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桃栗

Author:桃栗
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コメント
痴漢者トーマスに懲役25年の求刑
最近、三鷹の女子高生タレントの殺人事件の裁判がやり直され、犯人の「痴漢者トーマス」に懲役25年の求刑だったそうです。被害者の「くぱぁーや」は、キリスト教の教会で葬式をしてもらって、「天に召された」のですから、キリスト教の教えに忠実に従うならば、「痴漢者トーマス」は、無罪放免なのではないでしょうか? どうして「くぱぁーや」の遺族が「痴漢者トーマス」の減刑を嘆願しないのか不思議でなりまsrん。
2016-03-13 日 04:53:06 | URL | 巨大虎猫 [編集]
Re: 痴漢者トーマスに懲役25年の求刑
[打消]> 最近、三鷹の女子高生タレントの殺人事件の裁判がやり直され、犯人の「痴漢者トーマス」に懲役25年の求刑だったそうです。被害者の「くぱぁーや」は、キリスト教の教会で葬式をしてもらって、「天に召された」のですから、キリスト教の教えに忠実に従うならば、「痴漢者トーマス」は、無罪放免なのではないでしょうか? どうして「くぱぁーや」の遺族が「痴漢者トーマス」の減刑を嘆願しないのか不思議でなりません。

その通りです。
本人が天に召されて永遠の命を得るという目的は達成できたのですから、
キリスト教のお得意の「隣人愛」で犯人を赦しててあげればいいのです。
しかし、こういう時にはなぜか隣人愛を発揮させません。

クリスチャンは、こういう事件が起こった時には、
「殺人犯は神の裁きを受けなければならない」と言って正当化します。
出エジプト記21章24節以降にあの有名な言葉が書かれていますね。
「目には目を、歯には歯を(以下略)」
つまり、死には死をもって償わなければならないということです。
この言葉を引用すれば、犯人を裁くことが正当化できます。

そしてある時は、「汝の敵を愛せよ」というイエスの言葉を引用し、
キリスト教が愛にあふれた宗教であると説きます。

クリスチャンは本当に都合の良い生き物です。
その時の都合によって聖書の都合の良い箇所を引用し、
その聖書の言葉の解釈にも一貫性がありません。
だからキリスト教が世界中に広まっても平和にならないのです。
2016-03-17 木 22:10:42 | URL | 桃栗 [編集]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%8A%E8%A7%A3

おいおい懺悔すれば罪が許されるなんてプロテンスタントじゃ言ってないぞw
2016-04-03 日 11:03:12 | URL | クリスチャン [編集]
まあ言うだけ野暮かもしれんが
ひねくれすぎだと思うね
大抵のことにはふつうに答えられる範囲内の内容しかないし
当たり前だけど矛盾のない宗教なんてものも存在しない

神仏が実在するのなら何故、世はこんなに乱れるんだと言われればどんな宗教でも
答えられないさ

そこをスルーするのが大人ってもんだ
わざわざ突っ込むのはガキだと思うよ(笑)

>>クリスチャンは本当に都合の良い生き物です。

これはすべての人間がそうだろう
人間なんて矛盾だらけで行動に完璧な一貫性がある奴は逆に危ない

寧ろ、聖書はどうとても解釈できる部分があるから平和になるのであって
柔軟性があるのであって
ひとつの解釈しか存在しないのなら現実に通用しなくなってすぐ破綻するだろう

君が言っていることはまったく逆だよ

>>だからキリスト教が世界中に広まっても平和にならないのです。

これはまったく関係ないし何の必然性もない言葉だね
何の根拠があって言っているのかもいみふめい
唐突になにをいっているのかね?

君によると罪が許されちゃまずいんだろう?

ならそれで良いじゃないか
当然、許されない罪というものも存在するだろうよ

この世界が争いに満ちているのは、この世界が争いを否定しては成り立たない世界だからで
キリスト教とも、聖書解釈ともなんの関係もないぞ?
大丈夫かい?
2016-04-03 日 11:11:12 | URL | クリスチャン [編集]
たとえば罪のない人というのは犯罪を犯していないという世俗の罪の無い人と言う意味であって
別に原罪がない人を言っているわけじゃない
罪と言う言葉の多義性であっさり納得できる

更に神は愛であるというのと罰を与えるというのも矛盾しない
愛を持つ存在であると同時に裁く存在でもあるというだけの話しだろう

こんなのはあっさり納得できるレベルのことでなんでそんなことに疑問を持つのか逆に
不思議だよ

他のことも大抵、ふつうに答えられて納得できるレベルの疑問しか君は書いていない
むろん、宗教には矛盾もあるがそんなの当たり前だ

宗教とは事実というよりも、生きる為の希望なのだからな
2016-04-03 日 11:16:56 | URL | クリスチャン [編集]
つまり君の書いていることは
キリスト教に対する正当な疑問というよりも
多くの場合、因縁をつけているだけなんだよね

大抵の君の疑問は君自身が教会で学んだことで自己解決できるものだと思うよ

随分ひねくれた人だな、という感じしかしないね
宗教なんてしょせん虚構なんだから
突っ込むだけ野暮ってもんだろうに
2016-04-03 日 11:21:39 | URL | クリスチャン [編集]
それともうひとつ

君は最低の人間だ
キリスト教を否定するためならなんでもやってよいのか?

死者の名誉を汚し、遺族に何の同情もせず嘲笑う

もっとも酷いのはお・ま・えだ
あまりに常識がなさすぎる

自分がなにをやっているのか気付いてないのか?
キリスト教に反発を持とうと、否定しようとやり方というものがあり
そこには人間的常識がある

お前は最低だ
2016-04-03 日 12:39:54 | URL | クリスチャン [編集]
それと君は使徒か神かなんかか?

クリスチャンが聖書に従おうと従うまいと
君にとやかく言われる筋合いはない

君にクリスチャンを聖書に従わせる権利も資格もない

君はただの人間でしかない

なんで君に聖書に従うように強制されなければならない
勘違いするな!
そんなことを君に言われる筋合いはない!

このブログを読めば被害者に対して何の同情も痛ましさも感じない
君の最低の性格がよくわかる

実際の殺人事件を、自分の主張であるキリスト教を否定するために利用するなんて!

本当にお前には常識がないね

少しは気づいてくれ自分がなにをしているのかに!
こんなの宗教以前の問題だ!
2016-04-03 日 12:45:16 | URL | クリスチャン [編集]
つまりあなたの問題点は
キリスト教を否定する為ならなんでもやっていいのか
なんでも正当化されるのか?

ということです
人間的常識を持って下さい

言ってみればこれは、「ここが変だよ元クリスチャン2世」ですね

さっきも書いたが
もっともやってはいけない
自分を正当化して、相手を一方的に叩いて、痛ましい殺人事件の被害者まで自分の主張のために利用しているのはあなたです

あなたは万能のエホバですか?
それと同じ残酷な事をあなたはしていますよ

あなたが否定する独善的なキリスト教や神と、あなたはそっくりだ

しばしばキリスト教を否定する人間が陥る誤りだが

何かを一方的に否定したら、けっきょく相手と同じになってしまいますよ!
2016-04-03 日 12:50:52 | URL | クリスチャン [編集]
繰り返し言いますが
セカンドレイプまがいの書き込みを承認し、同意するあなたは最低の人間です

そんなの聖書とかキリスト教とかいう以前の問題ですよ

相手がクリスチャンならなにをやってもよいのですか!

繰り返し言いますが、あなたには被害者に対する同情とか痛ましさを感じる心がないのか!

キリスト教を否定するためならどんな汚い事でもするのか!

あなたのような人間がクリスチャンを辞めてくれて幸いでした
お願いですから人間として最低限の礼儀くらいわきまえてください!!
2016-04-03 日 12:59:16 | URL | クリスチャン [編集]
うん
君の問題点は繰り返し指摘したように
自分の目的のためならなんでもする、どんな詭弁もろうする
そのどうしようもない性格にあると思う
その性格を改善しないと君は一生負の部分を引きずっていくことになると思う

本当にキリスト教から何も学ばなかったのか?
少なくても被害者をセカンドレイプしないくらいの常識は学んで欲しかったな

君の変な部分を指摘したのだから是非そこを改善してくれ
まあブログを読む限り無理かもしれないが

宗教以前に、最低限の人間的常識くらいは身につけようよ!

2016-04-03 日 13:11:30 | URL | クリスチャン [編集]
Re: タイトルなし
> https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%91%8A%E8%A7%A3
>
> おいおい懺悔すれば罪が許されるなんてプロテンスタントじゃ言ってないぞw

そのWikipediaの”告解”って何ですか?
引き合いに出す言葉が間違っていますよ。
そんな言葉初めて聞きました。
プロテスタントにいた時は一度もそんな言葉を聞いたことがありませんね。
貴方みたいなコメントを見ると、
そう言えば子供は今春休みんだなあと感じますね。
2016-04-03 日 23:30:53 | URL | 桃栗 [編集]
あなたのへんしんはきほんてきによまない
きべんだから

ただいいたいことはすべていった

それとクリスチャンは20おくにんいる
いいひともいればわるいひともいる
まともなひともいればそうでないひともいる

あなたのようにじっぱひとからげにいうしせいはまったくはなしにならない

こんぽんてきにあなたのりくつははたんしているともうしあげる
2016-04-04 月 06:58:02 | URL | クリスチャン [編集]
ついでに言っておくと
当たり前だが懺悔で許されるのは死後の神の裁きだけであり
現実の司法の裁きの話しではない
そんなのは常識であり、誰も問題にしない
それもわざとやってるのか?
それとも本気で知らないほど無知なのか?
だとしたら何年教会に通っていた! と叱責したいくらいだ
こんなふうにキリスト教を否定するブログを作ってるやつは訳のわからないことを言う奴が多い
当たり前のことすらしらないことが多いのだ
本当にキリスト教から何を学んだんだ?


隣人愛がどうこうというのもちょっとキリスト教を知っているのなら誰もが論破できる屁理屈にすぎず正気とは思えない
2016-04-04 月 12:49:55 | URL | クリスチャン [編集]
しかもそれすら本当に神が許したかどうかはわからない
それは神の自由だからだ

どちらにしろ君の理屈には言いがかりでしかない滅茶苦茶な理論が多い
それは既に書いたようになんでもかんでもキリスト教に因縁をつけるからそうなってしまうんだが

私は逆に君がよくキリスト教に関して常識的なことをしらないんじゃないかなと思う
まあわかっててわざとやってるのかもしれんがね
2016-04-04 月 13:04:42 | URL | クリスチャン [編集]
キリスト教の教えに忠実に従うならば、「痴漢者トーマス」は、無罪放免なのではないでしょうか?

すでに書いたように懺悔などで許されるのは死後の神の裁きだけであるので
そんな教えはないです

中世のキリスト教国ですらふつうに刑罰や死刑はありました
馬鹿じゃないんですか?
キリスト教が現実の司法の罪を許せなんて言っていないことは誰にでも判ると思うんですが?
ふつうにキリスト教国でも罪を犯せば法で裁かれますよ

わざと言ってるんじゃなければ本当に頭がおかしいですね
それとも本気でキリスト教に対して無知なんですか?

いい加減長くなったのでここまでにしますがね

もちろん大したことのない罪なら懺悔などだけで許しても問題はないでしょうがね

しつれいながらはっきり言わせて貰うが
第一にキリストの教を誤解しているという意味でも
第二にセカンドレイプを平気でやるという意味でも

あなたは常識がないし、本当に頭がおかしいですね

一日も早くこんなブログは閉鎖したらどうですか?
キリスト教がどうしたという以前に
あなたには人間的常識がまったくない
2016-04-04 月 13:13:45 | URL | クリスチャン [編集]
はじめまして!
私はキリスト教に興味があるノンクリスチャンの独女です。
桃栗さんのブログの鋭い指摘に確心しております。
コメントを読んでおりますと、これは桃栗さんのブログなのに批判してくるバカタレがいるのが、腹ただしいです。
自分が正しいと思って主張している人のコメントをみると虫酸が走ります。
桃栗さんは桃栗さんの意見を書けばいいのです。
他人が批判するなんてもってのほかでしょ。
私は見方です。頑張れp(^-^)q
2016-04-04 月 22:25:13 | URL | 花子 [編集]
復活が無く、神がどこにも居られず、この宇宙で自然法則が絶対で
あるならば、夢も希望も無くなる。
この矛盾に合理主義はずっと悩んできた。

もし世界が自然法則だけで成立し、力の強い者が弱い者を喰らうと
いうことが、この世界の全てであるならば、夢も希望も無い。
『道徳など持っているほうが馬鹿だ』ということが真になる。
正直者は馬鹿を見るということになる。
もしこの世界観が正しいならば、『倫理を捨てて、剥き出しの力を得よ』、
と学校で教えるべきじゃないか。
『ずるいことをやってもいい。犯罪的なことをしてもいい。とにかく力が
全てだ。力を得ることに邁進(まいしん)せよ』ということになるじゃない
か。 これは、悪魔教である。

つまり、神の奇跡を否定することは、悪魔崇拝につながるのだ。
〈神癒、祈りの成就、聖霊の働き、瞬間移動、そして復活〉…
こういった事を否定するならば、最終的に
悪魔礼拝にひきずりこまれるだろう。
合理主義者は、最後には悪魔崇拝者になる。
2016-04-05 火 21:06:57 | URL | GB [編集]
あのなあw
あくまでイエスの十字架によって逃れるのはw
あるいは懺悔によって逃れるのは

「死後の神の裁きによる罰」だけだぞw

決してこの世の司法や刑罰のことじゃないからなw

お前本当にクリスチャンだったのか!
そんなことも知らないなんてただの馬鹿だぞ!

ふつうのクリスチャンには神に許されればこの世の刑罰も許されるなんて発想そのものがかけらもないわ!

聖書のちゅうかい書を読んでみろよ

それについて書いてある全部の本にイエスの罪によって逃れられるのは死後の神の裁きのことであることはちゃんと書いてあるから

ここに書いてある文章を読んでいるとあまりにキリスト教に無知なんで
お前が生まれながらのクリスチャンだったなんてことは嘘なんじゃないかと思えてくる

もちろん、大したことにない罪なら悔い改めて許されることもあるだろうが

殺人まで犯した場合、司法、刑罰で許されるなんてことは決してないからなw

大丈夫か? こいつ
これだけ言ってもまだわからないと思うけどね
2016-04-06 水 06:56:31 | URL | クリスチャン [編集]
クリスチャン様
クリスチャン様

もし、お名前の通り本当にクリスチャンであったのなら以下の聖句を差し上げます。

コリントの信徒への手紙一/ 13章 04節から

愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。

礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。

すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

ヤコブの手紙/ 03章 10節

同じ口から賛美と呪いが出て来るのです。わたしの兄弟たち、このようなことがあってはなりません。

マタイによる福音書/ 07章 01節から

人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。

あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。

あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。

兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。

偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。


私は思いますが、桃栗さまはクリスチャンでいらっしゃった時は本当に苦しかったと思いますよ。
誰もが抱くであろう普通の質問に対して当然の回答を得られなかったわけですから。
教会でははぐらかされ、周囲には諭される。
自分の存在自体を疑ったこともあるでしょう。
さまざまな宗派を見て回り探し求めたのもあら探しをしていたのではなく、純粋に神様というものを知りたかっただけ。


マタイによる福音書/ 07章07節から

求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。


たたいてもたたいても門が閉ざされたままでいるのはとても辛いことです。

いちゃもんという簡単な言葉では片付けられないほど、このブログに書かれていることは”信仰を持つ者”にとっては深刻であり、切実な話が多いと思います。
信仰のない人、持ったことがない人には何が書かれているのか正確に理解できないと思います。

否定を書いているのではなく、キリスト教の”矛盾”を客観的にここでは説いています。
2016-04-07 木 11:06:13 | URL | てふ [編集]
Re: タイトルなし
> はじめまして!
> 私はキリスト教に興味があるノンクリスチャンの独女です。
> 桃栗さんのブログの鋭い指摘に確心しております。
> コメントを読んでおりますと、これは桃栗さんのブログなのに批判してくるバカタレがいるのが、腹ただしいです。
> 自分が正しいと思って主張している人のコメントをみると虫酸が走ります。
> 桃栗さんは桃栗さんの意見を書けばいいのです。
> 他人が批判するなんてもってのほかでしょ。
> 私は見方です。頑張れp(^-^)q

コメントどうもありがとうございます。
たまに狂信的な人が現れますね。
このブログは2011年頃からコメントを承認制にしていますが、
そのきっかけとなったのが狂信的な人からの執拗なコメントでした。
やはりブログのコメントは承認制にして正解でしたね。
あまりにも目に余るようでしたらアクセス制限をかけるつもりですが、
今のところは適当に泳がせておきたいと思います。
2016-04-07 木 23:13:02 | URL | 桃栗 [編集]
桃栗さんのブログを読んでいると、教会での弊害(それももちろんありますが)よりもむしろ、
家庭内で受けた心の傷の方がより深刻なように思います。
つまり桃栗さんのご両親はクリスチャンでありながら、聖書の教えに基づいて子供を育てなかった。
それは端的に言えば子供に対する愛情に欠けていた。
そんなご両親を桃栗さんが敬えるわけがないから、それがきっかけで罪の意識、裁きへの恐怖と連鎖するんだと思います。

そこへ日曜学校お得意の、ハートマークを真っ黒に塗り潰した(ずいぶん幼稚な絵だと思いますけどね)「墨のように黒く汚れた心」が来るわけです。
でも子供たちの様子を見ていると、みんながそれに強く反応してるわけではなさそうです。
多分、桃栗さんの家庭環境に由来する「何か」が強い衝撃をもたらしたのでしょう。

現在の桃栗さんはご両親と一緒に生活してるのではなさそうなので、そこに解決への糸口があるかもしれません。
2016-04-08 金 13:54:03 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
こんにちは。
私は万年求道者ですが、上から目線のキリスト者を見るとげんなりします。
こういうところが、私に洗礼を思いとどまらせる原因かもせいれません。
キリスト者の優位性に獲り付かれるのが怖いというか。

ご自分が信じている宗教を悪く言われるのはつらい事だと思います。
が、現実にキリスト教は日本において特異な問題を抱えているのですよ。
なぜ桃栗さんのような元クリや私のように洗礼に踏み切れない人が存在するか、教会でじっくり話し合ってみるといいと思います。
2016-04-08 金 17:52:05 | URL | タカえもん [編集]
Re: タイトルなし
> 復活が無く、神がどこにも居られず、この宇宙で自然法則が絶対で
> あるならば、夢も希望も無くなる。

逆ではないですか?
この世に本当に全知全能の神がいて、
この世のすべての出来事が神の御計画によるものだとしたら、
夢も希望のなくなると思いませんか?
だって、すべてのことが神の御計画によって決められているのですから。
自分の人生が神によって決められ、自分で変えられないのであれば、
夢も希望もありません。
2016-04-10 日 23:24:28 | URL | 桃栗 [編集]
Re: クリスチャン様
> クリスチャン様
>
> もし、お名前の通り本当にクリスチャンであったのなら以下の聖句を差し上げます。

(中略)

> いちゃもんという簡単な言葉では片付けられないほど、このブログに書かれていることは”信仰を持つ者”にとっては深刻であり、切実な話が多いと思います。
> 信仰のない人、持ったことがない人には何が書かれているのか正確に理解できないと思います。
>
> 否定を書いているのではなく、キリスト教の”矛盾”を客観的にここでは説いています。

おそらく、クリスチャンを名乗るその人物は、
聖書を読んでいないでしょう。
これだけ執拗にコメントをしておきながら、
聖書の言葉を全く引用していません。
もっとも、聖書の言葉を見せたところで、
ご自分に都合の悪い聖句は無視するのがクリスチャンの習性です。
もしもご本人が本当にクリスチャンで教会に通っている人なら、
イエスに会った時に自分が称賛されるとでも思っているのでしょうか。
2016-04-10 日 23:30:30 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 桃栗さんのブログを読んでいると、教会での弊害(それももちろんありますが)よりもむしろ、
> 家庭内で受けた心の傷の方がより深刻なように思います。
> つまり桃栗さんのご両親はクリスチャンでありながら、聖書の教えに基づいて子供を育てなかった。
> それは端的に言えば子供に対する愛情に欠けていた。
> そんなご両親を桃栗さんが敬えるわけがないから、それがきっかけで罪の意識、裁きへの恐怖と連鎖するんだと思います。
>
> そこへ日曜学校お得意の、ハートマークを真っ黒に塗り潰した(ずいぶん幼稚な絵だと思いますけどね)「墨のように黒く汚れた心」が来るわけです。
> でも子供たちの様子を見ていると、みんながそれに強く反応してるわけではなさそうです。

私は以前も発言したことがありますが、
何も言わない子=何も考えていない子ではないのです。
子供が何も言わないからと言って、素直に信仰しているとは限らないのです。
私は、キリスト教に関して否定的なことを言ったり考えたりすることは、
神に対する大きな罪だと信じていたので、
そのような否定的な考えを心の中にねじ伏せていました。

そう言えば最近、中学生の女の子が2年間も監禁されていた事件がありますね。
大人の考えなら、なぜ逃げなかったのかと思うでしょう。
犯人は大学に通っていたのですから、
その隙になぜ逃げなかったのかと多くの方が疑問に思うでしょう。
しかし、私には彼女の気持ちが分かります。
彼女は逃げることは許されないと固く信じ込んでいたのでしょう。
私が彼女の立場だったら、同じく逃げなかったかもしれません。

私のキリスト教への信仰もそれに近かったと思います。
今から考えれば、そんなに信仰が苦痛ならやめればいいのにと思います。
しかし当時の私には「キリスト教を信じない」という選択肢は有り得ませんでした。
キリスト教をやめるという発想が全くなかったのです。
「キリスト教を信じない人生」は私にとって有り得なかったのです。
今でこそこんなにもキリスト教に否定的なことばかり書いていますが、
もしももっと早くキリスト教の欠点い気付いていたら、
こんなにも人生を無駄にしなくて済んだのにと悔やまれてなりません。
今ブログを書いているのはその時の反動です。
2016-04-12 火 23:01:26 | URL | 桃栗 [編集]
桃栗さん、いつもお世話になっております!
久しぶりに覗かせてもらったところ変な書き込みがあまりに続いていたので、私は桃栗さんの味方なのと、あくまでもこのブログは桃栗さんのブログですので、何といいますかこれからも頑張ってほしいなぁと思い、書き込みさせてもらいました。
適当に泳がせておきながらも、変なコメントにも冷静に返事をしておられて、個人的にはすごいなぁと思っております。
私だったらイライラして無視したくなりますので…。

あれからまた更にキリスト教から心理的に離れることができ、以前より気持ちが軽くなりました。
何かがうまくいかなければ祈りが足りない、そこそこうまくいけば祈りが効かれたとか、そういう言葉を聞くこともなくなったので、下手に精神を乱されなくなったようにも感じています。
祈りの過不足とでもいうのでしょうか、それを人間が決めているのがとても不思議です。

最後に、桃栗さんにこの心情を聞いてもらえたらありがたいです。
10代から20代前半にかけて寝る間がほぼなかったのですが、日曜だからと教会に行っていました。
でもどう考えても、教会に行くより家で寝てお金も使わずに過ごしていたほうがよかったと思っています。
クリスチャンは疲れている時や具合の悪い時ほど教会においでなどと言いますが、一般社会でそんな事を言ったら間違いなく過労死のすすめだと…。
ブラック企業ならぬブラック教会だなと思いました。

桃栗さん、季節の変わり目ですのでお体お大事にしていてください。









2016-04-13 水 01:37:35 | URL | ちさと [編集]
村松行之
村松行之という人物をご存知でしょうか? こいつの本名は辻正人といって、三重県の分限免職第1号教員です。
どうしょうもない異常者で、かつて「三重のヒツジ」、「犠牲者」などのキリスト教を彷彿させるHNで、2ちゃんねる等で暴れていました。
免職になる少し前から、病状を大げさに申告して、大量に向精神薬を処方してもらい、これらの薬物を愛飲していたジャンキー (恐らくは、薬物性精神障害) でしたが、免職になったら、ますます基地外度パワーアップしました。

性的にも倒錯しており、在職中に女子生徒2人相手に3Pをしようとして、生徒にラリアート食らって転倒し、そのままにゅういん。免職後は、某旧帝大病院のベッドの上で、わざと脱糞して、若い女性看護師に下半身を拭いてもらって喜んだり、好みの女性看護師が夜勤に就くと、性器を動かないはずの右手でゴシゴシ擦って、ナースコールして、看護師が駆け付けたと同時に発射。また、若い女性看護師の前で、下半身を露出して、「珍々が身体の中に入るのって、どんな感じ?」と言ったのだそうです。

薬で逝ってしまったとはいえ、こんなにも人をバカにしたことが出来るのは、彼が子供の時に受けたキリスト教狂育の賜物でしょう。
2016-04-16 土 23:02:10 | URL | 巨大虎猫 [編集]
メノナイトのイカサマ医療
私が中学生から大学院生の時、身内に難病患者がいたために、赤貧状態を味わったということは以前書いたと思います。中学高校と新品の学生服を着たことがなく、大学と大学院の時は、ボロボロになった服を自分で修繕しながら着ていました。
大学院の時、私が食費にも困っているということを聞きつけたMBの人たちが私のところに押しかけて来て、私が「経済的に困っているのは、神の怒りで、身内がノンクリの病院でノンクリの医療を受けるのを即刻止めて、キリスト教的な医療を受けるべきだ。」と喚いていました。彼らの言う「キリスト教的医療」とは、その時は何のことかわかりませんでしたが、どうやら「十字式健康法」のことのようです。
こんなもので病気が治ったら、世の中に病人はいなくなります。医療行為を拒否してイカサマを信奉するのを強要する彼らは殺人者です。
2016-04-17 日 09:05:15 | URL | 巨大虎猫 [編集]
祈りの強制
ちょっと話の流れを変えてしまいます。

熊本の甚大な災害に心を痛めております。
痛めておりますが、
「聖書なんか閉じて祈りなさい!つらい目にあっている人たちの為にアクションをおこしなさい!」
って、ネット上でハッパかけるクリスチャンが多発してます。なんかイヤ。
ネット上で祈りを公表したら誰か救われるの?
ネット上で祈りを公表しないクリスチャンはだめクリスチャン?

私はネット上では祈りません。誇ってしまいそうだから。
他人へ祈りの強制もしません。
祈りを公表しない人は不信心だなんて思いません。

大災害が起きた時の長老たちの圧力には辟易します。

ひとりごとです。すみません。




2016-04-17 日 12:49:26 | URL | タカえもん [編集]
Re: タイトルなし
> こんにちは。
> 私は万年求道者ですが、上から目線のキリスト者を見るとげんなりします。

全くその通りです。
クリスチャンを見ていると、
自分が神になったのと勘違いしているのではないかと思います。


> こういうところが、私に洗礼を思いとどまらせる原因かもせいれません。
> キリスト者の優位性に獲り付かれるのが怖いというか。

迷っていらっしゃるならおやめになった方が良いです。
キリスト教を信じてしまうと、
信じていない人がみな罪びとに見えてしまいますから。


> ご自分が信じている宗教を悪く言われるのはつらい事だと思います。
> が、現実にキリスト教は日本において特異な問題を抱えているのですよ。
> なぜ桃栗さんのような元クリや私のように洗礼に踏み切れない人が存在するか、教会でじっくり話し合ってみるといいと思います。

話し合っても無駄です。
解決できないことは全て「祈りましょう」の一言で済まされますから。
とにかくクリスチャンって何かあると「祈りましょう」と言うのが好きですね。
それで問題が解決したつもりになっているのですからアッパレな人たちです。
その一方で神社やお寺にお参りする人たちのことを
「ご利益宗教」だと言って上から目線で見下す。
やってることは同じではないですか。
ご利益宗教にすがってもキリスト教にすがっても物理的には何も変わりません。
2016-04-17 日 22:16:09 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 桃栗さん、いつもお世話になっております!
> 久しぶりに覗かせてもらったところ変な書き込みがあまりに続いていたので、私は桃栗さんの味方なのと、あくまでもこのブログは桃栗さんのブログですので、何といいますかこれからも頑張ってほしいなぁと思い、書き込みさせてもらいました。
> 適当に泳がせておきながらも、変なコメントにも冷静に返事をしておられて、個人的にはすごいなぁと思っております。
> 私だったらイライラして無視したくなりますので…。

私がブログのコメントを承認制にして、レスが遅い理由ですが、
時間が経ってからの方が冷静にレスができるという利点があるからでもあります。

> あれからまた更にキリスト教から心理的に離れることができ、以前より気持ちが軽くなりました。
> 何かがうまくいかなければ祈りが足りない、そこそこうまくいけば祈りが効かれたとか、そういう言葉を聞くこともなくなったので、下手に精神を乱されなくなったようにも感じています。
> 祈りの過不足とでもいうのでしょうか、それを人間が決めているのがとても不思議です。

本当にその通りです。
どこまで祈ればいいのか、どこまで信仰すればいいのか、
どこまで懺悔すれば罪が赦されて天国に行けるのか、
その基準がまったくあいまいなくせに、
他人に信仰を強要するような傾向があります。
とにかく基準がはっきりわからないのです。
私はまさにこれが原因で信仰生活に疲れました。

> 最後に、桃栗さんにこの心情を聞いてもらえたらありがたいです。
> 10代から20代前半にかけて寝る間がほぼなかったのですが、日曜だからと教会に行っていました。
> でもどう考えても、教会に行くより家で寝てお金も使わずに過ごしていたほうがよかったと思っています。
> クリスチャンは疲れている時や具合の悪い時ほど教会においでなどと言いますが、一般社会でそんな事を言ったら間違いなく過労死のすすめだと…。
> ブラック企業ならぬブラック教会だなと思いました。

「安息日」という言葉がありますね。
しかし、子供だって月曜から土曜まで学校に行って疲れていて、
日曜ぐらいゆっくり休んで好きなことをしたいのに、
私には安息日がありませんでした。
礼拝は基本的に午前中だけでしたが、
午後に特別集会がある時はそれにも必ず出ていました。
普通の子供は仲間とつるんで友情をはぐくんで青春を謳歌するのに、
私にはその時間がありませんでした。
高校時代は、同級生の家に遊びに行ったり、同級生が私の家に来たことは、
ただの一度もありませんでした。
その後遺症で、社会の中で人間関係を上手く形成することができません。
私の青春はキリスト教のせいで台無しになりました。
私の青春を返してほしいです。

> 桃栗さん、季節の変わり目ですのでお体お大事にしていてください。

今回の冬は2回風邪を引いたのでしばらくは大丈夫だと思います。
花粉症も今年は大丈夫でした。
祈ったって全然健康には意味がないですね。
やはり普段の食生活や生活習慣が大事です。
2016-04-17 日 22:49:41 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 村松行之
> 村松行之という人物をご存知でしょうか? こいつの本名は辻正人といって、三重県の分限免職第1号教員です。
> どうしょうもない異常者で、かつて「三重のヒツジ」、「犠牲者」などのキリスト教を彷彿させるHNで、2ちゃんねる等で暴れていました。
> 免職になる少し前から、病状を大げさに申告して、大量に向精神薬を処方してもらい、これらの薬物を愛飲していたジャンキー (恐らくは、薬物性精神障害) でしたが、免職になったら、ますます基地外度パワーアップしました。
>
> 性的にも倒錯しており、在職中に女子生徒2人相手に3Pをしようとして、生徒にラリアート食らって転倒し、そのままにゅういん。免職後は、某旧帝大病院のベッドの上で、わざと脱糞して、若い女性看護師に下半身を拭いてもらって喜んだり、好みの女性看護師が夜勤に就くと、性器を動かないはずの右手でゴシゴシ擦って、ナースコールして、看護師が駆け付けたと同時に発射。また、若い女性看護師の前で、下半身を露出して、「珍々が身体の中に入るのって、どんな感じ?」と言ったのだそうです。
>
> 薬で逝ってしまったとはいえ、こんなにも人をバカにしたことが出来るのは、彼が子供の時に受けたキリスト教狂育の賜物でしょう。

残念ながら、村松行之という人物を私は知らなかったのですが、
つい先日の「クリスチャン」を名乗る狂信的な人物の書き込みを見ると、
その村松行之とやらの言動もクリスチャンとしては全くの”想定内”ですね。
まさにキリスト教的聖教育、もとい、性教育の賜物でしょう。
クリスチャンにはロクな者がいないということのまさに典型的事例ですね。

こんなことを書くと正統派を名乗るクリスチャンから反論があるので、
こちらから先にクギを刺させていただきます。

そもそも、神様もイエス様もこんな人物をただ天国から見ているだけですか?
見ているだけで何もしないのは、見ていないのとまったく同じです。
クリスチャンは都合の良い事例、例えば、
自殺未遂を起こした人が立ち直って幸せになったとか、
不良少年少女がキリスト教によって更生したとか、
そういう類の話を持ち出しては、神の力は偉大だと説きます。

では、村松行之こと辻正人の事例はどうなるのでしょうか。
こんなことを自称正統派クリスチャンに問いかけたところで、
「その人は本当のクリスチャンじゃない」とか
「その人の信仰は正しくない」とか、
そういう類の言い訳をしてのらりくらりとはぐらかすのがお約束です。
2016-04-18 月 23:01:45 | URL | 桃栗 [編集]
村松行之、その2
村松行之に生きている意味はあるか否かの議論が某掲示板で起こった時、「ニーチェ」を名乗る人物が「この人を見よ」と題して、「ウンターメンシュの生ける見本として、世に貢献している。」とコメントしていました。
日本の昔からの言葉では「生き恥」というのがふさわしいでしょう。
2016-04-19 火 12:55:06 | URL | 巨大虎猫 [編集]
震災は天罰
早速「震災は天罰」とするクリスチャンのブログを発見しました。
 
韓国系です。ネパール地震の際も韓国の宣教師団体が
「ヒンドゥー教の神々を信じたせいで大地震が起きた」とのたまい現地住民の憤慨を買いましたが、いかれた神をまといながら物事の背後に神の作為を見るのは、精神疾患の一種ではないかと思えます。
 

イエス・キリストたる再臨主に帰れ 2016/04/19
ttp://h2fanclub.blogspot.jp/
----
「主を裏切った者たちに裁きを下す」ことであった、と思われる。
その象徴的出来事を、私は熊本城に見た。
2016-04-20 水 04:52:13 | URL | 秀和 [編集]
Re: メノナイトのイカサマ医療
> 私が中学生から大学院生の時、身内に難病患者がいたために、赤貧状態を味わったということは以前書いたと思います。中学高校と新品の学生服を着たことがなく、大学と大学院の時は、ボロボロになった服を自分で修繕しながら着ていました。

このお話、私も共感できる部分が大きいです。
とにかく、キリスト教は清貧、禁欲を重んじる風潮があります。

> 大学院の時、私が食費にも困っているということを聞きつけたMBの人たちが私のところに押しかけて来て、私が「経済的に困っているのは、神の怒りで、身内がノンクリの病院でノンクリの医療を受けるのを即刻止めて、キリスト教的な医療を受けるべきだ。」と喚いていました。彼らの言う「キリスト教的医療」とは、その時は何のことかわかりませんでしたが、どうやら「十字式健康法」のことのようです。
> こんなもので病気が治ったら、世の中に病人はいなくなります。医療行為を拒否してイカサマを信奉するのを強要する彼らは殺人者です。

まったく本当にその通りですよ。
信仰で病が治ったら医学なんていりません。
「神に祈ったら病が癒された」などと抜かしているクリスチャンを見ると、
バッカじゃないの?と思います。
それは「たまたま」です。
キリスト教は御利益宗教ではないと普段から言っているくせに、
なぜキリスト教に頼って治療したがるのでしょう。
紛れもなくご利益宗教そのものではないですか。
クリスチャンとノンクリスチャンで、
どれだけ病気の治癒率が違うのかそのデータを見てみたいものです。

そう言えば、かのマザーテレサは聖人として世界中から称賛されていますが、
その本性が暴露されましたよね。
彼女も薬や医療ではなく信仰で病を癒そうとしていました。
http://www.huffingtonpost.jp/krithika-varagur/mother-teresa-was-no-saint_b_9658658.html
もはや、このカルト性はエホバの証人をはるかに超えています。
そのくせ、テレサ本人は最高級の手術を受けてペースメーカーまで付けていたのですから、
これを偽善者と言わずして何と言うのでしょうか。

2016-04-21 木 23:17:51 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 祈りの強制
> ちょっと話の流れを変えてしまいます。
>
> 熊本の甚大な災害に心を痛めております。
> 痛めておりますが、
> 「聖書なんか閉じて祈りなさい!つらい目にあっている人たちの為にアクションをおこしなさい!」
> って、ネット上でハッパかけるクリスチャンが多発してます。なんかイヤ。
> ネット上で祈りを公表したら誰か救われるの?
> ネット上で祈りを公表しないクリスチャンはだめクリスチャン?

東日本大震災の時に全く同じ疑問を持ちました。
クリスチャンが祈るの何がどう変わるのでしょうか。
もし祈りの目的が早期の復興や事態の収束といった類のものならば、
キリスト教もれっきとしたご利益宗教だということになります。
なのに、なぜかクリスチャンはそれを認めたがりません。
頭のおかしな人たちです。
別館にもそれを記事にしましたけど。
http://ameblo.jp/antichristian/entry-12152263224.html

もうひとつ、クリスチャンがこういう時に祈る理由は、
自分がいかに被災地を思っているか、
そして自分がいかにキリスト教の信仰が強いかをアピールしたいからです。
しかし、イエスは、祈りは見せびらかすものではないと戒めています。
それは、人から良く思われたくてやっている、そういう人は偽善者である、
という主旨のことをはっきり言っています。
ちゃんとマタイによる福音書6章に書かれています。
なのに、クリスチャンはイエスの言葉と反対のことをしているのです。
それでいて自分は信仰が強いと思っているのですから、
まったく始末に負えない頭のイカレタ人たちです。
2016-04-24 日 00:53:56 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 村松行之、その2
> 村松行之に生きている意味はあるか否かの議論が某掲示板で起こった時、「ニーチェ」を名乗る人物が「この人を見よ」と題して、「ウンターメンシュの生ける見本として、世に貢献している。」とコメントしていました。
> 日本の昔からの言葉では「生き恥」というのがふさわしいでしょう。

どういう風に貢献しているのでしょうね。
景気回復に貢献しているのでしょうか?
少子化問題に貢献しているのでしょうか?
いえいえ、貢献しているのはそのニーチェ本人の自己満足だけです。
全くバカバカしい。
こういう例を持ち出すと、
正統派を名乗るクリスチャンたちは
「その人は本当のクリスチャンではない」
「その人は正しい信仰をしていない」などもっともらしい理由を並べて、
都合の悪い人との関係を完全否定したがります。
結局、クリスチャンにとって「汝の隣人」とは、
同じ思考を持ったクリスチャンだけなのです。
違う思考の人は、たとえクリスチャンであっても隣人ではないのです。
とにかく、キリスト教は、本当に極端に排他的な宗教です。
クリスチャン同士でも、思考の異なる人は受け入れませんから。
2016-04-24 日 01:06:12 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 震災は天罰
> 早速「震災は天罰」とするクリスチャンのブログを発見しました。
>  
> 韓国系です。ネパール地震の際も韓国の宣教師団体が
> 「ヒンドゥー教の神々を信じたせいで大地震が起きた」とのたまい現地住民の憤慨を買いましたが、いかれた神をまといながら物事の背後に神の作為を見るのは、精神疾患の一種ではないかと思えます。
>  
>
> イエス・キリストたる再臨主に帰れ 2016/04/19
> ttp://h2fanclub.blogspot.jp/
> ----
> 「主を裏切った者たちに裁きを下す」ことであった、と思われる。
> その象徴的出来事を、私は熊本城に見た。

それなら、セウォル号の沈没事故は何なんでしょうね。
大韓航空がロシアに撃ち落された事件が2回もありましたよね。
それから北朝鮮の工作員に爆破されましたよね。
アシアナ航空機がサンフランシスコと広島で立て続けに着陸に失敗しましたよね。

韓国のクリスチャンって、そういう都合の悪い部分は見えないのですね。
2016-04-24 日 01:19:45 | URL | 桃栗 [編集]
つい最近、入院生活というものを体験しまして、主治医の先生はもちろんのこと、看護師さんたちにも大変お世話になりました。
そんな背景もあるので、コメント書かれた人の話で、看護師さんを困らせた輩のエピソードを読んで、怒りに震えました。
これは絶対にやってはいけないことだと思います!

ところで、最近桃栗さんのブログによくコメント書いてる人(誰とは言いませんが)を見ていると、その昔現れたカレ○よ×さん、ハ×ル○ィアさんのことを思い出してしまいます(笑)
あの人たち元気にしてるかなぁ?
桃栗さんもそろそろ懐かしくなりませんか?(笑)
でも今回が最強かなぁ?(笑)

とても印象に残るお三人方、個人的には「三大なんとか」(賞名が思い浮かびませんが)として表彰したいと思います(笑)
2016-04-24 日 16:31:45 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
憎しみの種を撒き散らすだけの「福音伝道」
メノナイトの人たちが私のところに押しかけて来て、身内がノンクリの病院に行くのを止めるように喚いていた出来事には、後日談があります。その中の一人がノンクリの病院に入院したのです。そして、「神様が入院するように命じた。」と言い放ったのです。他者には祈りだけによる治癒を強要する人が、自分にはこう言い訳して、ノンクリのお世話になるのです。

他にも、忘れられない出来事があります。彼らが崇敬していたM牧師 (神学校の校長もつとめた人物) が、学食でランチ (量があるメニューの中で一番安いもの) を食べていた私の前にいきなりどっかりと座り、メノナイト信者の付人がウェイターとなって、一番高いメニューを美味しそうにこれ見よがしに食べ始めたのです。そして、私が金銭的に困窮していて、什一献金をしていないのは問題があると言い出し、「学校やめるのが神の御心。」と言ったのです。
その後、メノナイトの連中 (全員が他大学の学生) が、私を通学路などで待ち伏せして、「早く学校やめろ!」、「いつまで学校行ってるんだ!!」などと罵声を浴びせて来ました。「信仰がないから、神の恵みもない。」という御宣託も頂戴いたしました。

こんな狂った反社会勢力と完全に決別できて、本当に良かったです。
2016-05-03 火 14:38:43 | URL | 巨大虎猫 [編集]
Re: タイトルなし
> つい最近、入院生活というものを体験しまして、主治医の先生はもちろんのこと、看護師さんたちにも大変お世話になりました。
> そんな背景もあるので、コメント書かれた人の話で、看護師さんを困らせた輩のエピソードを読んで、怒りに震えました。
> これは絶対にやってはいけないことだと思います!
>
> ところで、最近桃栗さんのブログによくコメント書いてる人(誰とは言いませんが)を見ていると、その昔現れたカレ○よ×さん、ハ×ル○ィアさんのことを思い出してしまいます(笑)
> あの人たち元気にしてるかなぁ?
> 桃栗さんもそろそろ懐かしくなりませんか?(笑)
> でも今回が最強かなぁ?(笑)

まだいましたね。
タコというHNの人です。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-29.html
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-9.html
これ以外にも、過去の記事に立て続けにコメントをされました。
このブログのコメントを承認制にするきっかけになった張本人です。
承認制にするや否や、自分のブログで私を攻撃しています。
http://blog.livedoor.jp/tacodayo/archives/4859513.html
他の人の書き込みを私の自作自演だと決めつけています。
また、当時、短時間にあまりにも多くのコメントを書かれたので、
一時的にこの方からの書き込みを制限しました。
しかし、削除したことはただの一度もありません。
それなのに、削除されたと私を攻撃しています。
そして、私は進化論が正しいとはただの一度も言っていません。
私が自分のブログで言ったことの主旨は、
「学校では進化論が正しいとして教えられているのに、
なぜクリスチャンは学校に抗議をしないのか」ということです。
なのに、
>桃栗さんは「自分の先祖は猿だ!」と主張しているわけですから、
と、でっち上げのことを書いて私を攻撃。
そのブログのコメント欄で、
私がそう発言したなら私のブログから引用してほしい、
そして、私はタコ氏のコメントは一度も削除していないから、
自分でブログを見て確認してほしいと反論しましたが、
タコ氏はそれを全くせずに決めつけで私をこき下ろす。
この方は相変わらずブログを続けており、
先日の震災も天罰だと主張していますね。

>
> とても印象に残るお三人方、個人的には「三大なんとか」(賞名が思い浮かびませんが)として表彰したいと思います(笑)

タコ氏も入れて「四大なんとか」ですね。
何かいい名称があればいいですが。
2016-05-07 土 21:06:00 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 憎しみの種を撒き散らすだけの「福音伝道」
> メノナイトの人たちが私のところに押しかけて来て、身内がノンクリの病院に行くのを止めるように喚いていた出来事には、後日談があります。その中の一人がノンクリの病院に入院したのです。そして、「神様が入院するように命じた。」と言い放ったのです。他者には祈りだけによる治癒を強要する人が、自分にはこう言い訳して、ノンクリのお世話になるのです。

マザーテレサも結局そういう類の人だと暴露されましたね。
彼女は、痛みに耐えることを美徳とし、
他人には病気を治療させようとしなかったのに、
テレサ本人はVIP待遇で手術を受けてペースメーカーまで埋め込んでもらいましたから。
マスコミの書くことは誇張が多いので読むのに注意が必要ですが、
巨大虎猫さんの情報は、直接ご本人が体験された話だけに説得力があります。
結局、クリスチャンってこの程度のものですね。

> 他にも、忘れられない出来事があります。彼らが崇敬していたM牧師 (神学校の校長もつとめた人物) が、学食でランチ (量があるメニューの中で一番安いもの) を食べていた私の前にいきなりどっかりと座り、メノナイト信者の付人がウェイターとなって、一番高いメニューを美味しそうにこれ見よがしに食べ始めたのです。そして、私が金銭的に困窮していて、什一献金をしていないのは問題があると言い出し、「学校やめるのが神の御心。」と言ったのです。
> その後、メノナイトの連中 (全員が他大学の学生) が、私を通学路などで待ち伏せして、「早く学校やめろ!」、「いつまで学校行ってるんだ!!」などと罵声を浴びせて来ました。「信仰がないから、神の恵みもない。」という御宣託も頂戴いたしました。
>
> こんな狂った反社会勢力と完全に決別できて、本当に良かったです。

私も同感ですね。
こんな偽善に満ちた宗教から足を洗えて本当に良かったです。
2016-05-07 土 21:27:54 | URL | 桃栗 [編集]
村松行之、その3
村松行之は、風呂に入りません。だから、毛髪は頭皮に貼り付き、全身から異臭がするそうです。
彼が、某旧帝大病院に入院した時、若い女性看護師に入浴を勧められました。ソープランドみたいに、ナースプレイ&本番が出来るのと勘違いした村松行之は大喜びしましたが、いざその時になったら、男性看護師が3人やって来て (村松行之は身体が大きいため)、「オレはホモじゃねーぞー!」と騒ぎ出し、結局入浴は拒否。男1人を掘りながら、男1人に掘られて (いわゆる「連ケツ」)、男1人に口の中にねじ込まれる「ホモ4P」をさせられるのだと思ったそうです。病院のサービスの中に、風俗まがいのものがあると本気で信じているのだから、驚きです。

古代ローマ帝国のクリスチャンたちは、入浴しないことを敬虔さのバロメーターにしていたそうですが、村松行之もそうなのでしょうか。
2016-05-08 日 19:40:11 | URL | 巨大虎猫 [編集]
Re: 村松行之、その3
> 村松行之は、風呂に入りません。だから、毛髪は頭皮に貼り付き、全身から異臭がするそうです。
> 彼が、某旧帝大病院に入院した時、若い女性看護師に入浴を勧められました。ソープランドみたいに、ナースプレイ&本番が出来るのと勘違いした村松行之は大喜びしましたが、いざその時になったら、男性看護師が3人やって来て (村松行之は身体が大きいため)、「オレはホモじゃねーぞー!」と騒ぎ出し、結局入浴は拒否。男1人を掘りながら、男1人に掘られて (いわゆる「連ケツ」)、男1人に口の中にねじ込まれる「ホモ4P」をさせられるのだと思ったそうです。病院のサービスの中に、風俗まがいのものがあると本気で信じているのだから、驚きです。
>
> 古代ローマ帝国のクリスチャンたちは、入浴しないことを敬虔さのバロメーターにしていたそうですが、村松行之もそうなのでしょうか。

この手の原理主義的な人というのは、
結局は自分の都合の良い習慣だけに従っているにすぎません。
そんなにキリスト教に従うのが重要ならば、
イエスの教えに従って財産は全て貧しいものに施すべきですね。
そうしないと天国に行けませんからね。
しかし彼はそういうことはしていませんよね。
結局、「私はキリスト教に忠実だ」「私は神の教えに従って生きている」と言う類の人は、
自分の都合の良い部分だけしか従っていません。
2016-05-15 日 23:39:19 | URL | 桃栗 [編集]
横槍失礼します。巨大虎猫さん初めまして。
どうも病院の話になると黙っていられなくてですね...

この私、先月入院いたしまして、
受け持ち看護師(主たる担当者)ということで男性の方がやって来た時は、私も男ですから少々がっかりしたものですよ(笑)
態度には出しませんでしたけどね。
でもその男性看護師さん、よくやってくれたんです。

最近は看護の分野にも男性が多く進出していまして、女性看護師さんを「看護婦さん」と呼んでいた時代は過去のものになりつつあります。

男性患者が入院生活に「癒し」を求めても(笑)意のままにならないこともあります。
2016-05-19 木 13:47:05 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
村松行之、その4
村松行之は、女性看護師に癒してもらいたいと思っていたのではありません。ソープランドみたいなことをしてもらいたがっていたのです。排泄の介助が医療の現場にはありますが、彼は、精液の「排泄の介助」を望んでいるのです。
村松行之は、病院は無料の風俗で、救急車は無料のタクシーだと思っています。(村松行之は、医療費無料です。愛飲している向精神薬も、無料で飲み放題です。)

村松行之は、恐らくキリスト教の教会でノンクリを蔑視する狂育を受けたものと考えられます。ノンクリを公然と愚弄するキリスト教の聖職者は、たくさんいるからです。
MBのM牧師は、「ノンクリの青少年は、金まみれの人生に憧れていて、いつも頭の中は、セックスのことで一杯」とかほざいていましたが、こんな狂った教えを受け続けていると、遅かれ早かれ精神に異常をきたすと思います。だから、教会には精神異常者が多いのでしょうね。
2016-05-27 金 11:01:15 | URL | 巨大虎猫 [編集]
巨大虎猫さんへ

その人のtwitterを見つけたんですけど、プロフィールにはキリスト教を暗示するものが書かれてあるものの、最近の投稿を見る限りあまり宗教色はないようです。
クリスチャンなのでしょうかね?

桃栗さんへ
横槍がご迷惑なら止めますので、その場合は遠慮なくおっしゃって下さい。
2016-06-13 月 21:12:36 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
Re: タイトルなし
> 巨大虎猫さんへ
>
> その人のtwitterを見つけたんですけど、プロフィールにはキリスト教を暗示するものが書かれてあるものの、最近の投稿を見る限りあまり宗教色はないようです。
> クリスチャンなのでしょうかね?
>
> 桃栗さんへ
> 横槍がご迷惑なら止めますので、その場合は遠慮なくおっしゃって下さい。

私へのお心遣いどうもありがとうございます。
巨大虎猫さんとペンテコスちゃんさんからのコメントの中には
参考になる情報が多いですね。
2016-06-19 日 21:28:22 | URL | 桃栗 [編集]
村松行之、その5
最近の彼の「つぶやき」とは、いつの話ですか? ここ数年間、何も投稿してませんよ。ツイ助の自動投稿がありますが、あれは彼の投稿ではありません。
村松行之は、Facebook のアカウントも持っています。自己紹介文に、はっきりと「キリスト教徒です。」と書いてあります。気になるようでしたら、メッセージを送って、聞いてみたらいかがですか?
2016-06-25 土 13:45:54 | URL | 巨大虎猫 [編集]
はじめまして
はじめまして空と申します。
私は仏教系新興宗教の両親の下に生まれましたが、その後の人生は桃栗さんと似ているような感じです。
あらゆる宗教は証明できない形而上の事柄を神・仏・代弁者に語らせることで、動機の善悪は別として人の心を支配してきました。
証明できるという人はいますが聞いてみると荒唐無稽でため息が出ます。
私は唯一、『信仰を捨てよ』と言い、形而上の事柄について無記を貫いた釈尊その人を尊敬しています。
ただし、初期仏教の仏典であってもその中から釈尊自身の言説を見分けるのは困難なことですが・・・。
2016-06-27 月 06:33:58 | URL | [編集]
Re: はじめまして
> はじめまして空と申します。
> 私は仏教系新興宗教の両親の下に生まれましたが、その後の人生は桃栗さんと似ているような感じです。

こちらこそ初めまして。
宗教は違えど、空さんのお気持ちは非常によく分かります。
大人が、自分の意志で宗教を選び、
自分自身が幸せを感じ、かつ、周囲に影響がないものならとやかく言いません。
しかし、宗教は往々にして自分だけが幸せで、周囲に悪影響があるものです。
一言で言えば独り善がりなのです。
そして、まだ社会の常識が身に付いていない子供に宗教を押し付けるべきではありません。
社会の常識よりも先に宗教の常識?が身に付いてしまうと、
社会生活であとあと障害になってしまいます。


> あらゆる宗教は証明できない形而上の事柄を神・仏・代弁者に語らせることで、動機の善悪は別として人の心を支配してきました。

まったくこれなんですよね。
「神のお告げだ」などと言いますが、結局は「自分自身のお告げ」なのです。
キリスト教も「神はそう言っておられます」のような言葉を頻繁に使います。


> 証明できるという人はいますが聞いてみると荒唐無稽でため息が出ます。

全くその通り。

> 私は唯一、『信仰を捨てよ』と言い、形而上の事柄について無記を貫いた釈尊その人を尊敬しています。
> ただし、初期仏教の仏典であってもその中から釈尊自身の言説を見分けるのは困難なことですが・・・。

私は釈尊のことは知りませんが、
キリスト教も似たようなところがあると感じます。
イエスは、信仰を振りかざして他人に押し付ける人を「偽善者」と呼び批判しました。
しかし、このブログを見てお分かりの通り、
信仰熱心なクリスチャンに限ってやたらに信仰を押し付けたがります。
宗教が、時間の流れと共に教祖の本来の教えから離れてしまうのは、
どこの宗教にもあるのかもしれません。
2016-06-28 火 22:11:51 | URL | 桃栗 [編集]
キリスト教系福祉施設で働いてみて
 はじめまして。このブログを興味深く拝見しているものです。ワタシは現在、しょうがい者のグループホームで働いています。昨年3月まで、キリスト教系の入居施設で働いていました。カトリックで職員のうち7割が信者さんで、住人(利用者さん)の中でも洗礼を受けたかたが何人もいました。

 その施設はお祈りの部屋があって毎朝晩、お祈りの儀式があり月1度は近くの教会から神父さんが来てミサをやっていました。春の復活祭や夏の飛翔天記念日やクリスマス等のイベントは大掛かりに祝います。

 初めてクリスチャンと接してみてどうも?な事が多かったです。「しょうがい者は神様から特別な賜物(しょうがいのこと?)を与えられた存在」とか。「障害の重い方ほど神様に近い」とか。どうも、「しょうがい者は天使」という、今や誰も信じておらず、時代遅れな観念を抱えています。

 仕事上のいろんな問題を話し合う会議の場でも信者にしかわからない用語をつかってその方たちだけ内輪受けするとか。タテマエ上は信者も非信者も平等とされながら、当然のことながら仕事が出来ない信者が有能な非信者より重宝されます。宗教的行事がすべてに優先され、場合によってはサービス残業的にイベントに参加させられます。

 その職場で感じたことは、キリスト教ってかなり差別的な宗教なのではないか?です。利用者にも職員にも信仰に基づいたヒエラルキーがあり、ピラミッド社会でした。社会福祉の原則である「すべての個人は尊重されるべき」とは違うような気がしました。

 あと、利用者も毎週教会に通い、中には洗礼を受ける方もいますが、彼ら彼女らの宗教的選択はカトリックに限られます。職員が信者になりうように暗にマインドコントロールしているのではないか?と勘ぐってしまいます。

 長々と失礼しましたが、キリスト教は福祉について、とりわけしょうがい者についてどのような見方をしているか。皆様のご意見を伺いたいです。よろしくお願いします。
2016-07-01 金 14:50:21 | URL | パンダ星人 [編集]
Re: キリスト教系福祉施設で働いてみて
>  はじめまして。このブログを興味深く拝見しているものです。ワタシは現在、しょうがい者のグループホームで働いています。昨年3月まで、キリスト教系の入居施設で働いていました。カトリックで職員のうち7割が信者さんで、住人(利用者さん)の中でも洗礼を受けたかたが何人もいました。

こちらこそ初めまして。

>  その施設はお祈りの部屋があって毎朝晩、お祈りの儀式があり月1度は近くの教会から神父さんが来てミサをやっていました。春の復活祭や夏の飛翔天記念日やクリスマス等のイベントは大掛かりに祝います。
>
>  初めてクリスチャンと接してみてどうも?な事が多かったです。「しょうがい者は神様から特別な賜物(しょうがいのこと?)を与えられた存在」とか。「障害の重い方ほど神様に近い」とか。どうも、「しょうがい者は天使」という、今や誰も信じておらず、時代遅れな観念を抱えています。

キリスト教のその考え方の根拠は、
ヨハネによる福音書9章のイエスの言葉に由来すると思われます。
イエスが盲目の人を治したという、キリスト教では非常に有名な箇所です。


イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。 ヨハネによる福音書/ 09章 03節

キリスト教の世界ではイエスのこの言葉を根拠にして、
生まれつき障害を持っている人は、それは罪のためではなく、
神の業がその人に現れるためであるという建前になっています。
だから、「障害の重い方ほど神様に近い」「障害者は天使」とクリスチャンは言うのです。
確かに、聖書の物語の中ではイエスによる業が現れたことになっていますが、
では、現実の世界の障害者にどんな神の業が現れたのでしょうか。


「障害の重い方ほど神様に近い」とか「障害者は天使」と言っているクリスチャンは、
最初から障害を持ったこともが生まれるのを望んでいるでしょうか?
いいえ、誰もが五体満足な子供の誕生を望んでいるはずです。


>  仕事上のいろんな問題を話し合う会議の場でも信者にしかわからない用語をつかってその方たちだけ内輪受けするとか。

全くそのとおりですね。
クリスチャンは一般人には理解不能な「クリスチャン語」を話しているかのようです。
ネット上のクリスチャンを見れば明らかですが、
一般人には理解できない高尚な?言葉をいくつも並べて、
相手を「煙に巻く論法」が大好きな人たちなのです。

> タテマエ上は信者も非信者も平等とされながら、当然のことながら仕事が出来ない信者が有能な非信者より重宝されます。宗教的行事がすべてに優先され、場合によってはサービス残業的にイベントに参加させられます。
>
>  その職場で感じたことは、キリスト教ってかなり差別的な宗教なのではないか?です。利用者にも職員にも信仰に基づいたヒエラルキーがあり、ピラミッド社会でした。社会福祉の原則である「すべての個人は尊重されるべき」とは違うような気がしました。

全くその通りです。
クリスチャンは、非信者に対して常に上から目線です。
さらに、クリスチャン同士でさえお互いに信仰の優劣を付けたり、
様々な宗派がそれぞれに「自分達の宗派こそが正統派」だと主張し、
他の宗派を否定、批判するのが大好きです。
本当に、差別的で排他的な宗教だと思います。
自分達こそが正しくキリストを信じていると言いながら、
キリストの言葉と違うことばかりやっているのがクリスチャンです。

>  あと、利用者も毎週教会に通い、中には洗礼を受ける方もいますが、彼ら彼女らの宗教的選択はカトリックに限られます。職員が信者になりうように暗にマインドコントロールしているのではないか?と勘ぐってしまいます。
>
>  長々と失礼しましたが、キリスト教は福祉について、とりわけしょうがい者についてどのような見方をしているか。皆様のご意見を伺いたいです。よろしくお願いします。

私の知る限り、クリスチャンは建前では障害者に優しく接しているかのように見えて、
自分たちの方から積極的に障害者に近付こうとする姿勢は感じられませんでした。
また、事故で障害者になった人に対して、
「事故に遭ったのは自業自得だ」と言ったクリスチャンの実例を知っています。
2016-07-05 火 22:55:40 | URL | 桃栗 [編集]
キリスト教系福祉施設で働いてみて②
 ご返答ありがとうございました。書き忘れたのですが重要なことで、その施設には全国のミッション系の大学から休みになるとお客さんとして学生さんが訪問します。上記の「障害者は神様から賜物を~」とか「天使みたい」を真面目に信じてる方が多いのですが、実際の生活の場で大人の障害者と接してみると、かなりビックリされるみたいです。
 別に彼ら彼女らは天使でもなくて、ただの人間なので、わがままで欲張りでスケベです。一緒に生活して理想と現実のギャップで長続きせず、出入りは激しいです。で、それが利用者には一番困るですね。利用者の特性を理解して継続したケアが要求されるのにコロコロ人が変わっては気の毒です。施設側が勝手に決めた「信仰に基づいた生活」が、利用者も職員も双方を不幸にしているのです。

 だいたい重度の方や高齢の方もいて、職員にはかなりの知識と経験を要求されるのですが、福祉の資格がない素人さんをドンドン雇っては使い潰していくのです。昨今話題となっているブラック企業そのものです。やめてみてあの職場と職員の独善性と排他性がよく理解できるようになりました。
2016-07-10 日 04:10:01 | URL | パンダ星人 [編集]
Re: キリスト教系福祉施設で働いてみて②
>  ご返答ありがとうございました。書き忘れたのですが重要なことで、その施設には全国のミッション系の大学から休みになるとお客さんとして学生さんが訪問します。上記の「障害者は神様から賜物を~」とか「天使みたい」を真面目に信じてる方が多いのですが、実際の生活の場で大人の障害者と接してみると、かなりビックリされるみたいです。

結局、教会が教えているのは絵空事です。
そんなに障害者が神様からの賜り物だと言うのなら、
教会が障害者を全員引き取ればいいのです。
でも、それは嫌だと言うでしょう。
だからキリスト教は偽善的です。


>  別に彼ら彼女らは天使でもなくて、ただの人間なので、わがままで欲張りでスケベです。一緒に生活して理想と現実のギャップで長続きせず、出入りは激しいです。で、それが利用者には一番困るですね。利用者の特性を理解して継続したケアが要求されるのにコロコロ人が変わっては気の毒です。施設側が勝手に決めた「信仰に基づいた生活」が、利用者も職員も双方を不幸にしているのです。

この「信仰に基づいた生活」が私にとっても重荷でした。
しかも、当時の私は神に背いてはいけないと信じていましたから、
「信仰生活が嫌ならやめればいい」という発想が全くありませんでした。
ある年齢に達した時に宗教観が180度変わり、
宗教に縛られない生き方に喜びを感じる一方、
なぜもっと早く気付かなかったのかと後悔しています。
人生を無駄にしました。


>  だいたい重度の方や高齢の方もいて、職員にはかなりの知識と経験を要求されるのですが、福祉の資格がない素人さんをドンドン雇っては使い潰していくのです。昨今話題となっているブラック企業そのものです。やめてみてあの職場と職員の独善性と排他性がよく理解できるようになりました。

以前、キリスト教は民間企業以下だという記事を書きました。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-148.html
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-150.html
パンダ星人さんの書き込みにより、
またもやキリスト教が民間企業以下であることが証明されました。
2016-07-19 火 22:34:08 | URL | 桃栗 [編集]
私もキリスト教はヘンだと思います
はじめまして。
私は2010年頃まで『キリスト看板展示室』なるサイトを運営していた者です。キリスト教徒ではなく、神社にお参りもする無自覚な仏教徒(禅宗)です。

私とキリスト教の接点と言えば、上記の通りキリスト看板と、若い頃にモルモン教会に通ったこと(数ヶ月でやめましたが)くらいです。

私のキリスト教に対する見解は、佐倉哲さんの『聖書の間違い』、キリヒさんの『キリスト教否定論入門』、そしてこちらのブログに大きな影響を受けたと思っています。

私にとってキリスト教は、信じるに値するものではありませんが、観察対象としては興味深いものです。これほど人道や平和に敵対的な宗教は、他に例がないのではないかと思えるくらいです(あえて言えば共産主義が対抗馬でしょうか)。

キリスト教に対して言いたいことはいろいろありますが、今回はそのうち三つ。

(1)何が「奇跡」だ
1971年、ペルー航空の旅客機がアマゾンの密林に墜落し、乗員乗客92人中91人の命が奪われました。ただ1人、17歳の少女が負傷しながらも生き残り、ジャングルの中を何日も歩いて脱出し、救出されました。墜落現場近くの町は「生存者がいた」という知らせに大騒ぎとなり、人々は「奇跡だ!」「神様!」と叫びました。この事故の顛末は後に『奇跡の詩』として映画化されたそうです。

でも、私は疑問に思います。「なぜ神は、最初からその飛行機事故が起こらないようにしなかったんだ?」と。

この事故で、少女は母親を失ったそうです。彼女の悲しみは深かったと思いますが、そもそも神が事故を防いでいれば悲しむことはなかったはずです。たった90人ほどの命も守らなかった神に感謝する、キリスト教の精神構造は極めて奇怪に思われます。

(2)口先だけの「自由」
あるキリスト教徒の方がこんなメールを下さいました。

「イエス様はあなたのためにも死んでくださいました。どうぞ信じて、救われてください。」(要旨)

それに対して、私は次のように返信しました。

「私は、キリスト教の教義(罪の赦し、イエスの復活、永遠の命など)には全く魅力を感じません。申し訳ありませんが、○○(相手のハンドル)さんの要求はお断りしなければなりません。」(要旨)

すると、その方はこう書いてきました。

「信じる信じないはあなたの自由ですが、間違った判断だと確信します。」「あなたのために祈っています。」「あなたの人生の意味をよく考えてください。」(要旨)

その他、なぜ人はイエスを信じなければならないのかという理由を熱烈に書き連ねていました。それを読んで私は、この方とキリスト教への反感がつのっていくばかりでした。

「自由だが間違った判断だ」と言うなら、自由を認めていないのと同じではないでしょうか? だったら最初から「あなたに選択の自由はない」と言えばいいのに。

「あなたのために祈っています。」? 余計なお世話です。そして、私のためではなく、自分のために祈っていること、その目的が天国に入るための点数稼ぎであることが見え見えです。

「人生の意味を考えろ」? はい、私の人生の意味は私自身が見いだすものです。「お前の人生の意味はこれだ」と勝手に決めつけて押しつけるのはやめていただきたい。

なお、このメールに対する返信はしていません。「こういう人には何を言っても無駄だ」とわかったからです。

(3)なぜルールを守れない?
『キリスト看板展示室』には掲示板を設置していましたが、ある時期から布教めいた書き込みが目立つようになりました。
例えば、
『○月○日にラッパが鳴り響き、メシアが再臨されるのです。」
「汝ら早く悔い改めよ。世の終わりは近い。正しき者だけが救われる。」

尊大な言い方も不快ですが、何より不快なのは、掲示板の一番上に「布教・宣伝行為はお断りします。」と明記しているのにそれを守らないこと、そして、削除してもしつこく同じ内容を書き込まれたことです。

ルールを守ることは良識ある社会人には常識だと思いますが、この方々には通用しないようです。「愛国無罪」を旗印に反日運動に狂奔する某国と同じにしか見えません。

どの神を信じようと信じまいと勝手だが、その前に自分が人間であることを忘れないでほしい。それが私のささやかな願いです。

最後まで読んでくださいましてありがとうございました。
2016-07-22 金 23:08:40 | URL | 事務屋青龍 [編集]
感情を押し込めていた
桃栗さん
おはようございます

キャンプの季節がやってきました
子どもの頃、夏休みになると教会のキャンプに参加していました

そのキャンプは、子どもに洗礼を受けさせるための伝道(洗脳?(笑))の場だったのだと大人になった今、ハッキリとわかります

子どもをあのようなキャンプに参加させることは、本当に怖いことです
真面目な子どもほど神の愛とか自分には罪があるとか真剣に考えて
心に罪悪感を植え付けられていきます

小さな頃から教会に行っているので悪口も言わないし、悪いこともしたことがないのに、そんな自分の小さな罪まで思い出させようとする・・・

学校生活では本当に感情を押し込めていたと今本当にあの頃の自分が可哀想です

満足にけんかもできない精神状態
正当に主張する心が育ってない
強く言われても強く言い返せない
嫌いと思うことも罪
何でも祈って考える
赦さなければ罪

世の中の子どもたちがそんなことにお構いなしに子どもとしての社会性を学んでいくのに
真剣に聖書の話を信じている子どもは必然的に弱い立場にたってしまうのです

たちが悪いのは
教会に来ているけれど真剣に聖書の話を信じてない子ども

そういった子どもは
真面目に神様の言葉を信じている子どもを操作するのです
ワガママをなんでも言ってもこいつは受け入れるだろうとわかって利用してくるのです

私もそんな理不尽なことをクリスチャンの友だちにされました

その友人はクリスチャンという肩書きを利用しミッションスクールに入学し
早々に教会から遠のきました

真面目な子どもは絶対に教会学校に行っちゃいけないと本当に思います

自由な心の動きや正しい人間関係の対処法を神に奪われてしまいます

2016-07-23 土 08:50:41 | URL | さくら [編集]
Re: 私もキリスト教はヘンだと思います
> はじめまして。
> 私は2010年頃まで『キリスト看板展示室』なるサイトを運営していた者です。キリスト教徒ではなく、神社にお参りもする無自覚な仏教徒(禅宗)です。

こちらこそ初めまして。
実は長々とレスを書いたのに、
送信直前に変なキーを押したようで文が全部消えてしまいました。
後日改めてレスしますのでもう少々お待ちを。
2016-07-31 日 22:58:07 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 私もキリスト教はヘンだと思います
> はじめまして。
> 私は2010年頃まで『キリスト看板展示室』なるサイトを運営していた者です。キリスト教徒ではなく、神社にお参りもする無自覚な仏教徒(禅宗)です。

大変お待たせしました。
私も、あのサイトは興味深く拝見させていただきました。
また、あのサイトをきっかけに私も看板ウォッチングを楽しんでいます。

> 私とキリスト教の接点と言えば、上記の通りキリスト看板と、若い頃にモルモン教会に通ったこと(数ヶ月でやめましたが)くらいです。
>
> 私のキリスト教に対する見解は、佐倉哲さんの『聖書の間違い』、キリヒさんの『キリスト教否定論入門』、そしてこちらのブログに大きな影響を受けたと思っています。

私も、そのサイトに影響を受けたと思っています。
ただ、『聖書の間違い』は長い間更新がなく、
『キリスト教否定論入門』は閉鎖されたのが残念ですね。

> キリスト教に対して言いたいことはいろいろありますが、今回はそのうち三つ。
>
> (1)何が「奇跡」だ
> 1971年、ペルー航空の旅客機がアマゾンの密林に墜落し、乗員乗客92人中91人の命が奪われました。ただ1人、17歳の少女が負傷しながらも生き残り、ジャングルの中を何日も歩いて脱出し、救出されました。墜落現場近くの町は「生存者がいた」という知らせに大騒ぎとなり、人々は「奇跡だ!」「神様!」と叫びました。この事故の顛末は後に『奇跡の詩』として映画化されたそうです。

私もその事故のことはテレビで見たことがあります。
全く事務屋青龍さんに同感です。
先日私が取り上げた田原米子さんといい、
かつて取り上げた「アメイジング・グレイス」の作者と言い、
たった1人の人間が信仰に導かれることのどこが奇跡なのでしょう。
田原米子さんは飛び込み自殺で鉄道会社に多大な損害を与え、
アメイジング・グレイスの作者のジョン・ニュートンは、
黒人奴隷船の船長として私腹を肥やしました。
当然、数多くの黒人が命を落としています。
なぜクリスチャンは被害を被った側には全く目を向けないのか不思議です。

> (2)口先だけの「自由」
> あるキリスト教徒の方がこんなメールを下さいました。
>
> 「イエス様はあなたのためにも死んでくださいました。どうぞ信じて、救われてください。」(要旨)
>
> それに対して、私は次のように返信しました。
>
> 「私は、キリスト教の教義(罪の赦し、イエスの復活、永遠の命など)には全く魅力を感じません。申し訳ありませんが、○○(相手のハンドル)さんの要求はお断りしなければなりません。」(要旨)
>
> すると、その方はこう書いてきました。
>
> 「信じる信じないはあなたの自由ですが、間違った判断だと確信します。」「あなたのために祈っています。」「あなたの人生の意味をよく考えてください。」(要旨)
>
> その他、なぜ人はイエスを信じなければならないのかという理由を熱烈に書き連ねていました。それを読んで私は、この方とキリスト教への反感がつのっていくばかりでした。
>
> 「自由だが間違った判断だ」と言うなら、自由を認めていないのと同じではないでしょうか? だったら最初から「あなたに選択の自由はない」と言えばいいのに。

まったくこれも同感。
クリスチャンは「神は私たちに自由を与えて下さった」言うくせに、
「信じない自由」は認めないのです。
クリスチャンが言う「自由」って、本当に訳が分かりません。

> 「あなたのために祈っています。」? 余計なお世話です。そして、私のためではなく、自分のために祈っていること、その目的が天国に入るための点数稼ぎであることが見え見えです。

これも同感。
「あなたのために祈る」と言うのは、自分自身の自己満足のためですね。
本人は「人のためにいいことしてやった」と思っているのです。
まったく恩着せがましいとはこのことを言います。
そのことはブログにも取り上げたことがあります。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-169.html

> (3)なぜルールを守れない?
> 『キリスト看板展示室』には掲示板を設置していましたが、ある時期から布教めいた書き込みが目立つようになりました。
> 例えば、
> 『○月○日にラッパが鳴り響き、メシアが再臨されるのです。」
> 「汝ら早く悔い改めよ。世の終わりは近い。正しき者だけが救われる。」
>
> 尊大な言い方も不快ですが、何より不快なのは、掲示板の一番上に「布教・宣伝行為はお断りします。」と明記しているのにそれを守らないこと、そして、削除してもしつこく同じ内容を書き込まれたことです。

私も、多忙時にはコメントの書き込みを控えるようにトップに告知しますが、
それを無視して書き込むのは圧倒的にクリスチャンが多いです。

> どの神を信じようと信じまいと勝手だが、その前に自分が人間であることを忘れないでほしい。それが私のささやかな願いです。

その通り。
自分が「人間社会の一員」だということを忘れないでほしいです。
世の中には多種多様な考えを持つ人がいますから、
キリスト教こそが唯一絶対の真理だとして振りかざすのはやめてもらいたいです。
クリスチャンたちがそんなにキリスト教が真理だと言い切るのなら、
国会に働きかけてキリスト教を義務付けるようにすればいいではないですか。
全ての人間が救われることを望んでいるのならそれぐらいの行動を起こすべきです。
なのに、そんなことをするクリスチャンは日本では聞いたことがありません。
そのくせ、日本人はキリスト教を信じていないから救われないなどと、
嫌味ったらしく非信者の日本人を見下した言い方をする。
本当にクリスチャンって嫌な人種ですね。

> 最後まで読んでくださいましてありがとうございました。

こちらこそ、ご訪問どうもありがとうございました。
2016-08-29 月 00:00:00 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 感情を押し込めていた
> 桃栗さん
> おはようございます
>
> キャンプの季節がやってきました
> 子どもの頃、夏休みになると教会のキャンプに参加していました
>
> そのキャンプは、子どもに洗礼を受けさせるための伝道(洗脳?(笑))の場だったのだと大人になった今、ハッキリとわかります

私も、今から考えてみれば、
子供を対象にした教会学校というのは、
教会側にとっては格好の洗脳の場だったのです。
要するに、子供の頭の柔らかいうちにキリスト教を叩き込もうというわけです。
そして、先生たちは子供の関心を引くために、
かなり大げさに子供に話しをしていました。
例えば、神をバカにしていた人が事故に遭って死んだとか、
そういう類のたとえ話をして、
神に従わなければ罰を受けるというようなことをよく教わりました。
もちろん、大人は冗談半分でたとえ話として教えていたのでしょうけど、
何も知らない子供の私はそれを真に受けてしまい、
自分はいつ神の罰を受けるのかと不安な信仰生活を送っていました。


> 子どもをあのようなキャンプに参加させることは、本当に怖いことです
> 真面目な子どもほど神の愛とか自分には罪があるとか真剣に考えて
> 心に罪悪感を植え付けられていきます

> 小さな頃から教会に行っているので悪口も言わないし、悪いこともしたことがないのに、そんな自分の小さな罪まで思い出させようとする・・・

まったくその通りです。
キリスト教は、罪の意識という、余計なものを植え付ける宗教です。
以前、ブログで取り上げたことがあります。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-95.html

> 学校生活では本当に感情を押し込めていたと今本当にあの頃の自分が可哀想です
>
> 満足にけんかもできない精神状態
> 正当に主張する心が育ってない
> 強く言われても強く言い返せない
> 嫌いと思うことも罪
> 何でも祈って考える
> 赦さなければ罪
>
> 世の中の子どもたちがそんなことにお構いなしに子どもとしての社会性を学んでいくのに
> 真剣に聖書の話を信じている子どもは必然的に弱い立場にたってしまうのです

まるで自分が書いた文章であるかのように1000%同感です。
人格形成に一番大事な時期をキリスト教の枠組みの中で過ごした私は、
人間が本来身に付けるはずの社会性が育ちませんでした。
普通の子供なら、日曜日に自由に仲間と遊んで友情をはぐくみ、
その中で人付き合い、社会性、処世術、などを学んでゆくものです。
しかし、日曜日は必ず教会に通っていた私はその機会を奪われました。
その後遺症で、職場でもいつも肩身の狭い思いをしています。
気の強い先輩や上司や後輩から何かを言われても、
私は即座に反論できなくて悔しい思いをしています。
本当に、私の青春時代を返してほしいです。


> たちが悪いのは
> 教会に来ているけれど真剣に聖書の話を信じてない子ども
>
> そういった子どもは
> 真面目に神様の言葉を信じている子どもを操作するのです
> ワガママをなんでも言ってもこいつは受け入れるだろうとわかって利用してくるのです
>
> 私もそんな理不尽なことをクリスチャンの友だちにされました

ええ、こういうタイプは私の教会にもいましたね。
まるで自分が神様になったかのように威張っているオバサンが。

> その友人はクリスチャンという肩書きを利用しミッションスクールに入学し
> 早々に教会から遠のきました
>
> 真面目な子どもは絶対に教会学校に行っちゃいけないと本当に思います
>
> 自由な心の動きや正しい人間関係の対処法を神に奪われてしまいます

全くその通り。
また、これはキリスト教だけに限ったことではなく他の宗教でも起こりうることです。
子供が純真であるのをいいことに宗教を教えるのはやめてほしいです。
たちが悪いのは、多くの親が「良かれ」と思ってやっているところです。
だから、宗教が原因で子供が正常に育たなかったとしても、
親は絶対に自分たちの宗教に原因があることを認めません。
むしろ、子供が正しく信仰しなかったのが悪いと決めつけてきます。
このブログに訪れるクリスチャンの発言を見ればそれが明らかです。
誰一人として、キリスト教の欠点を認めようとせず、
あくまでも悪いのは私(桃栗)だと決めつける人ばかりですよね。
牧師さんに私の体験談と悩みを話したところで、
「イエス様はいつもあなたを愛しておられます」
「あなたのために祈っています」などと響きの良いきれいごとを言うだけで、
絶対にキリスト教の欠点を認めようとしません。
本当にお高く留まった偽善的な宗教です。
私の人生の最大の不幸は、クリスチャンホームに生まれたことです。
2016-08-29 月 23:58:11 | URL | 桃栗 [編集]
事務屋青龍さんへ
先日はコメントどうもありがとうございました。
事務屋青龍さんのコメントの中に、
クリスチャンのおかしな言動の例がありましたが、
タイムリーなことに、現在承認待ちのコメントの中にそういう典型的な人がいます。
後日公開、レスをしますのでもう少々お待ちを。
2016-08-30 火 00:09:36 | URL | 桃栗 [編集]
キリスト教西欧とその文化的産物について
民主主義は、西欧キリスト教文明から出てきたものです。
〈主〉=絶対的な権威である唯一神の前では人類は平等。この思想はキリスト教から
しか出てきませんでした。まあ、そのせいか「〈主〉を拒む異教徒に人権は無い」
ってことにもなっちゃいましたけど。
平等思想も人権思想も、みな欧米製のものです。

既存の宗教はいわば社会道徳と相当部分一体となっている。
信仰とは別の意味で社会の一部を成しているのに、
脱宗教を果たした今後の現代人類が何をもってモラルを築き上げるのか?
大変興味深いテーマですが、貴方はそこには触れてくださいませんし。
自分の力のみが頼りの人生・社会って、歯止めが利かなくなったときが怖いと
私なら心配しますけど。

 もし、「キリスト教はこのようにおかしいから批判されるべきものなんだ!」という
主張を通すのなら、それは一つの偉大な思想だと思います。キリスト教西欧が生んだ
文化、科学、民主主義など、芋づる式に全て批判していただきたい。
 でも、そうではないですよね。貴方は「キリスト教は独善的でおかしい」といって
その思想を否定しておきながら、その思想から派生した素晴らしい文化的産物
(例えば民主主義とか)は批判しないわけです。
 まあ、人間の歴史にも発想にも行動にも、宗教や信仰の要素が
大きく影響を与え、左右してきたのは貴方が好むと好まざるとに関わらず厳然たる事実
ですよね。現代人の価値観でそれを「間違ってる!」と一方的に判定したって仕方ないし、
それを無視して世の中を語ると様々な所で無理が生じてしまう。

ちょっとまとまってないので言葉足らずになってしまいましたが、私はこれを貴方の
欺瞞(ぎまん)であり矛盾だと思っています。
2016-09-17 土 19:57:29 | URL | GB [編集]
父と子と牧師の三位一体
私の知人のアメリカ人男性の性的倒錯者 (ゲイ、ペドフィリア、女装、etc) は、いわゆる「バイブル・ベルト」と呼ばれる地方に生まれ育ち、教会の教えることが絶対に正しいと教えられたそうです。
彼が、変態になったキッカケは、子供の時に、実父や牧師たちに性的虐待を受けたから。酷い時は、実父と牧師の両方同時にやられたそうです。例えば、ワンワンスタイルにさせられ、実父と牧師の一方が彼を掘りながら、もう一方が口の中にねじ込まれる (父と子と牧師の三位一体)、というように。嫌だと思っても、牧師のすることは、「神の御心」だから、盲従したそうです。
そういった様々な変態行為を繰り返しているうちに、彼は本物のド変態になってしまいました。恐ろしい宗教ですね。
2016-09-19 月 13:48:11 | URL | 巨大虎猫 [編集]
Re: キリスト教西欧とその文化的産物について
> 民主主義は、西欧キリスト教文明から出てきたものです。
> 〈主〉=絶対的な権威である唯一神の前では人類は平等。この思想はキリスト教から
> しか出てきませんでした。まあ、そのせいか「〈主〉を拒む異教徒に人権は無い」
> ってことにもなっちゃいましたけど。
> 平等思想も人権思想も、みな欧米製のものです。

欧米の社会を知らないのですか?
あちらは階級社会ですよ。
それに、世界を植民地支配をしたのはヨーロッパの白人ですし、
アフリカから大量に黒人の奴隷を連れてきたのも白人、
そして人種差別しているのも白人ではないですか。
それのどこが平等思想で人権思想なんですか?

> 既存の宗教はいわば社会道徳と相当部分一体となっている。
> 信仰とは別の意味で社会の一部を成しているのに、
> 脱宗教を果たした今後の現代人類が何をもってモラルを築き上げるのか?
> 大変興味深いテーマですが、貴方はそこには触れてくださいませんし。
> 自分の力のみが頼りの人生・社会って、歯止めが利かなくなったときが怖いと
> 私なら心配しますけど。

そのことに触れないことがいけないことですか?
私は自分が興味があることしかブログに書きません。
貴方が触れたいなら、自分でブログを立ち上げて論じてください。
基本的に「こういうことを書いてほしい」という要望には応じる余裕はありません。
自分の興味があることでないと筆が進みませんので。


>  もし、「キリスト教はこのようにおかしいから批判されるべきものなんだ!」という
> 主張を通すのなら、それは一つの偉大な思想だと思います。キリスト教西欧が生んだ
> 文化、科学、民主主義など、芋づる式に全て批判していただきたい。
>  でも、そうではないですよね。貴方は「キリスト教は独善的でおかしい」といって
> その思想を否定しておきながら、その思想から派生した素晴らしい文化的産物
> (例えば民主主義とか)は批判しないわけです。

そのことについては間接的に発言をしています。
要するに、あちらのクリスチャンはご都合主義だということです。
唯一絶対の神を信じていながら、
ギリシャ神話やローマ神話などの他宗教の美術品を大事にするし、
戦争や植民地など聖書の教えに反したことばかりしている等、
そういう類の発言は今までに何度もしています。


>  まあ、人間の歴史にも発想にも行動にも、宗教や信仰の要素が
> 大きく影響を与え、左右してきたのは貴方が好むと好まざるとに関わらず厳然たる事実
> ですよね。現代人の価値観でそれを「間違ってる!」と一方的に判定したって仕方ないし、
> それを無視して世の中を語ると様々な所で無理が生じてしまう。
>
> ちょっとまとまってないので言葉足らずになってしまいましたが、私はこれを貴方の
> 欺瞞(ぎまん)であり矛盾だと思っています。

勝手に他人のブログにあれを書けこれを書けと求めておいて、
その期待に応えてくれないのを欺瞞だの矛盾だの言われる筋合いはありません。
私は自分の書きたいことを書いてるだけです。
自分の興味のないことを書く余裕はありません。
そんなに書いてほしいなら、自分でブログを立ち上げて書いて下さい。
ブログを書くのがどんなに大変か自分で体験してください。

今後の貴方の書き込みを禁止します。
書き込んでも削除します。
2016-09-23 金 23:51:08 | URL | 桃栗 [編集]
文化的産物について
民主主義は古代ギリシャにその萌芽が見られますし、キリスト教の神が科学を嫌って中世欧州が発展を滞らせた事は有名です。
それらはキリスト教とは何の関係もありませんよ。
 
むしろ宗教的な(負の)産物なら奴隷貿易、植民地主義、魔女狩り、異教徒迫害がそうです。勉強してから書いてください。
自律した努力を捨てた集団だけ神と対話できるなら世界は神の名で腐り尽くしてしまう。
 
イエス・キリストの名の下で行なわれた蛮行の数々…
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_ha/_floorA6F_ha.html
> その他の虐殺を合計すれば、キリスト教会が犯した宗教的殺戮は、1億人を超えるといわれている…

ユダヤ人の迫害史
http://inri.client.jp/hexagon/floorA1F/a1f1102.html
●1321年
 フランスのギエンヌ州で、井戸に毒を投げ込んだと拷問を受けたユダヤ人が告白したため、5000人のユダヤ人が火刑となった。
●1348年
 ユダヤ人がペストをばらまく犯人だとされ、ヨーロッパ各地でユダヤ人の虐殺が起きる。
●1394年
 フランスで第2回ユダヤ人追放。
●1421年
 オーストリアからユダヤ人追放。
●1648年
 ポーランドでユダヤ人10万人が虐殺される(~1656年)。
●1881年
 ロシアで「ポグロム」と呼ばれるユダヤ人大虐殺事件が波状的に発生。ユダヤ人十数万人が犠牲になる。
2016-09-24 土 02:44:34 | URL | 秀和 [編集]
先ほど、コメントをさせて頂いたものです。
名前を残し忘れてしまったので、もう一度失礼します┏○ペコ

わたし(イエス)が来たのは地上に平和をもたらすためではなく、剣をもたらすために来たのだ。敵対させるために来たのだ。マタイ10:34-35/

桃栗さんのブログの説明の欄に書いてあることですね。
これはなかなか面白いですよね。これは、予知か?って思うくらいですよね

イエスは、戦争も、地震も全て起こると言ったんです。
それから、宗教のせいで家族が喧嘩することもあるといいました。他の人と喧嘩するといいました。
桃栗さんが残したその神の言葉は、そのことを言っているんです。
ルカとマタイの章を全て読むとそのことが書かれていると思います。

実際に、桃栗さんはブログを書き、たくさんの反対するコメントが来ています。
私も、親の教会と教えが違うので、たまに喧嘩になります。
私の教会はこう言った!でも、私の教会はこう言った、みたいに…

すごいですよね。聖書って。間違ったことは書いてないんですよ。

また、度々コメント残しにきます!桃栗さんの考え方を知ることができて、私は嬉しいので、今度は桃栗さんに私の思ってることや考えていることを言って、本当のクリスチャンの意味を教えてあげたいと思いました。

私も、神の言葉を理解で来なかった時は、キリスト教は嫌いでしたから。
でも、理解できた時、私の人生は変わりました。
桃栗さんの教会とは違う教えの、私の教会の教えをまた聞かせてあげたいと思いました┏○ペコ
2016-09-24 土 20:51:56 | URL | あい [編集]
はじめまして
はじめまして。

キリスト教について色々調べていたところ桃栗さんのサイトが目に留まりました。
私はキリスト教徒ではありませんが某仏教系新興宗教の所謂三世という者です。なまじ早熟だったゆえに早くから教えのおかしさに気づきつつも信仰と自分の考えの違いに悩み誰にも言うことができませんでした。
疑問を持つこと自体が罪とされていたので言い出すこともできず一人ずっと抱え込んでいたのです。最近ようやく吹っ切ることができ罪悪感もあまり感じなくなってきしました。ですが今でも教えが頭をよぎることがあります。たぶん一生消えることはないでしょう。

そして桃栗さんのサイトを見つけ、書かれていることを読み本当に勇気づけられました。教えは違えど同じ宗教の被害者としてあなたの考えには深く共感できます。親は良かれと思っていたのでしょう。しかし、その独善的な思いのために子供は一生ものの傷を負うことになります。あの信仰との矛盾からくる精神的苦痛は経験した者にしか理解できません。

拙い文章で申し訳ありませんが最後に一言。宗教家の皆さん、どうかお願いだから押し付けないでください。認めてあげてください。否定しないでください。これ以上私のような者を作らないでください。
2016-09-30 金 20:20:47 | URL | 無神論者 [編集]
Re: 文化的産物について
> 民主主義は古代ギリシャにその萌芽が見られますし、キリスト教の神が科学を嫌って中世欧州が発展を滞らせた事は有名です。
> それらはキリスト教とは何の関係もありませんよ。

私は、西洋人の信仰なんて「その程度のもの」だと何度も書いていますが。

>  
> むしろ宗教的な(負の)産物なら奴隷貿易、植民地主義、魔女狩り、異教徒迫害がそうです。

ですから、そのことについても何度も書いています。

> 勉強してから書いてください。

その前に私のブログを読んでから書いて下さい。
的外れなコメントをした上に、
勉強しろと上から目線で言われる筋合いはありません。

今後の書き込みを禁止します。
書き込んでも削除します。
2016-10-03 月 22:47:12 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして
数年前から読ませてもらってます。
ここのところご多忙だったそうで、お疲れ様です。
ブログの再開が嬉しいです。
今までROM専で全然良かったんですけど、最近キリスト教絡みで悲しいことがあったので、ちょっと吐き出させてください。
数か月前に父方の祖父が亡くなりました。祖父は無宗教で実家の宗教は仏教なのですが、お通夜とお葬式はキリスト教式で行われました。祖父の娘の私の叔母がプロテスタントで、「(私の母曰く)叔母は自分の家庭があるのに本家の葬式についてしゃしゃり出てきて」母が叔母に「葬式は本家がするから口を出さないでください」と注意をしたにも関わらず私の父を丸め込んで?キリスト教式でやらせたそうです。私がお通夜に足を運んだら斎場の前の立て看板が「前夜祭○○○○」と書かれていました。母は「義父の死がお祭りだなんて」ととても憤慨していました。私はお葬式には行っていないのですが執り行った母と弟曰く「あんな葬式は出ない方が良かった」そうです。お葬式では叔母一家が参列者にキリスト教の本を配っていたそうで、参列者は「自分の父の葬式なのにキリスト教の宣伝をしている」「自分の父が死んだのに悲しそうじゃない」とひそひそしていたそうです。唯一孫の私の弟の弔辞だけが立派だったと。
というわけで今まで母と弟は叔母と仲が良かったのに縁切りをしてしまいました。親戚との仲がバラバラです。キリスト教とか宗教は人間が幸せになるためのものでは…?なんで幸せになるためのもので親戚と険悪に…?たらればですが叔母がキリスト教徒でなければこんなことは起こらなかったのに。叔母には男の子どもが二人いるのですがどちらもいじめられたり人間関係をうまく構築できずストレスで病気になったそうです。なんだかここらへんに桃栗さんとの共通点があるように思いました。叔母は「先生の言うことを信じて息子の言うことを信じなかった」と言っていました。キリスト教以前に叔母の人格がアレなんでしょうか…私と弟は叔母に「毎日クリスチャンになるように祈っている」と言われたのですが叔母が何年祈っても私と弟はクリスチャンにもならなければ洗礼もせず教会にも行きませんでした。祈りってただの願望なんですね。叔母は仏壇を「悪魔のいるところ」と呼び生前嫌がる祖父とまだ生きている祖母にむりやり神を信じますと言わせ洗礼をさせていましたがそこまでするかと思いました。そこまで聖書のいう天国に両親を行かせたいのかと。だから別の家庭に入ったのに祖父のお葬式をキリスト教式でやったのかと。祖父は耶蘇なんか信じるかと叔母のいないところで言っていましたが果たして祖父の魂はどこへ行ったのでしょう。長文、乱文失礼しました。
2016-10-05 水 14:04:41 | URL | ハッフルパフ [編集]
Re: タイトルなし
> 先ほど、コメントをさせて頂いたものです。
> 名前を残し忘れてしまったので、もう一度失礼します┏○ペコ
>
> わたし(イエス)が来たのは地上に平和をもたらすためではなく、剣をもたらすために来たのだ。敵対させるために来たのだ。マタイ10:34-35/
>
> 桃栗さんのブログの説明の欄に書いてあることですね。
> これはなかなか面白いですよね。これは、予知か?って思うくらいですよね
>
> イエスは、戦争も、地震も全て起こると言ったんです。
> それから、宗教のせいで家族が喧嘩することもあるといいました。他の人と喧嘩するといいました。
> 桃栗さんが残したその神の言葉は、そのことを言っているんです。
> ルカとマタイの章を全て読むとそのことが書かれていると思います。

その通りですよ。
争い事が発生するような宗教は日本にいりません。
キリスト教といい、イスラム教といい、ユダヤ教といい、
一神教にはロクなのがありません。

> 実際に、桃栗さんはブログを書き、たくさんの反対するコメントが来ています。
> 私も、親の教会と教えが違うので、たまに喧嘩になります。
> 私の教会はこう言った!でも、私の教会はこう言った、みたいに…
>
> すごいですよね。聖書って。間違ったことは書いてないんですよ。

残念ながら間違いだらけです。
例を挙げるときりがないのでここのサイトをご覧ください。
http://www.j-world.com/usr/sakura/bible/errors.html
2016-10-06 木 22:48:31 | URL | 桃栗 [編集]
Re: はじめまして
> はじめまして。
>
> キリスト教について色々調べていたところ桃栗さんのサイトが目に留まりました。
> 私はキリスト教徒ではありませんが某仏教系新興宗教の所謂三世という者です。なまじ早熟だったゆえに早くから教えのおかしさに気づきつつも信仰と自分の考えの違いに悩み誰にも言うことができませんでした。
> 疑問を持つこと自体が罪とされていたので言い出すこともできず一人ずっと抱え込んでいたのです。最近ようやく吹っ切ることができ罪悪感もあまり感じなくなってきしました。ですが今でも教えが頭をよぎることがあります。たぶん一生消えることはないでしょう。

ご訪問ありがとうございます。
宗教は違えど、そのお気持ちは非常に良く分かります。
宗教を熱心に信仰する両親のもとに生まれた子供には、
「宗教を信じない」という選択肢がないのです。
特に、その親の信仰が強ければ強いほど厄介です。

過去にも書いたことがありますが、
私は社会人になってから教会から離れましたが、
教会から離れてすぐに信仰を捨てたわけではありません。
教会生活から離れて自由で気ままに生活できるようになった一方、
自分は神に背いているのではないかと言う罪悪感が常に付きまといました。
物心がつく前から刷り込まれた思想はそう簡単に消えません。
完全に消え去るまでかなり年月がかかりました。


> そして桃栗さんのサイトを見つけ、書かれていることを読み本当に勇気づけられました。教えは違えど同じ宗教の被害者としてあなたの考えには深く共感できます。親は良かれと思っていたのでしょう。しかし、その独善的な思いのために子供は一生ものの傷を負うことになります。あの信仰との矛盾からくる精神的苦痛は経験した者にしか理解できません。

まるで自分のことのようにそのお気持ちが良く分かります。
私も、宗教上の価値観と、学校などの世間一般の価値観が違うことに戸惑い、
頭の中でつじつま合わせするのに無駄な労力を使いました。

> 拙い文章で申し訳ありませんが最後に一言。宗教家の皆さん、どうかお願いだから押し付けないでください。認めてあげてください。否定しないでください。これ以上私のような者を作らないでください。

まったく同感です。
こちらのサイトにもありますが、これはどこの宗教にも起こりうることです。
http://antikkuma.hatenablog.com/entry/2013/10/17/224917
この方は幸福の科学の被害者のようですが、
おっしゃることは100%私の考え方と一致しています。
まだ物事の判断基準が備わっていない子供は、
その宗教の教えを「フィルターなしに」なんでも信じ込んでしまうものです。
その結果、子供に何か弊害が起こっても、
両親は自分達の宗教のせいだとは絶対に認めないのです。
子供に宗教を教えることの弊害をこれからも訴え続けたいと思います。

ただし、初詣、お墓詣り、七夕、七五三、お月見、地域の伝統行事などは、
私は宗教ではなく文化、習慣、風習と捉えています。
「宗教」と「文化、習慣、風習」の違いを説明するのは難しいですが、
一つは、それが人工的か自然発生的であるかということです。
宗教はどうしても人工的な度合いが強いです。
しかし、日本古来の伝統は守っていってほしいと思っています。
私はクリスチャンだった反動からか、可能な限りお正月には初詣に行きます。
そんな時は、自分が日本人で良かったとしみじみ感じます。
2016-10-09 日 11:15:07 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして
桃栗さんはじめまして。
キリスト教を調べていて、このブログを知り、それ以来興味深く拝見しています。
桃栗さんは記事やコメントから察するに、非常に辛い体験をされてきたようで、本当に心の底から同情します。
きっと、キリスト教に縛られ、支配され、罪の意識を常に感じ、苦しんでいたのかなあと想像します。
桃栗さんのような人をこれ以上増やしてはいけない、と強く思いました。
私も、クリスチャンホームに生まれて、子供の頃から教会に通っていますが、私はそこまで酷くはなく、信仰を強制されたことは一度もないですし、教会の説教もあまり真面目に聞いていませんでした。
17歳の頃に洗礼を受け、これをきっかけにキリスト教を少し勉強してみようと思い、聖書やキリスト教に関する本をいくつか読んでみました。
特に、バート・D・アーマンの捏造された聖書、破綻した神キリスト、キリスト教成立の謎を解くの3冊は印象に残っており、キリスト教に対する批判的な見解や聖書の矛盾を紹介しながら、大切なのは私の言葉を鵜呑みにすることではなく、自分で考えること、自分でその問題に向き合うことだと語る彼に、私はとても好感を持ちました。
また、破綻した神キリストでは、彼がキリスト教を棄教した理由、つまりこの世の苦しみについて書かれており、思わず説得されてしまう。テーマとしては、桃栗さんの「その時、イエス様は何をしていたのでしょうか」という記事とほとんど同じです。
つまり、この世には理不尽な苦しみがあまりに多すぎて、愛のある神がいるというのは、どう考えても信じられないというのが、彼の結論である。
桃栗さんの考えと一致するところも多いと思うので、もしまだ読んでいなかったら、読んでほしいです。

キリスト教について、ネットで検索していると、聖書は誤りなき神の言葉であるというような内容の書き込みをよく目にする。まあいわゆる福音派である。
こういう福音派は、もちろんすべてとはいわないが、独善的で、排他的な人が多いと思う。
福音派は、聖書は神の言葉であり、一言一句誤りがないと主張しますが、はっきり言ってこれは嘘ですね。
このようなことを言う人は聖書を読んでいないか、自分の都合のいいように読んでいるかのどちらかです。
聖書の矛盾を指摘したサイトとしては、佐倉哲さんの聖書の間違いが最も有名ですね。
指摘している矛盾も旧約から新約まで幅広く、よくここまで調べたなという感じですが、重箱の隅をつつきすぎかなと思うところも多いです。
私はまだ、キリスト教を信じていますが、基本的にはリベラルな考え方(自由主義神学)を受け入れており、天地創造や、ノアの箱舟などを歴史的事実ではなく、神話や寓話として解釈しています。
イエスの復活については、あまり強く否定はしていません。復活を否定することは、キリスト教を否定することになると私は思うからです。
私はキリスト教だけが特別とか、真実だとは思わないし、信じることが辛いと感じるなら、別に無理して信じることはない、と思っています。

駄文、長文失礼しました。
2016-10-12 水 20:22:30 | URL | リベラル教徒 [編集]
Re: はじめまして
> 数年前から読ませてもらってます。
> ここのところご多忙だったそうで、お疲れ様です。
> ブログの再開が嬉しいです。
> 今までROM専で全然良かったんですけど、最近キリスト教絡みで悲しいことがあったので、ちょっと吐き出させてください。
> 数か月前に父方の祖父が亡くなりました。祖父は無宗教で実家の宗教は仏教なのですが、お通夜とお葬式はキリスト教式で行われました。祖父の娘の私の叔母がプロテスタントで、「(私の母曰く)叔母は自分の家庭があるのに本家の葬式についてしゃしゃり出てきて」母が叔母に「葬式は本家がするから口を出さないでください」と注意をしたにも関わらず私の父を丸め込んで?キリスト教式でやらせたそうです。私がお通夜に足を運んだら斎場の前の立て看板が「前夜祭○○○○」と書かれていました。母は「義父の死がお祭りだなんて」ととても憤慨していました。私はお葬式には行っていないのですが執り行った母と弟曰く「あんな葬式は出ない方が良かった」そうです。お葬式では叔母一家が参列者にキリスト教の本を配っていたそうで、参列者は「自分の父の葬式なのにキリスト教の宣伝をしている」「自分の父が死んだのに悲しそうじゃない」とひそひそしていたそうです。唯一孫の私の弟の弔辞だけが立派だったと。
> というわけで今まで母と弟は叔母と仲が良かったのに縁切りをしてしまいました。親戚との仲がバラバラです。キリスト教とか宗教は人間が幸せになるためのものでは…?なんで幸せになるためのもので親戚と険悪に…?たらればですが叔母がキリスト教徒でなければこんなことは起こらなかったのに。叔母には男の子どもが二人いるのですがどちらもいじめられたり人間関係をうまく構築できずストレスで病気になったそうです。なんだかここらへんに桃栗さんとの共通点があるように思いました。叔母は「先生の言うことを信じて息子の言うことを信じなかった」と言っていました。キリスト教以前に叔母の人格がアレなんでしょうか…私と弟は叔母に「毎日クリスチャンになるように祈っている」と言われたのですが叔母が何年祈っても私と弟はクリスチャンにもならなければ洗礼もせず教会にも行きませんでした。祈りってただの願望なんですね。叔母は仏壇を「悪魔のいるところ」と呼び生前嫌がる祖父とまだ生きている祖母にむりやり神を信じますと言わせ洗礼をさせていましたがそこまでするかと思いました。そこまで聖書のいう天国に両親を行かせたいのかと。だから別の家庭に入ったのに祖父のお葬式をキリスト教式でやったのかと。祖父は耶蘇なんか信じるかと叔母のいないところで言っていましたが果たして祖父の魂はどこへ行ったのでしょう。長文、乱文失礼しました。

ハッフルパフさん、初めまして。
私はそういう体験はしたことがないのですが、
「ああ、それ分かる分かる!」という気持ちです。
宗教というものは往々にして独り善がりになりがちです。
特に、キリスト教のような一神教の場合、
自分達が信じているものこそがこの世の唯一絶対の真理だと思い込む傾向が強いです。
私の知人のクリスチャン2世が自殺した時の葬儀も、
「○○兄弟姉妹は神の愛に包まれて天国に召された」とか、
「○○兄弟姉妹は多くの重荷を背負っていたが、主によってその重荷は下ろされた」とか、
まるで自殺が全くなかったかのように穏やかに語られていたのです。
本当にキリスト教の偽善ぶりを目の当たりにしました。
だから、ハッフルパフさんの体験談も、
まるで自分のことのように本当によく理解できます。

私は自分の身元につながるようなことをブログに書きたくないので、
私と両親と親戚の関係がどうであるかは公に語らないことしにていますが、
ハッフルパフさんの体験談と通じるところが少しあります。
とにかく、キリスト教は独り善がりの極地としか言いようがありません。


>祈りってただの願望なんですね。

全くその通り。
祈りとは、自己満足でしかないのです。
「あなたのためにお祈りしています」などと格好をつけて祈りたがりますが、
結局は自分自身の自己満足のためでしかないのです。
そもそも、クリスチャンが祈ることによって、
一体この世の何が具体的にどう変わるのでしょうか。
祈りで変わるぐらいなら人間は苦労しません。
にもかかわらず、お寺や神社にお参りに行くこと「ご利益宗教」だと批判し、
キリスト教こそがこの世の唯一絶対的な真理だとのたまう。
本当に始末に負えない人たちですね。
2016-10-13 木 00:36:34 | URL | 桃栗 [編集]
信じられないなら信じなくていい、というのが宗教に対する私の見解です。
私は、神や宗教よりもまず自分の気持ちが大事だと考えています。
自分が納得できるかどうかということです。
神がいると考えることで、自分の気持ちが楽になる人もいるし、また神がいないと考えることで、気持ちが楽になるという人もいます。
大事なことは、その信仰が自分にとって楽かどうかです。
だから信じるのが辛いと感じるなら、別に無理してまで信じることはありません。
教会から離れて楽になった、解放されたという人もいっぱいいますからね。
まあキリスト教も含め、宗教というのは信じすぎると危険ですよね。
一つのものだけを信じるというのは逆にいうとそれ以外は信じないということになります。
そしてそれ以外は救われていないとか地獄に落ちるという考え方になり、無意識に人を差別してしまいます。
キリスト教は常にそうした危険と隣り合わせなのです。
もちろん、他者に対して寛容な教会もあるが、やはりまだ排他的な教会は多い。
親や牧師が言うから正しい、ではなく自分で考えて、自分で決めるということが何よりも大事だと思う。
キリスト教というのは、絶対に正しい唯一の真理ではなく、数多くある宗教のひとつです。
キリスト教以外にも仏教、ヒンドゥ-教、イスラム教など多くの宗教があります。
これらに優劣を付けずに、お互いを認め合い、そして共存できると私は信じてます。
2016-10-15 土 18:23:33 | URL | リベラル教徒 [編集]
Re: はじめまして
> 桃栗さんはじめまして。
> キリスト教を調べていて、このブログを知り、それ以来興味深く拝見しています。
> 桃栗さんは記事やコメントから察するに、非常に辛い体験をされてきたようで、本当に心の底から同情します。
> きっと、キリスト教に縛られ、支配され、罪の意識を常に感じ、苦しんでいたのかなあと想像します。

はい、個人を特定されたくないので過去についてはあまり詳しくは書きませんが、
正しいはずの神を信じていながらなぜあんな理不尽な思いをしなければならなかったのかと、
今でもキリスト教を恨んでいます。

> 桃栗さんのような人をこれ以上増やしてはいけない、と強く思いました。
> 私も、クリスチャンホームに生まれて、子供の頃から教会に通っていますが、私はそこまで酷くはなく、信仰を強制されたことは一度もないですし、教会の説教もあまり真面目に聞いていませんでした。
> 17歳の頃に洗礼を受け、これをきっかけにキリスト教を少し勉強してみようと思い、聖書やキリスト教に関する本をいくつか読んでみました。
> 特に、バート・D・アーマンの捏造された聖書、破綻した神キリスト、キリスト教成立の謎を解くの3冊は印象に残っており、キリスト教に対する批判的な見解や聖書の矛盾を紹介しながら、大切なのは私の言葉を鵜呑みにすることではなく、自分で考えること、自分でその問題に向き合うことだと語る彼に、私はとても好感を持ちました。
> また、破綻した神キリストでは、彼がキリスト教を棄教した理由、つまりこの世の苦しみについて書かれており、思わず説得されてしまう。テーマとしては、桃栗さんの「その時、イエス様は何をしていたのでしょうか」という記事とほとんど同じです。
> つまり、この世には理不尽な苦しみがあまりに多すぎて、愛のある神がいるというのは、どう考えても信じられないというのが、彼の結論である。
> 桃栗さんの考えと一致するところも多いと思うので、もしまだ読んでいなかったら、読んでほしいです。

残念ながら、ブログを書くだけで精いっぱいですので、
本を読む余裕はありませんが、
同じ考えの人がアメリカの「バイブル・ベルト」の地域にいると知って安心しました。

> キリスト教について、ネットで検索していると、聖書は誤りなき神の言葉であるというような内容の書き込みをよく目にする。まあいわゆる福音派である。
> こういう福音派は、もちろんすべてとはいわないが、独善的で、排他的な人が多いと思う。
> 福音派は、聖書は神の言葉であり、一言一句誤りがないと主張しますが、はっきり言ってこれは嘘ですね。
> このようなことを言う人は聖書を読んでいないか、自分の都合のいいように読んでいるかのどちらかです。

本当に全くその通り以外の何物でもありません。
今までに何度も口酸っぱく私は言ってきましたが、
クリスチャンは聖書の都合の良い箇所を都合よく解釈しているだけです。
だから宗派によって聖書の解釈が異なるのです。
しかも、自分たちの解釈こそが真実だと思い込んでいる人のなんと多いこと。
まるで自分たちの解釈が神様の認可を受けたかのように
どこの宗派も自信たっぷりに自分たちの都合の良い教えを説くのです。
本当に滑稽でなりません。

> 聖書の矛盾を指摘したサイトとしては、佐倉哲さんの聖書の間違いが最も有名ですね。
> 指摘している矛盾も旧約から新約まで幅広く、よくここまで調べたなという感じですが、重箱の隅をつつきすぎかなと思うところも多いです。
> 私はまだ、キリスト教を信じていますが、基本的にはリベラルな考え方(自由主義神学)を受け入れており、天地創造や、ノアの箱舟などを歴史的事実ではなく、神話や寓話として解釈しています。

全く妥当な解釈です。
多くの日本人が神社やお寺にお参りに行きますが、
誰も本気で神社やお寺の中に神様がいるとは信じていないでしょう。
伝説や言い伝えのように思っている人がほとんどのはずです。
西洋人のキリスト教の信仰もそれと同じです。


> イエスの復活については、あまり強く否定はしていません。復活を否定することは、キリスト教を否定することになると私は思うからです。
> 私はキリスト教だけが特別とか、真実だとは思わないし、信じることが辛いと感じるなら、別に無理して信じることはない、と思っています。

私はキリスト教を全面否定まではするつもりはありません。
あくまでも数多くある宗教の中の1つに過ぎないと思っています。
リベラル教徒さんのようなコメントには強い嫌悪感を持ちませんが、
絶対的にキリスト教が正しいと主張する人には激しい嫌悪感を感じます。
2016-10-19 水 23:46:50 | URL | 桃栗 [編集]
SNSで敵対者のブラックリストを作るクリスチャンたち
Facebook で遭遇したクリスチャンに、こんな人たちがいました。
キリスト教に少しでも都合の悪い投稿をしている人物を見つけては、ブラックリストを作っている人たちです。
ひどい時は、彼らが睨んだ人の友だちにクリスチャンがいると、そのクリスチャンに「あんなのは、友だちを解除するか、ブロックした方が良い。」という内容のメールを送信します。
学生時代に遭遇したKGKのメンバーと似ています。彼らは、睨んだ人物の誹謗中傷を機関誌に実名で書き、それだけでなく、その人物の交友関係を徹底的に破壊します。

彼らは、考えや立場の異なる人への怒りと憎しみに満ちています。それなのに、「神の愛」とか喚いているから、滑稽です。
2016-10-22 土 23:40:30 | URL | 巨大虎猫 [編集]
Re: タイトルなし
> 信じられないなら信じなくていい、というのが宗教に対する私の見解です。
> 私は、神や宗教よりもまず自分の気持ちが大事だと考えています。
> 自分が納得できるかどうかということです。

社会経験を積んだ大人なら、そういう判断ができるでしょう。
しかし、まだ物事の判断もできない子供の頃からキリスト教を植え付けられた者には、
信じられないなら信じなくてもいいとか、
信仰が嫌ならやめればいいとか、
そういう発想は全くありませんでした。
一生涯、神に忠実に生きなければいけないと信じていました。
そんな子供の心理というものを理解してほしいです。


> 神がいると考えることで、自分の気持ちが楽になる人もいるし、また神がいないと考えることで、気持ちが楽になるという人もいます。

私は、神がいることで、私はいつも監視されているような気分でした。
キリスト教では、神は何でも知っておられ、
全ての人間の心の中まで見ておられると教わりましたから、
私はいつ神の罰を受けるのだろうかと不安でした。
確かに、今は神がいないと信じているので、気持ちは楽です。
が、キリスト教という特殊な世界で育ってきたがゆえに、
一般社会でのコミュニケーション能力が身に付かず、
いつも自分は社会から疎外感を感じます。


> 大事なことは、その信仰が自分にとって楽かどうかです。
> だから信じるのが辛いと感じるなら、別に無理してまで信じることはありません。

先にも書いた通り、
物心がつく前からキリスト教の中で生きてきた人間には、
信じたくなければ信じなければいいなどという発想は全くありませんでした。

分かりやすい例を挙げましょう。
皆さんが小学生の時、学校に行くのは楽しかったですか?
先生から宿題をたくさん出されて嬉しかったですか?
嫌だったというのがほとんどでしょう。
では、学校が辛ければやめればいいという発想はありましたか?
いいえ、ほとんどの人がそういう発想はなかったはずです。
「行かなければいけない」と思っていたから行ったのですよね。
それと同じで、私は神を信じなければならないと思っていたから、
嫌ならやめればいいという発想が全くなかったのです。

> 教会から離れて楽になった、解放されたという人もいっぱいいますからね。
> まあキリスト教も含め、宗教というのは信じすぎると危険ですよね。
> 一つのものだけを信じるというのは逆にいうとそれ以外は信じないということになります。
> そしてそれ以外は救われていないとか地獄に落ちるという考え方になり、無意識に人を差別してしまいます。
> キリスト教は常にそうした危険と隣り合わせなのです。
> もちろん、他者に対して寛容な教会もあるが、やはりまだ排他的な教会は多い。
> 親や牧師が言うから正しい、ではなく自分で考えて、自分で決めるということが何よりも大事だと思う。
> キリスト教というのは、絶対に正しい唯一の真理ではなく、数多くある宗教のひとつです。
> キリスト教以外にも仏教、ヒンドゥ-教、イスラム教など多くの宗教があります。
> これらに優劣を付けずに、お互いを認め合い、そして共存できると私は信じてます。

優劣を付けたがるのはキリスト教ぐらいのものでしょう。
仏教には、日本だけでも華厳宗、法相宗、律宗、真言宗、天台宗、浄土宗 浄土真宗など、
実に様々な宗派が存在しますが、
では、どこが正統派だとか伝統派だとか、どこが異端だとか、
そういう風にお寺同士で否定し合っている話は聞きますか?
「私たちのお寺は正統派仏教です」と言っているお寺がありますか?
私は一度も聞いたことがありません。

神社にしても同様。
それぞれの神社がそれぞれ違う神を祀っていますが、
うちの神社は正統派で、あそこの神社は異端だとか、
うちが祀っている神様は真実の神で、あそこの神社の神は偶像だとか、
そういう風に言っている神社がありますか?

しかし、キリスト教は大小さまざまな宗派に分裂し、
「互いに愛し合いなさい」というイエスの言葉を信じていながら、
「私たちの教会は正統派キリスト教会です」と堂々と看板に書き、
やれうちは正統派だのあそこは異端だのとお互いに否定し合うというこの矛盾。
本当に滑稽以外の何物でもありません。
2016-10-23 日 23:10:00 | URL | 桃栗 [編集]
Re: SNSで敵対者のブラックリストを作るクリスチャンたち
> Facebook で遭遇したクリスチャンに、こんな人たちがいました。
> キリスト教に少しでも都合の悪い投稿をしている人物を見つけては、ブラックリストを作っている人たちです。
> ひどい時は、彼らが睨んだ人の友だちにクリスチャンがいると、そのクリスチャンに「あんなのは、友だちを解除するか、ブロックした方が良い。」という内容のメールを送信します。
> 学生時代に遭遇したKGKのメンバーと似ています。彼らは、睨んだ人物の誹謗中傷を機関誌に実名で書き、それだけでなく、その人物の交友関係を徹底的に破壊します。
>
> 彼らは、考えや立場の異なる人への怒りと憎しみに満ちています。それなのに、「神の愛」とか喚いているから、滑稽です。

典型的な原理主義のクリスチャンたちですね。
これだから一神教は厄介なのです。
「汝の敵を愛せよ」と言いつつ、
自分達と同じ宗教を信じない人たちは全て敵ですから。
と、こんなことを私が書くと、別のクリスチャンがこういう風に反論するでしょう。

「そんなことを言う人たちは本当のクリスチャンではない」
「本当のクリスチャンならそんなことはしない」

クリスチャンというものはおかしなもので、
自分達と考えが違う宗派や団体に対しては
「それは本当のキリスト教ではない」「それは正しい教会ではない」などと、
互いに否定し合っているのです。
まったく滑稽でしかありませんね。
自分達こそが本物だと思うなら、堂々と実名と住所を明かせばいいのです。
2016-10-26 水 20:23:36 | URL | 桃栗 [編集]
こんばんは
桃栗さんこんばんは。kusozaruです。
書きたいテーマがたくさんあったのでゲストブックへ失礼します。

1.イエスが30歳になる前のエピソードがほとんどない理由

  元々存在しなかったから、エピソードが残せなかったのではないかと。

  初めてクリスチャンからキリスト教の話を聞いた時に、
  エジプトの死者の書と話が似てるな~と思ったんですが
  この動画を見たらなるほど…と納得しました。
  https://www.youtube.com/watch?v=4Ezj5gHN2Tg

  上記は2007年にアメリカ人が作ったWeb動画です。
  クリシュナとディオニュソスのエピソードは神話と若干違いますが、
  ホルスと死者の書は「あ、そうだよね」と思いました。
  5~35分の間で語られる内容はキリスト教信者にとっては衝撃的です。


2.キリスト教で破門・異端として排斥された人達のその後

  排除されて彼らが主張を辞めたかというとそうでもなくて、
  歴史の表舞台から姿を消して存在は続いてたという面白い話です。

  グノーシスとか仏教に影響を与えたネストリウスなんかがよい例ですよね。

  最近スイスで開通した世界最大のトンネルの開会式では
  神と対極のものを信仰する人たちがその健在振りをアピールしてました。
  https://www.youtube.com/watch?v=PvlFZEMMq4M


3.キリスト教を知らずに死んだ人は地獄行き?

  1337年にダンテが書いた「神曲」に答えがありました。
  カエサルとプラトンがキリスト教を知らずに死んだという理由で
  不信仰の罪で地獄行きとなり、地獄に訪れたダンテと出会っています。
  (※…という小説なんだと思いながら読むしかないですが。)

  やっぱり…知らずに死んじゃうと地獄行きみたいです。

  最終的な判断は、あの世の裁判官がやるのでしょうが、
  潔白を証明するにはキリスト信仰が最低条件のようで。

  イタリアでは初等教育で子ども達にダンテを読ませるんだとか。


4.何気に世界中の宗教や神話に触れている日本人

  日本人は別に宗教に無知な訳じゃないですね。
  個別に学んだわけじゃないから理論はともかくとして、
  感覚的には分かっているんじゃないかなと。

  女神転生・ペルソナシリーズ

  世界中の神話や宗教の神や悪魔が敵キャラとして出てきます。
  あの「4文字の存在」を最終ボスで出してくるゲームなんて
  日本くらいしかないんじゃないかと思いました。

  自分は真・女神転生Ⅰ・Ⅱは傑作だと思ってます。
  真・女神転生Ⅰ(http://www.nicovideo.jp/watch/sm15506764)
  真・女神転生Ⅱ(http://www.nicovideo.jp/watch/sm17163547)

  聖おにいさん

  イエスと仏陀が立川で共同生活というシュールな漫画。
  既に2000年前に引退してるので布教活動はやってない模様。
  キリスト教と仏教を理解していると、ギャグがより秀逸に。


5.タブーでもどんどん答えてくれる教会

  iChurchって知ってますか? ここのFAQすごいですよ。
  http://ichurch.me/q&a.html

  主日礼拝の書き下ろしでもぶっちゃけ話がたくさんあったので、
  これだけざっくばらんに語ってくれるのだったらアリだなと思いました。
  http://ichurch.me/index.html
2016-10-26 水 23:50:08 | URL | kusozaru [編集]
Facebookで、宗教警察まがいの行動をしているクリスチャンは、結構たくさんいるようですが、頭狂アンテオケ狂会の関係者が、特にひどいことをしています。
頭狂アンテオケ狂会は、自分たちのプロモーションビデオみたいなものを多数作って、YouTube に投稿しています。カトリックが大嫌いなようで、ローマ法王を、黙示録の666にこじつけたりして、カトリックに対する恐怖を煽っています。ここの牧師のエゼキエル北島氏は、目を付けた人物多数のブラックリストを作っており、仲が良くなると、そのブラックリストがもらえます。
エゼキエル北島氏は、カトリックが大嫌いなくせに、複数のカトリックの神父をFacebookで友達登録しています。言っていることも、一貫性がなく、支離滅裂です。虚言癖か人格障害なのではないかと思います。一度、精神科医の所に行った方が良いのではないでしょうか。
2016-10-27 木 19:39:50 | URL | SNSでブラックリストを作るクリスチャンたち、その2 [編集]
はじめまして。
うにと申します。
よろしくお願いします。
桃栗様の綺麗な言葉づかいもさることながら、キリスト教の抱える問題なども分かりやすく解説してくださっているので、謎に思っていた部分も腑に落ちました。
ありがとうございます。
桃栗様のブログを読んでいて、自分は幸運だったのだな、と思いました。
自分も子供の頃から仏教系の新興宗教に入れられており、行事にも参加していたのですが、幸いなことに両親がさほど熱心ではなかったことと、家族で入信してはいるものの、熱心なのは祖母だけというのもあいまって、中学に上がってから家庭の事情もあり、脱会することができました。
その団体は、仏壇に向かってお題目を唱えていれば幸せになれる、という教義だったように記憶しています。
自分は早めに脱会できたのと、そういう事情で社会からそれほど剥離せずに済みましたが、物心ついてから大人になるまでどっぷり浸かっていたらどうなっていただろう、と背筋が寒くなります。
でも、やっぱり他人からは「変わってるね」って言われちゃうんですよ。
自分では普通のつもりなんですが。
仏教系でこれなのだから、元クリスチャンの方たちはそれ以上に苦しんでおられる。
すごく辛いですよね。
克服するのは時間がかかるけど、克服できない問題なんてありません。
人間の秘めた力はすごいんだから!!
・・・と、自分に言い聞かせて日々を生活してます(笑)
そんなんわけで一つ勉強になったのは、どんな宗教も胡散臭いってことですね。
信用してはならんです。
お陰で霊感商法に引っ掛からずにすんでいるので、そこだけは評価してやるさ。
で、世間とのギャップに落ち込んじゃったとき、自分は生物図鑑や鉱物図鑑を眺めてます。
鉱物なんかだと、すごく綺麗な結晶があったりして楽しいんですよね。
なので、お節介かもしれないけど、趣味を持つと気が紛れるかも。
仕事やプライベートに差し障りのないもので、楽しいなって思えるものが。
毎日の生活は大変だけど、お休みも必用ですしね。
体調を崩しやすい季節なので、心身ともに休めるときは休んで、大事になさってください。
長文なうえ、駄文を失礼しました。










2016-10-30 日 04:22:13 | URL | うに [編集]
連投申し訳ありません。
あれから遡って記事を読みまして、桃栗様に大変ご迷惑なことを書いてしまいました。
深くお詫びいたします。
自分のコメントは削除してください。
お節介にも程があるとはこの事ですね。
大変失礼しました。
どうかお体をお大事に。
2016-11-01 火 00:34:49 | URL | うに [編集]
初めまして
桃栗様、初めまして。
時間があるときに覗いては、拝見させていただいております。

私はクリスチャンではないのですが、高校時代のクリスチャンの友人との話を
1つ書き込ませていただきます。

私は男で生まれつきの障害があり、車いすの生活をしています。
そのおかげか、さまざまな宗教から勧誘を受けました。
その中で友人は一切そのようなことは私に行ってきませんでした。

また、教会より友人との都合を優先する人間で、「行かなくていいのか?」と
聞くと「うーん、面倒」という風に「敬虔な人」からは怒られそうな考えを持っていました。

そんなある日、友人と一緒にいるときに街中でキリスト教系の団体の勧誘を受けました。内容は「神を信じれば救われる」とかそのような内容でした。地獄行きというのも言われた気がします。
突然のことでオロオロしていると、友人が間に割って入りました。
しかし、彼らはかなりしつこく、私たちが勧誘をやめてくれと言っている間に
友人がクリスチャンということを知られ、友人は罵詈雑言を浴びせられたのですが、

『人をさばくな。自分がさばかれないためである。』
『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』
と言いました。
それを聞いた彼らは、苦虫を噛んだような顔で去っていきました。

そのあと、「俺、地獄行き?」と友人に訪ねると、

「『天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。』

ってあるから大丈夫じゃね?」と言っていました。

友人は聖書から言葉を引用したようで、書いてあるのは「マタイによる福音書」というものであるということ、ほかにも福音書があるということを教えてくれました。
しかし「難しくなりそうだから、この話は終了」ということになりました。

あれからも友人から勧誘やキリスト教の話は出ません。
初詣にも付き合ってくれます。参拝はしていないようですが。

私がこの経験で思ったことは、「イエスのおじさん、まぁまぁいいこと言うじゃん」
ということでした。(友人のおかげかもしれません)
私は友人のような人が友達でいてくれて感謝しています。

以上、私の友人の話でした。
駄文、長文失礼いたしました。
また、機会があれば、来させていただきます。
2016-11-01 火 05:30:09 | URL | あると [編集]
Re: こんばんは
> 桃栗さんこんばんは。kusozaruです。
> 書きたいテーマがたくさんあったのでゲストブックへ失礼します。
>
> 1.イエスが30歳になる前のエピソードがほとんどない理由
>
>   元々存在しなかったから、エピソードが残せなかったのではないかと。

まさにこれ以外に考えられませんね。
最初からイエス・キリストなど存在しなかったとしか思えません。

> 4.何気に世界中の宗教や神話に触れている日本人

欧米人だってそうです。
月、曜日の名前、天体、星座の名前、人名、医学用語、動植物の学名、
企業や団体の名前、車や船などの乗り物の名前等等、
ギリシャ神話、ローマ神話などに由来するものがわんさかとあります。
何度もこのブログで発言していますが、
クリスマスは北欧神話が由来です。
サンタクロースの赤い服はコカコーラの宣伝が由来です。
ハロウィンはケルト神話が由来です。

結局、キリスト教圏の欧米人も、宗教観がメチャクチャです。
2016-11-14 月 22:13:23 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> はじめまして。
> うにと申します。
> よろしくお願いします。
> 桃栗様の綺麗な言葉づかいもさることながら、キリスト教の抱える問題なども分かりやすく解説してくださっているので、謎に思っていた部分も腑に落ちました。
> ありがとうございます。
> 桃栗様のブログを読んでいて、自分は幸運だったのだな、と思いました。
> 自分も子供の頃から仏教系の新興宗教に入れられており、行事にも参加していたのですが、幸いなことに両親がさほど熱心ではなかったことと、家族で入信してはいるものの、熱心なのは祖母だけというのもあいまって、中学に上がってから家庭の事情もあり、脱会することができました。
> その団体は、仏壇に向かってお題目を唱えていれば幸せになれる、という教義だったように記憶しています。
> 自分は早めに脱会できたのと、そういう事情で社会からそれほど剥離せずに済みましたが、物心ついてから大人になるまでどっぷり浸かっていたらどうなっていただろう、と背筋が寒くなります。

今までに何度か発言したことがありますが、
子供が親から宗教を押し付けられて苦しむのは、
どこの宗教でも有り得ることです。
よく、日本人は宗教観がいい加減だと言われますが、
普通の日本人の宗教感覚の方が正常ではないかと思います。
むしろ、特定の宗教にどっぷりハマる方がおかしいと思います。

同様に、欧米人だって、それほどキリスト教を熱心に信じているとは思えません。
日本人も欧米人も宗教観は大して変わらないように思えます。
むしろ、イスラム教徒やユダヤ教徒のように、
あまりにも忠実に1つの宗教だけを信仰する方が問題が多いように感じます。
2016-11-22 火 23:37:58 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 初めまして
> 桃栗様、初めまして。
> 時間があるときに覗いては、拝見させていただいております。
>
> 私はクリスチャンではないのですが、高校時代のクリスチャンの友人との話を
> 1つ書き込ませていただきます。
>
> 私は男で生まれつきの障害があり、車いすの生活をしています。
> そのおかげか、さまざまな宗教から勧誘を受けました。
> その中で友人は一切そのようなことは私に行ってきませんでした。
>
> また、教会より友人との都合を優先する人間で、「行かなくていいのか?」と
> 聞くと「うーん、面倒」という風に「敬虔な人」からは怒られそうな考えを持っていました。
>
> そんなある日、友人と一緒にいるときに街中でキリスト教系の団体の勧誘を受けました。内容は「神を信じれば救われる」とかそのような内容でした。地獄行きというのも言われた気がします。
> 突然のことでオロオロしていると、友人が間に割って入りました。
> しかし、彼らはかなりしつこく、私たちが勧誘をやめてくれと言っている間に
> 友人がクリスチャンということを知られ、友人は罵詈雑言を浴びせられたのですが、
>
> 『人をさばくな。自分がさばかれないためである。』
> 『あなたがたを全く知らない。不法を働く者どもよ、行ってしまえ』
> と言いました。
> それを聞いた彼らは、苦虫を噛んだような顔で去っていきました。

これは私のブログに執拗に反論してくるクリスチャンにそっくりそのまま当てはまります。
とにかく、自分の信仰に自信がある人に限って、
とにかく人を裁くのが大好きです。
イエスは人を裁くなと言っているはずなのに。
私が何度もこのブログで発言してきたように、
クリスチャンはどういうわけか聖書の言葉と反対のことばかりしています。

>
> そのあと、「俺、地獄行き?」と友人に訪ねると、
>
> 「『天の父は、悪い者の上にも良い者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さるからである。』
>
> ってあるから大丈夫じゃね?」と言っていました。
>
> 友人は聖書から言葉を引用したようで、書いてあるのは「マタイによる福音書」というものであるということ、ほかにも福音書があるということを教えてくれました。
> しかし「難しくなりそうだから、この話は終了」ということになりました。

聖書には実に雑多なことが書いてあります。
なので、クリスチャンはその場その場で都合の良い聖句を引用したがります。
聖書を引用すれば無限の愛を語れるし、逆に戦争だって正当化できます。
聖書には何でも書いてあるので都合の良い言葉を引用して自分を正当化できるのです。
貴方のご友人は模範的な箇所を引用されましたね。
マタイによる福音書の5章45節のことですね。

> あれからも友人から勧誘やキリスト教の話は出ません。
> 初詣にも付き合ってくれます。参拝はしていないようですが。
>
> 私がこの経験で思ったことは、「イエスのおじさん、まぁまぁいいこと言うじゃん」
> ということでした。(友人のおかげかもしれません)
> 私は友人のような人が友達でいてくれて感謝しています。

私も、イエス自身は案外まともなことを言っていると感じることがあります。
逆に、クリスチャンはイエスの言葉と逆のことばかりしているように見えます。
キリスト教をおかしくしたのは、パウロによる影響が大きいです。
そもそも、「アダムが罪を犯したせいで人類はみな罪びとになった」
と発言した(書いた)のはイエスではなくパウロです。
クリスチャンはパウロの言葉を振りかざし、
非信者を罪びと呼ばわりしているのです。
まったくパウロは余計なことをしてくれたものです。
2016-11-25 金 23:15:26 | URL | 桃栗 [編集]
しょせんは教会も商売
桃栗さん、お久しぶりです。寒くなってきましたが風邪などひいていませんか? お気をつけ下さい。

先日は私の長文に付き合ってくださりありがとうございました。辛口批評の桃栗さんからどんなレスが返ってくるかと、正直針のむしろに座ったような気持ちでいましたが、おおむね賛同していただけたようで安心しました。

さて本題です。このたび職場の方々と一緒に函館を旅行しました。観光名所をいくつか回った中に定番の「五稜郭タワー」があり、そこから五稜郭と函館の風景を眺めました。
とても素晴らしい眺望だった…と言いたいところですが、ひとつだけ何とも興ざめなものを見つけてしまいました。「日本福音ルーテル函館教会」です。

http://photozou.jp/photo/show/82507/17865168

これを見た瞬間、「キリスト教ほど多くの命を奪い、土地を奪い、財産を奪った宗教はないだろうに、何が"LOVE"だ」と、心底しらけた気分になりました。

それに、タワーの足元にこんなものを大書して見せつけるのは、一般企業が新幹線の沿線や高速道路の入口に大きな看板を設置して宣伝しているのと同じです。売り物が「真の神の教え」とやらだという点が違うだけでしょう。しかも怪しさ満載の品物ですしね。

ちなみに、この教会の近くには「最上寺」という寺もありましたが、寺名が書いてあるだけで教会よりは慎ましい印象でした。

http://photozou.jp/photo/show/82507/17865159

あと、これまた定番の名所「トラピスチヌ修道院」にも行きました。
売店の手作りお菓子が有名ですが、ロザリオなども売られていました。それを見て私は「お菓子はともかく、信仰のシンボルをそんな簡単に売り物にしちゃっていいの?」と疑問を感じました。「自給自足」を謳っていても、これが実態なわけですね。

ちなみに、私はここでは何も買っていません。キリスト教なんぞのために1円たりとも出す気はありませんから。

どちらの教会も、つまるところ自分の宗教を「商売道具」として利用しているに過ぎない。それがわかった点で実に有意義な旅行でした。
2016-11-26 土 08:18:11 | URL | 事務屋青龍 [編集]
Re: しょせんは教会も商売
> 桃栗さん、お久しぶりです。寒くなってきましたが風邪などひいていませんか? お気をつけ下さい。

もうすでにひいてしまいました。
季節の変わり目は体調を崩しやすいです。

>
> 先日は私の長文に付き合ってくださりありがとうございました。辛口批評の桃栗さんからどんなレスが返ってくるかと、正直針のむしろに座ったような気持ちでいましたが、おおむね賛同していただけたようで安心しました。
>
> さて本題です。このたび職場の方々と一緒に函館を旅行しました。観光名所をいくつか回った中に定番の「五稜郭タワー」があり、そこから五稜郭と函館の風景を眺めました。
> とても素晴らしい眺望だった…と言いたいところですが、ひとつだけ何とも興ざめなものを見つけてしまいました。「日本福音ルーテル函館教会」です。
>
> http://photozou.jp/photo/show/82507/17865168
>
> これを見た瞬間、「キリスト教ほど多くの命を奪い、土地を奪い、財産を奪った宗教はないだろうに、何が"LOVE"だ」と、心底しらけた気分になりました。

その画像に笑ってしまいました。
まったく景観をブチ壊しているとしか思えません。
とにかく、キリスト教が唱える「愛」などまったく偽善的です。
と、クリスチャンに指摘すると、
今度は「キリスト教の”愛”とは、文字通りの意味ではなく、これこれの意味で云々…」
と、苦し紛れの言い訳が始まります。
>
> それに、タワーの足元にこんなものを大書して見せつけるのは、一般企業が新幹線の沿線や高速道路の入口に大きな看板を設置して宣伝しているのと同じです。売り物が「真の神の教え」とやらだという点が違うだけでしょう。しかも怪しさ満載の品物ですしね。
>
> ちなみに、この教会の近くには「最上寺」という寺もありましたが、寺名が書いてあるだけで教会よりは慎ましい印象でした。
>
> http://photozou.jp/photo/show/82507/17865159
>
> あと、これまた定番の名所「トラピスチヌ修道院」にも行きました。
> 売店の手作りお菓子が有名ですが、ロザリオなども売られていました。それを見て私は「お菓子はともかく、信仰のシンボルをそんな簡単に売り物にしちゃっていいの?」と疑問を感じました。「自給自足」を謳っていても、これが実態なわけですね。

カトリックは本当にお金大好きですね。
集めたお金で立派な大聖堂でも建てるのでしょう。
イエスがカトリックを見たら何と言うでしょう。
ケチョンケチョンにこき下ろされると思います。

> ちなみに、私はここでは何も買っていません。キリスト教なんぞのために1円たりとも出す気はありませんから。

正解です。

> どちらの教会も、つまるところ自分の宗教を「商売道具」として利用しているに過ぎない。それがわかった点で実に有意義な旅行でした。

私も、冷やかしにこういう観光地に行ってみたいですね。
2016-12-04 日 22:48:06 | URL | 桃栗 [編集]
こんにちは。
またしてもコメントを失礼いたします。
自分、映画鑑賞が趣味でよく観ているのですが、最近「スポットライト」という実話を映画化したものを観ました。
で、この映画はカトリックの神父が子供たちに性的虐待をしていて、それをボストンにある新聞社の取材チームがペンの力で教会の暗部を暴くという内容です。
確か、桃栗様の過去記事にも事件が言及されていたと思うのですが、結構ワールドワイドな事件だったのですね。
しかも信者が隠蔽に協力していたり、バチカンが示談金を予算として計上しているという身も蓋もなさ。
舞台はアメリカですが、これ日本の信者さんたちが観たらどんな感想を持つんだろう。
エンドロールでは、ほぼアメリカ全域じゃないか、と思われるほど、虐待が発生している地域を網羅してました。
こんなの許してる神様って、どんな神様なのか。
宗教なんてどこも胡散臭いですが、これほど胸糞悪く思ったのは始めてです。
子供を犠牲にしてはいけません。
そういえば、ハレルヤコーラスの記事で聖書に興味を持ちまして、カラー資料つきの物を入手しました。
海外の映画でもよく引用されてますし。
で、ちょっと読んでみたら、あれ世界最古のラノベじゃないですか。
信者さんたち、聖書に振り回されすぎじゃありません?
地に足をつけて生活していれば、特に有り難がる書物ではないように思います。
映画を観るときには参考になりますが。
ていうか、本文より資料の方が面白かったです。
2016-12-21 水 16:45:54 | URL | うに [編集]
人をイケニエにしていたのでは
はじめまして。以前から興味深く読ませていただいています。嫁が外国人でキリスト教なので教会について行ったりしてしているのですが牧師の話を聞いても聖書を読んでも納得出来ない事だらけです。例えばイスラエル人がカナンの土地を先住民を皆殺しにして奪った理由の一つが子供をいけにえにしていたかららしいのですが、レビ記27章28には(ただし、人が自分の持っているもののうちから奉納物として主にささげたものは、人であっても、家畜であっても、また相続の畑であっても、いっさいこれを売ってはならない。 中略 またすべて人のうちから奉納物としてささげられた人は、あがなってはならない。彼は必ず殺されなければならない。とあります。他の人達が子供をいけにえにしていたから皆殺しにしなければいけないとその教会の人は言っていましたがイスラエルの側も同じ事をやっていたのではないでしょうか?他にも士師記11章にも人のいけにえの話があります。これは自分達はやってもいいけど他の人は許さんとゆう事でしょうか?なにか他に辻褄の合う説明があるんでしょうか?
2016-12-25 日 12:07:48 | URL | 猫好き [編集]
Re: タイトルなし
> こんにちは。
> またしてもコメントを失礼いたします。

> そういえば、ハレルヤコーラスの記事で聖書に興味を持ちまして、カラー資料つきの物を入手しました。
> 海外の映画でもよく引用されてますし。
> で、ちょっと読んでみたら、あれ世界最古のラノベじゃないですか。
> 信者さんたち、聖書に振り回されすぎじゃありません?
> 地に足をつけて生活していれば、特に有り難がる書物ではないように思います。
> 映画を観るときには参考になりますが。
> ていうか、本文より資料の方が面白かったです。

「世界最古のラノベ」という表現は”言いえて妙”ですね。
その表現を借りるならば、
私から見れば黙示録は世界最古のSF小説ですね。
信者が振り回されているのは、聖書というよりも「教会の教え」でしょう。
聖書もろくに読まずに教会の教えに振り回されているのです。
もうあんな生活には戻りたくはありません。
2016-12-27 火 22:37:05 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 人をイケニエにしていたのでは
> はじめまして。以前から興味深く読ませていただいています。嫁が外国人でキリスト教なので教会について行ったりしてしているのですが牧師の話を聞いても聖書を読んでも納得出来ない事だらけです。

コメントありがとうございます。
私の記憶でも、夫婦のどちらかがクリスチャンという場合、
妻だけがクリスチャンというケースが圧倒的に多かったです。
猫好きさんの文面からは苦労されている様子が良く分かります。

> 例えばイスラエル人がカナンの土地を先住民を皆殺しにして奪った理由の一つが子供をいけにえにしていたかららしいのですが、レビ記27章28には(ただし、人が自分の持っているもののうちから奉納物として主にささげたものは、人であっても、家畜であっても、また相続の畑であっても、いっさいこれを売ってはならない。 中略 またすべて人のうちから奉納物としてささげられた人は、あがなってはならない。彼は必ず殺されなければならない。とあります。他の人達が子供をいけにえにしていたから皆殺しにしなければいけないとその教会の人は言っていましたがイスラエルの側も同じ事をやっていたのではないでしょうか?他にも士師記11章にも人のいけにえの話があります。これは自分達はやってもいいけど他の人は許さんとゆう事でしょうか?なにか他に辻褄の合う説明があるんでしょうか?

私はクリスチャン時代にその箇所は教会で教わったかもしれませんが、
残念ながら記憶にはありません。
ただ、はっきり言えるのは、聖書は恐ろしく矛盾だらけだということです。
モーセも十戒の中で「汝殺すなかれ」と言っておいて大量に人を殺していますし、
イエスも右の頬を打たれたら左の頬を差し出せと言っておきながら、
いざ自分が殴られたら「なぜ私を打つのか」と逆ギレしていますから。
ヨハネ18:23をご覧ください。
こんな矛盾だらけの書物が矛盾していないなどと信じていては、
つじつま合わせに膨大なエネルギーを使ってしまいます。
2016-12-29 木 23:48:26 | URL | 桃栗 [編集]
キリスト教を信じると日本は良くなる?
桃栗さん明けましておめでとうございます。まだ正月気分が抜けてなくて仕事がしんどいです。嫁がブラジル人でキリスト教の話になるんですが、日本人がもっとキリスト教を信じたら日本が良くなるといったことを嫁がいっていたのですが、最近見たニュースではブラジルの殺人被害者の数は2011〜2015の5年間でおよそ28万人で同じ期間にシリア内戦で殺された人数25万人より多い!キリスト教が広まると世の中良くなるとか関係ないやろ!って思いましたよ。まあそれをいうと本当のキリスト教が広まっていないからとか言うてますけど。本当のキリスト教ってどこにあるんやって思いますよ
2017-01-13 金 21:10:39 | URL | 猫好き [編集]
Re: キリスト教を信じると日本は良くなる?
> 桃栗さん明けましておめでとうございます。まだ正月気分が抜けてなくて仕事がしんどいです。嫁がブラジル人でキリスト教の話になるんですが、日本人がもっとキリスト教を信じたら日本が良くなるといったことを嫁がいっていたのですが、最近見たニュースではブラジルの殺人被害者の数は2011〜2015の5年間でおよそ28万人で同じ期間にシリア内戦で殺された人数25万人より多い!キリスト教が広まると世の中良くなるとか関係ないやろ!って思いましたよ。まあそれをいうと本当のキリスト教が広まっていないからとか言うてますけど。本当のキリスト教ってどこにあるんやって思いますよ

こんにちは。猫好きさんの気持ちが手に取るようにわかります。
そして、私の考えとピタリと一致します。
どういうわけか、キリスト教、
特にカトリックが普及している国に限って治安が悪いのです。
中南米全域、そして、アジアではフィリピンが治安が悪いです。
韓国も国民の3割がクリスチャンと言われているのにあの有様。
それを指摘すると決まってクリスチャンはこう言います。

「それは本当のキリスト教じゃないから」

では、本当のキリスト教とはどんなキリスト教なのでしょうか。
本家のイスラエルのキリスト教でしょうか。
しかし、イスラエルのクリスチャン人口はわずか2.1%しかいないとのことです。
そして、イスラエルでは依然として戦争が絶えないですし、
そもそも中東が平和だった時期なんてないですよね。
日本だってキリスト教で大混乱をきたしました。
ザビエルが布教に来てから「キリシタン」は爆発的に増え、
神社仏閣の焼き討ちが起こったりキリシタン一揆が起こったり、
さらには宣教師による人身売買までもが発覚し、
バテレン追放令や禁教令までが発布され、日本は鎖国へと突入しました。
日本史上、これほどまでに法的制裁を受けた宗教はキリスト教以外ありません。
オウム真理教が受けた制裁なんてスズメの涙にも及びません。
皮肉なことに、その鎖国によって日本独自の文化や気質が育まれました。

こうして客観的に見ると、キリスト教はいざこざを起こしてばかりです。
それなのにクリスチャンはキリスト教は絶対に正しいと主張し、
都合の悪い事実が付きつけられると
「それは正しいキリスト教じゃないから」といって逃げる始末。
キリスト教を信じて良くなった国があったら知りたいです。
2017-01-19 木 23:30:00 | URL | 桃栗 [編集]
お願いします
議論になると最終的には「聖書は神の言葉なのか?」「なぜキリスト教徒は聖書を好き勝手につまんで解釈するのか?」あとどうしても「パウロ」にたどり着くことが多い。だけど、関係ある記事でと桃栗さんが言っているので議論に参加しなかったんですが、聖書全体を語る場を作ってほしいです。
2017-01-26 木 22:57:25 | URL | 異教徒 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-01-28 土 19:35:16 | | [編集]
Re: お願いします
> 議論になると最終的には「聖書は神の言葉なのか?」「なぜキリスト教徒は聖書を好き勝手につまんで解釈するのか?」あとどうしても「パウロ」にたどり着くことが多い。だけど、関係ある記事でと桃栗さんが言っているので議論に参加しなかったんですが、聖書全体を語る場を作ってほしいです。

残念ですが、要望にお応えする余裕がないのが現状です。
たまに、頂いたコメントを元に記事を書くこともありますが、
基本的にブログでは自分が興味を持っていることしか取り上げないことにしています。
ご理解ください。
2017-01-30 月 00:20:11 | URL | 桃栗 [編集]
奴隷をコントロール
はじめまして。
キリスト教は奴隷をコントロールするために作られた宗教ではないかという説を知りました。
私もそう思います。
聖書には膨大な言葉があるけれど、聖書は実は民話の寄せ集めかもしれません。
キリスト教が伝えたいのは苦難に耐えしのべ、そして祈れだけではないですか?

信じないと地獄に落ちると言う恐怖でしばる。
支配者にとってはとても都合のいい宗教ですよね。
2017-02-06 月 05:09:17 | URL | keyaki [編集]
Re: 奴隷をコントロール
> はじめまして。
> キリスト教は奴隷をコントロールするために作られた宗教ではないかという説を知りました。
> 私もそう思います。
> 聖書には膨大な言葉があるけれど、聖書は実は民話の寄せ集めかもしれません。
> キリスト教が伝えたいのは苦難に耐えしのべ、そして祈れだけではないですか?
>
> 信じないと地獄に落ちると言う恐怖でしばる。
> 支配者にとってはとても都合のいい宗教ですよね。

全くその通りですよ。
宗教、特にキリスト教は人をコントロールするためのものです。
かつて白人のクリスチャンは世界中に宣教師を送り込み、
先住民をキリスト教に改宗させて手なずけてから土地を奪いました。
ザビエルもその手法で日本を植民地にしようとしたわけです。
あの時植民地にされていたら純粋な日本人は絶滅していたかもしれません。
2017-02-12 日 22:35:15 | URL | 桃栗 [編集]
感想
クリスチャンがどういう人達なのかを紹介したいという
桃栗さんの目的が十二分に果たされた事例だと思いました。

----------------------------
利用しないでくれます?
→ 何度も申し上げますけど、私は神学と宗教学の立場からものを言っていません。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-188.html#comment3697

はぁ(ーдー)
→ 私が色々な神学や宗教学の立場からものを言っても
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-188.html#comment3706
----------------------------

無茶苦茶だなこの人www と思うと同時に
見方を変えれば聖書自体が矛盾だらけなので
清々しいまでの聖書的生き様だなとも思えました。

下記のようなエピソードを一通り見ちゃうと、なんでそこまでして
愛されているし、愛していると思えるのかが分からないですね。

①ノアの裸を見ちゃったハム
 → カナン滅亡の直接原因
②全知全能の愛の神ヤハウェ
 → 従っても殺すし、従わなくても殺す
③ヤハウェがついていれば勝てる
 → なぜかアッシリアとバビロンに負ける
④預言者をハゲとバカにする子ども達
 → 熊をけしかけて大量虐殺
⑤12部族の1つを虐殺して部族消滅の危機
 → 関係ない村を襲って処女200人をその部族に与える。
2017-03-01 水 09:09:24 | URL | kusozaru [編集]
Re: 感想
> クリスチャンがどういう人達なのかを紹介したいという
> 桃栗さんの目的が十二分に果たされた事例だと思いました。
>
> ----------------------------
> 利用しないでくれます?
> → 何度も申し上げますけど、私は神学と宗教学の立場からものを言っていません。
> http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-188.html#comment3697
>
> はぁ(ーдー)
> → 私が色々な神学や宗教学の立場からものを言っても
> http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-188.html#comment3706
> ----------------------------
>
> 無茶苦茶だなこの人www と思うと同時に
> 見方を変えれば聖書自体が矛盾だらけなので
> 清々しいまでの聖書的生き様だなとも思えました。

全くその通りですよ。
時々、私がイメージするクリスチャン像そのものの人がブログに現れます。
ぴーさんもまさにその典型でした。


> 下記のようなエピソードを一通り見ちゃうと、なんでそこまでして
> 愛されているし、愛していると思えるのかが分からないですね。
>
> ①ノアの裸を見ちゃったハム
>  → カナン滅亡の直接原因
> ②全知全能の愛の神ヤハウェ
>  → 従っても殺すし、従わなくても殺す
> ③ヤハウェがついていれば勝てる
>  → なぜかアッシリアとバビロンに負ける
> ④預言者をハゲとバカにする子ども達
>  → 熊をけしかけて大量虐殺
> ⑤12部族の1つを虐殺して部族消滅の危機
>  → 関係ない村を襲って処女200人をその部族に与える。

イエスの発言も支離滅裂です。
①「剣のない者は服をを売ってでも剣を買いなさい」と言っておきながら(ルカ22:36)、
「剣を鞘に収めなさい。剣を取るものは剣で滅びる」とのたまう始末。(マタイ26:52)
イエスは何のために剣を買わせたのか?

②「兄弟が罪を犯した時は7の70倍まで赦す」という無限の愛を唱えているのに(マタイ18:22)、
その直前では「罪を犯す者には忠告しなさい」
「聞き入れなければもっと人を連れてきなさい」
「それでも聞き入れなけでば教会に忠告しなさい」
「教会の言うことも聞かないなら異邦人や取税人と同様に扱いなさい」
と、まったく正反対のことを言っています。(マタイ18:15-17)

こんな支離滅裂な宗教を信じているから
クリスチャンの頭も支離滅裂になるのでしょうね。
2017-04-06 木 22:26:52 | URL | 桃栗 [編集]
初めまして
桃栗さん、初めまして。
私はイエス様を信じています。聖書を読んでダイレクトに信仰を与えられました。
が、キリスト教とは関わりたくない、何故ならキリスト教という宗教を信仰することと
イエス様に信仰を持つこととは全く別物だと感じている変わり者だからです。(クリスチャンから見ても、恐らく桃栗さんから見ても)
だから教会にも一切行きませんし、洗礼も受けていません。
桃栗さんがキリスト教やクリスチャンに嫌悪感を感じるお気持ち、よくわかります。
私はキリスト教の教会至上主義、洗礼至上主義(つまり形式主義)に嫌気が差しています。
クリスチャンの排他的で独善的なところにも、人を裁きたくて裁きたくてたまらないところも、他にも挙げればキリがありませんが、一番嫌なのは自分の都合が悪くなると、すぐに大声を出して、ものすごい勢いで自分を正当化し、そのためならなんとでも言って
相手を攻撃する所です。言ってることが支離滅裂なので、恐らく彼らは自分が何を言っているのかもわかっていないでしょう。
そのような人たちばかり集まっている教会に、何故行きたいと思いますか。
私は桃栗さんのように二世のクリスチャンじゃありませんので、桃栗さんの苦しみやキリスト教やクリスチャンへの憎しみをすべて理解することはできません。
あ、そもそも私は洗礼を受けていないから、クリスチャンじゃないでしょうか?笑
キリスト教という宗教を信じている方は「イエス様を信じているか」ではなく「洗礼を受けたか」で、クリスチャン、ノンクリスチャンと分けるのでね笑
でも、私も一時キリスト教を信じるクリスチャンたちと関わったことがあって、本当に酷い目に遭ったんです。心も身体もボロボロになりました。
だからすべてではなくても桃栗さんのお気持ちが少しわかるのです。
私よりも、長い間キリスト教の中に桃栗さんはおられましたから、心の傷がたくさんたくさんおありなのでしょう。だからこうして、ブログを立ち上げてお気持ちを吐き出してるのだと思います。気が済むまで、お書きになって吐き出したら良いかと思います。
ただですね、人との接し方にちょっと気になることがあるんです。
それはコメントなのですが、やっぱりクリスチャンと似てるところがあるかなと。
桃栗さんに同調する方には丁寧にレスをなさっていますが、そうでない方は無視したり 書き込みを禁止したりと言うのは、クリスチャン・ノンクリスチャン関係なく一人の人としてそれはちょっとどうなのかな?と思うんですね。
桃栗さんが大嫌いなクリスチャンが、自分にとって都合の悪いことをすべて排除してしまうのと同じように、桃栗さんもそこのところが、クリスチャンと似ているなーと感じまし
た。クリスチャン・ノンクリスチャン関係なく、やはり自分の都合の悪いことからは目を背けたい、それがきっと人間の本質で、ズルいところなのでしょうね。
キリスト教やクリスチャンを批判したいお気持ちはわかりますが、だからと言ってブログを書いて、それを読んでくださってコメントをくださる方の気持ちまで、無下に扱ってしまうのは人としてどうかと思いました。
記事の内容に関しては、私は何も言いません。
もう堂々巡りなのでね笑
ただ、桃栗さんもキリスト教やクリスチャン(すなわち人)に傷つけられたりして、心が痛んでいるように、桃栗さんの発言で傷つき、心が痛む訪問者の方もいると思います。
そこは大人として、もう少し言葉を考えてお使いになった方がいいんじゃないかな?という感想を持ちました。
長文、失礼しました。お邪魔しましたm(_ _)m





2017-04-23 日 03:10:56 | URL | りゅか [編集]
自己紹介
 2017年版ゲストブックは何時かな~と思っていましたら、既に2016年ゲストブックに新年度の書き込みがありましたので、私も。

 無信仰者です。
 が、人知を超える何ものかの存在を否定するものではありません。

 先日、父を看取りましたが、父の信仰した真言宗による葬儀にて送りました。
 しかし、檀家総代でもあった父の遺骨の将来として、住職に永代供養合葬墓の相談をすると、「皆には秘密だが、納骨堂と同規模のスペースを確保しているから心配ない」と。「将来、後継が絶えた時の不安を払拭するためにも、檀家には公開すべきではないか?」と問えば、「いいや、心配は要らないから安心して任せなさい」。「???」
 こんな宗教家ならぬ宗教屋とは付き合いきれない。そうか、宗教家を「しゅうきょうか」と呼ぶからいけないんだ。「しゅうきょうや」と呼ぶのね(^^)
 父の信仰を尊重して、大事だとされる3回忌までは付き合うけれど、その際に永代供養を済ませて、その住職とはお付き合いは止めにし、以後は自分で慰霊するつもりです。

 キリスト教に関心を持ったきっかけは、牧師の不祥事で名が挙がった教会を、私が亡妻(もちろん、無宗教で葬儀を行いました)の友人の所属教会だと勘違いしたことです。
 いろいろ調べているうちに、「エホバの証人や統一協会とは一切関係ありません。」とHPに掲げている社会的には普通の一般の教会と認識されている教会でも様々な不祥事が起きているという事実でした。
 信仰の熱心さに付け込み奉仕で心理的・時間的拘束をしたり、什一献金プラス種々の献金(集金のほうが的を射ている?)圧力や、パワハラまがいの霊的虐待?が行われているなど、宗教のカルト化に興味を惹かれています。

 かつての職業柄、伝統的な日基の穏やかな礼拝空気に馴れ親しんでいた我が身にとって、最近の福音派や聖霊派などのいわゆる「新興宗教系プロテスタント教会」の礼拝はびっくりです。さらに、エリヤハウスだとか、ダビデの幕屋の回復だとかの怪しげ?なムーブメントに手を出す教会の若牧師。どういうわけかワーシップ・バンドを組んでいたりしてw

 毎日が日曜日の私にとって、「日曜日」が楽しくなってきました。
 というわけで、キリスト教会やその他の日本の新宗教なども自身の教養として学び中です。

 更新を楽しみにしております。
2017-06-26 月 07:44:05 | URL | マロウ [編集]
Re: 自己紹介
>  2017年版ゲストブックは何時かな~と思っていましたら、既に2016年ゲストブックに新年度の書き込みがありましたので、私も。
>
>  無信仰者です。
>  が、人知を超える何ものかの存在を否定するものではありません。
>
>  先日、父を看取りましたが、父の信仰した真言宗による葬儀にて送りました。
>  しかし、檀家総代でもあった父の遺骨の将来として、住職に永代供養合葬墓の相談をすると、「皆には秘密だが、納骨堂と同規模のスペースを確保しているから心配ない」と。「将来、後継が絶えた時の不安を払拭するためにも、檀家には公開すべきではないか?」と問えば、「いいや、心配は要らないから安心して任せなさい」。「???」
>  こんな宗教家ならぬ宗教屋とは付き合いきれない。そうか、宗教家を「しゅうきょうか」と呼ぶからいけないんだ。「しゅうきょうや」と呼ぶのね(^^)
>  父の信仰を尊重して、大事だとされる3回忌までは付き合うけれど、その際に永代供養を済ませて、その住職とはお付き合いは止めにし、以後は自分で慰霊するつもりです。
>
>  キリスト教に関心を持ったきっかけは、牧師の不祥事で名が挙がった教会を、私が亡妻(もちろん、無宗教で葬儀を行いました)の友人の所属教会だと勘違いしたことです。
>  いろいろ調べているうちに、「エホバの証人や統一協会とは一切関係ありません。」とHPに掲げている社会的には普通の一般の教会と認識されている教会でも様々な不祥事が起きているという事実でした。
>  信仰の熱心さに付け込み奉仕で心理的・時間的拘束をしたり、什一献金プラス種々の献金(集金のほうが的を射ている?)圧力や、パワハラまがいの霊的虐待?が行われているなど、宗教のカルト化に興味を惹かれています。
>
>  かつての職業柄、伝統的な日基の穏やかな礼拝空気に馴れ親しんでいた我が身にとって、最近の福音派や聖霊派などのいわゆる「新興宗教系プロテスタント教会」の礼拝はびっくりです。さらに、エリヤハウスだとか、ダビデの幕屋の回復だとかの怪しげ?なムーブメントに手を出す教会の若牧師。どういうわけかワーシップ・バンドを組んでいたりしてw
>
>  毎日が日曜日の私にとって、「日曜日」が楽しくなってきました。
>  というわけで、キリスト教会やその他の日本の新宗教なども自身の教養として学び中です。
>
>  更新を楽しみにしております。

通っているうちにキリスト教に染まらないようにお気を付け下さい。
名前にカタカナを多用した派手な雰囲気の教会は要注意です。

2017-07-19 水 22:38:11 | URL | 桃栗 [編集]
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