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桃栗

Author:桃栗
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「キリスト教はご利益宗教ではない」は本当か?
クリスチャンは、キリスト教はご利益を求める宗教ではないと言います。
つまり、願い事をすればそれが叶うという類の宗教ではないということです。
では、「キリスト教はご利益宗教ではない」というのは本当でしょうか?
いえいえ、キリスト教こそが人類にとって最大のご利益宗教なのです。


例えば、クリスチャンが病気になったり怪我をしたりしたらどうしますか?
もちろん神に祈りますよね。
そして、願い通り、病気や怪我が治ったとします。
すると、「主が祈りを聞いて下さった!」と喜びますよね。
これって、日本人が無病息災の神社にお参りをして、
「神社にお参りしたらご利益があった」と喜ぶのとどう違うのですか?

受験生を持つクリスチャンの親は、
当然、子供の合格を願って神に祈りますよね。
これは、日本人が学問の神社にお参りに行くのとどう違うのですか?

結婚したものの、子供に恵まれないクリスチャン夫婦なら、
子供が与えられるように神に祈りますよね。
これは、日本人が子宝の神社にお参りに行くのとどう違うのですか?

会社を経営しているクリスチャンなら、事業が傾きそうになった時、
もちろん神に祈りますよね。
これは、日本人が神棚に向かって商売繁盛を祈願するのとどう違うのでしょうか?

幼児洗礼がある宗派や教派では、
子供が生まれたらその成長を願って幼児洗礼を受けさせますよね。
これは日本の七五三とどう違うのでしょうか?

結局、崇拝対象が違うだけであって、やっていることはまったく同じです。
にもかかわらず、日本の伝統信仰を否定し、
キリスト教の神だけが本物だと言い切るのは何とも傲慢ではありませんか?
民主党の小沢さんの言う通り、まさに排他的な宗教ですね。

場合によっては、クリスチャンが神にストレートにお願い事をするのがはばかられる時は、
「主よ、(今後の行方を)あなたの御手に委ねます」と祈ることがあります。
これは、裏を返せば「神に自分の都合の良いようにしてほしい」が本音なのです。
それをはっきり言うのが後ろめたいものだから、
「あなたの御手に委ねます」などとかっこよく婉曲表現を使うのです。

では、主の御手に委ねた結果、事態が悪い方向へ行ってしまったとします。
そんな時クリスチャンは「これは主の御心」「神の御計画なのです」
などとお決まりのセリフを言います。
しかし、クリスチャンは最初は物事が良い方向へ行くことを期待して祈るものです。
最初から悪い方向へ行くことを望んで祈る人がいるでしょうか?
いたとしたらその人は相当なマゾヒストです。

さらに、キリスト教には最大のご利益があるではないですか。
そう、それは「永遠の命」です。
クリスチャンはこれが欲しくて信仰しているのではないですか?
「永遠の命」とは何と素晴らしいご利益なのでしょうね。
この世で死んでも、天国の神様のもとで永遠に生きられるのですから。

それでも「キリスト教はご利益宗教ではない」と言えますか?
一つだけ確かなのは、キリスト教では「ご利益」という表現は使いませんから、
そういう意味ではキリスト教は「ご利益」宗教とは呼べないことになるでしょう。
しかし、その代わりに「主の恵み」「神の祝福」等の表現は使います。
これって、「ご利益」とどう意味が違うのでしょうか?
要するに、崇拝対象や言葉の表現が違うだけなのです。
やっていることはほかの宗教と変わりません。
むしろ、他の宗教を「ご利益宗教」として見下し、
全否定するところがキリスト教のタチの悪いところです。
クリスチャンの皆さん、現実をよく見ましょう。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

キリスト教一般の疑問 | 22:46:51 | トラックバック(0) | コメント(28)
コメント
矛盾だらけのご利益
クッキングホイルです。トラックバックありがとうございました。

「神の予定」といいながら、願えば神が叶えてくれる、と、矛盾だらけで説明も収拾も付けることができない人たち。

本当におかしな人々です(笑。
2014-03-10 月 20:30:20 | URL | クッキングホイル [編集]
Re: 矛盾だらけのご利益
> クッキングホイルです。トラックバックありがとうございました。
>
> 「神の予定」といいながら、願えば神が叶えてくれる、と、矛盾だらけで説明も収拾も付けることができない人たち。
>
> 本当におかしな人々です(笑。

全く同じことを考えていました。
クリスチャンは「この世のすべては神の御計画で動いている」と言いながら、
自分に何か都合が悪いことが起こると、
祈りによって「神の御計画」を変えようとする姿が滑稽でなりません(笑)。
2014-03-10 月 22:52:46 | URL | 桃栗 [編集]
おっしゃるとおりの人がおり… そうでない人がいます…

素晴らしい山頂の眺めを見る時間と 戦争で荒れた地を眺める時間…

名作を見るのか 駄作を見るのか…  
どちらを見るのが自分に得なのか…

そんなところも考えて欲しいと思いました

TFLH テヒラー 祈り תפלה
TFL トフェル 漆喰 תפל
TFR タファル 一緒に縫い繕っていく תפר
2014-03-17 月 23:18:59 | URL | あおいよだれかけ [編集]
肉と霊
形だけ見ていれば、御利益宗教と言われてもしょうが無いかもしれません。
肉の目からは、そんなに違いは無いのですから。
しかし、それを頼る対象が、神かそうでないかの違いがあります。
霊の目から見ると、全く違います。
そしてそれによって引き起こされる結果も違ったものになります。
2014-03-23 日 04:33:31 | URL | ぱぱにゃ [編集]
Re: 肉と霊
これまたずいぶんと「煙に巻くような」コメントですね。

> 形だけ見ていれば、御利益宗教と言われてもしょうが無いかもしれません。

しょうがないのではなく、ご利益宗教そのものだからです。

> 肉の目からは、そんなに違いは無いのですから。
> しかし、それを頼る対象が、神かそうでないかの違いがあります。
> 霊の目から見ると、全く違います。

肉の目、霊の目とは何でしょうか?
どこについているのでしょうか?
本当に肉の目や霊の目が貴方にそう語りかけたのですか?


> そしてそれによって引き起こされる結果も違ったものになります。

どういう風に違うのでしょうか?
クリスチャンは病気の治癒率が高いのでしょうか?
教会で幼児洗礼を受けた子供と神社で七五三をした子供とでは、
その後の成長結果がどういう風に違うのでしょうか?

そもそも、「結果が違う」と言う以上、
キリスト教は紛れもなく御利益宗教としか言いようがありません。
「普通とは違う結果」というご利益を求めているのですから。
2014-03-26 水 22:43:12 | URL | 桃栗 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2014-03-27 木 13:37:48 | | [編集]
ご利益求めましょう
「キリスト教」がご利益宗教を否定しているのかどうかは存じませんが、
聖書によれば神の教えは「ご利益宗教」そのものですよ。
先ずは「ご利益」について辞書を見てみます。

【御利益】
① 神仏を信ずることから受ける恩恵。めぐみ。 「天神様の-」 ② 人や金品から与えられる恩恵。(大辞林より引用)

さて、神からの最大の恵みであり聖書の根幹を成すのが「永遠の命」です。
それを求め信仰に入るのですからご利益宗教に他なりません。
何故それを否定する必要があるのでしょうか・・・
クリスチャンなら堂々と「神の恵みを求めるご利益宗教です!」と言えばいいでしょうに。
ちなみに私はキリストを信じるご利益宗教の信者です。

ただし求めるものは神社仏閣へのお参りとは少々意味合いが異なります。
以下の聖句を見てみましょう。

(ヤコブの手紙)
4:3求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。

(ヨハネの第一の手紙)
5:14わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。

聖書では快楽、即ち自身の欲望を満たすための願いは叶わないのです。
それが叶うのは悪魔の道です。
そう、他の宗教と決定的に違うのはこの部分です。
聖書の神の御旨に沿わない願いは聞き入れられないのです。
2014-04-03 木 15:10:47 | URL | 上紀元 [編集]
変ですねえ。
確か聖書には、「神は我々を豊かに富ませる」とか「願う事は何でも既に得たりと信ぜよ」とか「神は祈る前から答え給う」とまで説かれてますよね?
門外漢から見ればある意味、聖書は現世利益や願望実現を大々的に取り上げたマニュアルの書物としか思えません。

それでいいではないですか?クリスチャンの皆さん。

何を躍起になって、ご利益信仰を否定するのでしょうか?
現世利益も起こせない宗教など、窮屈で人を縛るだけの単なる倫理道徳に
過ぎませんよ。


2014-04-06 日 13:23:45 | URL | リュウライザー [編集]
Re: ご利益求めましょう
>
> さて、神からの最大の恵みであり聖書の根幹を成すのが「永遠の命」です。
> それを求め信仰に入るのですからご利益宗教に他なりません。
> 何故それを否定する必要があるのでしょうか・・・
> クリスチャンなら堂々と「神の恵みを求めるご利益宗教です!」と言えばいいでしょうに。
> ちなみに私はキリストを信じるご利益宗教の信者です。

クリスチャンはなぜ「素直に」キリスト教もご利益宗教だと認めないのでしょうか?
上紀元さんも、一見、私の主張に同意し、
自らを「ご利益宗教の信者」と呼んでおきながら、
結局こうやって↓「言い訳」ばかりするんですよね。

> ただし求めるものは神社仏閣へのお参りとは少々意味合いが異なります。
> 以下の聖句を見てみましょう。
>
> (ヤコブの手紙)
> 4:3求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。
>
> (ヨハネの第一の手紙)
> 5:14わたしたちが神に対していだいている確信は、こうである。すなわち、わたしたちが何事でも神の御旨に従って願い求めるなら、神はそれを聞きいれて下さるということである。
>
> 聖書では快楽、即ち自身の欲望を満たすための願いは叶わないのです。
> それが叶うのは悪魔の道です。
> そう、他の宗教と決定的に違うのはこの部分です。
> 聖書の神の御旨に沿わない願いは聞き入れられないのです。

では、クリスチャンは、自分の願い事が叶ったとしても、
「これは悪魔の道だ」と言って素直に喜ばないのでしょうか?
なんとさびしい人生なのでしょうね。
いえ、実は私のクリスチャン生活がそんな感じでした。
自分自身に幸せなことが起こっても、
「これは悪魔が仕掛けた罠だ、だから自分は傲慢になってはいけない」と、
素直に喜ぶことができませんでした。
今から考えれば、私のクリスチャン生活は自虐的だったと思います。
2014-04-25 金 00:36:00 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 変ですねえ。
> 確か聖書には、「神は我々を豊かに富ませる」とか「願う事は何でも既に得たりと信ぜよ」とか「神は祈る前から答え給う」とまで説かれてますよね?

さらに、決定的な言葉が聖書に書かれています。
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」
マタイによる福音書/ 7章7節


これこそ、まさにご利益宗教そのものではありませんか。
それをクリスチャンに指摘したところで、
「その言葉はそういう意味ではない」とか、
「聖書を文字通り解釈するものではない」などと見苦しい言い訳をするのがオチです。
都合が悪い個所は文字通り解釈しようとせず、
都合の良い個所はそのまま文字通り解釈するくせに。


> 門外漢から見ればある意味、聖書は現世利益や願望実現を大々的に取り上げたマニュアルの書物としか思えません。
> それでいいではないですか?クリスチャンの皆さん。
>
> 何を躍起になって、ご利益信仰を否定するのでしょうか?
> 現世利益も起こせない宗教など、窮屈で人を縛るだけの単なる倫理道徳に
> 過ぎませんよ。

本当にクリスチャンが躍起になる姿は滑稽でしかありませんね。
別にご利益を求めることが悪いとは言いません。
私が指摘しているのは、
クリスチャンは他の宗教を「ご利益宗教」と称して見下し、
自分達の宗教のみが正しいと言い切る姿が傲慢だということです。
2014-04-26 土 13:31:11 | URL | 桃栗 [編集]
善きサマリア人
【桃栗さんへ】

>上紀元さんも、一見、私の主張に同意し、
自らを「ご利益宗教の信者」と呼んでおきながら、
結局こうやって↓「言い訳」ばかりするんですよね。

言い訳になっちゃいましたかね。
キリスト信者であるとどうしてもその教えを説きたくなるもんで・・・
どうしても桃栗さんの

>裏を返せば「神に自分の都合の良いようにしてほしい」が本音なのです

とご指摘の部分が聖書では違うと言うことを伝えたかったのです。
多くのキリスト教徒や他の宗教の人々の多くがそうだとしても、
聖書はその様な願い方をせよとは教えていないのです。


>クリスチャンは他の宗教を「ご利益宗教」と称して見下し、
自分達の宗教のみが正しいと言い切る姿が傲慢だということです。

見下すのは傲慢です。
ただそれが聖書の教えであるとは思わないでください。
善きサマリア人のたとえにあるように、
キリスト教徒だから正しいのではないと聖書は教えているのです。
2014-04-29 火 20:09:19 | URL | 上紀元 [編集]
その通り!
所詮、数ある宗教の中の一つなのですから、同じ事ですよね(^人^)
やれ真理だの絶対だの、ただひとつの道だのと、講壇から上から目線で宣われていますが、自分の頭で考えて色々調べれば、そうではない証拠が山程出て来ます。
キリスト教信者の多くは、思考停止状態の人が多いです(///∇///)
お葬式に参列して、御焼香や亡くなった方を痛み手を合わせる行為を、「偶像礼拝です」と断じ、そんな考えをされるなら他の教会へ行かれたら? と言う牧師。
あ、これはダメだな♪(^.^)
何を言っても始まらない。
クリスマスやイースターがれっきとした偶像礼拝なのに!(^o^)v
要するに、ご都合主義なんですよ♪(^.^)



2014-05-05 月 12:37:10 | URL | マリック [編集]
Re: 善きサマリア人
> 【桃栗さんへ】
> >裏を返せば「神に自分の都合の良いようにしてほしい」が本音なのです
>
> とご指摘の部分が聖書では違うと言うことを伝えたかったのです。
> 多くのキリスト教徒や他の宗教の人々の多くがそうだとしても、
> 聖書はその様な願い方をせよとは教えていないのです。

ですからね、建前では「そういう信仰をしてはならない」と言っていても、
そういう信仰をしているクリスチャンが多いのが「現実」なのですよ。

>
> >クリスチャンは他の宗教を「ご利益宗教」と称して見下し、
> 自分達の宗教のみが正しいと言い切る姿が傲慢だということです。
>
> 見下すのは傲慢です。
> ただそれが聖書の教えであるとは思わないでください。

ですからね、聖書がそう教えていなくても、
そういう態度を取るクリスチャンが多いのが「現実」です。
聖書の教えは法的拘束力がありませんから、
クリスチャンはみんな自分の都合の良いように信仰しているのですよ。
そして、神に自分が聖書の教えを守れていないことを懺悔すれば、
自分の罪が赦されてチャラになるわけですから、
本当に便利な宗教ですよね。

> 善きサマリア人のたとえにあるように、
> キリスト教徒だから正しいのではないと聖書は教えているのです。

ですからね、クリスチャンたちは、
自分が正しいことをしているかのように錯覚しているのが現実です。
キリスト教はそういう性格の宗教なのです。
「一神教」ですから。
とにかく、貴方のおっしゃることは建前ばかりです。
現実をよくご覧ください。
2014-05-18 日 20:37:42 | URL | 桃栗 [編集]
Re: その通り!
> 所詮、数ある宗教の中の一つなのですから、同じ事ですよね(^人^)
> やれ真理だの絶対だの、ただひとつの道だのと、講壇から上から目線で宣われていますが、自分の頭で考えて色々調べれば、そうではない証拠が山程出て来ます。
> キリスト教信者の多くは、思考停止状態の人が多いです(///∇///)

まさにその通りですよね。
教会の話を、まるで神の言葉であるかのように信じ込み、
本当に正しいかどうかも確かめようとしません。
それに、クリスチャンは、キリスト教のみが真実だと言いますが、
それは多くの宗教と比較検討したうえで入信したのでしょうか?
いえいえ、ほとんどの人が、人生で最初に出会った宗教がキリスト教なのです。
それを、他の宗教も知らないくせに、
「キリストのみが真の神」などのバカの一つ覚えのように唱えているのです。


> お葬式に参列して、御焼香や亡くなった方を痛み手を合わせる行為を、「偶像礼拝です」と断じ、そんな考えをされるなら他の教会へ行かれたら? と言う牧師。
> あ、これはダメだな♪(^.^)
> 何を言っても始まらない。

クリスチャンという人たちは不思議なもので、
普段は日本の伝統宗教を偶像崇拝として否定しているくせに、
いざ、非信者から「キリスト教は排他的だ」と非難されると、
躍起になってキリスト教の排他性を否定したがります。
本当に不思議です。
民主党の小沢さんの排他的発言があった時のクリスチャンの反応と言ったら、
それはもう滑稽でした。


> クリスマスやイースターがれっきとした偶像礼拝なのに!(^o^)v
> 要するに、ご都合主義なんですよ♪(^.^)

その通り。
クリスマスの日はミトラ教という別宗教に由来するものだし、
クリスマスツリーやリースは北欧神話に由来するものです。
日本の七夕の笹や年末年始のしめ縄なんかと同じです。
また、西洋ではこの日はヤドリギの下で恋人たちがキスする日でもありますが、
これも北欧神話から来ています。
それから、イースターと言えばゆで卵がお馴染みですが、
聖書のどこにそんなものが出てくるのでしょうか。
まったく、聖書と違うことばっかりやっているのが
自称「正統派」クリスチャンたちです。

2014-05-18 日 20:52:26 | URL | 桃栗 [編集]
桃栗さんへ
>ですからね、クリスチャンたちは、
自分が正しいことをしているかのように錯覚しているのが現実です。
キリスト教はそういう性格の宗教なのです。
「一神教」ですから。
とにかく、貴方のおっしゃることは建前ばかりです。
現実をよくご覧ください。

これは完全に質疑応答の堂々巡りになってますね。
私は「建前」である聖書が「そんなこと言ってない」との内容を書きました。
それに対して「それは建前です」と言われても困ります。
そもそも私も「キリスト教」が正しいなんて一言も言っていませんので、
そこは勘違いなさらないで下さいね。

私が伝えたいのは、
「信者の行いがどうあろうと聖書はそんな教えを伝えていない」
という事です。

ここでの書き込みには少なからず、
「信者の間違った行いを見て、聖書は間違いだらけ」
と言う極論に至る傾向が見受けられます。
信者の間違いは信者の行いが原因であり、
聖書の間違いは聖書の記述が原因のはずです。
そこをきちんと別けるのが見識を備えた者のとるべき姿でしょう。
2014-06-03 火 23:33:41 | URL | 上紀元 [編集]
たしかに、、
素晴らしい論ですね。クリスチャンがご利益宗教であるように見えてきました。クリスチャンは自分にメリットをもたらすようなお祈りをよくしますもんね。クリスチャンには困った時の神頼みの様なものを感じます。

ただ少し疑問に思ったのは、ご利益宗教じゃない宗教は存在するのでしょうか?人はすべて自分にメリットがある宗教に入りますよね。あと、クリスチャンがほかの宗教をご利益宗教だと見下しているという根拠はどこから来たのですか?

クリスチャンを一括りにして論を述べている所が少し残念ですが、非常に興味深い論でした。

ただこれはクリスチャンで無くても、どの宗教にでも言い変えることのできる論でもありますね。桃栗さんが無神論者なのであれば納得がいきますが。

2014-06-10 火 20:37:13 | URL | dd [編集]
Re: 桃栗さんへ
> >ですからね、クリスチャンたちは、
> 自分が正しいことをしているかのように錯覚しているのが現実です。
> キリスト教はそういう性格の宗教なのです。
> 「一神教」ですから。
> とにかく、貴方のおっしゃることは建前ばかりです。
> 現実をよくご覧ください。
>
> これは完全に質疑応答の堂々巡りになってますね。
> 私は「建前」である聖書が「そんなこと言ってない」との内容を書きました。

繰り返しになりますが、聖書にそんなことは書いていなくても、
書いていないことばかり信じ、書いていない教えばかりを作り上げ、
それを人に押し付けるのがキリスト教の現実です。

> それに対して「それは建前です」と言われても困ります。
> そもそも私も「キリスト教」が正しいなんて一言も言っていませんので、
> そこは勘違いなさらないで下さいね。

私の方も、「自分が正しいことをしているかのように錯覚している」と、
段的口調で書いてはいませんので勘違いなさらないでください。


> ここでの書き込みには少なからず、
> 「信者の間違った行いを見て、聖書は間違いだらけ」
> と言う極論に至る傾向が見受けられます。
> 信者の間違いは信者の行いが原因であり、
> 聖書の間違いは聖書の記述が原因のはずです。
> そこをきちんと別けるのが見識を備えた者のとるべき姿でしょう。

私は「見識を備えた者」ではありませんので、
このブログの方向性にとやかく言われる筋合いはありません。
高尚なものを期待しているのならそれは無理です。
素人が書いているブログなのであしからず。
2014-06-18 水 22:59:18 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして。
自分はキリスト教も他の宗教(仏教や神道を指します)と同じご利益宗教だと思います。
そこに関しては、主さんと同じ意見です。クリスチャンは様々なタイミングで神様に願い、祈ります。
聖書にも感謝と願いについて祈り、神に知っていただくように書かれているし、願いは既に叶えられている、とも有ります。言い方云々はともかく、ご利益宗教と言ってまず間違いないでしょう。
また、お金が絡む所も他の宗教と同じです。什一献金により、更に恵みが貰える…など。献金者の心的状況は(信仰心の有無を除いて)、お賽銭をする方とそんなに違わないのではないでしょうか?(什一献金には神に恵みをお返しする意味も有るので、全て同じではないのかなぁ?でも、更なる恵みを求めて献金してない、とは言えないでしょう?)

自分はキリスト教はご利益宗教だと思います。と言うよりも、ご利益宗教ではないとは、言い切れない、と言うのが正しいでしょう。

ただ、ご利益宗教が完全に悪いとは思わないのです。神に祈る事で、人間の心が救われるのですから。頑張って祈ったのだから、いっぱい献金したから、きっと自分は救われる。嫌な事は過ぎ去り、仕事もきっと上手く行く。こんな風に安心出来ます。安心と未来への展望は人間の活力になり、周囲の環境へと作用して、物事を上手く進める大きな要因になります。
私は宗教の最大の目的は人を救う事です。キリスト教もその役割りを果たそうとしているだけだと思います。

長々とすみません、若輩者故、間違っている点が有ればご指摘頂きたいと思います。

2014-06-22 日 12:41:51 | URL | HAL [編集]
Re: たしかに、、
> 素晴らしい論ですね。クリスチャンがご利益宗教であるように見えてきました。クリスチャンは自分にメリットをもたらすようなお祈りをよくしますもんね。クリスチャンには困った時の神頼みの様なものを感じます。

まさにその通り。
「困った時の神頼み」なのですよ。
どこの国の宗教もそんなもんです。

> ただ少し疑問に思ったのは、ご利益宗教じゃない宗教は存在するのでしょうか?人はすべて自分にメリットがある宗教に入りますよね。

ご利益を求めない宗教はないと言っていいでしょう。
他のブログの受け売りになりますが、
そもそもご利益を求めないのなら、宗教を信じる意味がありません。


>あと、クリスチャンがほかの宗教をご利益宗教だと見下しているという根拠はどこから来たのですか?

私は小さい頃から教会でそう教わってきましたから。
神社やお寺の神様はただの偶像であり何も力がない、
しかし、天には全知全能の本当の神がおられる、
と、よく教わってきたものでした。
また、ネットで「キリスト教 ご利益」などのキーワードで検索してみてください。
世間のご利益宗教を見下しているキリスト教のサイトがいろいろ見つかりますから。
2014-06-24 火 21:50:26 | URL | 桃栗 [編集]
「永遠の命」をいただくには?
>さらに、キリスト教には最大のご利益があるではないですか。
>そう、それは「永遠の命」です。

その「『永遠の命』をどうすれば得ることができるか」について、
イエスは明確に
「あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、
貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。
それから、わたしに従いなさい。」(ルカによる福音書 18章23節 新共同訳)
と述べていますよね。

しかし、実際にその通りにしようとするクリスチャンは全然いません。
「イエスを信じている」「聖書を信じている」「『永遠の命』を信じている」
と口では言いながら、これはどういうことなのでしょうかね。

結局、聖書に明確に書いてあることには頬かむりし、
「イエスを信じさえすれば、『永遠の命』がいただける」
という、より都合のいい教義の方を信じているに過ぎないのでしょうか。
それじゃあ「お祈りするだけでご利益がある」というそこらへんの宗教と、
何ら変わりませんよねぇ(笑)。
2014-06-29 日 06:35:00 | URL | ササキエル。 [編集]
Re: はじめまして。
> 自分はキリスト教も他の宗教(仏教や神道を指します)と同じご利益宗教だと思います。
> そこに関しては、主さんと同じ意見です。クリスチャンは様々なタイミングで神様に願い、祈ります。
> 聖書にも感謝と願いについて祈り、神に知っていただくように書かれているし、願いは既に叶えられている、とも有ります。言い方云々はともかく、ご利益宗教と言ってまず間違いないでしょう。

全くその通りです。
アメリカ人だって、何かあると「オーマイガッ!」と言いますよね。
結局、あちらの人も「困った時の神頼み」なのです。

> また、お金が絡む所も他の宗教と同じです。什一献金により、更に恵みが貰える…など。献金者の心的状況は(信仰心の有無を除いて)、お賽銭をする方とそんなに違わないのではないでしょうか?(什一献金には神に恵みをお返しする意味も有るので、全て同じではないのかなぁ?でも、更なる恵みを求めて献金してない、とは言えないでしょう?)

これもまったくその通りです。
キリスト教では神に捧げるお金を「献金」と言い、
オウム真理教などでは「お布施」と言い、
神社、お寺では「お賽銭」と言います。
これって、何が違うのでしょうか?
結局、呼び方が違うだけなのです。
キリスト教は「ご利益を求める宗教ではない」と言いますが、
「主の恵み」を求める宗教です。
結局、これも言葉の表現が違うだけであって、求めているものは同じです。


> 自分はキリスト教はご利益宗教だと思います。と言うよりも、ご利益宗教ではないとは、言い切れない、と言うのが正しいでしょう。

キリスト教はご利益宗教そのものですね。
それも世界最大の。

> ただ、ご利益宗教が完全に悪いとは思わないのです。神に祈る事で、人間の心が救われるのですから。頑張って祈ったのだから、いっぱい献金したから、きっと自分は救われる。嫌な事は過ぎ去り、仕事もきっと上手く行く。こんな風に安心出来ます。安心と未来への展望は人間の活力になり、周囲の環境へと作用して、物事を上手く進める大きな要因になります。
> 私は宗教の最大の目的は人を救う事です。キリスト教もその役割りを果たそうとしているだけだと思います。
>
> 長々とすみません、若輩者故、間違っている点が有ればご指摘頂きたいと思います。

私も、別にご利益を求めることがいけないとは言っていません。
人間というものは、不安な時、願い事がある時などに、
何かにすがりたくなる本能があります。
それがキリスト教であったり、神社やお寺の神様であったり、
海や山や太陽などの自然の神様であったりするのです。
要するに、崇拝対象が違うだけなのです。
ところが、キリスト教は他のすべての宗教を否定し、
我こそが唯一絶対の真理であると主張するところが鼻に付くのです。
ちなみに、私は何にすがるかと言いますと、
それは「自分自身」ですね。
この世で一番信頼できるのは自分自身ですから。
2014-06-30 月 22:38:20 | URL | 桃栗 [編集]
究極のご利益宗教
究極のご利益宗教でしょうね。一番良い所の天国に行けると言っているのですから。
「『イエスよ、あなたの御国においでになるときは、わたしを思い出してください』と言った。するとイエスは、『はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる』と言われた。」(ルカ23:42~43)
とありますように、私もそのご利益に与かりたいと思っています。
インマヌエル=神は我々と共におられる、これが私にとって一番良い事だからです。

仏教でも同じようなことは言っていますね。極楽に行けると。人は遠く離れた所にいても、同じことを思うのですね。

2014-07-02 水 01:34:16 | URL | Elle [編集]
Re: 「永遠の命」をいただくには?
> >さらに、キリスト教には最大のご利益があるではないですか。
> >そう、それは「永遠の命」です。
>
> その「『永遠の命』をどうすれば得ることができるか」について、
> イエスは明確に
> 「あなたに欠けているものがまだ一つある。持っている物をすべて売り払い、
> 貧しい人々に分けてやりなさい。そうすれば、天に富を積むことになる。
> それから、わたしに従いなさい。」(ルカによる福音書 18章23節 新共同訳)
> と述べていますよね。
>
> しかし、実際にその通りにしようとするクリスチャンは全然いません。

まったくもってその通りです。
時間の都合で出典は明記しませんが、
聖書にはこういう主旨のことが書かれています。

・天国に行きたいなら全財産を貧しい者に分け与えなさい。
・金持ちが天国に入るのは、ラクダが針の穴を通るより難しい。
・自分が受けるより、与える方が幸いである。

しかし、それを現実に実行しているクリスチャンがどれほどいるでしょうか?
私の知る限りただの一人もいません。
それなのに、自分は救われて天国に行けると信じているクリスチャンのなんと多いこと。

> 「イエスを信じている」「聖書を信じている」「『永遠の命』を信じている」
> と口では言いながら、これはどういうことなのでしょうかね。
>
> 結局、聖書に明確に書いてあることには頬かむりし、
> 「イエスを信じさえすれば、『永遠の命』がいただける」
> という、より都合のいい教義の方を信じているに過ぎないのでしょうか。

まったくまったく本当にその通りです。
私が何度もブログで発言してきたとおり、
クリスチャンは聖書の「都合の良い箇所」だけを信じているのです。

よく、エホバの証人は聖書を間違って解釈している異端だと言われますが、
彼らは彼らなりに、聖書の中の「都合の良い箇所」を信じているのです。
その箇所が、いわゆる正統派キリスト教とは違う箇所なのです。
ハルマゲドンがその代表例でしょう。
「ものみの塔」という名称も、聖書の一節から来ていますが、
いわゆる正統派キリスト教ではその箇所は完全に無視されています。

> それじゃあ「お祈りするだけでご利益がある」というそこらへんの宗教と、
> 何ら変わりませんよねぇ(笑)。

まったくその通りです。
キリスト教は世界最大のご利益宗教です。
2014-07-20 日 23:27:05 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 究極のご利益宗教
> 究極のご利益宗教でしょうね。一番良い所の天国に行けると言っているのですから。
> 「『イエスよ、あなたの御国においでになるときは、わたしを思い出してください』と言った。するとイエスは、『はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる』と言われた。」(ルカ23:42~43)
> とありますように、私もそのご利益に与かりたいと思っています。
> インマヌエル=神は我々と共におられる、これが私にとって一番良い事だからです。
>
> 仏教でも同じようなことは言っていますね。極楽に行けると。人は遠く離れた所にいても、同じことを思うのですね。

そうです。
記事に書いた通り、崇拝対象が違うだけです。
求めるものは同じです。
2014-07-21 月 23:35:49 | URL | 桃栗 [編集]
以前にも…。
以前にも、桃栗さまは
「ライオンに改宗を迫ったクリスチャンとダニエルの話」
というエントリで、

>ライオンの群れの中に放り込まれた人が神の守りによって無事だったという話を
>教会学校で教わった記憶があります。
(中略)
>私は、教会で、特に子供を対象にした教会学校で、
>聖書に書かれていることはすべて実話だと教わりました。
>教会では、こういう類の話を取り上げ、
>「神を心から信仰していれば、私たちを守ってくださる」と説きます。

と書かれていましたよね。
このような、教会の態度こそ、
正に「ご利益で人々を釣っている」以外の何だというのでしょうかね。

そして、私はそのエントリのコメントで、

>しかし、人間は遅かれ早かれ、「どんなに苦しい状況に陥っても、神様は助けてなどくれない」
>という現実を思い知ることになります。

と書きましたが、そのような現実に直面した人が

>(ヤコブの手紙)
>4:3求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。

のような言葉を読んだり言われたりしたら、どれほど深く傷つくことでしょうか。
「ヤコブの手紙」の著者や「聖書を通じてメッセージを伝えようとしている神様」は、
その程度のことも予想できなかったのでしょうかね?

信仰から離れて
「まさしく教会は、ご利益をエサに人々を釣っている」
「『ヤコブの手紙』の著者はその程度の人間に過ぎなかったし、
 『聖書を通じてメッセージを伝えようとしている神様』など、存在しない」
と考えればスッキリと解決できるお話ですが、
信仰から離れられないクリスチャンは、どのように考えているのでしょうかね。
2014-08-27 水 07:49:14 | URL | ササキエル。 [編集]
Re: 以前にも…。
> 以前にも、桃栗さまは
> 「ライオンに改宗を迫ったクリスチャンとダニエルの話」
> というエントリで、
>
> >ライオンの群れの中に放り込まれた人が神の守りによって無事だったという話を
> >教会学校で教わった記憶があります。
> (中略)
> >私は、教会で、特に子供を対象にした教会学校で、
> >聖書に書かれていることはすべて実話だと教わりました。
> >教会では、こういう類の話を取り上げ、
> >「神を心から信仰していれば、私たちを守ってくださる」と説きます。
>
> と書かれていましたよね。
> このような、教会の態度こそ、
> 正に「ご利益で人々を釣っている」以外の何だというのでしょうかね。

まったくもってその通りです。
他にも、ルカによる福音書8章43~48節にも、
長血を患う女性がイエスの衣に触れ、たちどころに病が治る話があります。
これも、ご利益宗教以外の何物でもありません。
余談ですが、その話の直後に、イエスが死んだ娘を生き返らせた話があります。
これなんかもご利益宗教そのものです。
さらに、イエスはこのことを「誰にも話すな」と言っているのに(ルカ8章56節)、
おかしなことにイエスの約束はあっさりと破られ、
しっかりと聖書に記されて世界中に伝播されています(笑)。


> そして、私はそのエントリのコメントで、
>
> >しかし、人間は遅かれ早かれ、「どんなに苦しい状況に陥っても、神様は助けてなどくれない」
> >という現実を思い知ることになります。
>
> と書きましたが、そのような現実に直面した人が
>
> >(ヤコブの手紙)
> >4:3求めても与えられないのは、快楽のために使おうとして、悪い求め方をするからだ。
>
> のような言葉を読んだり言われたりしたら、どれほど深く傷つくことでしょうか。
> 「ヤコブの手紙」の著者や「聖書を通じてメッセージを伝えようとしている神様」は、
> その程度のことも予想できなかったのでしょうかね?

クリスチャンが利用しそうな都合の良い聖句ですね。
普段は「求めなさい、そうすれば与えられる」(マタイ7章7節)と言っておきながら、
求めても与えられない人に対しては、
ヤコブ4章3節の言葉を振りかざして人を裁けますからね(笑)。
本当に聖書って何でも書かれていて便利な書物ですね。
その場その場で都合の良い言葉を選んで自己を正当化できますから。


> 信仰から離れて
> 「まさしく教会は、ご利益をエサに人々を釣っている」
> 「『ヤコブの手紙』の著者はその程度の人間に過ぎなかったし、
>  『聖書を通じてメッセージを伝えようとしている神様』など、存在しない」
> と考えればスッキリと解決できるお話ですが、
> 信仰から離れられないクリスチャンは、どのように考えているのでしょうかね。

クリスチャンはマゾ体質なのでしょう。
宗教に縛られることに快楽を感じるのかもしれません。
2014-09-11 木 21:41:00 | URL | 桃栗 [編集]
ご利益宗教だね。
カトリックはその国の風習に合わせるようにしてるので、日本の一般の方にもなじみやすいかも。

で、「ご利益宗教」という一面はあるけど、
それだけでないところが、キリスト教なんだね。

「ご利益宗教」ってのを拡大解釈すれば、
すべての宗教がそれに当てはまるから、
ほとんど意味ない。

日本の神社なんかの
ご利益だけを求める宗教を
「ご利益宗教」とするのがいいと思いますね。

つまり、信仰に命をかけない。

「お稲荷さんへの信仰をやめないと殺すぞ!」
なんて言われれば、
「ハイハイ」ってことで、
次は、聖天さんを信仰する。

で、ご利益なかったら、
弁天さんにしようか、
天神さんにしようかなんて考える。

ところが、
キリスト教の場合は、命を懸けるからね。
もちろん全員ではないけど。

そこが違うわけなんだね。

「イエスキリストを信じれば病気も治る!」って書いてあるけど、
あれはでたらめでしたね。
病気治らないもんね。

さらに、いくら祈っても神様が助けに来ないってことが、
非常に問題になってるわけね。

それでも、熱心に祈ってるところはすごい。

そういうことで言えば、
ぜんぜん裕福にならないのに、
それでも頑張ってお題目唱えてる宗教もすごい。







2014-12-07 日 08:31:38 | URL | Hide [編集]
Re: ご利益宗教だね。
> カトリックはその国の風習に合わせるようにしてるので、日本の一般の方にもなじみやすいかも。
>
> で、「ご利益宗教」という一面はあるけど、
> それだけでないところが、キリスト教なんだね。
>
> 「ご利益宗教」ってのを拡大解釈すれば、
> すべての宗教がそれに当てはまるから、
> ほとんど意味ない。
>
> 日本の神社なんかの
> ご利益だけを求める宗教を
> 「ご利益宗教」とするのがいいと思いますね。
>
> つまり、信仰に命をかけない。
>
> 「お稲荷さんへの信仰をやめないと殺すぞ!」
> なんて言われれば、
> 「ハイハイ」ってことで、
> 次は、聖天さんを信仰する。
>
> で、ご利益なかったら、
> 弁天さんにしようか、
> 天神さんにしようかなんて考える。
>
> ところが、
> キリスト教の場合は、命を懸けるからね。
> もちろん全員ではないけど。
>
> そこが違うわけなんだね。

は? 一見、私の記事に同意し、キリスト教もご利益宗教だと認めたかのように見えて、
結局は「キリスト教だけは他の宗教とは違う」と言いたいんですね。
何が「命を懸ける」ですか?
キリスト教の場合は「(自分ではなく)他人の命を懸ける」でしょ!
キリスト教ほど多くの人命を奪った宗教が他にあるでしょうか。
それなのに善人面するとことが大嫌いです。


> 「イエスキリストを信じれば病気も治る!」って書いてあるけど、
> あれはでたらめでしたね。
> 病気治らないもんね。
>
> さらに、いくら祈っても神様が助けに来ないってことが、
> 非常に問題になってるわけね。
>
> それでも、熱心に祈ってるところはすごい。
>
> そういうことで言えば、
> ぜんぜん裕福にならないのに、
> それでも頑張ってお題目唱えてる宗教もすごい。

全然平和にならないのに頑張って平和を願っているどこかの宗教もすごいですよね。
2015-01-04 日 19:42:38 | URL | 桃栗 [編集]
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