FC2ブログ
 
■プロフィール

桃栗

Author:桃栗
このブログでのコメントは承認制です。原則として、書き込まれた順に承認・公開していきますが、承認までお時間をいただきます。★コメントへの返事は割愛させていただく場合がありますが★、寄せられたコメントはすべて目を通しています。初めての方はカテゴリーの中の自己紹介をお読みください。記事に直接関係のないご意見・ご感想・批判・賛同などはゲストブックへお願いします。多忙時は一時的にコメントの書き込みを制限する旨をお知らせすることがありますのでご了承ください。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■カテゴリー
■FC2カウンター

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
田原米子さんについて思うこと
田原米子さんという方をご存知でしょうか?
高校3年生の時に母を失ったショックで電車に飛び込み自殺を図り、
両足の膝から下を切断、左手も切断、
さらに右手の小指と中指を切断という瀕死の重傷を負いながらも、
療養中にクリスチャンの青年と出会ってキリスト教に入信し、
その青年と結婚して牧師夫人にまでなった人です。
私は田原米子さんに会ったことはありませんが、幼いころから何度となく話は聞かされ、
「自殺まで図った人がこうやって救われたのだから、やはり神はいるんだなあ」
と、いちおうは信じていました。
しかし、信仰を捨てた現在、やはりキリスト教の偽善性というものを強く感じます。


そもそも、なぜ神は彼女を五体満足のままに信仰に導くことができなかったのでしょうか?
なぜわざわざ手足をもぎ取ったうえで信仰に導いたのでしょうか?
これが「限りない神の愛」なんですか?

よくよく冷静に考えてみてください。
電車に飛び込み自殺をするということは、鉄道会社は大きな損害を被ります。
彼女が自殺を図ったのは東京の新宿駅だそうですから、
多数の利用客がいたはずです。
当然ながら、人身事故が起こると電車は止まります。
どれほど多くの人が迷惑を被ったことでしょう。
当時は携帯もメールもない時代。
電車が遅れたがために人生を狂わされた人もいたかもしれません。

神は、田原米子というたった一人の女性を信仰に導くために、
なぜこれほどまで世間を大混乱させたのでしょうか?
本当にこれが「神の愛」なんですか?
迷惑を被った利用客や鉄道会社の立場はどうなるのでしょうか?

田原米子さんはちゃんと鉄道会社に損害賠償をしたのでしょうか?
そんな話聞いたことありません。
それなのに、自分だけ救われてハレルヤハレルヤなどよよくも喜んでいられるものですね。
彼女のことを称賛するクリスチャンもおかしいです。。
「奇跡の人」などと話を美化していますが、
被害を被った鉄道会社や大勢の利用客のことなど全く考えず、何が奇跡ですか。

讃美歌アメイジング・グレイスを取り上げた時も書きましたが、
「賛美歌「アメイジング・グレイス」と、闇に葬られた黒人奴隷たち」を参照)
結局、クリスチャンは自分達のことしか関心がないのです。
自分達の仲間が信仰の道に導かれたことはここぞとばかり喜び、
キリスト教を伝道するときの宣伝材料にするくせに、
その陰で被害を被った人のことなど無関心なのです。

手足をもぎ取ってから信仰の道に導くのが神の愛ですか?
私はそんな恩着せがましい愛などいりません。
スポンサーサイト

テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

クリスチャンの独善性 | 23:06:24 | トラックバック(0) | コメント(35)
コメント
二言目には愛
人類にはみな原罪があるから救いの鍵を得た自分達には
神の恵み、導き、救いが降っている。・・・

そんな錯覚からかキリスト教はやたらと恵みや愛を強調、連呼します。
しかし世の中は"愛"ばかりでは説明できないし
物事の背後に神などを見て語り出すのは統合失調症(精神分裂病)の症状です。
パウロの作ったおかしな神に唆(そそのか)され奇妙な言葉を連発しているのがクリスチャンではないかと思います。
2015-07-31 金 07:56:33 | URL | 秀和 [編集]
お久しぶりです。
実は田原米子さんのこと知らなくて、検索かけてみたら10年前に他界されていることがわかりました。

彼女が自殺未遂の結果、身体障害者になった時点で、神は介入していないと私は考えています。
悲しいことですが、彼女が自分の意志でしたことです。

神がわざわざ彼女の手足をもぎ取ったとは考えられないし、そんなに暇じゃないと思いますよ(笑)
いずれにしろ、鉄道に飛び込むのはおそらく最も迷惑な死に方だと思います。
損害賠償をどうしたのかはわからないので何とも言えませんが...
2015-08-01 土 19:48:19 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
Re: 二言目には愛
> 人類にはみな原罪があるから救いの鍵を得た自分達には
> 神の恵み、導き、救いが降っている。・・・
>
> そんな錯覚からかキリスト教はやたらと恵みや愛を強調、連呼します。

「二言目には愛」とは、クリスチャンの習性を実に良く表した言葉です。
震災が起こった時のローマ法王の反応もそうでしたね。
一言目は「なぜことようなことが起こったのかわからない」、
二言目は「しかし、神は日本を愛しておられる」でしたから。
かのフランクリン・グラハムも、
最初は日本人の罪深さを説き、その後で神の愛を語りましたね。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-159.html
本当に、キリスト教って「二言目には愛」ですよね。

> しかし世の中は"愛"ばかりでは説明できないし
> 物事の背後に神などを見て語り出すのは統合失調症(精神分裂病)の症状です。
> パウロの作ったおかしな神に唆(そそのか)され奇妙な言葉を連発しているのがクリスチャンではないかと思います。

キリスト教の教義の多くがパウロの書簡から採られていますから、
もはやこれは「パウロ教」ですね。
2015-08-01 土 21:19:35 | URL | 桃栗 [編集]
クリスチャンの救い主はイエスではなくパウロ
僕は福音派のクリスチャンですが、他のクリスチャンと接していると自分がクリスチャンであること、そしてキリスト教というものがイエスの本来の教えと離れているように感じて馬鹿らしくなります。特に自分がキリスト教に疑問を持った一番の大きなキッカケは、タイのキリスト教会で奉仕をし、自分の母教会で証をしたときのことで、ムスリムの女性がクリスチャンに「回心」し、「本当の神に出会った」と話していたことです。

ちょっと待って、キリスト教もイスラームも本質的には信じている神は同じでしょう?単にイスラームの側が「アッラー」という名前を付けているだけというだけで。それを「回心」だの「本当の神」だの言うのは変じゃないか?アッラーを否定することはクリスチャンが信じている神も遠まわしに否定することになるんじゃないのか?と。

それで自分がクリスチャンでいることがとても申し訳なくなって、思い切って日本人ムスリムの方と交流を取ってみて先のエピソードについて疑問を持っていることを話したのですが、イスラームはクリスチャンを「啓典の民」と称して敬意を持っていることを聞かされ、キリスト教よりイスラームの方がよほど愛に溢れた宗教だと思いました。

本来、イエスは元々イスラエルで常識的だった「一部の選ばれた民族だけが神に愛され救われる」という考えを否定し、「神は誰もを愛し救うものだからそれを心に留めて、罪というものに思い悩まないで安心と希望を持って生きていきなさい」と説いたと思いますし、また自分自身で考えて行動することの重要性をイエス自身がそれを実践したことで示したとも思います。それがパリサイ派などの保守派には邪魔だったからイエスは十字架で殺されただけのことです。その後復活したかは分かりません。

しかしパウロはそのイエスの教えを曲解し、イエスを勝手に神に仕立て上げて「神=イエスを信仰することで救われ、永遠の命を得られる」、「イエスは十字架で死なれ、復活されたことで全人類の罪を贖われた」などと世迷言を言い出し、またイエスが「聖書の中に永遠の命はない」と言っていたにも関わらず、「聖書は神の霊感によって書かれた誤りなき神の御言葉」とイエスの教えと矛盾した定義づけをしています。

それがすっかり「キリスト教」というものになってしまい、それを信仰する人間に原罪があるのだと不安にさせ、ただ神やイエスを信じるだけで原罪が許されて救われるのだと自分で考えて行動することの重要性を失わせ、イエスの他に神はないなどと他宗教に対して排他的な考えを持たせ、最終的には一般社会とは相容れない独善的な人間に仕立て上げてしまう。イエスが忌み嫌っていた律法主義にクリスチャン自らが陥っているとか、最早意味が分かりません。

そういう訳で、僕はイエスという人間には深く畏敬の念を持っていますが、パウロという人間は本当に嫌いです。そもそもパウロは直接イエスに付き従っていたわけでもないですし、しかもパウロ自身が独善的な差別主義者であることはパウロ書簡を読んでいるとよく分かります。そんなパウロの言葉を神の言葉だとありがたがって猛進しているクリスチャンに対しては、「いつからお前らの救い主はイエスからパウロになったんだ?」と言ってやりたくなります。

結局のところ聖書は人間の書いた書物であってそれに従って生活するよりは、自分が問題にぶつかったときにそれを乗り越えるための参考書程度と考えて読むべきで、優先順位をつけるなら「福音書」>「福音書を除く新約聖書」≧「旧約聖書」となるでしょうか。また例え神が存在しようとも、自分の問題を解決し救いを得るためには聖書を盲信するのではなく自分で考えて行動することが必要であることには変わりないと考えます。
2015-08-02 日 08:07:22 | URL | Hideki [編集]
はじめまして
突然のコメントで、失礼いたします。
私は、管理者様と同じように、両親がクリスチャンで、こどもの頃から教会に通っていました。
幼い頃から違和感や矛盾を感じ葛藤しつつも、キリスト教を疑うこと事態が罪なのだと思っておりました。しかし、教会が洗脳されているような、奇妙な雰囲気をかんじ恐ろしいと思うようになりました。

クリスチャンホームで育った子なんて、あまりおりませんし、だいたいクリスチャンホームで育った子は、キリスト教を疑ったりしません。
私の身の回りのひとが、たまたまそうだっただけかもしれません。

しかし、このブログを読んでほとんどわたしと同じ箇所に疑問を抱いているのだと分かり、驚き、安心しました。
私がおかしいのかと思っていました。

生まれたときから教会に行っているためキリスト教の考えが、私に深いところから浸透しています。
信仰する勇気も、キリスト教から逃れる勇気もありませんが、同じ境遇の、似た考えの人がいるとわかっただけで救われた気持ちです。

ありがとうございました。

長々と失礼しました。
2015-08-03 月 05:16:17 | URL | 名前を入れてください [編集]
Re: タイトルなし
> お久しぶりです。
> 実は田原米子さんのこと知らなくて、検索かけてみたら10年前に他界されていることがわかりました。
>
> 彼女が自殺未遂の結果、身体障害者になった時点で、神は介入していないと私は考えています。
> 悲しいことですが、彼女が自分の意志でしたことです。

全くその通りですよ。
そもそも神がいるなら、彼女の母親を早死にさせませんって。
神は、田原米子さんという一人の女性を信仰に導くために、
彼女の母親を早死にさせ、自殺に追い込み、手足をもぎ取ったのですから、
ずいぶん残酷極まりない神です。
そして、彼女の母親(おそらく父親も)はクリスチャンではないですから、
2人とも地獄へ行ったことになりますよね。
それなのに娘だけが天国に行けてめでたしめでたしですか。
本当にキリスト教は独り善がりな宗教です。


> 神がわざわざ彼女の手足をもぎ取ったとは考えられないし、そんなに暇じゃないと思いますよ(笑)
> いずれにしろ、鉄道に飛び込むのはおそらく最も迷惑な死に方だと思います。
> 損害賠償をどうしたのかはわからないので何とも言えませんが...

おそらくほとんど払っていないでしょう。
それなのに、懺悔すれば罪が赦されてチャラになるのですから、
キリスト教って本当に便利な宗教ですね。
2015-08-05 水 22:18:55 | URL | 桃栗 [編集]
私もクリスチャンですから、こういう話を美談にされるのは困るんですよ、実は...
桃栗さんに理解してほしいのは、クリスチャンの中にも批判的な人間がいるということ。
少なくともこの話、今まで聞いたことなかったから、自分の知る限り、教会でも語られなかったのでは?と思います。
だから、この話読んで、正直なところびっくりしてます。

しかし、他の教会で言ってたことだからということで片付けてしまうわけにはいけません。
すごく深刻な問題だと思います。
2015-08-06 木 00:16:56 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
手足をもぎ取ってから信仰の道に導くのが神
まず、救われたと本人が感じてる以上、私からは良かったねと言いたい

>手足をもぎ取ってから信仰の道に導くのが神の愛ですか?

桃栗さんは神が存在してるなら自殺前に救うはずだと考えているようですが、旧約のヨブ記のように神はサタンがヨブに対して行う行為を容認してたり、桃栗さんの知ってのとおりとても残酷な神ですよね。だから、唯一の神なら人を絶望させ自殺に追い込み、車いす生活にしてから改心させるぐらいはやるんじゃないかな。神は牡牛?を信仰してただけで殺すんだから、この人、生かされて良かったね。そう考えると神の愛があったのかも。

2015-08-09 日 22:51:33 | URL | 異教徒 [編集]
Re: はじめまして
> 突然のコメントで、失礼いたします。
> 私は、管理者様と同じように、両親がクリスチャンで、こどもの頃から教会に通っていました。
> 幼い頃から違和感や矛盾を感じ葛藤しつつも、キリスト教を疑うこと事態が罪なのだと思っておりました。しかし、教会が洗脳されているような、奇妙な雰囲気をかんじ恐ろしいと思うようになりました。

こんにちは。
まるで我が身のことのように同感です。
私も幼いころからキリスト教や聖書は実話だと信じつつも、
なんとなくおかしいなと感じることはありました。
しかし、神を疑うことは罪だと信じていましたので、
その疑いの気持ちを払拭しながら信仰していました。
しかし、どうしても払拭しきれずに最後は信仰を捨ててしまいました。

>
> クリスチャンホームで育った子なんて、あまりおりませんし、だいたいクリスチャンホームで育った子は、キリスト教を疑ったりしません。
> 私の身の回りのひとが、たまたまそうだっただけかもしれません。

その通りです。
生まれた時からキリスト教の中で生きている子供は、
それが当たり前だと思っているので疑うという発想すらありません。

> しかし、このブログを読んでほとんどわたしと同じ箇所に疑問を抱いているのだと分かり、驚き、安心しました。
> 私がおかしいのかと思っていました。
>
> 生まれたときから教会に行っているためキリスト教の考えが、私に深いところから浸透しています。
> 信仰する勇気も、キリスト教から逃れる勇気もありませんが、同じ境遇の、似た考えの人がいるとわかっただけで救われた気持ちです。
>
> ありがとうございました。
>
> 長々と失礼しました。

キリスト教から逃れましょう。
そして、初詣、七夕、お祭りなど、日本の伝統文化を楽しみましょう。
日本には、西洋から入ってきた宗教は馴染めません。
日本人としてのアイデンティティーを強く持ちましょう。
2015-08-23 日 22:17:05 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 私もクリスチャンですから、こういう話を美談にされるのは困るんですよ、実は...

そうですね。
この話を美談にされてしまったら被害を被った人たちはたまりませんね。

> 桃栗さんに理解してほしいのは、クリスチャンの中にも批判的な人間がいるということ。

私個人としては、ペンテコスちゃんさんのような方はちょっと珍しいですね。
私の「現役」時代、つまりクリスチャンだった頃に見たのは、
誰もがキリスト教を疑いもなく信じているような方ばかりだったので。

> 少なくともこの話、今まで聞いたことなかったから、自分の知る限り、教会でも語られなかったのでは?と思います。
> だから、この話読んで、正直なところびっくりしてます。
>
> しかし、他の教会で言ってたことだからということで片付けてしまうわけにはいけません。
> すごく深刻な問題だと思います。

以前、自殺したクリスチャンの話を書いたときも思いましたが、
こういうことを美談に終わらせてほしくないですね。
ちゃんと現実を見つめてほしいと思います。
2015-08-23 日 22:28:53 | URL | 桃栗 [編集]
詳しいことを書くのは初めてだと思いますが、
私は非ペンテコステ系の教会(つまり異言をやらない)からペンテコステ系の教会に移ってきた人間なんですよ。
こういう経歴をもつ人の中に、どこか醒めてると言うか、良く言えば客観的なクリスチャンが出てくるわけです。

桃栗さんがクリスチャンの世界と、それをやめた後の二つの世界を知ってるように、
私たちはキリスト教の中で二つの世界を知ってるんです。
そのせいか、桃栗さんのキリスト教への疑問も理解できるし、
それに対して聖書を振りかざして喧嘩を売ろうとも思わないわけです。

もちろん、ペンテコステ系にもおそらく桃栗さんの知らない、特有の問題があるし、
(少なくとも桃栗さんがその話題に触れたことはないと思います。
むしろ知らなくて当然だと思います。)
この部分に関しては明らかに間違ってると思われるような矛盾点を感じることもあります。
でも、たとえ間違いがあっても、学べるものがありさえすればそれでいいじゃないか?と考えているんです。
2015-08-23 日 23:48:57 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
真の人格形成とは
はじめまして キリスト教福音派で信仰生活をおくっていたものです 子供をcsに通わせていたころ聖句暗唱など 熱心にさせていました しかし 君が代起立斉唱反対 や
修学旅行での 神社仏閣見学拒否 など ?? 疑問に思いはじめました 日本文化や国家に敬意をはらわない 人間が はたして 自尊心が養えるのか ?
国籍不明な人間なってしまいそうで…… 小学校で行われる町内会と合同の盆踊りも参加はよろしくない とか ひな祭りも七五三も 節分も問題ありの姿勢には 疑問をいだき 次第に 距離をおくようになってしまいました 聖書に基づいた 教育は ガチガチの律法主義とは 絶対異なるはず と 思います 福音書中のイエスのなした勇気ある行動 に重きを置き その行動の本質を置き忘れ形式ばかりを重んじては教育はできないのではないでしょうか
2015-09-30 水 16:15:26 | URL | みしぇる [編集]
田原米子さんで検索したらこちらにヒットしました
初めまして、桃栗様  

まず本文に入る前に、私自身の思想環境宗教環境的な自己紹介をざっくりさせていただきます。父と父方の親族は神道、母と母方の親族は浄土真宗、母方の親戚のうち一名は幸福の科学の信者、当方はカトリックで洗礼を受けていますがプロテスタントの仲良しもいますし、プロテスタント教会での教会生活の経験もあります。そして、仕事上の重要なお付き合いの相手には、創価学会の方がいます。他にも、アメリカの新興宗教の現役の信者や脱会者の友人もいます。いわゆる主流キリスト教の中では、ハリストス正教会の教えが今の私と一番ピントが合う感じです。当方、そのような者ですので、コメントは、クリスチャン・ノンクリスチャン両方のサイドに対して不快感を与えてしまうかもしれないことを、あらかじめ申し上げておきます。

さて、田原米子さんのお名前は、しばらく忘れていましたが、私にとっては「何となく気になる存在」ではありました。鉄道会社の損害、人身事故のために迷惑を蒙った新宿駅周辺の方々の事、なるほど、田原米子さんの証について「自殺未遂をした私も神様と出会って人生が変えられました」に焦点が当てられすぎると、見落とされてしまいがちだと思いました。私自身も、桃栗さんに対してお恥ずかしいですが、そこは見落としていました。ドラマティックなストーリーに注意が行き過ぎてしまった、感じでしょうか。私は桃栗さんほど鋭く見抜くことはできませんでしたが、田原米子さんのドラマティックなストーリーに対して惜しみない賞賛が注がれていることに対しては、何となく違和感はありました。ただ、「人生が劇的に変えられた」というは、素直に感動できなくもなかったですが。。。

私の超独善独自の見解ですが、全知全能の神様の御前に立つとは、鉄道会社の損害も人身事故のせいで多大の迷惑を蒙った人々のことも全てご存知の神様の御前に立つことだ、ドラマティックなストーリーによるマジックによる誤魔化しのきかない神様の御前に立つことだ、とも思います。私は、教会でトラウマになるような体験をして以降は、正義、公正、洞察力に欠ける愛は本物の愛ではない、と、強く確信するようになりました。

ここから先は、田原米子さんの事例とは切り離して、「私は救われました、アレルヤ」的な証一般について、私自身の勝手な個人的な主観的な思い込みを書かせていただきますが、その証によって、いわゆる集団ヒステリー的な現象が起きている場合、証者本人も、本当は本人が強調しているほど自分の救いを確信し切れてはいない場合もあるのではないか、と、感ずることもたまにはあったりします。。。全てをご存じで全てをお見通しの神様の御前に立つと誤魔化しがきかないし、自分で自分を誤魔化そうとしてもうまくいかない、直面すべきことに直面することからは逃げられない。。。と思います。(ここで、「だから、主イエスの十字架による罪のゆるしがある」と、クリスチャンの方々はおっしゃるのかもしれません、多分?)

まあ、何にしても、私の教会には冷めた視点、バランス感覚、洞察力、一貫性、信者だけでなく全ての人々に対する配慮、というものがもっともっと必要かも、と思うことが多々あります。私自身にも不足していますので、もっともっとこれらの要素を磨いてゆかねば、と、自戒しています。私独自の見解では、そういうものが揃ってこそ本当の愛ではないかな、というところなのです、キリスト教の愛であれ、一般社会の愛であれ。

長々と自説の展開失礼いたしました。単に私の主観的な思い込みにすぎませんので、お気に障る点は適当に聞き流して下さいます様。時節柄ご自愛のほど。
2015-11-09 月 21:51:04 | URL | ネヴァーギブアップ [編集]
腕をもいだのが神だなんておかしなことを言うものだなあと思い久しぶりに大笑いした(笑)

飛び込んだのは彼女であって神が飛び込ませたわけじゃなかろうに。

神が存在する仮定(笑)して、神は人を操り人形のように弄んでいるのかい?
人には自由意志が与えられている。

飛び込むも飛び込まないも人の選択であって神の操作じゃあないでしょう(笑)

ま、これを美談にしちゃう盲信者たちもおかしいとは思うけどね
2015-11-21 土 20:14:21 | URL | 名前を入れてください [編集]
Re: タイトルなし
> 詳しいことを書くのは初めてだと思いますが、
> 私は非ペンテコステ系の教会(つまり異言をやらない)からペンテコステ系の教会に移ってきた人間なんですよ。
> こういう経歴をもつ人の中に、どこか醒めてると言うか、良く言えば客観的なクリスチャンが出てくるわけです。

中略

> もちろん、ペンテコステ系にもおそらく桃栗さんの知らない、特有の問題があるし、
> (少なくとも桃栗さんがその話題に触れたことはないと思います。
> むしろ知らなくて当然だと思います。)
> この部分に関しては明らかに間違ってると思われるような矛盾点を感じることもあります。
> でも、たとえ間違いがあっても、学べるものがありさえすればそれでいいじゃないか?と考えているんです。

ペンテコステ派の教会の礼拝は3回ほど体験したことがあります。
いつかそのことについて書きたいと思います。
2015-12-15 火 21:03:06 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 真の人格形成とは
> はじめまして キリスト教福音派で信仰生活をおくっていたものです 子供をcsに通わせていたころ聖句暗唱など 熱心にさせていました しかし 君が代起立斉唱反対 や
> 修学旅行での 神社仏閣見学拒否 など ?? 疑問に思いはじめました 日本文化や国家に敬意をはらわない 人間が はたして 自尊心が養えるのか ?
> 国籍不明な人間なってしまいそうで…… 小学校で行われる町内会と合同の盆踊りも参加はよろしくない とか ひな祭りも七五三も 節分も問題ありの姿勢には 疑問をいだき 次第に 距離をおくようになってしまいました 聖書に基づいた 教育は ガチガチの律法主義とは 絶対異なるはず と 思います 福音書中のイエスのなした勇気ある行動 に重きを置き その行動の本質を置き忘れ形式ばかりを重んじては教育はできないのではないでしょうか

答えは簡単。
キリスト教などやめてしまえばいいのです。
2015-12-15 火 21:35:36 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 田原米子さんで検索したらこちらにヒットしました
> 初めまして、桃栗様  

> さて、田原米子さんのお名前は、しばらく忘れていましたが、私にとっては「何となく気になる存在」ではありました。鉄道会社の損害、人身事故のために迷惑を蒙った新宿駅周辺の方々の事、なるほど、田原米子さんの証について「自殺未遂をした私も神様と出会って人生が変えられました」に焦点が当てられすぎると、見落とされてしまいがちだと思いました。私自身も、桃栗さんに対してお恥ずかしいですが、そこは見落としていました。ドラマティックなストーリーに注意が行き過ぎてしまった、感じでしょうか。私は桃栗さんほど鋭く見抜くことはできませんでしたが、田原米子さんのドラマティックなストーリーに対して惜しみない賞賛が注がれていることに対しては、何となく違和感はありました。ただ、「人生が劇的に変えられた」というは、素直に感動できなくもなかったですが。。。

こちらこそ初めまして。
私もクリスチャン時代はこの手の話にどうしても受け入れられない部分がありました。
ただ、それは、この記事に書いたようなことではなありません。
全くクリスチャンホームでも何でもない家庭に育った人が、
何かをきっかけにしてキリスト教に出会い、感動し、信仰の道に入るのに、
なぜ最初からクリスチャンホームに生まれ育った私が感動できないのかということです。
このことは本当に疑問に思っていました。
それについては別の機会に記事にしたいと思っています。
さて、自殺未遂をきっかけにして信仰の道に入った米子さん、
神が人生を変えたなどというのはキリスト教お得意の後付け設定に過ぎません。
神にそんな力があるなら自殺未遂の前に心を変えられたはずです

>
> 私の超独善独自の見解ですが、全知全能の神様の御前に立つとは、鉄道会社の損害も人身事故のせいで多大の迷惑を蒙った人々のことも全てご存知の神様の御前に立つことだ、ドラマティックなストーリーによるマジックによる誤魔化しのきかない神様の御前に立つことだ、とも思います。私は、教会でトラウマになるような体験をして以降は、正義、公正、洞察力に欠ける愛は本物の愛ではない、と、強く確信するようになりました。

私は全知全能の神様自体を信じていませんから。
2015-12-17 木 23:12:52 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 腕をもいだのが神だなんておかしなことを言うものだなあと思い久しぶりに大笑いした(笑)
>
> 飛び込んだのは彼女であって神が飛び込ませたわけじゃなかろうに。

貴方はキリスト教を全くご存じないようですね。
キリスト教では、この世は宇宙の果てまでが神様によって支配されていて、
この世のすべての出来事は神の御手の中にある、
つまりすべては神の御計画の通りに動いている、という建前になっています。
その建前に従うなら、米子さんは神の御計画で電車に飛び込んだことになります。
>
> 神が存在する仮定(笑)して、神は人を操り人形のように弄んでいるのかい?

キリスト教ではそういうことになっていますが?

> 人には自由意志が与えられている。

キリスト教では、人間に自由意思を与えたのも神ということになっています。
しかし、おかしなことに、神が自由意思を与えて下さったという割には、
あれをやってはいけない、こうしなければならないなどと、
その時の都合によってコロコロ解釈が変わるのがキリスト教です。


> 飛び込むも飛び込まないも人の選択であって神の操作じゃあないでしょう(笑)

キリスト教を知らないのに知ったかぶりはおやめください。

> ま、これを美談にしちゃう盲信者たちもおかしいとは思うけどね

貴方もおかしいですけど。

2015-12-17 木 23:29:03 | URL | 桃栗 [編集]
田原米子さんには30年ぐらい前にお会いした事があります。
私の近くにある信用金庫に招かれて公演に来ていらっしゃいました。

ものすごく輝いているというのか障害者には見えないほど明るくて
まぶしいほどでした。

確かに自殺未遂という事を経験してからの信仰への道なのでいろいろ
思う事のある方もいらっしゃるとは思いますが・・・・

あの方はあの道を通らなければ生きられなかったのでしょう。

2015-12-23 水 02:28:45 | URL | 名前を入れてください [編集]
田原米子さんには30年ぐらい前にお会いした事があります。
私の近くにある信用金庫に招かれて公演に来ていらっしゃいました。

ものすごく輝いているというのか障害者には見えないほど明るくて
まぶしいほどでした。

確かに自殺未遂という事を経験したからの信仰への道なのでいろいろ
思う事のある方もいらっしゃるとは思いますが・・・・

あの方はあの道を通らなければ生きられなかったのでしょう。

2015-12-23 水 02:29:20 | URL | 名前を入れてください [編集]
Re: タイトルなし
> 田原米子さんには30年ぐらい前にお会いした事があります。
> 私の近くにある信用金庫に招かれて公演に来ていらっしゃいました。
>
> ものすごく輝いているというのか障害者には見えないほど明るくて
> まぶしいほどでした。
>
> 確かに自殺未遂という事を経験してからの信仰への道なのでいろいろ
> 思う事のある方もいらっしゃるとは思いますが・・・・
>
> あの方はあの道を通らなければ生きられなかったのでしょう。

それで、ご本人はキリスト教に出会ってそんなに明るくなった一方、
被害を被った鉄道会社や利用客のことは何と言っていましたか?
ちゃんと損害賠償は払ったのでしょうか?

2015-12-23 水 22:52:57 | URL | 桃栗 [編集]
>それで、ご本人はキリスト教に出会ってそんなに明るくなった一方、
被害を被った鉄道会社や利用客のことは何と言っていましたか?
ちゃんと損害賠償は払ったのでしょうか?


昔、この方の自伝を読んだ覚えがありますが御家族が障害者となった
自分の面倒を一生見る事を覚悟されたと書いてあったような記憶が
あります。その時はまさかその後に結婚されて子供も生んで育てる
人生になるとは誰も考えなかったのでしょう。


それぐらい責任感の強い御家族ならちゃんとその後始末も
されていると思います。

田原米子さんの存在は自殺未遂は他人に迷惑をかけた行為であっても
その後自殺を考えた人や障害を負ってしまった人達の中にはその生き方を見て希望を感じた方もいただろうと思いますので差し引きして考えると
彼女のその後の生き方は全うなものだと思います。
2015-12-24 木 03:28:06 | URL | 名前を入れてください [編集]
Re: タイトルなし
> >それで、ご本人はキリスト教に出会ってそんなに明るくなった一方、
> 被害を被った鉄道会社や利用客のことは何と言っていましたか?
> ちゃんと損害賠償は払ったのでしょうか?
>
>
> 昔、この方の自伝を読んだ覚えがありますが御家族が障害者となった
> 自分の面倒を一生見る事を覚悟されたと書いてあったような記憶が
> あります。その時はまさかその後に結婚されて子供も生んで育てる
> 人生になるとは誰も考えなかったのでしょう。
>
>
> それぐらい責任感の強い御家族ならちゃんとその後始末も
> されていると思います。

自伝にそう書かれていたのでしょうか?
講演の時に本人がそう言っていたのでしょうか?
貴方がそう思っているだけですよね。

> 田原米子さんの存在は自殺未遂は他人に迷惑をかけた行為であっても
> その後自殺を考えた人や障害を負ってしまった人達の中にはその生き方を見て希望を感じた方もいただろうと思いますので差し引きして考えると
> 彼女のその後の生き方は全うなものだと思います。

貴方は私の記事のことを全く理解していませんね。
そういうのを自殺の正当化というんですよ。
神様はたった一人の人間を信仰に導くためにそこまでやりますか?
では、被害や迷惑を被った方は信仰に導かれたのでしょうか?
そんな話聞いたことありません。

讃美歌、アメイジング・グレイスの記事をお読みください。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-132.html
クリスチャンは奴隷船の船長だったジョン・ニュートンのことばかり美化し、
神を信じる機会がなかった黒人奴隷たちのことなど何も考えません。
クリスチャンはやはり「自分達さえよければ」なのです。

2015-12-24 木 22:33:25 | URL | 桃栗 [編集]
>貴方は私の記事のことを全く理解していませんね。
そういうのを自殺の正当化というんですよ。
神様はたった一人の人間を信仰に導くためにそこまでやりますか?
では、被害や迷惑を被った方は信仰に導かれたのでしょうか?
そんな話聞いたことありません。

あなたがキリスト教をよっぽど嫌っていらっしゃる事はよくわかりました。
わたしも子供の頃はプロテスタントの教会の日曜学校に大人になって
からはカトリックの洗礼を受けましたが教義の内容はまったく理解
出来ませんでやめてしまいました。
そもそも人間に原罪などはないと
思っているので何で神の子キリスト(そもそも神に息子がいるという
のが不思議?)が代わりに十字架にかけられて殺されその事を
信じることで罪が許されるなんて考えは日本人にはまったくあいません。
だから私はまともに罪の許しなど信じていないので腹も立ちませんが
田原米子さんの個人攻撃みたいなものは亡くなった人とそのご家族に
たいしてやめておかれた方がいいと思います。

2015-12-25 金 02:01:36 | URL | 名前を入れてください [編集]
Re: タイトルなし
> >貴方は私の記事のことを全く理解していませんね。
> そういうのを自殺の正当化というんですよ。
> 神様はたった一人の人間を信仰に導くためにそこまでやりますか?
> では、被害や迷惑を被った方は信仰に導かれたのでしょうか?
> そんな話聞いたことありません。
>
> あなたがキリスト教をよっぽど嫌っていらっしゃる事はよくわかりました。
> わたしも子供の頃はプロテスタントの教会の日曜学校に大人になって
> からはカトリックの洗礼を受けましたが教義の内容はまったく理解
> 出来ませんでやめてしまいました。
> そもそも人間に原罪などはないと
> 思っているので何で神の子キリスト(そもそも神に息子がいるという
> のが不思議?)が代わりに十字架にかけられて殺されその事を
> 信じることで罪が許されるなんて考えは日本人にはまったくあいません。
> だから私はまともに罪の許しなど信じていないので腹も立ちませんが
> 田原米子さんの個人攻撃みたいなものは亡くなった人とそのご家族に
> たいしてやめておかれた方がいいと思います。

私が本人を非難したところで「死人に口なし」です。
「天国にいる米子さんが悲しむでしょう」なんていうのは妄想です。
私は天国の存在など全く信じません。
それに、もし本当に天国があったとしたら、
キリスト教では天国は苦しみも悲しみもない場所だそうですから、
別に地上で何があったっていいではありませんか。
そしてご主人は牧師さん、娘さんもクリスチャンだそうですから、
汝の敵を愛せる人達でしょう?
2015-12-25 金 22:42:38 | URL | 桃栗 [編集]
目の前で飛び込まれた運転士の立場
京浜急行の電車が横浜駅に進入中、ホームの線路側に向かって歩いてきた人が
ぶつかり、運転士の前のガラスにヒビが入って緊急停車した様子を、運転席の
直後から撮影した動画があり、有名になっています。
鉄道で飛び込み自殺をはかることが他人に危険を及ぼすことがわかります。
https://www.youtube.com/watch?v=gBjxFrShqQg

NAVERまとめに、「電車運転士にとって怖い人身事故 ノイローゼになることも」
という記事があります。むごい人身事故は運転士のトラウマになるそうです。
http://matome.naver.jp/odai/2134668522046258601


2015-12-27 日 21:48:52 | URL | AC [編集]
Re: 目の前で飛び込まれた運転士の立場
> 京浜急行の電車が横浜駅に進入中、ホームの線路側に向かって歩いてきた人が
> ぶつかり、運転士の前のガラスにヒビが入って緊急停車した様子を、運転席の
> 直後から撮影した動画があり、有名になっています。
> 鉄道で飛び込み自殺をはかることが他人に危険を及ぼすことがわかります。
> https://www.youtube.com/watch?v=gBjxFrShqQg
>
> NAVERまとめに、「電車運転士にとって怖い人身事故 ノイローゼになることも」
> という記事があります。むごい人身事故は運転士のトラウマになるそうです。
> http://matome.naver.jp/odai/2134668522046258601

よくぞ張ってくださいました。
田村米子さん、飛び込まれた運転士の立場は考えたことがあるのでしょうか?
そのショッキングな現場を目撃した人も多かったでしょう。
それなのに、自分が過去に自殺未遂をしたことを売り物にして伝道活動ですか。
アッパレな人ですね。
2016-01-10 日 22:35:10 | URL | 桃栗 [編集]
検索からここにきました
1970年頃に田原さんにあったことがあります。
当時は結婚していて姓が変わっておりましたが。
ピンピンしてましたよ。
今日になってお亡くなりになったことを知りました。
2016-10-26 水 10:17:28 | URL | 鮭缶 [編集]
Re: 検索からここにきました
> 1970年頃に田原さんにあったことがあります。
> 当時は結婚していて姓が変わっておりましたが。
> ピンピンしてましたよ。
> 今日になってお亡くなりになったことを知りました。

田原米子さんを「奇跡の人」と称し、
そのお人柄を絶賛する人が多いですが、
そんなに人格が素晴らしい人なら最初から自殺などしません。
普通の人は、親を亡くしたぐらいで自殺などしません。
悲しみを乗り越えて生きるのが普通ではないですか。
たかが母を亡くしたぐらいで自殺を図って鉄道会社に大きな損害を与え、
その賠償もしない人のどこが「奇跡の人」でしょうか。
自殺を図って損害を与えた人を「奇跡の人」と呼ぶのなら、
悲しみを乗り越えて真面目に生きている人達はどうなるのでしょうか。
2016-10-26 水 20:30:25 | URL | 桃栗 [編集]
元クリスチャンの助言
多分、米子さんが五体満足だったら一生信仰を持たなかったかもしれません。生きていくのが辛い肉体になってしまい、もう一度自殺を考えたでしょう。でも、神の伝導をするには、障害を負い、人に忌み嫌われる辱しめに耐えなければならなかったのではないでしょうか。ハンデのある人は、弱い。それを克服し人目につくことをしている姿を褒め称えようとは思いませんか?一度でもクリスチャンになったのだから、弱者を追い詰めるコメントはやめませんか?
2016-11-16 水 02:55:51 | URL | 高橋弘子 [編集]
Re: 元クリスチャンの助言
> 多分、米子さんが五体満足だったら一生信仰を持たなかったかもしれません。生きていくのが辛い肉体になってしまい、もう一度自殺を考えたでしょう。でも、神の伝導をするには、障害を負い、人に忌み嫌われる辱しめに耐えなければならなかったのではないでしょうか。ハンデのある人は、弱い。それを克服し人目につくことをしている姿を褒め称えようとは思いませんか?一度でもクリスチャンになったのだから、弱者を追い詰めるコメントはやめませんか?

いいえ、やめません。
貴方は記事の主旨をまったく理解していませんね。
彼女は鉄道会社に多大な損害を与え、利用客も多大な迷惑を被りました。
それなのに、神に謝罪(懺悔)すればすべて罪は赦されて帳消しですか。
こんな宗教はおかしいです。

それに、もしも本当に神が存在するなら、
なぜ最初からクリスチャンホームに生まれた私が苦しまなければならないのですか。
クリスチャンホームに生まれ育ったのに自殺した人を私は知っています。
なぜその人は神を信じていながら自殺しなければならなかったのですか。
クリスチャンホームに生まれ育ったのに殺人事件に巻き込まれた人もいます。
三鷹ストーカー殺人事件のことです。

一方、田原米子さんはキリスト教とは全く関係ない家の生まれ育ちです。
そんな彼女がなぜ神に導かれて人生が幸せになったのですか?

神がいるとしたらあまりにも不公平です。
こんな疑問をクリスチャンに投げかけたところで、
「それはあなた(その人)の信仰が間違っていたから」と批判したり
「神の御計画は神にしかわからない」などと答えをぼやかしたりするのがオチです。
神はいないことを認めてください。
2016-11-25 金 23:26:44 | URL | 桃栗 [編集]
クリスチャンは
もう30年くらい前に、田原さんの集会に行ったことあります。
周りが「ハレルヤ!ハレルヤ!」の中、「鉄道会社の人はどうなるの?」と、1人浮いていたことを覚えています。

先日、上野博物館で300年前のキリシタン屋敷から出てきた骨から最新科学を駆使して、復元と言う企画を見に行きました。
「館内は撮影禁止」と書いてあるのに、そこにいたカトリック信者の方たちは、平気で注意されても、「神に感謝」とか言いながらスマホで写真を撮りまくっているのです。

クリスチャンはマナーがなってません!
なんでも、「赦し」「赦し」で。

以前、いのちのことば社に勤務していた人が「普通の会社では考えられない。なんでも、赦し、赦しで時間や約束にルーズすぎる」と言っていたことを思います。その方は耐えきれず転職しましたが。

2016-12-01 木 22:22:29 | URL | トランプ [編集]
Re: クリスチャンは
> もう30年くらい前に、田原さんの集会に行ったことあります。
> 周りが「ハレルヤ!ハレルヤ!」の中、「鉄道会社の人はどうなるの?」と、1人浮いていたことを覚えています。

全くその通り。それが正常な感覚です。
そもそも、田原米子さんがそんなに素晴らしい人なら、
最初から自殺なんてしません。
それに、鉄道会社に損害を与えたことが後ろめたいなら、
自分の自殺未遂を売り物にして伝道活動などできないはずです。


> 先日、上野博物館で300年前のキリシタン屋敷から出てきた骨から最新科学を駆使して、復元と言う企画を見に行きました。
> 「館内は撮影禁止」と書いてあるのに、そこにいたカトリック信者の方たちは、平気で注意されても、「神に感謝」とか言いながらスマホで写真を撮りまくっているのです。
>
> クリスチャンはマナーがなってません!
> なんでも、「赦し」「赦し」で。

まったく、典型的なクリスチャンの習性ですね。
クリスチャンという生き物は不思議なもので、
「罪を犯さない努力」はしないくせに、
懺悔して「赦してもらう努力」だけは一丁前にするのです。

ここにも自分の罪を正当化するカトリックのクリスチャンがいます。
http://plaza.rakuten.co.jp/misarog/diary/200708010000/comment/write/#comment
コメント欄をご覧ください。
花を盗んだことを自慢しておいて
「きっと神様は許して下さるでしょう」とのたまう始末。

> 以前、いのちのことば社に勤務していた人が「普通の会社では考えられない。なんでも、赦し、赦しで時間や約束にルーズすぎる」と言っていたことを思います。その方は耐えきれず転職しましたが。

とにかく、クリスチャンを見ていると、罪を犯さない努力などほとんどせず、
ひたすら神に祈って赦しを請うことには一生懸命にエネルギーを使うのです。
その姿が滑稽でもあり、また腹立たしくもあります。

2016-12-05 月 23:12:38 | URL | 桃栗 [編集]
まあ「証し」というやつなんでしょうけど、仮にそういう行為が成り立つにして
も、そんなのは自分からアピールすることなく、黙って、自分の内なる規範、
良心にでも神にでも従って、黙々と生きることで提示すればいいわけで、
こういう風にいちいち「見てください」となるから胡散臭い。

実体性のないものを信仰するのはただでさえ胡散臭いんですから、せめて
立ち居振る舞いぐらいには気を遣って欲しいですよね。この記事のケースは
反道徳的アノミーですらありますから、なおのこと気をつけなければならない
はずなんです。信仰にも社会に対する責任というものがあるはずです。
2017-02-18 土 10:18:39 | URL | おばったちゃん [編集]
Re: タイトルなし
> まあ「証し」というやつなんでしょうけど、仮にそういう行為が成り立つにして
> も、そんなのは自分からアピールすることなく、黙って、自分の内なる規範、
> 良心にでも神にでも従って、黙々と生きることで提示すればいいわけで、
> こういう風にいちいち「見てください」となるから胡散臭い。

イエスが私に語りかけましたとか、奇跡を体験しましたとか、
私は幼いころからそういう大人のクリスチャンたちを見てきて、
いつか自分もそういう素晴らしい体験ができるものだと思っていましたが、
今から考えたら本当に胡散臭いです。
新興宗教の宣伝と同じに見えてしまいます。
そもそも、イエスは奇跡を起こしたことを誰にも言うなと言っているのに、
どういうわけかクリスチャンはそれを無視して言いふらすんですよね。

お祈りだってそう。
イエスは、祈りは見せびらかすものではないと言っているのに、
信仰が熱心な人に限って、
さあみなさん聞いて下さいとばかりに大きな声で祈ります。

なぜクリスチャンは主イエス・キリストの言葉を無視するのでしょう。
不思議です。

> 実体性のないものを信仰するのはただでさえ胡散臭いんですから、せめて
> 立ち居振る舞いぐらいには気を遣って欲しいですよね。この記事のケースは
> 反道徳的アノミーですらありますから、なおのこと気をつけなければならない
> はずなんです。信仰にも社会に対する責任というものがあるはずです。
2017-02-26 日 22:04:32 | URL | 桃栗 [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。