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桃栗

Author:桃栗
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もしもキリストが違う手段で処刑されたら?
キリスト教のシンボルといえば、なんと言っても十字架ですよね。
イエス・キリストが十字架に磔(はりつけ)にされて
墓に葬られた後、3日目に蘇ったことから、
キリスト教にとって十字架は重要な意味を持つわけですね。
でも、良く考えてくださいよ。
十字架って、要するに「処刑道具」でしょう?


文明も情報も発達していなかった当時、
冤罪を着せられて無実の罪で処刑された人も少なくないはずです。
今この現代社会でさえ冤罪を着せられる事件が後を絶ちませんから、
当時ならなおさらのことでしょう。
そんな多くの人が血を流した忌まわしい処刑道具を
教会のとんがり屋根のてっぺんに飾ったり、
ペンダントなどのアクセサリーにしたりするなんて、ヘンじゃありません?
また、十字架にかかったキリストが聖画としてよく描かれていますが、
あれって「死体」を描いた絵でしょう?

では、もしも当時ギロチンが発明されていて、
キリストがギロチンで処刑されたなら、
教会の屋根にはギロチンが飾られていたのでしょうか?
クリスチャンはギロチンのペンダントをしていたのでしょうか?

当時のイスラエルには「石打ちの刑」なんてものがありましたから、
もしもキリストが石打ちの刑で処罰されたなら、
石を投げつけられてボコボコに潰れたキリストの死体が
聖画として描かれていたのでしょうか?

十字架での処刑だって、現実に目の前で行われたら、
大変残酷で痛ましい刑に違いありません。
クリスチャンの画家たちはそんな残酷な場面を「美しく」描いているわけですよね。

どうも長い歴史の中で、
「十字架」という処刑道具が美化されたように思えてなりません。

なお、エホバの証人の見解によれば、
イエスが磔にされたのは十字架ではなく、
聖書の原文には「棒」や「杭」という言葉しかないといいます。
そして、十字架は他宗教から取り入れられたものだとして否定していますが、
とりあえずこの記事では十字架に付けられたものだとして話を進めました。
ちなみに、エホバの証人の公式サイトには、
キリストが電柱ぐらいの太さの木に磔になった絵があり、
十字架を信じるクリスチャンが見るとカルチャーショックかもしれません。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

もしものコーナー | 23:57:07 | トラックバック(0) | コメント(7)
コメント
私もかつて同じ疑問を持ってました。
本のタイトルは忘れましたが、ギリシア語聖書を引用したのを数年前に借りて読みました。
原文では「杭」が複数系で書かれているので、十字架の処刑方法だろうという見解でした。
2008-11-22 土 22:29:05 | URL | 霞 [編集]
問答
問い もしもキリストがギロチンで処刑されたら、会堂の屋根にはギロチンが飾られていたか?

答え たぶんギロチンが飾られていたでしょう。

問い イエスの処刑道具は杭か十字架か?

答え 高い蓋然性をもって十字架(横木を組み合わせた杭)であると言えます。ただ、はっきり言って、十字架か杭かはどうでもいいのです。

問い どうも長い歴史の中で、「十字架」という処刑道具が美化されたように思えてなりません。

答え たぶんそうでしょう。4世紀に十字架刑が禁止され、十字架刑の残虐性が薄れるにつれ、逆に美化されていった可能性は十分あります。
2008-11-24 月 11:02:39 | URL | キリスト教徒 [編集]
論点がずれてるんだよな
キリスト教にとって「イエスの死」の肝心なところは「なぜ」であって「どうやって」ではないはずなんですが。旧約預言の成就のためということでも、たとえば「モーセが荒野で蛇を上げたように」ということなら、木に架けられたことが大事であってそれが杭か十字架型かはたいしたことじゃないはずなのに、エホバの証人に対して過剰な反応をする教会やクリスチャンの多いこと。
考えてみると、自分たちが十字架を美化しておいて、「ファッションで十字架デザインを取り入れる(=十字架に美的なものを認める)人々」に文句を言うのは滑稽ですね。
2008-12-12 金 13:02:58 | URL | 坂井信生 [編集]
坂井様
確かにプロテスタントはエホバの証人に過剰に反応しますね。
そんなに自分たちが正しく、エホバの証人が間違いだと主張するなら、
自分たちから「王国会館」に出向いていって
その「正しい教え」を説いてあげればいいのに、
そういうことはしませんからね。

また、私の教会の牧師さんがこういうことを言っていました。
「ファッションで十字架を付ける人がいますが、
あれは敗北のしるしなのです」
そういう自分たちだって敗北のしるしを「美しく」飾っていますからね。

もしキリストがギロチンで処刑されたら、
その形が美化されて今日まで伝わったのでしょうね。
2008-12-14 日 11:04:09 | URL | 桃栗 [編集]
イエスの十字架刑にまつわる教義が出来たのは、
申命記21章23節に抵触してマズいことになるからでは。
そのままだと、ただの汚らわしい敗北となる。
イエスの死がそんなものであるハズがない→教義成立

律法で汚らわしくならない死に方であったなら、
案外その死も純粋に「殉教」とみなされ、
彼の死にまつわる物品や処刑具を身につけることは
むしろ不謹慎、とみなされていたかもしれませんね。

その場合、旧約のどの記事が予型として選ばれていたのか。
2010-07-20 火 15:21:14 | URL | ごおや [編集]
Re: タイトルなし
> イエスの十字架刑にまつわる教義が出来たのは、
> 申命記21章23節に抵触してマズいことになるからでは。
> そのままだと、ただの汚らわしい敗北となる。
> イエスの死がそんなものであるハズがない→教義成立

聖書をよく読んでいらっしゃいますね。
私は忙しくてなかなか聖書を読む時間がなく、
気が向いたときに気が向いた箇所を読むだけのことが多いです。
このようにコメントで出典箇所を明示していただけると
大いに助かります。
え? 聖書にそんなことが書かれていたの? と大きな驚きがあります。
申命記に書かれていることが事実なら、
イエスは「呪われた者」になってしまいますね。
2010-08-07 土 00:07:30 | URL | 桃栗 [編集]
当ブログ
tacodayoのブログ livedoor Blog

http://blog.livedoor.jp/tacodayo/?sso=e4cb5fb10aa9d3e7ecfc5ff816f08401b67c6186

イエスは十字架で処刑されたのではない

秘められた名前=奥義

をどうぞ。
2011-08-26 金 16:06:56 | URL | タコ [編集]
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