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桃栗

Author:桃栗
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もしもイエスがローマ法王に会ったら?
キリスト教には世界中に様々な宗派・教派がありますが、
その中でもカトリックが世界最大の宗派だということはご存知の方も多いでしょう。
そしてその最高責任者が言うまでもなくあのローマ法王で、
カトリックでは「神の代理人」として信徒の”崇拝”の的になっているわけです。
(カトリック信徒はあくまでも”崇敬”だと言い張りますが)
ローマ法王はキリスト教最大の宗派の最高責任者ですから、
つまりキリスト教で”一番偉い人”ということになるでしょうか?
では、もしもそのローマ法王がイエスに会ったら、
果たしてイエスは法王を称賛したでしょうか?
答えはイエス(Yes)ではなくノーでしょう。


マタイによる福音書23章をお読みください。


それから、イエスは群衆と弟子たちにお話しになった。「律法学者たちやファリサイ派の人々は、モーセの座に着いている。だから、彼らが言うことは、すべて行い、また守りなさい。しかし、彼らの行いは、見倣ってはならない。言うだけで、実行しないからである。 彼らは背負いきれない重荷をまとめ、人の肩に載せるが、自分ではそれを動かすために、指一本貸そうともしない。そのすることは、すべて人に見せるためである。聖句の入った小箱を大きくしたり、衣服の房を長くしたりする。宴会では上座、会堂では上席に座ることを好み、また、広場で挨拶されたり、『先生』と呼ばれたりすることを好む。だが、あなたがたは『先生』と呼ばれてはならない。あなたがたの師は一人だけで、あとは皆兄弟なのだ。また、地上の者を『父』と呼んではならない。あなたがたの父は天の父おひとりだけだ。『教師』と呼ばれてもいけない。あなたがたの教師はキリスト一人だけである。あなたがたのうちでいちばん偉い人は、仕える者になりなさい。だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。

どうでしょう、皆さん、ローマ法王にかなり当てはまっていると思いませんか?
これを読む限り、イエスが法王を称賛するなどとは到底思えません。
そもそも、イエスが聖職者を称賛した記述があったでしょうか?

クリスチャンなら、イエスの言葉をよくご存じでしょう。

「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。
(マルコ 16:15)


しかし、汗水流して働くこともなく、
”お城”の中で何の不自由もなく暮らしているローマ法王は、
その言葉を実行していると言い切れるでしょうか。
どうしてカトリック信徒はこんな人間を神の代理人として”崇拝”できるのか、
元プロテスタント信徒としては理解に苦しみます。
もしタイムマシンがあったらイエスに会わせて何と言われるか見てみたいものです。
上で引用したマタイ23章の続きに、
イエスが律法学者やファリサイ派を辛辣に批判する記述がありますが、
私はきっとローマ法王も同じことを言われるだろうと見ています。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

もしものコーナー | 22:19:40 | トラックバック(0) | コメント(16)
コメント
へ?
あー、ダース○ーダーにメークインとなにかしらに顔が似てますよね。そんなことはどうでもいいとして。
ローマの司教、
イエス・キリストの代理者、←
使徒たちのかしらの後継者、←
普遍教会の最高司教、
西ヨーロッパ総大司教、
イタリア首座司教、
ローマ管区首都大司教、
バチカン市国元首、
神のしもべたちのしもべ。←
何とか大司教とかは組織上の都合があるんだろうから私にはわかりませんが、
←のとこのどこに崇拝する要素があるんですか?
代理者って要するにパシりですよね?
後継者は初代に認められる事はあっても初代を凌ぐことはないでしょ? だって初代を凌いだら自分が新しく「初代」になればいいんだから。
しもべたちのしもべって、パシりのパシり、率直に言えば奴隷じゃありませんか?
私、ローマ教皇の手紙を見せて貰ったことがありますけど、ちゃんと「全ての人の奴隷」ってラテン語で書いてありましたよ?

もっと言うなら教皇は今列挙した通り司教の一人であって、教皇も罪人として平等な筈。神父と司教は違うけど、大司教、枢機卿、司教は住んでる場所と仕事が違うだけで地位は同じ。大体教皇の懺悔をする聴聞官がいるんですから。
そうなると教皇は聴聞官より下ですよねえ、常識的に考えて。
だって自分より身分が低い人に懺悔をする必要ないでしょ。

で、こんな凡夫のどこが崇拝に値するんですか? 世界宗教の責任を独りでとらなきゃならない貧乏くじをひいちゃって、その貧乏くじを捨てないで逃げなかった事は尊敬されるのでしょうが、少なくとも私は教皇を崇拝する意味も、「教皇は崇拝されている」という意味も分かりません。
2013-05-29 水 07:45:39 | URL | ぴー [編集]
Re: へ?
> で、こんな凡夫のどこが崇拝に値するんですか? 世界宗教の責任を独りでとらなきゃならない貧乏くじをひいちゃって、その貧乏くじを捨てないで逃げなかった事は尊敬されるのでしょうが、少なくとも私は教皇を崇拝する意味も、「教皇は崇拝されている」という意味も分かりません。

皆さん、ご覧いただけたでしょうか。
私が言ったそばからこの有様です。
とにかくカトリック信徒は「あれは崇拝ではない」と意地でも否定したがります。
それに、神の代理人をコンクラーベで決めなさいとイエスが言ったでしょうか?

そもそも貴方のコメントはこの記事の答えになっていません。
記事の核心にはまったく触れず、関係ない話を長々と並べるだけ。
結局、都合の悪い部分は無視なのですね。
イエスはローマ法王を称賛したでしょうか?
「はい」「いいえ」でお答えください。
2013-05-29 水 23:05:32 | URL | 桃栗 [編集]
ニ択だったら
もー私の信条はどうでもいっか。何を言っても私を信者にしたいんならそれで。私は楽しくお喋りが出来ればいいんだし。

「はい」なんじゃないですか?( ̄σ・ ̄)ホジホジ
ペテロに天国の鍵を渡したシーンをみる限り。
コンクラーベはそもそも税金を増やされる地元民が司祭に喝を入れる為に始めたもの。時代が生んだ伝統であり、彼らの信仰にはなんの関係もありません。先ほど述べた通り、ローマ教皇はあらゆる尻拭いと仕事を押し付けられる信徒の奴隷を引き受けた信者(by神学講座の信徒)だそうですからね。
それに教皇って、基本的に男性の神父なら誰でもなれるそうですしね。

大体、桃栗様の大好きな聖書に、「イエスの言動全てを書いてない」って書いてあるでしょに…。イエス自身が聖書書いた訳でもないのに何でそんなに聖書に固執するんですか?

都合が悪いというか、時代の変遷を認めたくないし理解する時間も余裕もないのは分かりますが、もう少し柔軟でなければ、私よりも物好きで過激な方に噛みつかれてしまいますよ。こんなに楽しいブログが荒らされるのは悲しいです。
2013-05-30 木 13:19:32 | URL | ぴー [編集]
教会法ってなんでしょうね
ニューズウィーク日本語版(Webで見れます)の記事によると、同性愛の神父は別に珍しくないそうです。

メキシコ映画に「アマロ神父の罪」という映画があります。若い神父が村に赴任し、若い娘を妊娠させてしまいます。
DVDを観ると、監督と主演俳優との解説が入っていました。南米の国々では非難が出てきましたが、メディア関係者からは監督よくやったとの称賛の声もあったようです。
あと、愛人をつくったりは珍しくないそうです。メキシコに住んだことがあるカトリック信者の日本人は当然のことと教えてくれました。

教会法に関しては他にも、避妊がいけないとか、離婚はいけないとかありますね。実際、みんな避妊してますけど。

カトリックは変な掟ばかりの宗教ですね。


2013-05-30 木 19:23:42 | URL | まねきねこ [編集]
「こらっ!」だと思います
また、歴史的・政治的観点から意見を述べさせて頂きます。
6546
「カエサルの物はカエサルに。神の物は神に。」。私はこれを政教分離と捉えております。

ネロ帝の頃から「ローマ帝国民には全員にローマ市民権を与える」という事になり、イエスも努力次第でローマ政治の中枢に入る事が出来た訳です。
でもイエスは、政治改革や法律的に貧しい人を保護するという道へは行かなかった。

そもそも人間が考える人間の為の政治など、純粋に神の意思に従う者にとっては、一番遠い所にある物なんだと思います。

お金から権力から…、右のほっぺをたたかれてもいないうちから征服戦争に奔走しちゃう。
果ては、子供を作って、姪だとか甥だとか嘘つくし。

「こらっ!いい加減にしろ(-_-#)」だと思います。
2013-05-30 木 19:55:39 | URL | ちびねこ [編集]
Re: ニ択だったら
> もー私の信条はどうでもいっか。何を言っても私を信者にしたいんならそれで。私は楽しくお喋りが出来ればいいんだし。
>
> 「はい」なんじゃないですか?( ̄σ・ ̄)ホジホジ

なぜ素直に「はい」とだけ言えないのでしょうか?
なぜ「~なんじゃないですか?」という余計な言葉を付けるのですか?
ご自身の答えに自信がない表れです。


> ペテロに天国の鍵を渡したシーンをみる限り。

では、その鍵を現法王のフランシスコが受け取ったとでも?
カトリック信徒は夢を見るのがお好きなんですね。
2013-05-31 金 22:43:52 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 教会法ってなんでしょうね
> ニューズウィーク日本語版(Webで見れます)の記事によると、同性愛の神父は別に珍しくないそうです。
>
> メキシコ映画に「アマロ神父の罪」という映画があります。若い神父が村に赴任し、若い娘を妊娠させてしまいます。
> DVDを観ると、監督と主演俳優との解説が入っていました。南米の国々では非難が出てきましたが、メディア関係者からは監督よくやったとの称賛の声もあったようです。
> あと、愛人をつくったりは珍しくないそうです。メキシコに住んだことがあるカトリック信者の日本人は当然のことと教えてくれました。

カトリックでは、聖職者の性行為は禁じられているそうですが、
これはとんでもないことだと思っています。
何せ、生殖行為という人間としてごく当たり前の本能を禁じているのですから。
正常な人では誰ても性欲を持っているはずです。
ところが、カトリックの聖職者はそれを我慢しなければならないのですから、
そりゃ人間もおかしくなりますよ(笑)。


> カトリックは変な掟ばかりの宗教ですね。

私もそう思います。
カトリックはプロテスタント以上に、
聖書に関係のないことばかり守ろうとしています。
2013-05-31 金 22:52:10 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 「こらっ!」だと思います
> また、歴史的・政治的観点から意見を述べさせて頂きます。
> 6546
> 「カエサルの物はカエサルに。神の物は神に。」。私はこれを政教分離と捉えております。
>
> ネロ帝の頃から「ローマ帝国民には全員にローマ市民権を与える」という事になり、イエスも努力次第でローマ政治の中枢に入る事が出来た訳です。
> でもイエスは、政治改革や法律的に貧しい人を保護するという道へは行かなかった。
>
> そもそも人間が考える人間の為の政治など、純粋に神の意思に従う者にとっては、一番遠い所にある物なんだと思います。

イエスが実在したとすれば、自身の死後のキリスト教の在り方は、
自分の意図からどんどん遠いところへかけ離れて行ったことになるでしょう。


> お金から権力から…、右のほっぺをたたかれてもいないうちから征服戦争に奔走しちゃう。
> 果ては、子供を作って、姪だとか甥だとか嘘つくし。
>
> 「こらっ!いい加減にしろ(-_-#)」だと思います。

かも知れませんね。
タイムマシンでもあったらイエスをローマ法王の前に連れて行き、
イエスにお説教を食らうのを全世界に見てもらいたいものです。
しかし、クリスチャンは絶対それをイエス本人だとは認めないでしょうけど。
2013-05-31 金 23:02:17 | URL | 桃栗 [編集]
鍵っていうか
だって私は「教皇が何故崇拝に値すると一般人が認識するのか」については興味がありますが、「教皇の仕組みそのもの」には興味ありませんから。調べようにも参考資料が手元にないし。だから推測しただけですよ。私の周りの信者、教皇について話したのはコンクラーベの時くらいで、私自身よく知らないんですからね。

物質としての鍵というより、受け継がれて来たのは漁夫の指輪をつけるという習慣じゃないですかね?

ミサでも「私達の罪ではなく、かえって私達の信仰を顧み、教会を愛と歓声に導いてください」と言ってるし、これは2000年間言語は違えど変わっていない文句らしいですから、使徒行伝に見られる通り、2000年前から教会はゴタゴタギスギスしてたんでしょ。

まあ、それを自覚してる教会と自覚してない教会のどちらが一般人にとって魅力的かは言うまでもないと思いますがね。
2013-06-02 日 09:07:22 | URL | ぴー [編集]
Re: 鍵っていうか
> 物質としての鍵というより、受け継がれて来たのは漁夫の指輪をつけるという習慣じゃないですかね?

私はたびたびこのブログで発言してきましたが、
クリスチャンは聖書の都合の良い個所は文字通り信じるのに、
都合の悪い個所は「それは比喩だ」「それはたとえだ」などと言い訳をして
文字通り信じようとしません。
今回もその典型的な例を見せていただきました。
2013-06-05 水 23:36:33 | URL | 桃栗 [編集]
お言葉ですが
私は初めから神学を学んでいる身であると明言していますよ。
それに、あまり言いたくはありませんが、桃栗さまだって、私のコメントを明らかに無視しているのに、私がコメントの一部を見逃すと「都合が悪いからふじこふじこ」と言うではありませんか。
まさか桃栗様に限って、2000年前の外国の習慣が、現代日本にそのまま当てはまるなんてお花畑なこと考えちゃいませんでしょう? その方が余程ファンタスティックでロマンティックだと思いますが。
2013-06-05 水 23:49:48 | URL | ぴー [編集]
Re: お言葉ですが
> それに、あまり言いたくはありませんが、桃栗さまだって、私のコメントを明らかに無視しているのに、

まさにそういう反論が返ってくるのを待っていました。
私は多忙時にはコメントを遠慮していただくように告知しています。
それを無視して2度も書き込んだのは貴方の方ですよ。
だから一時期アクセス禁止にしたのです。
ご自分が無視されて、ようやく無視される側の気持ちが分かりましたか?
それをわからせるために、あえて一度だけコメントにレスを付けなかったのです。
すると私の意図した通りの反論が返ってきました。


>私がコメントの一部を見逃すと「都合が悪いからふじこふじこ」と言うではありませんか。

論点のすり替えはおやめください。
まず、貴方はこの記事の最初のコメントでは、
記事の一部どころか「主旨そのもの」を無視しました。
そして、先ほどは、私は
「クリスチャンは聖書の都合の良い個所は文字通り信じ、
都合が悪い個所は文字通り信じない」とうことを書きました。
コメントの一部を見逃したとかそんなことは書いていません。
2013-06-06 木 00:01:00 | URL | 桃栗 [編集]
ん?
ん?1回じゃなかったっけ?
まあ二回でも三回でもどうでもいいか。しかし書き込みについてはお互い様でしょう。私には桃栗さまが本当に多忙かどうか分からないのですから、自分個人の発言でなく他者の引用を侮辱されたまま、逃げられたと感じるわけです。しかも私の書き込みは証拠を提示しただけ。桃栗さまが捏造(根も葉もない)ということに対して私は「根も葉もある」と申し上げたまでです。本当に多忙ならば、認証もなにもかもほったらかしていればよいのに、わざわざ暴言の記事(はるかさんでしたっけ?)を書く余裕はあるのか…、と疑ってしまいます。


なんだかよく分からなくなってきましたね。

信者から崇拝されているローマ教皇にイエスが会ったらどういうか?

~の理由でローマ教皇は崇拝に値しない

理由はいらない。はいかいいえで答えて

はいなんじゃない?

なんで疑問系なの?

私は教皇制度に興味がないから

クリスチャンは都合の良いところしか信じない

一般人は不完全な読み物である聖書しか信じない


クリスチャンは~辺りで平行線になったのかな?
それとも教皇制度~から噛み合わなくなったのかな?
私にはわかりかねますが。
まあいずれにしても教皇が奴隷であることには変わりありませんね。
2013-06-06 木 23:00:34 | URL | ぴー [編集]
法王に合う前に、
自分の宗教があることに驚き、
自分が神の子になっているのに愕然とし、
自分が伝えたかったことがまったく伝わってないことに幻滅し、
バチカン広場で聖書に書かれてるように暴れて、
精神病棟に送られそうだけどね。
2013-06-09 日 12:39:59 | URL | 異教徒 [編集]
Re: ん?
> ん?1回じゃなかったっけ?
> まあ二回でも三回でもどうでもいいか。しかし書き込みについてはお互い様でしょう。私には桃栗さまが本当に多忙かどうか分からないのですから、自分個人の発言でなく他者の引用を侮辱されたまま、逃げられたと感じるわけです。しかも私の書き込みは証拠を提示しただけ。桃栗さまが捏造(根も葉もない)ということに対して私は「根も葉もある」と申し上げたまでです。本当に多忙ならば、認証もなにもかもほったらかしていればよいのに、わざわざ暴言の記事(はるかさんでしたっけ?)を書く余裕はあるのか…、と疑ってしまいます。
>
>
> なんだかよく分からなくなってきましたね。
>
> 信者から崇拝されているローマ教皇にイエスが会ったらどういうか?
> ↓
> ~の理由でローマ教皇は崇拝に値しない
> ↓
> 理由はいらない。はいかいいえで答えて
> ↓
> はいなんじゃない?
> ↓
> なんで疑問系なの?
> ↓
> 私は教皇制度に興味がないから
> ↓
> クリスチャンは都合の良いところしか信じない
> ↓
> 一般人は不完全な読み物である聖書しか信じない
>
>
> クリスチャンは~辺りで平行線になったのかな?
> それとも教皇制度~から噛み合わなくなったのかな?
> 私にはわかりかねますが。
> まあいずれにしても教皇が奴隷であることには変わりありませんね。

これ以上あなた議論しても記事の主旨からどんどん離れてしまって収拾がつかないので、
この記事に関してはもうコメントなさらないでください。
分かったことは、あなたが
「イエスはローマ法王を称賛する」とは”自信を持って言えない”ということです。
2013-06-17 月 23:23:23 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 法王に合う前に、
> 自分の宗教があることに驚き、
> 自分が神の子になっているのに愕然とし、
> 自分が伝えたかったことがまったく伝わってないことに幻滅し、
> バチカン広場で聖書に書かれてるように暴れて、
> 精神病棟に送られそうだけどね。

でしょうね。
まさかイエス本人も自分が神様に祭り上げられているなどとは思いもしなかったでしょうし、
マリアも、自分が聖母として崇められているのを見ると驚くでしょう。
2013-06-17 月 23:25:40 | URL | 桃栗 [編集]
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