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桃栗

Author:桃栗
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二つの矛盾することを教えている教会
言うまでもなく、欧米諸国はキリスト教信仰の上に社会が成り立っています。
そして、そのことがあちらの方々の物事の考えの基準になっているわけです。
したがって、彼らの前でキリスト教のことを否定するのはタブーとされています。
実際、英語のテキストでそのように注意を促しているのを見たことがありますし、
アメリカ人の彼氏にキリスト教について否定的なことを言ったら、
顔を真っ赤にして怒ったという書き込みもどこかで見たことがあります。
しかし私は、「この人なら大丈夫」と思った人には
キリスト教についてズバリ本音を聞いてみたことがあります。


とあるニュージーランドの「クライストチャーチ」出身の人は、
「キリスト教は偽善的」だとはっきり言いました。
また、あるアメリカ人にキリスト教と離婚について話をしていたら、
「なあに、アメリカのクリスチャンは離婚する人が多いんだよ」
と笑い飛ばしていました。
また、クリスチャンの家庭に生まれ育ったという別のアメリカ人は、
「教会は二つの矛盾することを教えている」と言いました。
すなわち、
「神は私たちに罰を与える」
「神は私たちを愛しておられる」
という二点です。
私がクリスチャン時代に混乱したのはまさにこれです。

小さい頃から私はこの相反する教えを教会で聞いてきたのですが、
この2つの教えの間でまさに私はジレンマに陥っていました。
そして、私にとって神様とは、
どちらかというと「私たちに罰を与える怖い存在」というイメージが強かったのです。
神に愛されているという実感がなかったのです。
それでも、神は私たちを愛しておられるといちおうは信じていましたが、
どうしても神に対する罪悪感というものが抜けず、
いつも神の罰を恐れていました。

ネット上で様々なクリスチャンのサイトやブログを見て思ったのですが、
その人によって神に対するイメージが違うようですね。
クリスチャンであることに幸せを感じている人にとっては、
「神は愛しておられる」という存在なのでしょうね。
そういう方々は物事をポジティブに捉える性格なんでしょうね。
私は物事をネガティヴに捉える性格だったようです。

さて、人間の本性というものは「有事」にこそ現れるものです。
もちろんクリスチャンもそうです。
昨年の大震災が起こった時のクリスチャンの反応は2つに分かれましたね。
すなわち、
「震災は日本人の不信仰による天罰である」
「どんなときにも神は私たちを愛しておられる」
の2つです。

天罰説を唱えたクリスチャンについては、
2011年5月と11月に記事を書いていますのでそちらをお読みください。
その他、ネット上の情報では、韓国の牧師さんや、
欧米のクリスチャンに天罰説を唱えた人がいたとのことです。

これに対して、「愛している説」を唱えたの1人にかのローマ法王がいます。
また、震災後に来日したフランクリン・グラハムも、
「神は日本を愛しておられる」と強調していました。
他にも、津波で教会が流されたものの、
信者たちが神の愛を信じて祈っている動画を見たことがあります。

このように、同じ宗教を信じている人たちなのに考えが二つに分かれるのです。
しかも、それぞれに自分が信じていることが正しいと思っている様子。
じゃあ、神は天罰を加えたのか愛しておられるのか、
結局どっちなんだよと突っ込みの一つも入れたくなります。
本当にわけがわかりません。

なお、教会は2つの矛盾することを教えていると言ったそのアメリカ人は、
ご両親はクリスチャンなのにご本人はもう信仰がないとのこと。
そして、「クリスチャンが多かったのは私の親の世代までで、
今の若い世代は教会に行かない人が多い」と言っていました。
あちらでもキリスト教離れが進んでいるようです。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

キリスト教一般の疑問 | 21:59:30 | トラックバック(0) | コメント(32)
コメント
こんばんは
神は2つの矛盾を与える…私はクリスチャン時代にはあまり気づかなかったですね…もう神は愛としか教えてもらわなかったように思えます。

しかしよくよく考えたらクリスチャンのご都合でなんでも変わるかなと私は思います。
2012-12-15 土 20:09:27 | URL | ナンシー [編集]
Re: こんばんは
> 神は2つの矛盾を与える…私はクリスチャン時代にはあまり気づかなかったですね…もう神は愛としか教えてもらわなかったように思えます。

私もクリスチャン時代はその矛盾に気付きませんでした。
なんとか自分の頭でいちおうは理解はしていたつもりでした。
確かに、「神は私たちを愛しておられる」と何度も教わってきたのですが、
どうしても「罪の意識」の方が強く、
愛されている実感がありませんでした。


> しかしよくよく考えたらクリスチャンのご都合でなんでも変わるかなと私は思います。

そうです。
クリスチャンはご都合主義です。
聖書の教えに反することをしても、
懺悔すれば罪が赦されて帳消しになりますから、
本当に便利な宗教ですね。
2012-12-16 日 22:42:41 | URL | 桃栗 [編集]
クリスチャンは銃乱射事件の責任を取れ!
アメリカでまたもや銃乱射事件が起き、多数の子供たちが犠牲となりました。銃規制の話が今だに進まないのは、キリスト教ファンダメンタリストたちからの強力な圧力によるところが大きいそうです。
http://homepage3.nifty.com/fkc/mame/fundamentalism.htm

2012-12-17 月 23:41:21 | URL | 巨大虎猫 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012-12-18 火 09:03:16 | | [編集]
Re: クリスチャンは銃乱射事件の責任を取れ!
> アメリカでまたもや銃乱射事件が起き、多数の子供たちが犠牲となりました。銃規制の話が今だに進まないのは、キリスト教ファンダメンタリストたちからの強力な圧力によるところが大きいそうです。
> http://homepage3.nifty.com/fkc/mame/fundamentalism.htm

クリスチャン人口が多いはずのアメリカでまた痛ましい事件が起こりましたね。
こんな時、神様もイエス様も何をしていたのでしょうか?
ただ天国から黙って見ていただけなのでしょうね。
これが神の愛でしょうか。


> クリスチャンは銃乱射事件の責任を取れ!

こういうことをクリスチャンに訴えかけたところで、
「私たちは被害者たちのために祈っています」と言うのが関の山でしょう。
クリスチャンが祈ったからと言って被害者の何がどう変わるのでしょうか。
おまじないや占いと同じで気休めにしかなりません。

聖書を一字一句文字通り信じる人たちを
「ファンダメンタリスト」「キリスト教原理主義者」と呼びますが、
あれははっきり言って「ご都合主義者です」。
彼らはこういう言葉を知らないのでしょうか。


そこで、イエスは言われた。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。
マタイによる福音書 / 26章 52節


銃規制に反対する「原理主義者」たちは、
こういう自分たちに都合の悪い言葉は無視するのでしょうね。
だから「ご都合主義者」なのです。
そういえば、昨年はノルウェーでキリスト教原理主義者による銃乱射事件がありましたし、
日本でも2007年に長崎県佐世保市でクリスチャンが銃を乱射する事件がありましたね。
キリスト教は偉そうなことを言っていますが、結局は犯罪の抑止力にはならないのです。
2012-12-18 火 23:40:53 | URL | 桃栗 [編集]
愛のない権力者ほど、口先で愛を語る。
>「神は私たちに罰を与える」
>「神は私たちを愛しておられる」
>という二点です。
>私がクリスチャン時代に混乱したのはまさにこれです。


人間の歴史を見てみれば、
「『支配下にある人々を過剰に罰し、苦しめるのが大好き』にしか見えない権力者」ほど、
口を開けば「自分ほど愛情深い者はいない」「自分ほど民を愛している者はいない」と
自称したがる…。
というのは、古今東西ありふれた風景ですから。

結局「聖書の神」など、古代ユダヤの権力者によって、民衆支配のため発明された
「道具」でしかなく、それを作り出した「人間の権力者」の似姿に過ぎない…。
ということではないでしょうか。
2012-12-20 木 18:01:07 | URL | ササキエル。 [編集]
聖霊体験していないから
そりゃ 聖霊体験していないから 矛盾を感じるんだね。
聖霊受けて、アウフヘーベンしないと、
矛盾のまま終わってしまう。
ホントのクリスチャンになりきれないで、
クリスチャン時代を過ごしたんですね。
2012-12-22 土 09:22:36 | URL | 聖霊体験 [編集]
お久しぶりです
と書いても名前を固定していなかったので、誰か分からないと思いますが。

それはさておき、アメリカはピューリタンによって『丘の上の町』『神に選ばれた国』『新しいイスラエル』を目指して建国されましたが、こういった銃による殺傷事件が多発する社会になってしまったアメリカを、建国者達はどう思うのでしょうかね。
2012-12-22 土 11:11:14 | URL | 厨崎 [編集]
Re: 愛のない権力者ほど、口先で愛を語る。
> 人間の歴史を見てみれば、
> 「『支配下にある人々を過剰に罰し、苦しめるのが大好き』にしか見えない権力者」ほど、
> 口を開けば「自分ほど愛情深い者はいない」「自分ほど民を愛している者はいない」と
> 自称したがる…。
> というのは、古今東西ありふれた風景ですから。

私が先日心療内科に通っていた時に、
「私がいつも職場で上司に叱られたり、後輩にタメ口を聞かれるのが嫌だ」
ということを先生にお話ししたときに帰ってきた言葉が
「それはあなたが愛されているからです」というものでした。
私が「いえ、それは私がバカにされているからでは・・・・」と言いかけると
先生はそれを遮るようにして「いえ、あなたは愛されているのです」と言いました。
それでも私はなんか違うのでは?と思っていました。
ちなみに、あえてキリスト教系の病院を選びましたけどね。


> 結局「聖書の神」など、古代ユダヤの権力者によって、民衆支配のため発明された
> 「道具」でしかなく、それを作り出した「人間の権力者」の似姿に過ぎない…。
> ということではないでしょうか。

私はずっと神の罰を恐れてきましたから、
確かに人を洗脳して手なずけるにはうってつけの宗教でしょうね。
2012-12-22 土 17:21:36 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 聖霊体験していないから
> そりゃ 聖霊体験していないから 矛盾を感じるんだね。
> 聖霊受けて、アウフヘーベンしないと、
> 矛盾のまま終わってしまう。
> ホントのクリスチャンになりきれないで、
> クリスチャン時代を過ごしたんですね。

意味の分からない横文字を使ったりして
霊的体験をした人はずいぶん「上から目線」ですね。
2012-12-23 日 18:39:22 | URL | 桃栗 [編集]
Re: お久しぶりです
> と書いても名前を固定していなかったので、誰か分からないと思いますが。

そうですね。
その時のコメントを教えて下されば思い出すかもしれませんが。


> それはさておき、アメリカはピューリタンによって『丘の上の町』『神に選ばれた国』『新しいイスラエル』を目指して建国されましたが、こういった銃による殺傷事件が多発する社会になってしまったアメリカを、建国者達はどう思うのでしょうかね。

結局は、「アダムによって人間は罪びとになったので争いが起こるようになった」
というクリスチャン特有の言い訳でごまかされるでしょうね。
2012-12-24 月 22:28:22 | URL | 桃栗 [編集]
聖霊体験さんへ意見。
 自分はクリスチャンではありませんが「聖霊に満たされる」という現象があり、それによってある種の意識状態や心身の活力を得ている人がいる事は認めますよ。
しかし、そうした同じ聖霊を得た人同士が信仰上の解釈を異にして争っているのもまた事実ではありませんか?

 門外漢から見ればキリスト教の聖霊も個人的な体験に基づく、相対的なものと思えます。
2012-12-29 土 12:59:26 | URL | リュウライザー [編集]
矛盾はしてません
神様は父親のように時には優しく、時には厳しい。どちらか一方というのではありません。
2013-01-02 水 15:21:02 | URL | ルク [編集]
「剣をもたらすために来たのだ。」と「剣を取る者は皆、剣で滅びる。」
>>桃栗さま

>そこで、イエスは言われた。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。
>マタイによる福音書 / 26章 52節

そのように語るイエス自身が、同じマタイの福音書の別の個所では

>わたし(イエス)が来たのは地上に平和をもたらすためではなく、剣をもたらすために来たのだ。
>敵対させるために来たのだ。マタイ10:34-35

などと語っているんですよね。
こんな矛盾したことを語るイエスに、クリスチャンの方々は矛盾を感じないのでしょうかね。
2013-01-05 土 21:38:27 | URL | ササキエル。 [編集]
Re: 矛盾はしてません
> 神様は父親のように時には優しく、時には厳しい。どちらか一方というのではありません。

では、旧約聖書に書いてあることが実際に起こった場合、
それを大いなる神の愛だと褒め称えることができるでしょうか?
創世記の神は自分に逆らう者には容赦なく天罰を下し、
まるで神の方が悪魔ではないかと思えるほどです。

列王記下の2章では、エリシャが頭のことで子供たちにからかわれて、
熊が出てきて42人もの子供たちを殺害してしまいますが、
本当にああいうことが目の前で起こったら、
「おお、神の愛は素晴らしい」などと言えるでしょうか。
2013-01-15 火 22:59:46 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 「剣をもたらすために来たのだ。」と「剣を取る者は皆、剣で滅びる。」
> >>桃栗さま
>
> >そこで、イエスは言われた。「剣をさやに納めなさい。剣を取る者は皆、剣で滅びる。
> >マタイによる福音書 / 26章 52節
>
> そのように語るイエス自身が、同じマタイの福音書の別の個所では
>
> >わたし(イエス)が来たのは地上に平和をもたらすためではなく、剣をもたらすために来たのだ。
> >敵対させるために来たのだ。マタイ10:34-35
>
> などと語っているんですよね。
> こんな矛盾したことを語るイエスに、クリスチャンの方々は矛盾を感じないのでしょうかね。

こういう疑問をクリスチャンに投げかけたところで、
「その"剣"とはこれこれこういう意味であって、
こっちの"剣"とはこれこれこういう意味である」
などと苦しいこじつけをしてつじつまを合わせようとするのが常套手段です。
都合の良い個所は「文字通り」信じるのに、
都合が悪い個所は文字通り解釈しようとはしません。

まあ、ともかくイエスは「剣で滅びる」の言葉通り、
十字架の上で滅びましたけどね(笑)。
もう一つ、イエスは剣にまつわる発言をしている箇所があり、
こちらも大変矛盾している箇所なのですが、
近々ブログで取り上げたいと思います。
2013-01-23 水 23:21:33 | URL | 桃栗 [編集]
>「神は私たちを愛しておられる」

「愛」を「執着」におきかえると妙に腑に落ちるものがあります。
2013-01-25 金 09:27:18 | URL | ごおや [編集]
勉強になります
はじめまして。
自分もまさに今、教会に通いつつ疑問だらけの中
過ごしております。
信仰自体薄い状態で、協会の中で自分だけ
浮いているような存在に自分を見てしまいます。
未だ信仰の方法すらわからない状態です。

クリスチャン達から見れば、「疑問を持つ」こと自体
罪だとおっしゃいます。
聖書も創世記を読み終えたくらいで、
その時点で疑問だらけになってしまい、どこに
その疑問を投げていいのかわからず戸惑っております。

神はなぜサタンという悪魔を生み出してしまったのか?
神が完全なる支配者とするならば、肉体を持った我々は
サタンに打ち勝つことがとても困難であり、人のほとんどが
地獄行きになってしまいます。
神もそれを見ながら、涙を流し苦しんでる地獄の人たちに
「もう遅いのだよ、遅すぎる」肉体を持っている時に
清い状態?でなければ、天国への道はないと言ってるそうです。
(天国と地獄 証)でYouTubeで流れてました。

罪を悔い改めるために生まれ死にゆくのであれば、
その目的と、神はそうなることを全部わかっているという
前提というか、神の最終的な目的がどこにあるのか・・・

神よりサタンのほうがあきらかに強いことになり、
どんな人を救うのでしょうか。
神でも手に負えない状態なのでしょうか??

貧困などで苦しんでる国では生を授かるも、
未熟児や餓死などで子を失い、これもまた
サタンとやらの仕業になってしまうのか、死んだ子もまた
罪人として地獄なのでしょうか・・・

頭がパニックですが、明日もこの状態で教会へ
行かなければならないのかと思うと、心が苦しいです。
2013-01-26 土 17:47:28 | URL | キリスト信者1 [編集]
Re: タイトルなし
> >「神は私たちを愛しておられる」
>
> 「愛」を「執着」におきかえると妙に腑に落ちるものがあります。

旧約聖書、特に創世記あたりが書かれた当初、
「神は私たちを愛しておられる」という思想があったかどうか疑問ですね。
それに、創世記と同じようなことが今目の前で起こったら、
クリスチャンたちは「神は私たちを愛しておられる」
などと呑気なことは言っていられないと思います(笑)。

「神は愛しておられる」の根拠と思われる
キリスト教では非常に有名な聖句があります。


神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。 ヨハネによる福音書 / 3章 16節

どうもキリスト教は、やたらに「愛しておられる」の教えを強調し、
無理に人々を納得させようとしているように思えてなりません。

震災が起こっても「神は愛しておられる」
テロが起こっても「神は愛しておられる」
戦争で多くの犠牲者が出ても「神は愛しておられる」

神が愛しておられるから、だから何なのでしょうね。
キリスト教では、「神」という言葉を出せば何でも正当化できますから便利な宗教です。
2013-01-26 土 19:40:33 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 勉強になります
> はじめまして。

こちらこそ初めまして。

> クリスチャン達から見れば、「疑問を持つ」こと自体
> 罪だとおっしゃいます。

まさに、クリスチャン時代の私を苦しめたのはこの教えです。
私は、聖書やキリスト教に疑問を持ちそうになっても、
それは自分の信仰が弱いからだと自分に言い聞かせて、
その疑問をギュッと心の中に封じ込めていました。


> 聖書も創世記を読み終えたくらいで、
> その時点で疑問だらけになってしまい、どこに
> その疑問を投げていいのかわからず戸惑っております。

まったく先入観なしに聖書を読めば、矛盾だらけですからね。

> 神はなぜサタンという悪魔を生み出してしまったのか?

常識的に考えればそういう疑問が出て当然ですね。
ザビエルが来日した当時、同じことをザビエルに質問した人がいるそうですから。
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=164843


> 神が完全なる支配者とするならば、肉体を持った我々は
> サタンに打ち勝つことがとても困難であり、人のほとんどが
> 地獄行きになってしまいます。
> 神もそれを見ながら、涙を流し苦しんでる地獄の人たちに
> 「もう遅いのだよ、遅すぎる」肉体を持っている時に
> 清い状態?でなければ、天国への道はないと言ってるそうです。
> (天国と地獄 証)でYouTubeで流れてました。

検索してみましたが、ずいぶん長い動画ですね。
最初の数分だけを観てみましたが、
あんなバカげたことを真顔で言うなんてエホバの証人と同じですね。
死後の世界なんて本当に死んでみなければわかりません。
「私は天国と地獄を見た」という人がたまにいますが、
それは変な夢を見ただけです。
丹波哲郎が「私は死後の世界を見た」と言っているのとまったく同じです。
死後の世界を、「生きている人」が証言することはありえないのです。


> 罪を悔い改めるために生まれ死にゆくのであれば、
> その目的と、神はそうなることを全部わかっているという
> 前提というか、神の最終的な目的がどこにあるのか・・・

そんなことで悩むなんて人生の無駄です。
神なんていませんから。


> 神よりサタンのほうがあきらかに強いことになり、
> どんな人を救うのでしょうか。
> 神でも手に負えない状態なのでしょうか??

まったくもってその通り。
全知全能の神よりもサタンの方がはるかに強いことになりますね。
どうして神は悪魔を滅ぼせないのでしょうか。
それだと「全能」とは言えませんよね(笑)。


> 貧困などで苦しんでる国では生を授かるも、
> 未熟児や餓死などで子を失い、これもまた
> サタンとやらの仕業になってしまうのか、死んだ子もまた
> 罪人として地獄なのでしょうか・・・

「キリスト以外に救いはない」という教えに従うならば、
キリストを信じないで飢餓で死んだ子供たちは地獄行きということになります。
しかし、こういう疑問をクリスチャンに投げかけたところで、
答えられなくてダンマリを決め込むか、
あれこれ言い訳をこねくり回すのがお約束です。
上に挙げたサイトにも書かれれいますが、
かのザビエルでさえ答えられなかったのですから。


> 頭がパニックですが、明日もこの状態で教会へ
> 行かなければならないのかと思うと、心が苦しいです。

苦しいのでしたらおやめになった方がいいですよ。
はっきり言ってそんなことで悩んでいたら人生を棒に振ります。
宗教がダメとまでは言いませんが、
宗教を信じることが自分にとっても周囲にとってもプラスになるのならいいでしょうが、
マイナスになるならやめてしまいましょう。
2013-01-27 日 23:38:53 | URL | 桃栗 [編集]
神学ヲタクが失礼します。
横から失礼します。
エリシャの禿げ頭事件(!)ですが、実はエリシャはかなり危険な状況だったのだという説があります。
ここで、「子供たち」と訳されている欽定訳は、ヘブライ語の原義では「若い男たち」であるという解釈が現在主流です。新国際訳では「青年たち」ともなっています。
となると、エリシャは子供ではなく、「若い男たち」に囲まれていたことになります。ヘブライ語の通りであれば、これらはただの若い男たちではなく、12~30才のごろつきです。別の個所で、彼らと同年代の若者が従軍しているシーンがありますから、その危険性はお判りでしょう。
また、エリシャは確かに禿げていたかもしれませんが、ここでいう「禿げ頭」は、ハンセン氏病に侵された人々を揶揄する言葉であるといわれています。ご存知のように、聖書の中でハンセン氏病は新旧問わず、人以下の扱いを受けていました。
つまり「人以下に罵るごろつき少なくとも42人に取り囲まれていた」ということです。エリシャじゃなくても神に助けを求めると思います。

それから教会についてですが、そんなにお悩みなのに無理していくことはありませんよ。教会の人間関係が原因で精神科にかかってる人もいますしね。神がいようといまいと、貴方にとって一番良い道は少なくともそこではないのでしょう。思い切って神社仏閣めぐりなんかしてみては? 千手観音と弥勒菩薩が個人的にお勧めです。

横やり失礼しました。
2013-01-29 火 18:25:02 | URL | ぴー [編集]
おじゃまします。
こんにちは。子供を育てるのに宗教は不可欠だと考え、
私の生活圏を考えてカトリック信者になったものです。


>>>クリスチャン達から見れば、「疑問を持つ」こと自体
罪だとおっしゃいます。

疑問を持つことが許されない宗教はおかしいですね。
疑問を解決しながら信仰を強くするのが本当だと思います。

>>>聖書も創世記を読み終えたくらいで、
その時点で疑問だらけになってしまい、どこに
その疑問を投げていいのかわからず戸惑っております。

質問ができないような教会に行ってらっしゃるのがお気の毒です。
私も日本ではいろいろな壁に当たりました。

>>>神はなぜサタンという悪魔を生み出してしまったのか?
神が完全なる支配者とするならば、肉体を持った我々は
サタンに打ち勝つことがとても困難であり、人のほとんどが
地獄行きになってしまいます。
神もそれを見ながら、涙を流し苦しんでる地獄の人たちに
「もう遅いのだよ、遅すぎる」肉体を持っている時に
清い状態?でなければ、天国への道はないと言ってるそうです。
(天国と地獄 証)でYouTubeで流れてました。
 
神は人間を作る前に善と悪があることを知っていた。
自由意志で神に逆らうということがわかっているという天使を作ることで、イエスをその罪のために死なせる、ということを現実化させるため、とか、神の教えが“善”であることを示すために“悪”を作った、とか、ほかにもいくつか理由があるといわれています。
それは光があるところには影があることと一緒のこと。



>>>罪を悔い改めるために生まれ死にゆくのであれば、
その目的と、神はそうなることを全部わかっているという
前提というか、神の最終的な目的がどこにあるのか・・・

できるだけいい人間として、生きていきなさいよ、と言っているのです。

>>>神よりサタンのほうがあきらかに強いことになり、
どんな人を救うのでしょうか。
神でも手に負えない状態なのでしょうか??

救う、と言うのは肉体的に救う、とは限りません。
精神的な平和を見出すことができること救いなのだと考えます。
これは、釈迦が達した“悟り”に通じるものがあると考えています。

>>>貧困などで苦しんでる国では生を授かるも、
未熟児や餓死などで子を失い、これもまた
サタンとやらの仕業になってしまうのか、死んだ子もまた
罪人として地獄なのでしょうか・・・

子供はいつでも無垢なものとして扱われます。
洗礼を受けなくても死後、魂が“神を信じるかどうか”という審判に立たされるとき、
その魂が“信じる”となれば、死ぬまでキリスト教を知る機会のなかった人も機会が与えられると教えられました。
まあ、でもこれもこういったことを信じるかどうかの信仰ですから、
身近に感じられないで信じられないと思われてもしようがありません。

私の信仰は単純です。
この世のものが存在する理由。
人間ひとつをとっても、いろいろな器官がきちんと働くようになっていて呼吸をし、脳を使い、気温やストレスにバランスよく対応しながら生きているわけです。誰がそれを創造したのか?私は、とてつもない何か偉大な存在=“神“が作ったのだ、と考えるのです。
ですので、そう考えない人にはキリスト教は矛盾だらけで、信じることはたいへんだろうな、と思います。

>>>頭がパニックですが、明日もこの状態で教会へ
行かなければならないのかと思うと、心が苦しいです。

よいリーダー、神父や、信者に出会われ、あなたの信仰が深まる機会に恵まれることを願っています。
2013-02-05 火 16:30:47 | URL | はるみ [編集]
Re: 神学ヲタクが失礼します。
> 横から失礼します。
> エリシャの禿げ頭事件(!)ですが、実はエリシャはかなり危険な状況だったのだという説があります。

都合が悪くなると「都合の良い説」をねつ造してまで正当化ですか。

> それから教会についてですが、そんなにお悩みなのに無理していくことはありませんよ。

ですから行っていません。
ブログをよくお読みください。
2013-02-13 水 23:16:09 | URL | 桃栗 [編集]
Re: おじゃまします。
> こんにちは。子供を育てるのに宗教は不可欠だと考え、
> 私の生活圏を考えてカトリック信者になったものです。
>

> 疑問を持つことが許されない宗教はおかしいですね。
> 疑問を解決しながら信仰を強くするのが本当だと思います。

では、自由に疑問を持つことが許される宗教は何ですか?

> 質問ができないような教会に行ってらっしゃるのがお気の毒です。
> 私も日本ではいろいろな壁に当たりました。

では、自由に質問ができる教会はあるのですか?
それこそ私がこのブログで投げかけているような疑問を、
自由に質問できる教会があるのでしょうか?

以下、レスを省略します。
2013-02-21 木 23:48:04 | URL | 桃栗 [編集]
(◎o◎)
おやん?私の名前が禁止ワードに引っかかってますね。記事が無くなっていたので、もう解禁かと思いましたのに。参考文献や根拠を提示することは議論において重要なことですよ。

ねつ造とは、根拠も確証もなく事実をでっち上げることです。日本語は正しく使い、頭を冷やして誰に対するコメントか見極めましょうね? そもそも「神」という不確かなものを論じ会っているのですから。
私がご紹介しましたこちらの文献に、禿事件について詳細に書かれてあります。
この本の著者は元無神論者の現プロテスタントでありますが、ジャーナリストなのでかなりアグレッシブです。桃栗さまのブログを読んでるんじゃないかと思うほど、視点が似ています。
ちなみにこちらの本はさるカテドラルで購入しました。
カテドラルとは司教座聖堂。つまり日本カトリックの中ボスダンジョンみたいなところです。
日本のカトリックがこの本を認めて売っているということです。
2013-04-05 金 09:34:20 | URL | ピー [編集]
大変お邪魔します
失礼いたします。そしてお邪魔します。
聖書の矛盾は置いときまして。

聖書に記す事自体、人が造られたわけですよね?

この世のあらゆる出来事の
ほとんどは「人」が支配していません?

そこに全知全能と言われる「神」という存在はないはずです。

それを、神を前提とした宗教を信仰によったからと
いって、略奪行為や、戦争、あらゆる争い事態は、
すべて「人」が支配し、行動として表れているだけでは
ありませんか?
幾多のこれまでの争いが、「宗教」や信者達によるものだと、
言ったところで、「神」がそうさせたのではなく、「人」が
支配し、行われることですよ。
それを人の責任とせず、「宗教」=神?のせいにしていること自体不思議です。

ちょっと説明しにくいのですが、このあらゆる不幸とか
争いなんて、人が起こした事であり、「神」のせいになる
のでしょうか?

さらに、一度信仰を持っていた過去を振り返りながらも、
「自分の都合が悪くなる」と、まさに逆転し、信者達はこれまでに
このような悪事を働いた、どうだ、これが証拠であり、現実である・・・と。
一度クリスチャンを経験し、まさにその中にいたのにもかかわらず、
「信じていた」から、信じれなくなった途端、信者?神?のせいにしている?
それを言う前に、あなた自身その中にいたのでは?????
神があなたを信じなさいと言ったのですか?それを信じようとしたのはあなた自身では?
無宗教からならまだしも・・・
それ自体が、まさにご都合主義者では?と思ってしまいます。

そして、これらも全て「人」が選択し、行動しているのでは?
現代にいたるまでに神が何を言い、何を教えてくれましたか?
自分の悪い都合を見えない神のせいにしてどうなるのしょう?
自己満足にすぎず、これまでの苦い思いだったり、悩んだ人生を
自分で選んだにも関わらず、あなたは神という見えない存在に対して、
公にこれまでの愚痴をはいていることにすぎません。

これを自ら選択し、自らも矛盾を生じさせているようみしか見えません。
剣を取る者は、剣で滅びる?でしたっけ?まさにあなた自身がそれでは・・・。
大変失礼なことを並べている事は承知しております。

神を否定するのであれば、それらを信じ込ませようとした、「親」を否定したらどうでしょう?
あなたは、これまでに世界中で起こったキリスト教信者?
達が略奪、争い、戦争をしてきた・・あなたは一時その仲間であり、親もそうでは?

親を否定できないのであれば、
聖書を書き上げた人たちを避難すればよいじゃないですか。
それをキリスト教の世界の信者達がどう犯罪を犯そうが、「人」です。
それを造ったのもまた、「人」です。

何も見えない神をいくら責めようが、そこにあなた自身の心が晴れるわけでは
ないでしょうに。聖書を責めたとて実際に生きてる人物はいないでしょうが。。。
2013-04-15 月 11:19:24 | URL | 矛盾点 [編集]
Re: (◎o◎)
> おやん?私の名前が禁止ワードに引っかかってますね。記事が無くなっていたので、もう解禁かと思いましたのに。

忙しくて設定を変えるのを忘れただけであり、他意はありません。

>参考文献や根拠を提示することは議論において重要なことですよ。

その参考文献を書いたのは「人間」ですよね。
キリスト教の世界では、聖書は「神が書いた書物」ということになっているのに、
その神の書物を理解するために「人間が書いた文献」が必要とは、
なんとも滑稽な話ではありませんか?
そういう文献は、自分たちの宗派に都合の良いように書かれているものです。
エホバの証人だって、自分たちの参考文献を使って伝道していますよ。


> ねつ造とは、根拠も確証もなく事実をでっち上げることです。日本語は正しく使い、頭を冷やして誰に対するコメントか見極めましょうね? そもそも「神」という不確かなものを論じ会っているのですから。

ですからね、聖書の矛盾をなんとかつじつま合わせするために
それぞれの宗派が自分たちの都合に合わせた文献を書いているのですよ。
エホバの証人がやると「ねつ造」「改ざん」などとと騒ぐくせに、
自分たちがすることは「正統的解釈」なんですよね。
では、聖書のどこをどう解釈したらマリア崇拝などという思想が生まれるのでしょうか。
イエスの言葉のどこをどう解釈したら、コンクラーベなどという習慣が生まれるのでしょうか。
まったく不思議でなりません。


> 私がご紹介しましたこちらの文献に、禿事件について詳細に書かれてあります。
> この本の著者は元無神論者の現プロテスタントでありますが、ジャーナリストなのでかなりアグレッシブです。桃栗さまのブログを読んでるんじゃないかと思うほど、視点が似ています。
> ちなみにこちらの本はさるカテドラルで購入しました。

くどいようですが、神の言葉を理解するために
人間が書いた文献が必要というのもおかしな話です。


> カテドラルとは司教座聖堂。つまり日本カトリックの中ボスダンジョンみたいなところです。
> 日本のカトリックがこの本を認めて売っているということです。

なぜ「日本のカトリック」が認めたものが根拠になるのですか?
カトリックの本家はローマのはずです。
それ以前に、キリスト教の本家はイスラエルでしょう?
なぜ本家を差し置いて日本のカトリックを根拠にするのでしょう。
つい先日も、アメリカで出会ったキリスト教を根拠にする人がいました。
世界のキリスト教を見てみると、イスラエルの存在が無視されているようです。
今のキリスト教のどこにイスラエル的なものが残っているでしょうか。

さて、貴方はブログに初めてコメントを書いた際に、
あくまでも神学を学んでいる者と名乗りましたね。
しかし、本当はクリスチャンそのものなのでしょう?
矛先が自分達(クリスチャン)に向かうのを恐れて身分を隠しているのではないですか?
クリスチャンでない人が、ここまで私のブログにムキになれるはずがありません。
もうはっきりとクリスチャンであることを白状したらどうですか?
どんなに隠し事をしても「マリア様」は見ているはずでしょう?
白状するなら今のうちですよ。
2013-04-15 月 23:55:46 | URL | 桃栗 [編集]
度々ごめんなさい
さて、あなたの矛盾は聖書が矛盾していることと、なんら変わりのないことが
証明されてしまいました。

聖書は何を教えていますか?
人間説明書としても有名です。

あなたは、これまでに数多くの?聖書箇所が矛盾をしていると仰っています。

繰り返しましょう。

一度あなたはクリスチャン時代を過ごされています。
その間に、あなたのように疑問に思われた人達が先にいたとしましょう
幾多の争いの多くはこのクリスチャン達が起こしたと・・・
あなた自身が争いを起こしていなくとも、クリスチャンの中に居た・・
あなた自身がその中にいて、責められる側にいたにもかかわらず、
ノンクリスチャンになり、解放され今度は責める側に立場を逆転しました。

この事実から逃れ、認める事すらせず一方的に聖書を責め続けるのであれば、
あなたは、これまでの争い人と変わりません。

あなたの真理はなんでしょうか?
結局のところ、箴言の中の愚か者に値する立場に立ってしまっています。

聖書の教えでは、今の私の立場も罪という部類に入ります。
前回の投稿でも大きな罪を犯していますね。
承知の上で自身でよく理解しているつもりです。

歴史を語る前に、今一度自分の立ち位置をよく確認されたほうが
後の為かと思います。

人である以上、誰でも過ちはありますよ・・・
神がいるならば、こうなることも知っていたのかもしれませんね。

自分の落ち度を見ずにして、どうして相手の落ち度に指を差し、
「あなたのその落ち度をどうか、認めてくれ」なんて言えるのでしょう。
まずは、自分の落ち度を確認しなさい。。。

文面変えてますが、似たようなことが聖書に
記されていたような・・・。どこかは覚えていませんが。

本来問いただすべき問題点とは、以外と見えない点に
あったりします。
どれだけ知識があろうが、問いただす問題を見ていなければ、
落とし穴は確実に存在しています。

これまでの私の文章が、あなたにとって、
怒り、妬み、疑問に変わるのならば、どうか
一つ一つをこれまでの手法と同じように、このブログ内にて
評価してみてください。
2013-04-17 水 00:02:47 | URL | 矛盾点 [編集]
Re: 大変お邪魔します
> 失礼いたします。そしてお邪魔します。
> 聖書の矛盾は置いときまして。

せっかくの書き込みですが、
貴方様は私のブログの主旨をかなり誤解されています。


> 聖書に記す事自体、人が造られたわけですよね?
> この世のあらゆる出来事の
> ほとんどは「人」が支配していません?
> そこに全知全能と言われる「神」という存在はないはずです。

ですから、私はブログでそういうことを書いてきたのですが。
この世に神は存在するはずもなく、聖書の記述も人が書いたものです。
そして、それを振りかざしてクリスチャンは世の中を支配してきたのです。
そういうことは何度も書いてきたはずですが。


> さらに、一度信仰を持っていた過去を振り返りながらも、
> 「自分の都合が悪くなる」と、まさに逆転し、信者達はこれまでに
> このような悪事を働いた、どうだ、これが証拠であり、現実である・・・と。
> 一度クリスチャンを経験し、まさにその中にいたのにもかかわらず、
> 「信じていた」から、信じれなくなった途端、信者?神?のせいにしている?
> それを言う前に、あなた自身その中にいたのでは?????
> 神があなたを信じなさいと言ったのですか?それを信じようとしたのはあなた自身では?

本当に貴方は誤解されているのですね。
私は自らの意志でクリスチャンになったわけでは決してありません。
クリスチャンの両親の元に生まれたがために、
キリスト教を当然の義務として信じ込まされたのです。
自分が生まれ育った環境が当たり前だと思っていたので、
神を信じない人生は考えられませんでした。


> そして、これらも全て「人」が選択し、行動しているのでは?

その通りです。今までそういうことを書いてきたつもりですが。

> 現代にいたるまでに神が何を言い、何を教えてくれましたか?

神は何も言っていませんし何も教えていません。それも書いてきたはずですが。

> 自分の悪い都合を見えない神のせいにしてどうなるのしょう?

ですから、いつ私が神のせいにしました?

> これを自ら選択し、自らも矛盾を生じさせているようみしか見えません。
> 剣を取る者は、剣で滅びる?でしたっけ?まさにあなた自身がそれでは・・・。
> 大変失礼なことを並べている事は承知しております。

大変失礼だと承知されているのでしたら最初から書かないでください。
「失礼ですが」という類の表現を免罪符のように使わないでください。


> 神を否定するのであれば、それらを信じ込ませようとした、「親」を否定したらどうでしょう?

本当は書きたいところですが、
私は身元の特定につながることはなるべく書かないようにしていますので。


> あなたは、これまでに世界中で起こったキリスト教信者?
> 達が略奪、争い、戦争をしてきた・・あなたは一時その仲間であり、親もそうでは?

ですから、私は自らの意志でその仲間になったわけではありません。

とにかく、貴方のおっしゃることは誤解だらけです。
少なくとも過去3年分の記事とコメントを読んでから書き込んでください。
2013-04-29 月 21:39:34 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 度々ごめんなさい
度々書くことが申し訳ないとお思いでしたら
最初から書かないでいただけますか?
記事の主旨から外れたコメントにレスをするのも大変ですので。


> 一度あなたはクリスチャン時代を過ごされています。
> その間に、あなたのように疑問に思われた人達が先にいたとしましょう
> 幾多の争いの多くはこのクリスチャン達が起こしたと・・・
> あなた自身が争いを起こしていなくとも、クリスチャンの中に居た・・
> あなた自身がその中にいて、責められる側にいたにもかかわらず、
> ノンクリスチャンになり、解放され今度は責める側に立場を逆転しました。

ですから、私は自らの意志でクリスチャンになったわけではありません。
自己紹介を読みましたか?
上から目線で能書きを垂れる前に、
プロフィールに書かれている注意事項をよくお読みください。


記事に直接関係のないご意見・ご感想・批判・賛同などはゲストブックへお願いします。

記事の主旨から外れたコメントにいちいちレスをしていると、
話の方向がどんどんずれていって収拾がつかなくなるのです。
どうしても私を批判なさりたいならご自身でブログを立ち上げてください。
以上。
2013-04-29 月 21:57:42 | URL | 桃栗 [編集]
これに関しては解釈の違いであって
人によって考え方が違うのだから人生についての解釈が違って当たり前じゃないのかな
全部を統一しなければならないように考えているあなたの方がおかしいと思うし
はっきり言ってなにをいいたいのかわからない

天罰だと言わせて攻撃の材料にあなたがしたがっていたので
意外とそうでない人もいてかたすかしをくらった感じとしか思えないな

あまり内容のある文章ではないね
2015-04-26 日 11:38:38 | URL | クリスチャン [編集]
Re: タイトルなし
> これに関しては解釈の違いであって
> 人によって考え方が違うのだから人生についての解釈が違って当たり前じゃないのかな

それで、貴方の解釈では矛盾しているのですか?していないのですか?
関係ない話を並べてごまかしていないでまず記事についてお答えください。

> 全部を統一しなければならないように考えているあなたの方がおかしいと思うし
> はっきり言ってなにをいいたいのかわからない
>
> 天罰だと言わせて攻撃の材料にあなたがしたがっていたので
> 意外とそうでない人もいてかたすかしをくらった感じとしか思えないな
>
> あまり内容のある文章ではないね

クリスチャンはどうしてこんなに上から目線なのでしょう。
この宗教をやめて良かったです。
2015-05-02 土 10:23:01 | URL | 桃栗 [編集]
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