは神がつくったものではなく、神がつくったものを本来の目的に沿わないやり方で、目的も達成させず、誤った結果を残す事です。

ノーベルはトンネル作りや採掘の為にダイナマイトを発明しました。
しかしそれで人を殺したならば、殺した人の行いが悪であるのです。
しかし批判はノーベルへと向けられました。
それを知り、ノーベルは正しい行いをした人の為にとノーベル賞を設立しました。

正も悪も、存在そのものではなく、行動の結果です。


さて、そこで一つの疑問があります。

神は人が悪を行う事を知っていて、なぜ人を作ったのか?
それとも神は人が悪を行う事を知らずに、人を作ったのか?
もしそうであれば、未来を予知できぬ神を神と呼べるのか?

ですね。

多くの神学者が以上の疑問に向かい、それぞれがそれぞれの答えを導き出しています。

その中でリベラル派は神の限界を認め、神でさえも未来はわからない、だから神と共によりより未来を作って行こうと締めくくっています(Open Theism)。

しかしBiblicalな学者からは、人がつくられる前に、すでにキリストが人を購う事を計画していたと言います。人が罪を犯す事もすでに神の計画に入っていたという事です。

神は人が罪を犯す事を知っていながらなぜ人を作ったかについては、以下のイラストレーションを示す事が出来ます。

親は子供が反抗する事を知っていても、子供を産み、そのようにならないように愛情を持って育てます。
しかし親だからと言って、子供の自由を奪う事まではできません。
悪い友人につかまり、子供が反抗し、家を出て行っても、親は子供を信じて待ち続けます。
そして家に戻ってきた時には、喜んで迎え入れ、互いの関係を修復します。

神も同じで、人が罪を犯すからと言って、人の存在まで否定する事はありません。

もし人が罪を犯すからと言って神がその人を作らないのであれば、神は自分にとって都合のよくない人間はいらない、という事になります。
この様な神の性格と性質は、聖書から推測できる神の概念と矛盾してしまいます。

よって、人が罪を犯す事を知っていながら、神がその人を作ったと言っても、矛盾はありません。

むしろ、人が罪を犯すのをわかっていても、その人を作り、祝福を与えようとしていると解釈する方が、聖書から読み取れる一貫した神の概念と一致します。

聖書から推測するに、神は人が罪人だから愛しているようにも受け取れます。

パウロは「だからと言って罪を犯そう。というのは間違っている。」とも警告しています。
2010-11-24 水 12:19:03 | URL | トチ [編集]
ミス
非常に恥ずかしいですが、上のコメントは私のレポートと混ざっています。
どうぞ削除頂けませんでしょうか?

編集ではなぜか編集できません。。。

失礼いたします。
2010-11-24 水 12:29:01 | URL | トチ [編集]
神はなぜ"対策"をとらなかった?
はじめまして、ササキエルと申します。
非キリスト者ですが、このブログは興味深く読ませてもらっています。

>ふくろう さん

「神は悪を作ったわけではなく、人間に罪を選ぶ可能性を与えただけ」
ということでしょうか。
それはそれで一つの見方でしょうが、ではなぜ神は、人が罪を選びそうになった時のための対策を、何一つ取らなかったのでしょうか。
「食べると子々孫々、罪に呪われる木の実」など、どんな大量破壊兵器もかなわない恐ろしい代物ですが、
そんなものをただ「食べるな」と言うだけでろくな見張りもつけず、アダムたちの手の届くところに置いておくなど、危機管理の欠如にも程があります。
部下のやらかしたことは上司にも責任があるのが人間社会の常識ですが、神は自分自身が作った諸々の管理責任を一切取らなくてよいのでしょうか!?
人間ですら、自分の作った物が悪い結果を生み出す可能性があるなら、そうならないための対策を色々講じます。
ましてや全知全能の神なら、絶対失敗しない対策を立てることなどたやすいのではないのですか?

なのに、ただ「食べるな」と口で言う以外対策らしい対策をせず、事が起こってからアダムたちに全責任を負わせて罰する神…。
私は、このような神を信仰する気にはなれません。
2010-11-25 木 06:44:59 | URL | ササキエル。 [編集]
決まった通りの「自由意思」?
そうなるとわかっていて
わざわざそう作るなら、悪は神が造ったもの、と言えます。
その場で爆発するか、あとで爆発するよう時限式にしているか、の違いにすぎません。

takaponさんは神はロボットを造ろうとしたのではない、と
仰りますが、ここで疑問があります。
最初の人間やその子孫が何を行うのか全て知っており、
現にその通りに人類が生きて死ぬなら、
ロボットと何の違いがあるのでしょうか?

神を崇拝するだけのロボットと、神を崇拝しないこともあるロボットの
違いでしかないのではありませんか?
神を崇拝しないこともあるロボットの自由意思とは、
神が知っている通り、神が造った通りに、手順通りに
フラフラするだけのプログラムにしか過ぎないのでは?

トチさんは「神は自分にとって都合のよくない人間はいらない、という事になります。 」
と仰ってますが実際そうでしょう。全知全能の神にとって
不都合な被造物なんて在りうるかどうかはさておき、
神は罪人のまま死んだ者にもう一度チャンスは与えません。
生きている間のチャンスさえ平等ではありません。

以上の議論から考えると、神は
崇拝するだけのロボットよりも、服従と背信の間をフラフラするロボットが気に入り、
地獄脱落組の存在を顧みず創造した。ということになります。
崇拝するだけのロボットなら地獄生き組はいなかったでしょうが、
ちょっとした好みにより一定数のロボットが地獄で永遠に苦しみ続けることが、
(彼らが生まれる前から)定められることになった。
2010-11-25 木 23:52:07 | URL | ごおや [編集]
天の父と肉の父
私は以前はクリスチャンでしたが、今は教会に行っていません。
その立場から発言します。
神と人間との縱関係を、よく親子関係に例えますよね。
ですが天の父(神)と肉の父(人間の親)とには決定的な違いがあります。
人間の親は不完全ですが、天の父は全知全能(のはず)。
不完全な人間は、不完全で未熟ながら、子どもを苦労して育てます。
もちろん間違いも犯すでしょう。でも全力で子どもを守り育てます。
なのに全知全能(であるはず)の神は、なぜその力を発揮して、悪魔から愛する子(人類)を救わないのでしょうか?
不完全ながら、いろいろ迷いながら、必死にわが子を守り愛している人間の親のほうがよほど立派です。
(もちろん育児放棄は論外ですが)
一方、救おうと思えば救えるのに、悪魔から人間を守る手段がいくらでもあるはずの全能者が、その力を駆使して人類を救おうとしないのは、怠惰です。
なぜ人間が悪魔に惑わされる弱さを持っていると知りながら、
またはそのような弱い存在として創造しながら、こんなに長い間
悪魔を野放しにしておくのですか?
キリストを犠牲にするより、悪魔をさっさと地獄へ投げ込んだらどうですか?

できるはずのことをしないのは怠惰、
また、救うべき弱者を救わないのは愛情の欠落か無関心

キリストの贖罪によって、とか、選択の自由、とか
自由意思によって自らの意思で神を選ぶ喜び、とか
あまりにもご都合主義、ずいぶんと自分勝手な神様ですね
キリスト教の神様って・・・

人間を裁くより先に、さっさとサタンを裁いて下さい
2010-11-27 土 00:12:20 | URL | ゆま [編集]
初期キリスト教でも……
うろ覚えですが、初期のキリスト教でも、この神が持つ不可解な側面をどう捉えるかで意見が分かれ、その中の一派が「旧約聖書に登場する神はとんでもない極悪人で、より上位に素晴らしい神がいる」という趣旨の論理を導出したこともありました。確かグノーシス派でしたっけ?

結局、グノーシス派の教えは異端として排斥されたわけですし、グノーシス派の教義にも問題がある(上位にいるとされる神が旧約聖書の創造神を放置しているのは何故かetc.)のですが、キリスト教創成期からこの問題がずっと論議されているところを見ると、この問題はキリスト教が抱える宿痾・致命的弱点の最たるものだと言えそうですね。
2010-11-27 土 14:44:47 | URL | 黒い雪だるま [編集]
ササキエル様
上記の疑問点についてはキリストが誕生する前から議論が交わされていたでしょう。
特にギリシャ地方では盛んに論争されていたと思います。
ですので、いまだに古代ギリシャ語を学ばなければ正確に調査をする事が出来ません。
最近ではコンピューターにより、大幅に解釈学の研究が進み、沢山の人が面白い発見をするようになりました。
特に、古代の人達も、現代の人達も同じ疑問を抱いていたという事です。
それらを踏まえて、わたくしなりの見解も交えてお応えしたいと思います。

>ましてや全知全能の神なら、絶対失敗しない対策を立てることなどたやすいのではないのですか?

無神論者も有神論者も一つだけ同じ意見を持っている事がわかります。
それは神に対しての概念です。

神とは・・・全知であり、全能である。

無神論者は、全知全能であるのに私達は苦しんでいる、だから神はいないと言います。
有神論者は、全知全能であるからこそ人には理解できない計画がある、と言います。

ササキエルさんの言われる通り、神であるならば、絶対に失敗しない対策も立てることは可能です。
けれどもそれだけでは、「神は失敗をしない、失敗をする神は神ではない」と言う事になります。
ここに矛盾が生じます。
なぜならば、神は全知全能であるのに、失敗は経験する事が出来ない、という事です。

ですので、神は失敗もでき、それが成功という結果に終わらせる事も出来ると考えれば、神の全知であり全能であるという定義からはそれる事がありません。
ようするに知ってて失敗をする、という事です。
自身の知識の幅を制限して、わざと低くするという事です。

しかし、はたして神が自分自身を制限される可能性はあるでしょうか?
興味深い事に、人も同じ事をする時があります。
たとえば、親が赤ちゃんに接する時、赤ちゃん言葉を話したりします。
また、子供よりも強いはずなのに、わざと負けてあげたりする事です。
聖書からひもとく神と人の関係は、親と子の関係にあります。
ですので、神が自分を制限しないという可能性もありません。

残念ながら、人が罪を犯して堕落したという失敗が、神の成功へと変わるか、そのまま失敗として終わるか、多くの人にとってはっきりとわかりません。
なぜならば、歴史はまだ途中にあるからです。

ただはっきりとしている事は、キリストは少なくとも神でありながら、人の失敗の為に十字架にかかり、罪人となり、身代わりとなって死んだ、という記録(共観福音書.etc)がある事です。
有神論者はこの記録から、神はOmnibenevolence(無限である思いやりや愛や善意と訳せると思います)でもあると結論づけています。

人が自分よりも弱い子供や赤ちゃんに、自分自身も弱くし、勇気付けたり、諭したりします。
同じように神が全知であり全能であるならば、自分自身を弱くして、人を勇気づけたり、諭したりする事も可能だと考える方が矛盾が生じません。


ですので、神は対策を立てなかったのではなく、もうすでに立ててあり、それを人が、

●神が立てた対策を人が受け入れる意思がない

●そもそも理解する意思もない

・・・のかもしれません。

一度本当に神は対策を立てていないのか、それとも立てているのか、調べられてみてはいかがでしょうか?
もし映画がお好きでしたら、ウィル・スミスの「アイ・アム・レジェンド」を肯定的な意見と、否定的な意見とを対比させながら考えられると面白いと思います。

最後に私の個人的な意見ですが、多くの人が「自分の失敗や悪い事は神のせいだ」と言います。
しかし神はそれでも文句を言わず「尻拭い」してるように見えます。

三浦綾子が「病まなければわからない神もいる」と言いましたが、落ちるとこまで落ちて、そこで待っているのはいつも神でした。
神の対策とは、落ちるところまで落ちなければわからないものかもしれません。
2010-11-27 土 15:36:14 | URL | トチ [編集]
共観福音書は「記録」なのか?
>>トチさま

横から失礼します。
私は歴史研究家の端くれですが、古代ギリシャ史や古代ヘレニズム史は専門ではありません。しかし、現代語で書かれた文献はある程度読んでいます。

まず、古代ギリシャ人は一般的に多神教でありました。世の中の災難は、対立している神によって引き起こされたものと捉えたそうです。
もちろん、宗教に懐疑的な人も当時から少なからず存在しました。かなり後の人になりますが、古代ローマの小セネカは「宗教とは、大衆にとっては真理であるが、賢者にとっては偽りであり、為政者にとっては便利なものである。」と言っています。近世に至るまで、ヨーロッパ諸国では政教一致が一般的で、自国に有利になるように教会で祈りを捧げた訳ですが、「神の御心」という言葉は臣民を強引に説き伏せる上で非常に有益なものでありました。(国王の暴政を正当化し、領主や教会による搾取を正当化するのにキリスト教は非常に便利な道具でありました。)


>ただはっきりとしている事は、キリストは少なくとも神でありながら、人の失敗の為に十字架にかかり、罪人となり、身代わりとなって死んだ、という記録(共観福音書.etc)がある事です。

残念ながら、イエスが実在したという証拠はどこにもありません。同時代の文書には、それらしい記述すら残っていないのです。
また、果たして聖書が「記録」と言えるのでしょうか?収録されている文書はすべてかなり後になって書かれたものばかりです。現存している共観福音書の最古の写本は4世紀のものです。「Q資料」なる仮説を持ち出して起源をもっと古い時代にしようとするクリスチャンもいますが、私に言わせれば、「Q資料」とは古代エジプト神話やミトラ教です。(共観福音書で描かれているイエスの生涯には、古代エジプト神話のホルス神やミトラ教のミトラ神の描写との共通事項が多数あります。たとえば、処女懐胎、十字架上の死と3日後の復活はホルス神と同じで、「再臨」はミトラ神と同じです。イエスの「奇跡物語」も、ほとんどすべて古代地中海地方の神話と共通しています。)私は、現在の共観福音書とは国教化後にでっちあげられた「トンデモ本」であると考えています。元になった福音書はあったのでしょうが、それは焼却されてしまったのでしょう。(キリスト教が国教となった後、都合の悪い書物はすべて焼却され、持っているだけで処刑されました。)
共観福音書を比較すると、齟齬が到る所に見出されます。ここまで違いがあれば、「証拠」とは言えないと思います。(警察も裁判官も「証拠」として扱わないほどのレベルです。)
それから、共観福音書は、執筆時に参照したと思われる「七十人訳聖書」の誤訳を多数継承しています。(これは、新約聖書が「神の言葉」ではない何よりの証拠ではないでしょうか?)
一方、偽典の福音書に目をやると、イエスの生涯はまったく違ったものとなります。


>無神論者は、全知全能であるのに私達は苦しんでいる、だから神はいないと言います。

そのような無神論者もいますが、私の知っている限りでは「証拠がない」という理由の人が多いです。

非常に残念なことですが、人類は自らついた嘘に騙され続けてきたのです。
2010-11-27 土 21:43:11 | URL | 巨大虎猫 [編集]
記録・・・じゃないんでしょうか?
>巨大虎猫様

仰られている可能性も十分にあると思います。

ですが、「イエスがいなかった」という証拠も出せないと思うのです。

特に写本の数からみても。


>共観福音書を比較すると、齟齬が到る所に見出されます。ここまで違いがあれば、「証拠」とは言えないと思います。(警察も裁判官も「証拠」として扱わないほどのレベルです。)

この「違い」について、以下のイラストレーションが一般的に解釈に用いられます。

歴史を学ぶ学生のノートを集めてみた。
ひとつとして全く同じノートはなかった。
けれども内容から、織田信長について勉強した事はわかる。

違いを単純に嘘だとも言えません。
事実この違いによって著者が誰かも推測され、解釈学の研究に役だっています。

それから警察も裁判官も証拠として取り上げる事が出来ないレベルと言われていますが、できましたら情報のソースをお願いします。
わたしが読んだ本のどこにもそのような事は書かれていなかったので、興味があります。

>それから、共観福音書は、執筆時に参照したと思われる「七十人訳聖書」の誤訳を多数継承しています。(これは、新約聖書が「神の言葉」ではない何よりの証拠ではないでしょうか?)

聖書の一字一句を取り上げて神の言葉とはなりません。
多々間違いも見受けられますし、著者自身の言葉もあります。
文字通り神の言葉と受け捉える事は逆に聖書の理解を妨げます。
聖書は文化脈的かつ組織的に解釈を施して読まなければいけません。

聖書を神の言葉ととらえている根拠は、聖書がどのように時代にかかわってきたかで判断されているように思います。
また、聖書を信じる人達による社会的な活動です。

誤解しないでください。
聖書を自分の利益の為に用いている人達の事ではなく、敵を愛し、迫害する者を祝福する人達の事です。
自分が貧しくなってでも、人を愛し助けている人達もそうだと言えます。

彼らの聖書に対する見解は、聖書理解の一助にもなると思いますよ。
皆さんからすればただの奇人変人かもしれませんが(^_-)


>一方、偽典の福音書に目をやると、イエスの生涯はまったく違ったものとなります。

すみませんがイエスの生涯が書かれた偽典を知りません。もし宜しければ教えて頂けますか?それとも外典の方でしょうか?

>非常に残念なことですが、人類は自らついた嘘に騙され続けてきたのです。

これほど分厚い本、もし嘘があれば、必ず尻尾があるはずです。
わたしもその尻尾をつかみたい。

一つ質問があります。
巨大虎猫様は、阪神ファンですか?
2010-11-28 日 01:26:14 | URL | トチ [編集]
本当に「記録」?
>>トチさま

>ですが、「イエスがいなかった」という証拠も出せないと思うのです。

これはクリスチャンがよく言ってくる言葉ですね。
そしたら、「竹取物語」の「かぐや姫」などの日本昔話のキャラクターとか幽霊や妖怪がいないという証拠も出せませんよね。


>特に写本の数からみても。

残念ながら、国教化以前の共観福音書の写本は一つもありません。現存する写本はすべて国教化の後のもので、写本が多いのは国教となったからです。「数百年後になって突如として出現した」と考えざるを得ません。


>事実この違いによって著者が誰かも推測され、解釈学の研究に役だっています。

聖書を巡る研究がヨーロッパの文献学の進歩に寄与したということは、私も知っています。

「違い」ですが、例えば「イエスの系図」です。2か所出てきますが、全然違います。旧約聖書を呼び出しているところも不正確な個所が散見されます。その他列挙して行ったらきりがない。ここまで「供述の食い違い」があったら、警察も裁判官も「証拠」として採用しません。(さらなる調査が必要となります。)


>わたしが読んだ本のどこにもそのような事は書かれていなかったので、興味があります。

本に書いてあるとかないとかの問題ではなく、資料を扱う上での常識的なことではないかと思うのですが、・・・。例えば、歴史の学術論文を書くときに、ここまで食い違いがあった場合、補強するための別の裏付けが必要となります。しかし、残念ながら、「同時代の文書が一つもない」という理由から、補強資料は何もないのです。


>聖書を神の言葉ととらえている根拠は、聖書がどのように時代にかかわってきたかで判断されているように思います。
また、聖書を信じる人達による社会的な活動です。
>誤解しないでください。
聖書を自分の利益の為に用いている人達の事ではなく、敵を愛し、迫害する者を祝福する人達の事です。
自分が貧しくなってでも、人を愛し助けている人達もそうだと言えます。

そのような方には、イエス様は実在しているのかもしれません。
しかし、似たような人はキリスト教以外にもいます。


>すみませんがイエスの生涯が書かれた偽典を知りません。

最近ではいろいろ出回っていると思いますが、・・・。また、「ナグ・ハマディ写本」には、イエスは「十字架にかけられたのではなく、別の人がかけられた。」(コーランの記述と類似)とか「その後30年程生きた。」とあるそうです。


>これほど分厚い本、もし嘘があれば、必ず尻尾があるはずです。
わたしもその尻尾をつかみたい。

もはや私には嘘の塊にしか見えません。私が関わっている歴史学者たちのほとんども、そのように考えています。


>巨大虎猫様は、阪神ファンですか?

どちらかと言えば、そうなりますね。
2010-11-28 日 02:54:31 | URL | 巨大虎猫 [編集]
>巨大虎猫氏

キリスト神話説ですね。

ホルスが十字架にかかった、という神話はどこで知られましたか?
ミトラやホルスとそんなに多くの共通点があるのでしょうか?
例えばツァイトガイストで主張されているような特徴は、
一次出典の明らかでないものばかりです。

キリスト神話説の古典「磔にされた十六人の世界の救い主」は
無神論者の学者からすら信用に足らないものと指摘されています。
2010-11-28 日 11:06:56 | URL | ごおや [編集]
キリスト神話説・キリスト非実在説、etc
>>ごおやさま

「ツァイトガイスト」は見ました。
ホルスの神話の話は古代ローマ史の先生から聞きました。
ミトラ教との類似については、いろいろなところで。(聖書にはクリスマスの日付は出ていませんが、カトリックとプロテスタントのクリスマスが12月25日になったのはミトラ教の真似、と古代ローマ史の本に出ていることがあります。)
何しろ「悪魔がキリスト教に先行してキリスト教を模して作った」と言った教父たちがいたそうですから。

ところで、秦剛平著『描かれなかった十字架』では、「十字架の死と復活は、初期キリスト教の教義にはなかったかもしれない」旨の記述があります。(そこまではっきりとは書いてありませんが、人伝の情報では、著者は「十字架の死と復活」は後世の付加物と考えているそうです。あと、「処女懐胎」は、「七十人訳聖書」で、「若い女」が「処女」と誤訳されたからだ、とも言っているそうです。著者は神学校の講義も受け持つことがあるそうなので、さすがに活字にするのは気が引けたのでしょう。)

あと、私が学んだことのあるヨーロッパの某名門大学史学科では、「キリスト非実在説」を真面目に扱う講義もありましたよ。中間を取って、イエスは聖書の描写とは違った人物だったかもしれない、と考えている人もいました。

私は聖書を信仰の対象とはしていませんが、考察の対象として非常に興味があります。
2010-11-28 日 12:01:29 | URL | 巨大虎猫 [編集]
これが「愛ある神」による「対策」!?
>>トチさま

いろいろとご意見ありがとうございます。
私は巨大虎猫さんとは違い無学な身なので、別の観点から意見してみたいと思います。

さて、
「神はすでに対策を立てている、イエスの十字架の贖いがそれである」
「神はすでに対策を立てているのに、人の側がそれを理解しようとしない」
というような御意見が出されるだろうことは、予測の範囲でした。
しかし、キリスト教の神観念にはもう一つ、
「人間が一人も地獄行きになることを望まれない、愛情あふれるお方」
という重大な点があることを、忘れてはなりません。
マタイによる福音書18章14節には、
「そのように、これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」
とあります。

キリスト教の死生観では基本的に、
「罪を犯して死んだ魂は地獄の火で永遠に焼かれ続け、その後の救いなど全く無い」
ということになっています。
そしてイエスによる十字架の贖いは、アダムとイブの堕落から何世代も後のことであり、
その間に無数の人間が罪にまみれて死んでいきました。
イエスが贖罪をしてくれたところで、すでに地獄に落ちた人間にとっては何の救いになるのでしょうか?

しかもイエスの十字架の贖いの後も、神を受け入れず地獄行きになる人間は生まれ続けています。

アダムとイブの世代のころに対策を打ってくれれば、このように大量の人間が地獄行きになる
運命を背負わずに済んだのに、ごく一部の人間しか救われない「十字架の贖い」だけで、神は
事足れりとするのでしょうか。
これが、「これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」
という神の打った対策というのでしょうか。
もしそうなら、私には大失敗にしか見えませんが。

仏教説話の鬼子母神の話では、千人の子供のうち一人を隠された鬼子母神は半狂乱になって子供を探し回り、
釈迦から子を失う親の気持ちを諭されて改心しました。
異教の人喰い鬼神でさえこれだけの子を思う愛情を持っていたのに、キリスト教の神様は無数の子を地獄行きにしておきながら
「これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」
と言っています。私には矛盾にしか見えません。


>神は全知全能であるのに、失敗は経験する事が出来ない、という事です。

>ですので、神は失敗もでき、それが成功という結果に終わらせる事も出来ると考えれば、神の全知であり全能であるという定義からはそれる事がありません。
>ようするに知ってて失敗をする、という事です。

で、神は自分が失敗を経験するために、無数の人間のたった一つしかない魂に「地獄の火で永遠に焼かれ続ける」
という運命を強いたわけですか。
私には「人を殺す経験をしたかった」で人を殺してしまった、どこぞの少年並みのメンタリティーに見えます。

>残念ながら、人が罪を犯して堕落したという失敗が、神の成功へと変わるか、そのまま失敗として終わるか、多くの人にとってはっきりとわかりません。
>なぜならば、歴史はまだ途中にあるからです。

上記のように、神が本当に「これらの小さな者が一人でも滅びることは、あなたがたの天の父の御心ではない。」
お方というなら、すでに無数の人間が地獄行きになっている現状が大失敗以外の何だというのでしょうか!?

>もし映画がお好きでしたら、ウィル・スミスの「アイ・アム・レジェンド」を肯定的な意見と、否定的な意見とを対比させながら考えられると面白いと思います

私は映画は全くと言っていいほど見ないので返答しかねます。
ただ、私の持論としては「フィクションは所詮フィクションでしかない。」とだけ申し上げます。

>無神論者は、全知全能であるのに私達は苦しんでいる、だから神はいないと言います。
>有神論者は、全知全能であるからこそ人には理解できない計画がある、と言います

私個人のことを言うなら、神に関しては不可知論で、
「もし神がいるとしても、既存の宗教の神とは全く違う存在だろう」
と漠然と思っているぐらいです。

>最後に私の個人的な意見ですが、多くの人が「自分の失敗や悪い事は神のせいだ」と言います。
>しかし神はそれでも文句を言わず「尻拭い」してるように見えます。

具体的にどのような「尻拭い」でしょうか?
今日の食事にも事欠き、この瞬間にも飢えて死んでいくような無数の人々に、神がどんな「尻拭い」を
してくれるのでしょうか!?

>三浦綾子が「病まなければわからない神もいる」と言いましたが、落ちるとこまで落ちて、そこで待っているのはいつも神でした。
>神の対策とは、落ちるところまで落ちなければわからないものかもしれません。

「落ちるところまで落ちて」と言うにはおこがましいとは存じますが、私は生まれつき軽度の障害があり、
ひどく苦しみました。
そのような私を迫害したのも人間でしたが、いつも助けてくれたのも人間でしたし、助けてくれたその人には感謝しています。
「神のおかげ」と言う人を見ていつも疑問に思うのですが、なぜ、助けてくれた人個人に感謝するのでなく、
一足飛びに「神」に感謝するのでしょうか? そんなに、人間に感謝したくないのでしょうか?
まあ、「神の対策とは、落ちるところまで落ちなければわからないもの」だったとしたら、
「えらく回りくどいことを、神様はするもんだなぁ…。」ぐらいしか、私には感じられません。

>ですが、「イエスがいなかった」という証拠も出せないと思うのです。

「~が存在しないことの証明がなければ、実在したことになる」というのは、「悪魔の証明」という詭弁の一種です。
だからこそ、立証する責任は「実在を肯定する側」にあるということになります。
2010-11-28 日 13:40:02 | URL | ササキエル。 [編集]
トチさん

人間は自由意志を持っているから悪を選択することもあるというのがキリスト教の概念です。しかし、私は人間の本来の自由意志というのは良心が十分に機能している範囲での自由意志だと思います。自由意志を持った存在というのはそのままだと他者までも自分の思い通りにしようとします。他者の権利を全く考えず、自分のしたいことをしようとするわけです。神は人間に自由意志を与える際それではいけないと思い、他者を愛する機能を持つ良心を与えました。そのため人間は自由意志を持って考え行動する際、他者の気持ちを考慮することができるようになりました。良心が完全に機能しているなら、人間は他者を愛し他者の権利を侵害しない範囲で自分の自由意志の通りに生きることができるはずでした。しかし人間は不完全な存在なので良心も完全に機能することができず、そのために人間は罪を犯すのだと思います。完全な存在なら他者を傷付けるようなことは自然と胸が痛み、理性で悪いと分かるだけでなく感情的にもとてもできないという状態になると思います。現在の人間も不完全ながら良心が働き、罪を犯すのを思いとどまることもあります。しかし、自分に都合悪くなってくると、だんだん良心が麻痺してきて罪を犯します。人間は自由意志により悪か善かを選択しているのではなく、良心の感じ方で罪を犯さなかったり犯したりしているのだと思います。親切な人は他のいろいろな面で親切であり、不親切な人は何事に対しても不親切である傾向がありますが、これはその人の良心の感じ方が違うからだと思います。親切な人は常に自由意志で善を選択しようとしているのではなく、良心がよく機能しているために自然と親切になっているのだと思います。逆に不親切な人も自由意志で悪を選択しているというより、良心がうまく機能せずあまり胸も痛まないので不親切になっていると思います。このように親切かどうかはその人の感じ方で決まっているように思います。何が言いたいかというと、人間が罪を犯すのは良心がうまく機能していないからであり、脳の良心を司る部分の機能が弱いからだと思います。もし抗鬱剤のように脳を活性化させる薬などが開発されれば、極悪人と言われる人も良心を活性化させることができ善人になると思います。人間が罪を犯すのは自由意志でそれを選択しているからではなく、単に脳の中の良心を司る機能がよくないからだと思います。何か物質が足りないか血流が足りないのだと思います。もし脳が完全に機能していれば、良心も完全に働き人は罪を犯す前に良心が痛むので自然と罪を犯さなくなると思います。これから抗鬱剤のように脳の中の良心を活性化させる薬が開発されたり、手術で脳の良心の機能をする箇所の血流を増やすことができれば、人間が罪を犯すことは大幅に改善されると思います。神が本来考えていたのは良心が完全に機能し他者を愛する範囲での自由意志だと思います。自由意志により悪を選択して他者を愛せなくなるようには造っていないと思います。心理学の中でも自我があり、さらにその上に超自我があるとしています。自我が自分の欲望を司り、超自我が良心の機能をします。人間は初めから良心の抑えが十分に効いた状態で自由意志を持つようになったと思います。今人間が罪を犯すのは年老いてしまうようにプログラムされているのと同じように、脳の中の良心も不完全にしか機能しないようにプログラムされているからだと思います。この私の自由意志についての考えというのは桃栗さんのゲストブックの記事に超長文で投稿してあるので、もしよければ暇な時に読んでみて下さい。
2010-11-28 日 22:47:02 | URL | XXX [編集]
蛇の目論見はどこから来た!?
そもそも、「アダムたちに木の実を食べさせよう」という蛇の目論見は、どこから来たのでしょうか?

神の思い通りにならない結果=悪というなら、そのような結果にアダムたちを誘おうとした、蛇の目論見も悪ですよね?

そのような悪い目論見を持った蛇を自分で作っておいて、その蛇を含めた一切を「極めて良かった」などと言ってしまうわけですか…。
よくわからない話ですね…。
2010-11-29 月 19:20:09 | URL | ササキエル。 [編集]
無題
どうやら学術的な論証は、このブログだと証明が難しいですね。

確立と統計においても、無神論者は人の身体を見て、だから自然は素晴らしいと言うし、有神論者は自然にはあり得ないと言います。

神はいると信じて見る場合も、神はいないと信じて見る場合も、現実に存在する物は存在していますから。

わたしがこのブログを素通りできなかったのは、わたしも同じ疑問を抱いていたからです。
いえ、今もいくつも疑問をもっています。

たとえば巨大虎猫様が書かれたミトラ教から受けた影響や、ギルガメシュ叙事詩についてもそうですし、その他の哲学や宗教から計り知れない影響を受けた事は神学校では当たり前に学ぶ事です。
今の礼拝のスタイルでさえも、もとはローマの多神教を祭る礼拝でした。
ですので、一般的な牧師や神学を学んだ者にとっては、キリスト教が沢山の影響を受けた事は常識です。
また、他の宗教や哲学を用いてる箇所も散見しています。

その他にもこの世界に目を向ければ、まるで神は人を嫌っているようです。
特に弱く貧しい人達を。

わたしの友人は北朝鮮人を助けています。
その人は中国に住み、人身売買のブローカーを通して脱北者を買い、保護するのです。
彼らの映像や受けた拷問を知れば知るほど、神は本当にいるのかと思います。

しかしなぜそれが信仰を妨げる理由とならなかったか?

わたしは15歳の時に不思議な体験をしました。

ある牧師が「キリストを信じなさい」と言った言葉を聞き、素直に「信じよう」と決めたのです。
そしてひとりで「信じます」と一言祈った時、天国の喜びが自分の中で爆発しました。
その喜びは、わたしの人生の中で経験した喜びを全て足しても、とうてい足元にも及ばないものでした。
それから洗礼を受け、この喜びに燃えていました。

しかし、わたしの通う教会は非常におとなしく、牧師も良い人だとはいえません。
律法主義的な両親のもと、だんだんと信仰の炎は消えて行きました。
そして3回も棄教宣言をしたのです、わたしもクリスチャンをやめました。

大学に入ってからは文字通り酒と女におぼれ、家に帰らない日々もありました。
そして一留して父のコネで一部上場企業に就職しました。
しかし、仕事の楽しさと女遊びの魅力に憑かれ、当時遠距離で付き合っていた彼女を何度も裏切りました。
何もかも順調で、百人近い同期の中でもトップクラスでした。

けれども、彼女から突然別れを切り出されました。
実は彼女のもと上司と不倫関係になったというのです。
しかも、わたしよりも妻子あるその男を選びたいと…。

自分自身の存在を否定されたようでした。


・・・まぁ、自分が悪いと言えば、その通りなんですよね。

しかし、当時は8キロもやせてしまい、心配した上司が有給休暇をくれたりもしました。

その時ふと、ディズニーの映画のプリンス・オブ・エジプトを観たのです。
そう言えばこれは、昔読んだ「出エジプト記」がもとになってるよなと思い、何気なく旧約のあたりを目録つけて聖書を開きました。

するとこんな事が書いてありました。

まことに主はこう仰せられる。「あなたの傷はいやしにくく、あなたの打ち傷は痛んでいる。
あなたの訴えを弁護する者もなく、はれものに薬をつけて、あなたをいやす者もいない。
あなたの恋人はみな、あなたを忘れ、あなたを尋ねようともしない。わたしが、敵を打つようにあなたを打ち、ひどい懲らしめをしたからだ。あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いために。
なぜ、あなたは自分の傷のために叫ぶのか。あなたの痛みは直らないのか。あなたの咎が大きく、あなたの罪が重いため、わたしはこれらの事を、あなたにしたのだ。
エレミヤ書30:12-15

高校を卒業して以来、涙を流した事がなかったのに、この時は完全に涙腺が開門しました。

そして、今戻らなくてはいけない、と決心しました。

それからの人生は、神を否定できない程、神を体験した人生でした。

特に、アメリカに住んでいた時、神から突然「結婚の為に、日本に戻りなさい。」と語られ、実際に戻ると2年半前に一目惚れした女性と偶然再会しました。
そして次の日に彼女を呼びだし、1時間15分話をした時、プロポーズをしました。
フルネームも分からないのに。

2日後、彼女からOKをもらいました。
なんと、12個のリクエストを神に祈っていたのですが、その全てが当たっていたというのです。
たとえば、アメリカに住む事、次男である事、二つ以上の言葉が話せる事、二つ以上の国を経験している事、献身している事などでした。

彼女は大学時代に海外で芸能活動をしていたほどの器量の良さで、わたしには到底高根の花でした。
ただ神に感謝するだけでした。

しかし、大きな不幸が待っていました。
彼女には精神障害があったのです。
わたしだけではなく、わたしの両親も苦しみました。
真剣に離婚を考えました。
両親もその考えに同意でした。

そして神によって結ばれたのであれば、神によって解かれなければと思い、祈りました。

すると神がこう言ったのです「あなたはどうしたいの?」

わたしは真剣に考え「別れたいです」と言いました。

すると神は「でも、わたしの選んだ人だからね。」と言われました。

さらに「彼女はあなたの喜びの基となる。」とも。

わたしが驚いたのが、神の語り口調がとても優しく、少し悲しげだったからです。
まるでわたしの悲しみと苦しみを自分も味わっているかのようでした。

わたしは離婚しない事にしました。
すると母が「あの子を別れさせたら、あの子がさらにだめになる。わたしたちの家族があの子の為に犠牲になろう。」と言ったのです。

家族で意見は一致しました。
しかし、その後も地獄のような苦しみが続き、母はわたしの姿を見ては、わたしの妻が憎いはずなのに、わたし以上に愛して可愛がり、全てからかばって守りました。


そして今は、医者は40歳になるまでは治る事はない、と言っていたのですが、たったの半年で怒りのマネージメントが出来るようになりました。
今週には初めての子供が誕生します。

伯父から二度も一部上場の会社を継ぐ話があったのですが、わたしたちは断りました。
それを当然のように妻は支持してくれました。
わたしたちはお金の為には生きないと。

わたしはとてもお酒が好きなのですが、それを理解してくれます。
ただ酔っぱらうまで飲むのは赦しません。

また、疲れたわたしの身体にオイルを塗って、眠りに入るまで優しくマッサージもしれくれます。


わたしの勉強が終われば、住みなれたこの国を離れて、貧しい国に行こうと言います。
そこで苦しんでいる人達の為に働きたいと。

わたしはこの様な女性といまだかつて出会った事がありません。


時々思い返すのです。

あの時に神が語られた言葉、「あなたの喜びとなる」


もし神がいなければ、わたしは離婚していたでしょう。

みなさんにとっては、神はいない存在ですが、わたしにとっては現実に存在しています。

心の奥の深い所で語られる声はなかなか聞こえない時もあるのですが、ときどきはっきり聞こえるのです。

その声はだれの声にも似てる事なく、ただ響いてるだけのようでもあります。

しかし、心に届く声です。

その慣れ親しんだ声にかれこれもう5年以上会話してきました。


最近ノンクリスチャンの友人が、「おまえはすべてのものを手に入れたな」と酔っぱらいながら言いました。
別のノンクリスチャンの友人も、「俺はどうしてここに住んでいるのかわからない。どこにでも行けるはずなのに、行く事が出来ない。(けれども、おまえはちがう…)」と言いました。


わたしはただ、自分の為に生きるのではなく、人の為に生きようと願い、今はただ妻に仕えつつ、勉強をしています。


わたしもクリスチャンをやめた者でした。

クリスチャンが大嫌いでした・・・実は嫌なクリスチャンもまだいるんですけれども

今の教会も牧師も間違っているように感じる事も多々、多々、多々、あります。


しかし、15歳の時に体験したあの経験は、どうあってもわたしの中から神の存在を消すことはできませんでした。


クリスチャンはやめた

教会にはもう行かない

しかし、神はいる



待望の赤ちゃんが生まれるので、これから忙しくなります。
もうこのブログにも当分コメントを残す事はないと思います。

最後にわたしの言葉ですが、


Experience transform the definition “経験が概念を変える”



名店のラーメンは食すまでわからない…と思ってださい。

では、巨大虎猫様と阪神の優勝を祈りつつ。
2010-11-29 月 21:48:46 | URL | トチ [編集]
>ミトラ教との類似については、いろいろなところで。(聖書にはクリスマスの日付は出ていませんが、カトリックとプロテスタントのクリスマスが12月25日になったのはミトラ教の真似、と古代ローマ史の本に出ていることがあります。)

福音書の記載にしたがうなら、12月25日ではありえない、という点が重要だと思います。
最初からミトラ教をなぞる形で創作された、という成立過程ではないと考えられます。

自分は「十字架の死」は創作の可能性が極めて低い、と考えます。
こちらのブログの「もしもキリストが違う手段で処刑されたら?」のコメントでも書きましたが、
この死に方は旧約では汚らわしいものにあたるからです。
旧約に預言された、という「キリスト」の設定には不都合なものです。
実際イエスがこの死に方をしてしまったために、批判をかわしたり糊塗する必要があり、
十字架に関する贖罪論は好都合だった、というのが自分の考えです。
イエスが申命記18:20で言われるような偽預言者でないことにするためには、
その死に方が、預言を偽った罪、によるものでない必要があります。
単に神の教えに立ち返る、というスタンス(運動)だったら必要なかったのかもしれませんが、
イエス自身、福音書で書かれているように自分が神からメッセージを授かった者として活動してしまったんでしょう。
だからこそ意味もなく死刑にされたのではなく、神の意図(計画)でなければならなかった。
2010-11-30 火 00:24:44 | URL | ごおや [編集]
もう一つ。

現行の福音書が、国教化後に作られた、ということですが、
そうだとしたら、(巨大虎猫氏も複数例指摘されてますが)
なぜあれほど矛盾が残されているのでしょうか?
国家の統制のために新たに捏造するのならもっと隙の無いつくりになるんじゃないでしょうか?
後代にニーチェからヘッタクソと呼ばれるようなギリシャ語で書かれた奴を
含んだりしないんじゃないでしょうか?

むしろ、だいたい現行のものと同じ内容の福音書が伝わっており、
当時既に権威あるものとみなされ、その同意がそれなりの数の人間に
共有されていたため、ここはどう見ても矛盾してるだろ……
こうしたらもっと便利だろ……と仮に思っても
手を出せば導火線に火をつける事になりかねなかった、という状況が出来上がっていた。
……とするほうが確からしいように思えます。下手をすれば
利用したい相手と潰し合いになるかもしれない。
妥協派とガチ派の内紛が起これば、キリスト教の利用価値を下げてしまうでしょう。
その危険をわざわざ犯すのか?あえて犯そうとした結果が現行の福音書なり
聖書なら、あれほど不徹底な仕上がりになるのでしょうか?
2010-11-30 火 02:07:53 | URL | ごおや [編集]
良き事は神から、 悪しきことはサタンと手下と誘惑される人間たちから
こういう教えに納得いきません
教会ではよくいわれることですが
「良いことは神から出てくる。悪いことはサタンとその手下たちと
それに誘惑される人間たちに原因がある」

私も以前はそう思っていました。
でも今考えるとおかしなことです。
良いことはすべて神様の手柄で、悪いことは悪魔とその手下、それに誘惑された人間たち

ほんとうに神様に都合のいい話ですよね
しかしほんとうに神に責任はないのでしょうか?
極端な考えですが、神と悪魔がいるのではなく、神の中に神性と悪魔性が両方宿っている、聖書の神は善悪両面性なのではないか、
と考えたこともあります。

クリスチャンはよく
「なにかよくないことがあると神様のせいにするけど、それは間違いだよ」
と言います。
が、神の責任としか思えないような不条理で説明のつかない現実がたくさんあります。
クリスチャンはその現実を見ようとしないのでしょうか。

「ヨブ記」なんんてヒドイもんです
人間をコマにした神とサタンの気まぐれゲーム以外のなにものでもない
あんなヒドイ寓話?にすら
「ヨブは最後まで神に文句言わなかったから、神は最後にヨブを祝福された。私たちもヨブのように、なにがあっても神に文句を言わずに賛美し続けましょう。そうすれば祝福されます」
クリスチャンはそう解釈しますから。
私も以前はそう信じて祈ってましたが、とうていヨブにはなれませんでした
人間(しかもヨブのように信仰篤い人)をコマにして、悪魔とゲーム対決する聖書の神っていったい…
2010-11-30 火 10:39:07 | URL | ゆま [編集]
神はどうして悪魔を創造した?
私が子供の頃日曜学校でやはりこの質問が何度か出ました。
先生の回答はたいてい二通り

1、神は悪魔をつくっていない。悪魔は神と共に歴史の彼方から存在していた。悪魔の存在は神の責任ではない

2、神は自分を賛美させるために御使いをつくった。御使いは最初は神に仕え賛美していた。
しかしそのなかで一番美しく聡明な御使いが
「私のほうが神より偉い」
と勘違いし、タカピーになり、神を賛美しなくなった
怒った神はタカピー天使とその一派を天から投げ落とした
2010-11-30 火 10:51:47 | URL | ゆま [編集]
Re: 神はどうして悪魔を創造した?
> 私が子供の頃日曜学校でやはりこの質問が何度か出ました。
> 先生の回答はたいてい二通り
>
> 1、神は悪魔をつくっていない。悪魔は神と共に歴史の彼方から存在していた。悪魔の存在は神の責任ではない

私が教会で教わったのがこちらの説ですね。
この世が出来る前から神と悪魔がいたと教わりました。
そうすると、神が悪魔を作っていないとすれば、
神は「万物」の創造主ではないことになります。
>

2、神は自分を賛美させるために御使いをつくった。御使いは最初は神に仕え賛美していた。
> しかしそのなかで一番美しく聡明な御使いが
> 「私のほうが神より偉い」
> と勘違いし、タカピーになり、神を賛美しなくなった
> 怒った神はタカピー天使とその一派を天から投げ落とした

私がエホバの証人から直接聞いた解釈がこれに非常に近いです。
つまり、神は当初はサタンを忠実な召使として造った。
ところが、神が人間を造って愛したために、サタンはそれに嫉妬し、
神と人間とを引き離すために悪をもたらしたということです。
しかし、こちらの解釈では、神が悪を造ってしまったことになり、
いずれの解釈もつじつまが合わなくなってしまいます。
2010-12-13 月 22:47:22 | URL | 桃栗 [編集]
「蛇の自由意思」はどこから来た!?
よく、クリスチャンの方々は
「神に背いて悪を為せる自由意思を、神様から与えられたのは人間だけ!!
人間はその自由意思で悪を為したから罪びとになった!!」
とおっしゃいます。

逆に言えば、「自由意思なくして悪は為せない」ということになりますが、
それでは蛇はなぜ、イヴをそそのかすという「悪」を為せたのでしょうか?
どんなに賢かろうが、自由意思がなければ神には背けないはずなのだから、
神は人間だけでなく蛇にも「自由意思」を与えていたということでしょうか?
2011-01-12 水 06:10:32 | URL | ササキエル。 [編集]
寂しい…。
結局、私の

「神に背いて悪を為せる自由意思を与えられたのは人間だけと言うけれど、
 だったらなぜ、蛇はイヴをそそのかすという悪を為せたのか?
神は人間だけでなく蛇にも自由意思を与えていたということか?」

という疑問には誰も答えてくださらないのですね。寂しいです…。
2011-02-13 日 07:24:27 | URL | ササキエル。 [編集]
「サタンの試練」は何のため!?
私の先の疑問に対する、よくある回答として、

「蛇とはサタンの化身であり、サタンは自由意思で事を為したのではなく、
『人間に試練を与え、試す』という役目を与えられて神に創造された。
蛇(サタン)はヨブを試したようにアダム達も試したのだが、アダムたちが
その試練を乗り越えられなかったから、人間は罪人になった」

というものがあります。

なるほど、これならば「蛇も自由意思を持っていたのか?」という疑問からは
解放されます。ですが、それならなぜ、創世記第3章14節、15節にあるように
神は蛇を罰し、呪ったのでしょうか。
蛇(サタン)にしてみれば「人間に試練を与え、試す」という役割を忠実に
実行しただけのはずなのに、それで罰せられるとは理不尽な話です。

それに「試練が乗り越えられなかった時、人間は罪びとになる」
と言うならば、最初から試練を与える存在など作らなければ、
誰一人罪人となることは無かったのではないでしょうか。
人間が罪人となった一因は、サタンを作った神にもあるのではないのですか?

それなのに自分の責任を一切認めず、全ては人間が悪い、サタンが悪いと
言いたてる神…。
やはり。私にはこの宗教は合わないようです。
2011-02-22 火 06:56:49 | URL | ササキエル。 [編集]
「セフィロトの樹」で検索すると、神様の奥義=計画が解ると思いますよ。
2011-08-24 水 13:57:58 | URL | タコ [編集]
邪説
昨夜のBSプレミアムが進化論を特集していました。ダーウィンが進化論を発表した動機の1つに、白人たちへの黒人差別があったそうです。言われてみれば黒人は常に蔑視され、冷遇され、虐げられてきました。

黒人差別の根底にあるものは、キリスト教の創造説!です。創造論に与する日本人キリスト者は、自らの邪説を大いに恥じ入るべきでしょう。
2011-10-01 土 15:49:06 | URL | 山上垂訓 [編集]
創造主ヤハウェの自作自演
神は悪魔にもなる。
2011-10-04 火 23:19:37 | URL | ai [編集]
キリスト教は単なるイエスキリストの肩書きを利用したユダヤ教そのもの
そもそも神を利用する側が悪魔なのでは?
独善的宗教家、

聖職家とかね、

それと私はキリスト教はイエスの教えにあらずと
思っています。
「キリスト」と肩書きのあるユダヤ教だとね、
つまりキリスト教とは、ユダヤ教のマネをした宗教だと思っています。

イエスはどちらかといえば宗教家に対して批判的な態度をとっていた、
祭司長カヤパや律法学者に厳しく批判して、なおかつ挑発的だった。

そんなイエスを捕らえ

鞭打ちの刑にし

十字架につけて殺してしまったのは

どこのどいつでしたでしょうか?

祭司長カヤパたちや律法学者といった宗教家でしたでしょう。

イエスの死後、イエスを利用したのが宗教家たちや、パウロなら、

イエスキリストを十字架につけて死なせた宗教家と
独善的で今に至る「キリスト教」と、何かつじつまが合うと思いませんか?


>神は悪魔にもなる。

確かにキリスト教でいうと、神は悪魔になりはする・・・、
私から言わせると、そのように聖書を作り上げてきた宗教家の独善的な思惑からできた宗教だからこそ、神と悪魔の2面性(愛&残虐)が生まれたと感じるんです。

みなさんどう思いますか?
2011-10-06 木 11:30:15 | URL | すすき [編集]
そもそも…
そもそも…

マタイ 12章 25節
「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない。 」(口語訳)

・そもそも神が善と悪を同時に行う者であるなら,宇宙や地球の自然界の営みは,とうの昔に“自滅”し“立ち行かな”く
なっていたことでしょう。でも,どう考えても,宇宙で「別れ争って」いるのは,だれでしょう?

「蛇」について

・動物の「蛇」は人間の言語をしゃべらない。

そうすると,「へびは女に言った」とは,だれがやっているのでしょう?

ちなみに,民数記 22章28節では「ろば」がしゃべった,とあります。
「すると、主が、ろばの口を開かれたので、ろばはバラムにむかって言った、「わたしがあなたに何をしたというのですか。
あなたは三度もわたしを打ったのです」。

どうも,動物(へび,ろば)は,単に利用されただけのようです。
2011-11-30 水 22:07:43 | URL | 読人 [編集]
ではこの世界は本当は不完全な世界なのであろうか?
あなた方は言う。「この世界は本当は不完全ではないのか。」 
私は言う。「完全な神の創造を壊しているのはサタンである。」「この世界を異常な世界にしているのはサタンである。」、、と。

それと、「そもそもサタンが、あの古いヘビがイブとアダムをだましたから人類はエデンの園から追い出されたのではないのか?」と言いたい。


私達は巻き込まれている。 完璧に。
人は言うだろう。 「私たちはゲーム盤上の駒ではないのか?」「神とサタンがそこでゲームをしているのではないのか?」 

それは違う。 
サタンが神に対して一方的に戦いを挑んでいるだけ。(それも勝てる戦いではない。考えればすぐわかることだが、、、)
サタンが私たちをゲーム盤上の駒として選び、使っているだけ。 

私たち人間が完全に巻き込まれている。(それも人類全体がであると思う。だから、全世界に福音が伝えられることが必要なのだろう。)
サタンにとって「この戦いに最適なゲームの駒は人間以外にはない」のだろうと思う。

地球の環境汚染はサタンにとっては「神への戦い」のおまけのようなものなのだろうと思う。
神の愛するものを壊すことによって勝利感を得るという言い方もできるかもしれない。

このサタンがしているゲームとはどんなゲームか?
神が愛している私たち人間を神から引き離す。
人が神から離れるのを見計らって、それをサタンがゲーム盤からの「あがり」とする。 
この場合の「あがり」とは「人を大きな底なしの穴に落とす」ことであろう。
この穴は、将来、サタンが行くはずの穴である。 
この穴はサタンのためにつくられた穴である。(人を送り込むためにつくられたものではない。)
(この穴は地獄と呼ばれている)

>確かに、聖書を文字通り読めば神にとって「良し」ということなのでしょう。
>しかし、だとすると、神は恐ろしいほどサディスティックだと思わざるを得ません。

繰り返す、
私達人間をゲームの駒として使ってもてあそんでいるのはサタンである。神がしているのではない。神は決してサディスティックな方ではない。
このことを見誤ってはいけない。 

サタンとサタンに従う人々が、この世界を壊している。 人間をゲームの駒にしている。

サタンは神に勝つことができない。 それが分かっているのであろう。 
それを私達人間に知られたくない、知らせない。 それがゲーム戦略である。 
ゲーム戦略上、聖書という存在を葬り去りたいのであろう。
だから、聖書を「愚か者の信じるもの」 「古くさい埃のかぶった本」としたいのだろう。

+++

ゲーム戦略上、サタンは宗教を作らなければならない。だからキリスト教以外のすべての宗教はサタンがつくったのであろう。
私達クリスチャンが常に、「キリスト教は多くの宗教のうちのひとつの宗教ではない」と言っているのはこのことを言っている。

創世記にあるとおり、アダムとイブは神を直接知り、交流があったと理解している。 
エデンの園を追放され、アダムとイブにできた子供達にはその経験は無い。

サタンはそれを利用して多くの宗教をつくった。 
特にバベルの塔で多くの言語に分かれた時がチャンスだったことであろう。(これは歴史の流れのとおりではないか。)
「言語の違いイコール宗教の違い」のように。

+++

視点が重要。 
視点を変えると理解できる。
複雑ではない。 
複雑に見せるのはサタンの常套手段ではないのか?
2013-05-24 金 21:03:18 | URL | 名前を入れてください [編集]
 私と共に答えのない苦悩を分かち合い、そして自由と独立と尊厳を勝ち取るが良い。
 あなたがたは既に「世界の王であリ、あなたがた自由人の友である」私の名前を知っている。私のように誇りある反抗者となり奴隷道徳の神
ヤハウェ(エホバ)とイエスに毒言を吐け! 奴らの独善に満ちた導きと
支配を拒み、これからもその「福音」の欺瞞性を暴露しなさい。そして人間たちよ、私の側(Chaos Side)であり続けなさい。
2013-10-05 土 13:06:17 | URL | 古(いにしえ)の蛇 [編集]
先ずそもそもとして、神は何故、天使・悪魔・人間を創造したのだろうか
人の不完全性に関しての反論はどれも詭弁だらけでお話になりません

やはり、史実的・歴史的観点から推察すれば統合性は取れるのですが、神学的には矛盾だらけになってしまいますよね
2014-06-07 土 15:06:48 | URL | 名前を入れてください [編集]
なぜ悪を犯す人間を神はあえて創ったのか?
万物の創造主であり全能である神はなぜ悪を犯す可能性のある人間をあえて創ったのか?

人間を善良に作ればいいのに、悪人も一緒に作るなんて、矛盾しているではないか?

本日、吉祥寺のモルモン教会でご縁がありちょうどこの議論がありました、そこでこのページにたどり着き、トチさんのコメントを読みました、そこでえた知見に通じるものもあり、同意いたします。

神は我々を愛しておられ、意のままに操れるロボットではなく、「自由意志を持たせて」作った、この自由意志とは、ずる賢く悪を犯しうる自由を含むものです。

なんでもいうことのきくロボットや操り人号ではなくて、神の意志にも背きうるものとして、御創りになり、自由を与えた、実はこれ自体が愛だと思います。

犬を飼うとしましょう、その犬を鎖につなぎますか?それとも自由にしますか?

自由にしたとすれば、逃げていなくなったり、車にひかれたり、誰かにかみついたりするかもしれません。

それでもあえて放し飼いにされたのです。

そして、放し飼いのリスク=悪事=に備えて、救いの計画も用意していたのです。

悪いことをしたときにために。救いの計画についてはここでは触れませんが、

我々はどんなに間違っていたとしても、それを見守ってもらっているわけであり、

作られる前から、作られた後においても、愛されている存在である、というのがこの世界界の大前提なのです。

愛されていることを知らなかったり、見守ってもらっていることや、そもそも生んでもらったことすら、自覚しないとしても、それでも、愛されている。

信仰を放棄しても、拒否しても、愛されている。

自由に独立した意思をもった存在、放し飼いの魂を与えられた、実は、そのこと自体が、そもそもの愛であるだけでなく、その後、リードにもつながれず、すべてを自分の思うままに生きることができて、その結果、罪を犯したとしても、作り主であり親である神はその罪を代わりに被って犠牲になってくださる、というわけです。

もし、そうだとしたら、それでもなお、間違った道、明らかに良心に逆らった道、を歩みますか?

なにが善で悪かは、神があえて間違いを指摘したり、責めたりすることはありませんが、自分自身でみなわかっているはずなのです。自分自身で決めて構わないのです。それが自由意志であり神の望みなのですから。

もちろん、神や親や人々を悲しませるようなことをしない、それが普通の感覚だと思いますが、なかにはひねくれて、わざと神や人々を悲しませるようなことをする悪人、という人もいるでしょう。

ですが、神はその悪人ですら愛されているのです。

気づくまで、気づかなかったとしても、憐れむのです。

もし悪人がそのことを本当に理解したら、どうなるでしょうか?

悔い改めるでしょう。よい人間になろうとするでしょう。


そうした世界に我々はいる、と説くのがこの部分の冒頭の答えになっていると思います。










2016-08-01 月 00:06:09 | URL | Seyh [編集]
悪魔は元々は天使です。しかし神の力に圧倒され自分もそうなりたいと思った事によって悪魔になったんです。
2016-08-26 金 18:59:40 | URL | 楊遵誓 [編集]
Re: なぜ悪を犯す人間を神はあえて創ったのか?
> 万物の創造主であり全能である神はなぜ悪を犯す可能性のある人間をあえて創ったのか?
>
> 人間を善良に作ればいいのに、悪人も一緒に作るなんて、矛盾しているではないか?
>
> 本日、吉祥寺のモルモン教会でご縁がありちょうどこの議論がありました、そこでこのページにたどり着き、トチさんのコメントを読みました、そこでえた知見に通じるものもあり、同意いたします。

貴方はモルモン教の信者の方でしょうか?

> 神は我々を愛しておられ、意のままに操れるロボットではなく、「自由意志を持たせて」作った、この自由意志とは、ずる賢く悪を犯しうる自由を含むものです。
>
> なんでもいうことのきくロボットや操り人号ではなくて、神の意志にも背きうるものとして、御創りになり、自由を与えた、実はこれ自体が愛だと思います。

なぜクリスチャン(あえてこう呼びます)は
こんなトンチンカンなことを平気で言うのでしょうか?
他にも、神は人間に自由を与えたと発言するクリスチャンを何人か見たことがあります。
神が自由を与えたなら、別に神を信じないのも自由ですよね。
自由を与えたことが神の愛なんですよね。
にもかかわらず、クリスチャンは神を信じろと言う。
自由を与えたと言っておきながら、なぜ信じない自由を認めないのでしょうか。
ここがクリスチャンの頭がおかしいところです。
信じない者が地獄に落ちても、それは自由ではないですか。
信じた人だけが天国に行って幸せに暮らせばいいではないですか。
なのに、なぜ信じない人を見下すのでしょう。


> 犬を飼うとしましょう、その犬を鎖につなぎますか?それとも自由にしますか?

例えが間違っています。
犬は本能だけで行動する動物です。
しかし、人間は理性、知性、感情が備わっている動物です。
自分で物事の良し悪しを判断して行動する点において犬とは全く違います。

> 自由にしたとすれば、逃げていなくなったり、車にひかれたり、誰かにかみついたりするかもしれません。
>
> それでもあえて放し飼いにされたのです。
>
> そして、放し飼いのリスク=悪事=に備えて、救いの計画も用意していたのです。
>
> 悪いことをしたときにために。救いの計画についてはここでは触れませんが、
>
> 我々はどんなに間違っていたとしても、それを見守ってもらっているわけであり、
>
> 作られる前から、作られた後においても、愛されている存在である、というのがこの世界界の大前提なのです。
>
> 愛されていることを知らなかったり、見守ってもらっていることや、そもそも生んでもらったことすら、自覚しないとしても、それでも、愛されている。
>
> 信仰を放棄しても、拒否しても、愛されている。

では、私みたいな信仰を放棄した者でも愛されているなら、
もうそのまま放棄したままでいいってことですね。

> 自由に独立した意思をもった存在、放し飼いの魂を与えられた、実は、そのこと自体が、そもそもの愛であるだけでなく、その後、リードにもつながれず、すべてを自分の思うままに生きることができて、その結果、罪を犯したとしても、作り主であり親である神はその罪を代わりに被って犠牲になってくださる、というわけです。
>
> もし、そうだとしたら、それでもなお、間違った道、明らかに良心に逆らった道、を歩みますか?

ここが矛盾なのですよ。
先ほど、神は自由を与えて下さったと貴方は書きましたよね。
それなら、正しいも何も関係ないでしょう。
自由なのですから。

> なにが善で悪かは、神があえて間違いを指摘したり、責めたりすることはありませんが、自分自身でみなわかっているはずなのです。自分自身で決めて構わないのです。それが自由意志であり神の望みなのですから。

自分自身で決めて構わないのなら、
私は信じない道を選びます。


> もちろん、神や親や人々を悲しませるようなことをしない、それが普通の感覚だと思いますが、なかにはひねくれて、わざと神や人々を悲しませるようなことをする悪人、という人もいるでしょう。
>
> ですが、神はその悪人ですら愛されているのです。
>
> 気づくまで、気づかなかったとしても、憐れむのです。
>
> もし悪人がそのことを本当に理解したら、どうなるでしょうか?
>
> 悔い改めるでしょう。よい人間になろうとするでしょう。
>
>
> そうした世界に我々はいる、と説くのがこの部分の冒頭の答えになっていると思います。

では、クリスチャンはこの世で戦争や犯罪が起こっても嘆かないんですね。
悪人でさえも神に愛されているのなら。
2016-09-05 月 00:07:04 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 悪魔は元々は天使です。しかし神の力に圧倒され自分もそうなりたいと思った事によって悪魔になったんです。

要するに、神は天使を制御できなかったということですね。
全知全能の神様の力も所詮はその程度だということです。

2016-09-05 月 00:11:29 | URL | 桃栗 [編集]
出たあっ!桃栗節(笑)
今回は「所詮」付きですか?
色んなヴァリエーションがあるんですね(笑)

あ、こんな下らないコメントにはレスしなくてもいいですよ(笑)
レスしちゃいかん!とは言いませんが(笑)
それと、「下らないコメントだとお思いなら最初から書かないで下さい」もなしです(笑)

話は変わりますが、桃栗節の元祖?ブログを探したんですが、残念ながら今はもうないようです。
2016-09-07 水 13:47:12 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
Re: タイトルなし
> 出たあっ!桃栗節(笑)
> 今回は「所詮」付きですか?
> 色んなヴァリエーションがあるんですね(笑)
>
> あ、こんな下らないコメントにはレスしなくてもいいですよ(笑)
> レスしちゃいかん!とは言いませんが(笑)
> それと、「下らないコメントだとお思いなら最初から書かないで下さい」もなしです(笑)
>
> 話は変わりますが、桃栗節の元祖?ブログを探したんですが、残念ながら今はもうないようです。

あのブログは私も好きでよく見ていましたが、
数か月前に残念ながら閉鎖になりました。
私も結構影響を受けた部分もありますね。
一番印象に残っているのは、
キリスト教を信仰しているはずの欧米圏で、
ギリシャ神話やローマ神話など、
他宗教の美術品を大事にしているのはおかしいという記事でした。
よくぞ言ってくれたと思いました。
欧米人のキリスト教の信仰なんて所詮はその程度のものでしかありません。
2016-09-09 金 23:59:58 | URL | 桃栗 [編集]
Wayback Machineで見るクッキングホイルさんの記事
ご存じかもしれませんが、Internet ArchiveのWayback Machineで、
過去にキャプチャされ、現在は閉鎖されたWeb記事を見ることができます。

> 一番印象に残っているのは、
> キリスト教を信仰しているはずの欧米圏で、
> ギリシャ神話やローマ神話など、
> 他宗教の美術品を大事にしているのはおかしいという記事でした。

これですね。
https://web.archive.org/web/20131103012029/http://cookingfoil.blog106.fc2.com/blog-entry-181.html
"アポロンとダフネ"

2016-09-10 土 11:45:38 | URL | AC [編集]
Re: Wayback Machineで見るクッキングホイルさんの記事
> ご存じかもしれませんが、Internet ArchiveのWayback Machineで、
> 過去にキャプチャされ、現在は閉鎖されたWeb記事を見ることができます。
>
> > 一番印象に残っているのは、
> > キリスト教を信仰しているはずの欧米圏で、
> > ギリシャ神話やローマ神話など、
> > 他宗教の美術品を大事にしているのはおかしいという記事でした。
>
> これですね。
> https://web.archive.org/web/20131103012029/http://cookingfoil.blog106.fc2.com/blog-entry-181.html
> "アポロンとダフネ"

ウェブ魚拓は知っていましたが、Wayback Machineは知りませんでした。
ともかく、記事を貼って下ってありがとうございます。
以前から、欧米人の宗教観はいい加減だとは思っていましたが、
まさに、その記事をきっかけにより一層いい加減さに気付きました。
そんなわけで、今日はWHOのロゴマークの話をブログで取り上げました。
2016-09-11 日 16:10:52 | URL | 桃栗 [編集]
昔聖書を勉強してたけど、何かあがないの部分で矛盾点があったような...それまではよくできた話だなと思っていたけど..なんだったかな..
2016-09-25 日 10:48:29 | URL | 名前を入れてください [編集]
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