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桃栗

Author:桃栗
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死刑囚への伝道について思うこと
キリスト教の世界には、刑務所の死刑囚に伝道をする団体があると聞いたことがあります。
つまり、凶悪犯罪を犯した人を改心させて、神に罪を赦してもらい、
そして天国へと送ってあげようというわけです。
私はそういう団体の人に会ったことはありませんが、
私がクリスチャンだったころにそういう話を何度か聞いたことがあります。
そして、「凶悪犯罪者をも改心させるなんて、神の力は本物なんだなあ」
と、自分なりに一応は納得していました。
というか、「納得させて」いました。
が、信仰を捨ててみれば、こういう活動には大きな疑問を感じます。

このブログの常連の方なら、私が何を言いたいかもうお分かりでしょう。
そう、犯罪被害者の死後の行方はどうなったのかということです。


日本には死刑制度がありますが、
死刑にはきわめて慎重なのは皆さんご存じのとおりです。
本当によほどの凶悪犯罪でない限り死刑判決が下りませし、
死刑が確定してもなかなか執行されない事例もあります。
かのオウム真理教の麻原でさえまだ死刑が執行されていないぐらいですから。
そんな日本で死刑が確定・執行される人は、
この上なくとてつもない超凶悪犯罪を犯した人ということになります。

そんな死刑囚を改心させ、神とキリストを受け入れさせて天国へ送ったとします。
では、クリスチャンでない犯罪被害者は一体どうなってしまうのでしょう。
キリスト教の教義によれば、
神とキリストを受け入れて罪を赦されないと天国に行けないことになっています。
殺人犯側が改心してクリスチャンになって天国に行けたとしても、
被害者側が罪を背負ったまま地獄に行くなんて、あまりにも不公平でしょう。
キリスト教の世界では、死刑囚を改心させたことは誇らしげに紹介されるのに、
クリスチャンでない犯罪被害者の死後の行方についてはまったく語られません。
キリスト教では「汝の隣人を愛せよ」と口先では言いますが、
結局は自分たちの仲間=クリスチャンが救われることにしか関心がなく、
クリスチャンでない人たちの死後については無関心なのです。

そもそも、もう二度と社会に戻ってくることのない死刑囚を改心させたところで、
その伝道が一体この社会の何の役に立つというのでしょう。
こういう活動は、せいぜい「伝道者の自己満足」に過ぎません。
本当に神やキリストの偉大さを世間に示したいのなら、
暴力団や不良少年少女などの「犯罪予備軍」に伝道して改心させたらどうですか?
クリスチャンには全知全能の父なる神がついているのでしょう?
しかし、クリスチャンは決してそういう伝道はしません。
なぜなら、自分たちが危害を加えられても神は助けてくれないからです(笑)。

さて、クリスチャンのみなさん、犯罪被害者の死後の行方をどう説明しますか?
と、こういう質問を投げかけたところで、
どうせ答えは返ってこないのはわかっています。
なぜなら、どう答えても自分たちに都合が悪くなるのを本能的に知っているからです。

例えば、「犯罪被害者だって神の憐みがあって天国へ行けた」と答えても、
「じゃあ、あなたも殺害されて天国に行くのを望んでいますか?」
「クリスチャンじゃない人が天国に行けるのはキリスト教の教義に矛盾しているのでは?」
などと突っ込まれてオシマイです。
逆に、「被害者は罪を赦されていないから天国には行けなかった」と答えても、
「殺人犯が罪を赦されて天国に行けて、被害者が地獄に行くのは不公平でしょう」
と突っ込まれてこれまたオシマイです。
だから、クリスチャンはこういう質問をされてもダンマリを決め込むか、
のらりくらりと関係ない言葉を並べて答えたつもりになっていて、
実は答えになっていないというのがお約束です。

讃美歌「アメイジンググレイス」の話を取り上げた時もそうです。
誰一人として黒人奴隷の死後の行方について納得できる答えを出せませんでしたから。

なお、私は死刑制度には賛成です。
クリスチャンだって本当は死刑に賛成でしょう?
だって、イエス様が死刑になったことを誰も非難しませんから(笑)。
むしろ、自分たちの教祖様が死刑になったことを喜んでいますよね。
イエス・キリストの救いとは、まさに死刑制度の賜物なのです。
だから、クリスチャンが死刑制度を否定するのはあり得ないはずです。
違いますか?
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

クリスチャンの独善性 | 20:07:32 | トラックバック(0) | コメント(42)
コメント
クリスチャンの自己存在感主張
書き込みさせてください

クリスチャンに対して感じます
自分の存在感や存在価値を綺麗事で現そうとしていると
ケースは違いますが、以前に余命僅かな病気の人に、“あなたは神様に愛されている" と伝道して信仰に導いたと話す牧師が居ました 誇らしげに語る牧師の話しに、クリスチャンは素晴らしいと共感していました(そう見えた) えびせんZ的には、死を目前にした人の不安な心に漬け込んだようにしか聞こえませんでした

聖書に伝道しろと在りますが、その価値観を達成した満足感を得るのでしょうか?
また、別の牧師に、えびせんZの亡くなった母は何処に行ったのか? と尋ねたら、ハッキリ地獄と言われました

クリスチャンって、、形だけに囚われる、そして形だけを整える事が心底から美徳なんですかね
下劣
2012-05-26 土 22:10:37 | URL | えびせんZ [編集]
桃栗さんお帰りなさい!仕事は落ち着きましたか?でもお体を大切にしてくださいね。

刑務所の教戒師ですね。キリスト教の牧師や神父も教戒師として奉仕しています。これは、はっきり言って宗教指導者としての、とてもよい「経歴」になるようです。牧師としての経歴を飾るのです。講演会の釣書なんかにも「~刑務所教戒師を歴任」などと書けます。これで信用度が高まるわけです。

牧師や神父は受刑者を哀れんで教戒師になるのではありません。自らの経歴を修飾するために教戒師になるわけです。死刑囚は彼らの飯の種です。あきれたものですよね。

また拙ブログへ遊びに来てくださいね。
2012-05-30 水 21:44:52 | URL | クッキングホイル [編集]
Re: クリスチャンの自己存在感主張
> クリスチャンに対して感じます
> 自分の存在感や存在価値を綺麗事で現そうとしていると

私もそう思います。
キリスト教は、自己を正当化するのに便利な宗教ですから。


> ケースは違いますが、以前に余命僅かな病気の人に、“あなたは神様に愛されている" と伝道して信仰に導いたと話す牧師が居ました 誇らしげに語る牧師の話しに、クリスチャンは素晴らしいと共感していました(そう見えた) えびせんZ的には、死を目前にした人の不安な心に漬け込んだようにしか聞こえませんでした

超まったく同感。
「病床の洗礼」とは、要するに死期を目前にした病人の弱みに付け込んだだけです。
私にもまったく同じ事例が身近なところでありました。
熱心なクリスチャンのご婦人が、
ご主人の余命がわずか何日という時に牧師にお願いして
病床の洗礼を受けさせた事例があります。
そして、天国に旅立ってめでたしめでたしということになっていました。
そのご主人は一度も教会に来たことがないのに、
なんで天国に行けるのでしょうね。

クリスチャンの家庭に生まれ育ち青春時代を犠牲にして毎週教会に通っていた人と、
一度も教会に来たことがなく、死の直前に洗礼を受けた人が、
平等に天国に行けるなんてそんなバカな話がありますか。


> 聖書に伝道しろと在りますが、その価値観を達成した満足感を得るのでしょうか?
> また、別の牧師に、えびせんZの亡くなった母は何処に行ったのか? と尋ねたら、ハッキリ地獄と言われました

信じない者は地獄に落ちるとは、まさにカルトそのものですね。
霊感商法と同じです。
その牧師さんに「母が地獄に行ったのに、私だけ天国に行くなんてそんなことできない」
と言ったらどんな反応をするのでしょうね。


> クリスチャンって、形だけに囚われる、そして形だけを整える事が心底から美徳なんですかね
> 下劣

その通りだと思いますよ。
キリスト教に限らず宗教には多かれ少なかれそういう面がありますが、
キリスト教のタチが悪いのは、ほかのすべての宗教を否定し、
自分たちが信じているものだけがこの世で唯一絶対の真理だと思っているところです。
2012-06-03 日 20:15:59 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 桃栗さんお帰りなさい!仕事は落ち着きましたか?でもお体を大切にしてくださいね。

こんにちは。お心遣いどうもありがとうございます。
実は仕事は落ち着いていないどころか、
これから秋にかけてますます忙しくなりそうです。
ストレスがたまったときは、心の中でキリスト教に怒りをぶつけています。


> 刑務所の教戒師ですね。キリスト教の牧師や神父も教戒師として奉仕しています。これは、はっきり言って宗教指導者としての、とてもよい「経歴」になるようです。牧師としての経歴を飾るのです。講演会の釣書なんかにも「~刑務所教戒師を歴任」などと書けます。これで信用度が高まるわけです。
>
> 牧師や神父は受刑者を哀れんで教戒師になるのではありません。自らの経歴を修飾するために教戒師になるわけです。死刑囚は彼らの飯の種です。あきれたものですよね。

結局、刑務所への伝道とは、
「キリスト教はこんな素晴らしい活動をしていますよ」
というパフォーマンスにすぎないのですね。
えびせんZさんへのコメントにも書きましたが、
病床の洗礼といい、刑務所への伝道といい、
結局は人の弱みに付け込んでいるだけですね。
暴力団や不良少年少女などの「強い者」には怖くて伝道できないくせに(笑)。


> また拙ブログへ遊びに来てくださいね。

ええ、もちろん。
コメントできない時でもしっかり拍手は入れていますよ。
2012-06-03 日 20:31:16 | URL | 桃栗 [編集]
キリスト教が真理なら
それこそ、オウム真理教の死刑囚に伝道し、悔い改めに導き、謝罪させれば良い
また、一連のオウム真理教事件の被害者やご家族にも伝道し、救いに導けば良い

どうせ、グチグチ言ってるだけで出来ないだろうけど
2012-06-04 月 23:16:56 | URL | えびせんZ [編集]
Re: キリスト教が真理なら
> それこそ、オウム真理教の死刑囚に伝道し、悔い改めに導き、謝罪させれば良い

まったく同じことを考えていました。
神やイエスの力が絶対なら、麻原や宮崎勤や宅間守のような凶悪犯罪人に伝道し、
心から罪を悔い改めさせて改心させてみせればいいのです。
そして、「ハレルヤ! 主よ! こんな私でも罪が赦されることを感謝します!」
と喜んでいる姿を全国放送して、世間がどういう反応をするか見ればよいのです。


> また、一連のオウム真理教事件の被害者やご家族にも伝道し、救いに導けば良い

これも同感。
囚人(加害者)への伝道は誇らし気に紹介するのに、
犯罪被害者への伝道の話は聞きませんね。


> どうせ、グチグチ言ってるだけで出来ないだろうけど

まさにその通り。
2012-06-05 火 22:58:41 | URL | 桃栗 [編集]
追記
北朝鮮拉致被害者の家族、横田さん(フルネームど忘れ)がクリスチャンで、やたらと広告塔にしてますね
問題は何も解決してないのに、惨い そこまでして、、キリスト教は健全だとアピールしたいか!?
キリスト教はオウムと変わらない
2012-06-06 水 10:46:05 | URL | えびせんZ [編集]
前回のページ読みました
死後のことや、信じないと天国にいけないのか?というのが多々ありましたが、この世の中、天国、地獄さえも造られた方はどなたなのでしょうか?私たちの作り主に逢ったらそのように反論できるのでしょうか?とても頭のいい考えをされていますが、神の考えまでも見通すというのでしょうか?人知では計り知れない神です、今理解できないことがあっても神のことなら当たり前なのではないでしょうか?
2012-06-06 水 18:12:09 | URL | yoyo [編集]
前回のページ読みました
不良や暴力団に対して伝道できない?わたしの周りにはたくさんの元非行に走った人が救われてますし、元暴力団組長たちが救われて伝道活動しているのも知らないのですか?そしてあなたがそうゆう人達をマイノリティとして数えているのにも疑問ですし、イェスさまは世の中には正しい人も、刑務所に入ってるひとも、救われるとは言ってないでしょうか?いろんな教会がありますし、私たちは人間です。危険なところに伝道に行けと言ってるのでしょうか?クリスチャンは人間ではないと言ってるのでしょうか?あと、管理人様、どうしてコメントをするのに承諾が必要なのでしょうか?自分に不利な事は承諾しないのでしょうか?場違いなコメントがあれば消せるはずです。
2012-06-07 木 19:20:11 | URL | 名前を入れてください [編集]
Re: 追記
> 北朝鮮拉致被害者の家族、横田さん(フルネームど忘れ)がクリスチャンで、やたらと広告塔にしてますね

調べてみたら、クリスチャンになったのは奥様のほうで、
ご主人は無宗教だそうですね。
私の知る範囲では、夫婦のどちらかがクリスチャンという場合、
奥様だけがクリスチャンということがほとんどです。
その逆の例もあるのでしょうけど、私の記憶には思い当りません。

私は拉致被害者たちが発見されて日本に戻ってきてほしいとは思いますが、
もし横田めぐみさんが発見されたら、
これこそ神様のおかげだと格好の伝道材料にされるのではないかと思うと
ちょっと複雑な心境です。


> 問題は何も解決してないのに、惨い そこまでして、、キリスト教は健全だとアピールしたいか!?

そう、何も問題は解決していないのに、
「神様は貴方を愛しておられる」という決まり文句で美化するのが腹立たしいです。
震災が起こった時のローマ法王もそうでした。
「なぜ震災が起こったのかわからない、しかし神様はあなたのそばにいる」
神が愛しているから、そばにいるから、だから何だというのでしょう。
何も変わっていません。


> キリスト教はオウムと変わらない

「歴史は繰り返す」とはこのことでしょうね。
2012-06-07 木 23:33:43 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 前回のページ読みました
> 死後のことや、信じないと天国にいけないのか?というのが多々ありましたが、この世の中、天国、地獄さえも造られた方はどなたなのでしょうか?

知りません。
誰が天国と地獄を造ったのでしょうか?
聖書から引用してください。
ちゃんと「誰々が天国と地獄を造った」と書かれている箇所をお願いします。


>私たちの作り主に逢ったらそのように反論できるのでしょうか?

どこに行ったらその造り主に会えるのでしょうか。

>人知では計り知れない神です、今理解できないことがあっても神のことなら当たり前なのではないでしょうか?

どうしてクリスチャンは「理解できない神」を信じることができるのでしょう。
不思議に思います。
それから、ハンドルネームは固定してください。
2012-06-08 金 22:03:52 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 前回のページ読みました
名前を変えて2回投稿された後に、今度は名無しでの書き込みですか。

> 不良や暴力団に対して伝道できない?わたしの周りにはたくさんの元非行に走った人が救われてますし、元暴力団組長たちが救われて伝道活動しているのも知らないのですか?

貴方は本当に私がこの記事で問いかけていることの意味が分からないのですね。
その不良や暴力団組長が人を傷つけ、罪を悔い改め、神に赦されて救われたとして、
傷つけられた被害者側の立場はどうなるのでしょうか?
人を傷つけても、神に謝りさえすればそれでいいのでしょうか?
私がブログで問いかけているのはまさにそういうことです。
しかし、貴方はそのことにはまったく触れず、ご自身の意見を主張なさるだけ。


記事に書いた通り、クリスチャンはこういう質問には答えられません。
その実例をこんなにも早く見れるとは思っていませんでした。


>そしてあなたがそうゆう人達をマイノリティとして数えているのにも疑問ですし、イェスさまは世の中には正しい人も、刑務所に入ってるひとも、救われるとは言ってないでしょうか?

どこの福音書でそんなこと言っていますか?
イエスは同時に処刑された2人の犯罪人のうち、
もう一人を見捨てたではありませんか。
「汝の敵を愛せよ」と言っていたはずなのに。


>危険なところに伝道に行けと言ってるのでしょうか?

イエスの言葉を知らないのですか?

全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えよ。
マルコによる福音書 / 16章 15節


そして、パウロは命の危険にさらされながらも伝道活動をしましたよね。
なぜクリスチャンは聖書の教えに従わないのでしょうか。


>クリスチャンは人間ではないと言ってるのでしょうか?

いいえ、それは違います。
むしろ、神を信じない者は人間でないと言っているのはクリスチャンのほうです。


人はパンだけで生きるのではなく、
人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。
申命記 / 8章 3節

イエスはお答えになった。
「『人はパンだけで生きるものではない。
神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」
マタイによる福音書 / 4章 4節


こういう聖書の言葉を根拠に挙げ、
「人は食事をするだけでは生きていけない。
本当の”生きる”という意味は、
聖書の言葉を信じて”霊的に生きる”ということである」と説き、
あたかも聖書を信じない者は死んでいるかのように言うのはクリスチャンのほうです。


>管理人様、どうしてコメントをするのに承諾が必要なのでしょうか?

それについてはこちらをお読みください。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-135.html
立て続けにコメントが書き込まれるとレスが大変なので、
ある程度書き込みを制限することにしました


>自分に不利な事は承諾しないのでしょうか?

たった数日レスがないだけでまたそうやって人を疑うのですか。
コメントを承認制にして以来そうやってクレームをつけてきた人が3人います。
共通しているのは、短時間にコメントを何度も投稿するせっかちな人だということです。
これでもかなりレスは早いほうです。
場合によってはレスが1か月以上遅れることもあるので。


>場違いなコメントがあれば消せるはずです。

貴方の性格だと、私がコメントを消したら
「自分に都合の悪いコメントを削除している」と騒ぎ出すのでしょうね。
そういう人がいるからコメントを承認制にしたのです。
やはり承認制にして正解でした。

貴方も名前をコロコロ変えないで固定してください。

2012-06-08 金 22:36:38 | URL | 桃栗 [編集]
前回のページ読みました
承諾の件理解しました。名前は忘れました、どちらでもいいです。
被害者、加害者どちらも人間ですよね。神は人間を造ったお方、神しか救いの権限がないと思われます。世の中的に加害者、被害者あっても神を認めない、キリストを救い主とみとめないかぎり救われないと神ご自身がいうのなら、人間がどう自分達の正論と思うことを言えるでしょうか?神はそれほど絶対的存在なのではないでしょうか?被害者となった人をないがしろに言っているわけではありません、
2012-06-08 金 23:25:56 | URL | 名前を入れてください [編集]
あと、十字架の犯罪者ひとりを救われないと言ったのは、そのひとが重い罪だったとかではなくて、キリストを救い主と認めなかった人だからです。
キリストを救い主とみとめないかぎり救われないということではないでしょうか?
2012-06-08 金 23:29:59 | URL | 名前を入れてください [編集]
桃栗様のところも
おかしな人がKeep On Dancingしてますね。

クリスチャンは自分を低くする事で、“いと高き者" となる筈では?

えびせんZの受洗した教会の方々なら、批判ブログをしてる人のためにも、祈りますよ。

狂信的盲目にならないと自己存在価値を見いだせぬ悲しい哀れな存在なのですかね?


“人に危害を加えた人が悔い改めたなら、悔い改め故の行動が伴う それが悔い改め " こう見解した牧師がいます。

ご自分を振り返り考えたら如何でしょう。

あなたは聖書に背いてます。 そのうえ、クリスチャンはエリートと思ってます。

下劣な存在です。



桃栗様、 このくらいで良いですか?

クッキングホイル様のほうに決意書いてます。
次からは田分け者に手加減しませんよ (^-^)
2012-06-09 土 01:04:15 | URL | えびせんZ [編集]
福音聞きました
今日、クリスチャンの友人から、福音なるありがたきお言葉をいただきました。クリスチャンの友人からメールがきて、「本当の神は誰かについて、話しましょう」みたいな内容で、初めは迷いました。特に、そんなこと真剣に話したいわけじゃないし、その友人がクリスチャンだということは聞いてたのですが、とりあえず友人には会いたいと思っていたので、さすがにずっとそんな話だとは思わずに会ってきました。
でも、目的は本当に宣教活動だけで、私に会いたかったわけではないのかと、なんだか虚しい気持ちになりました。
ただ、特にアメリカの映画とか見てても、聖書からの引用などが多いし、歴史的に見ても非常に重要な宗教であるキリスト教について、ほとんど知らなかったので、いろいろ聞けるいい機会ではありました。
そもそも、外から観ていると、なぜ教派がたくさんあるのか、みんな教派の違いを知っていて、自分はこの教派を信じると教派を選んでいるのか、たまたま宣教された人の属する教派に入っているのか、教派の違いとは、同じ聖書でも解釈の違いによるものなのか・・・といった疑問がありました。因みにこれに関する明確な答えはもらえませんでした。
それよりも、天国と地獄があって、人は罪をもって生まれてくる、キリストを信じることのみで天国に行ける。それを信じるか=クリスチャンになるか?という決断を、1時間くらい説明を受けた後に迫られました。
私は、そもそも天国と地獄があるという考え方、白か黒しかないみたいな極端な思想はありません。また、罪をもって生まれてくるという思想も受け入れがたいです。例えば、アダムとエバの話も、事実なのか?とか、聞いても、「事実です。聖書に書いてあるので」という答えなのです。生物学上、人類学上はありえない話だけど、聖書に書いてあるから事実と言っているの?と確認したら、「そうだ」とのこと。
神を「彼」と呼ぶので、「神は男性なのか?」と聞くと、それは重要ではないから気にしなくていいと言われたり。
でも、自分が気になることをどうでもいいと言われ、とにかくイエスを信じるか信じないか、今日からイエスを信じ、イエスとともに生きることを選択いするか?と言われました。
自分の疑問は些細だから気にしなくていい。イエスが神の子であるのは、根拠があるのか等の問いには、「聖書に書いているから本当」、じゃ聖書は誰が書いたの?「神が人を通じて書かせた」、それはなぜわかるの?「人は見ていないものは信じられない。でも真実」等の答え。
全てが、聖書、キリスト教を信じていることが前提の回答なので、信じていないものからは、何の根拠も感じられません。
疑問は解消されないし、まだ信じていないものを、真実との根拠に挙げられ、で、信じる選択をしますか?と言われても、現段階では信じるとは言えないと回答しました。もっと自分でも勉強というか色々しないと、盲目的に何も知らないものを信じる選択なんてできないと。
全ての根拠が、聖書に基づくもので、それは信じるものだけに通用する理屈だと思うのですが。
この友人は最近できた友人で、他にもクリスチャンの友人はいますが、ここまで、あったらキリストの話しかしない人って初めてで、正直びっくりしています。おそらく、自分がすごく変わったし、ノンクリスチャンを救おうと本気だと思うのですが。
今後もこんなんなのか、付き合い方に悩んでいます。決断を迫る時も、今日決断した人には、特別な祈りを捧げます。と言っていましたが、それってどんな意味があるのでしょうか?とか、なんか、今日決めろとか、特別な祈りとか、ちょっと軽く脅迫?みたい感じたり。
すいません長々と。悶々としていたらこのサイトを見つけて、自分の選択は間違っていなかったと確信した次第です。
でも、天国と地獄とか、罪を持って生まれたとか、キリストの復活とか、あんなに大勢の人が、そんな子供だましのような内容を本気で信じて入信するものなのですね。いかに人って不安を抱えて、死の恐怖を抱えているものなのですね。以外に、は?っというほどの基本事項はお粗末だったので、びっくりとがっかりと。でも、彼女は心から、1ミリの迷いもなく信じています。盲目的に信じる力ってすごいですよね。
今後、この友人との付き合い方は、どうすればいいものなのか思案中です。というのも、人としてはとても魅力的な人だと思うので、別に普通に友人関係は続けたいなと。適当に距離をとったりもできますが。
2012-06-10 日 05:10:32 | URL | りこ [編集]
はじめまして。
こんにちは。 はじめまして。火の玉と申します。 オレも、半年前からとあるきっかけでキリスト教教会に毎週通うようになりました。

現在、まだ、洗礼は受けていません。 毎週、祈祷会や聖書研究会にも出ていたいましたし、周りのクリスチャンから、まだ洗礼を受けていないにも関わらず、「火の玉兄弟」と言われたり、「そろそろ火の玉さんも、神の身許に身を委ねて、身を預けたら、幸せになれるよ。」と言われ始めたりしています。

ただ、オレも、聖書が悪い読み物だとは思いません。ところどころ、文章がまとまってなく、全体の構成がとびとびで読みにくさを感じますが、新約聖書のキリストの一語一句などには、共感できる部分もありました。

しかし、イエスが語っているのは、オレは宗教観で語ってるというより、こういう風に考えて生きたら、もっと楽しく生きやすいんじゃないかな?っていう、自分なりの主観を、それに共感した仲間と一緒に旅をしながら話してまわってただけの人にしか思えないのです。
ゆえに、イエスの言動や行動からは、神が宿っているというより、かなりの人間くささばかり感じます。

オレが最も疑問に感じたのは、イエスが十字架にかけられる前の晩の最後の晩餐の夜に、あらかじめ、神に十字架にかけられ、天に召されるという運命を知らされていて、イエスはその事を弟子たちにも知っているといった体で、遠回しに話しているにも関わらず、
「神はなぜ、私を見捨てたのか!」と、必死に一人で森の中で祈っているところです。

この姿からは、たしかに自分の信念を強く持ち、伝道活動をしていた人だという姿は、容易に連想できたのですが、残念ながら、神の子とまではとても思えませんでした…。

オレ個人の主観としては、今の教会は、キリストがほんとにいたとして、実際にキリストが思い描いた方向性とは、ずいぶん違う方向にまで来てしまったのではないのか? と、わずか半年ばかりで考えてしまいました。 教会という、組織維持のために、かなりねじ曲げられて、伝わってるというか。 そしてそれをそのまま、神様の言葉として、疑問もなく受け入れてしまう人たち…。 自分で何も考えていない気がします。
キリストが起こした奇跡の部分も、あとから誰かが足した創作じみたものも感じます。

オレも、疑問に感じたら、黙っていない方なので、この前の聖書研究会の時、↑で思ってた事を、ハッキリ周りに伝えました。

いつもなら、虫も殺さない風にニコニコ笑ってる人たちが、急に全員、顔をしかめたんですわ。

その後に起こったのは、一斉無視でした。
オレもそれを見て、キリスト教の建前と本音の間のあまりに深い溝を、垣間見た気分でした。

付き合ってる子には悪いですが、オレも一生懸命、その子の信じるキリスト教の事を理解しようと、毎週勉強会にも出てましたが、オレが感じたのは、向こうは、自分の懐に、ひたすら人が飛び込んでくるのを待って、飛び込んできたら、逃がさないようにするのに対し、不思議な事に、向こうの人らが、こっちの価値観を理解するために、たまにでもいいから、こっちの神社の話や、こっちの家族とも会ってほしいから来てほしいという、こっちの要望には、何も答えてくれないところでした…。

いつもニコニコしているし、目に見えてケンカ越しの態度をクリスチャンはとってくるわけではないので、こっちから、ケンカをする道理もないのですが、それが逆に怖いな…。とも思っていました…。

普通、ほんとにずっと続いてる仲の友人や、仲間やったら、かなりお互いの心の底までぶつけ合って、ケンカして、一時は話さんようになっても、また、話したりを繰り返してるうちに、互いに色んな事を話し合える仲間になってますしね…。

心の弱さや、隙間につけ込んで、洗脳してるんちがうかな?って危うさを、オレも少し感じ始めていたところでした。

そんな折り、クッキングホイルさんのこのブログを見つけ、オレも疑問点に思った箇所についても触れられている記事も何個も書いておられて、興味深く読ませて頂いております。

今日、このブログを見つけたばかりで、まだ全部の記事には目を通していないのですが、ただなんとなく、クッキングホイルさんには挨拶したい思いが、心の中に自然に出てきたので、こちらで書かせて頂きました。

他の方のコメントや、クッキングホイルさんの返信も楽しく読ませて頂いてますが、キリスト教の教会の中にいては、どうしても話せなかった事を、大勢の方が感じてるのを見て、オレも気が楽になりました。

色々大変な事もおありでしょうが、これからも執筆がんばってください。
2012-06-16 土 11:49:12 | URL | 月光 [編集]
今も色々、日記を読ませて頂いていました。
オレも、ここは確かに……。
など、半年間、クリスチャンの人たちと一緒にいる機会の中で、
疑問に感じてた部分と重なる部分がいくつもあります……。

それと、朝、こちらにコメントを書いた際、管理人様の名前をオレは間違えていました……。

桃栗さんが管理人さんだったんですね……。
クッキングホイルさんが管理人だと勘違いをして、コメントを書いていました……。

大変失礼な事をしてしまった事、深くお詫びいたします……。
2012-06-16 土 19:44:04 | URL | 月光 [編集]
Re: 前回のページ読みました
> 承諾の件理解しました。名前は忘れました、どちらでもいいです。

ついこの間名乗った名前も忘れてしまったんですか????

> 被害者、加害者どちらも人間ですよね。神は人間を造ったお方、神しか救いの権限がないと思われます。世の中的に加害者、被害者あっても神を認めない、キリストを救い主とみとめないかぎり救われないと神ご自身がいうのなら、人間がどう自分達の正論と思うことを言えるでしょうか?神はそれほど絶対的存在なのではないでしょうか?

つまり、救われるか救われないかは神にしか権限がないということでしょうか?
しかし、あなたはこの間、元不良や元暴力団組長も「救われた」と書きましたよね。
刑務所に行くような人でも信じれば救われると書いたでしょう?
それなのに、今になって、神にしか権限がないとはどういうことですか?

私がクリスチャン時代に大きな戸惑いを感じたのはまさにここです。
教会では、「信じる者は誰でも救われる」と教えることもあれば、
「救われるか救われないかは神にしかわからない」と言ってみたり、
結局どっちなのかかなり混乱しました。
その時によって、またはその人によって言うことが違うのです。
自分の死後が、救われるのか救われないのか、
いつも不安を感じながら信仰していました。


> 被害者となった人をないがしろに言っているわけではありません、

では、殺人犯が心から罪を悔い改めて救われたとして、
非クリスチャンの殺人被害者の死後がどうなったのか教えていただけますか?
救われたのでしょうか?
「はい」「いいえ」でお答えください。
「分からない」は認めません。
被害者をないがしろにしていないなら、ちゃんとお答えください。
2012-06-16 土 23:46:22 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> あと、十字架の犯罪者ひとりを救われないと言ったのは、そのひとが重い罪だったとかではなくて、キリストを救い主と認めなかった人だからです。
> キリストを救い主とみとめないかぎり救われないということではないでしょうか?

では、「汝の敵を愛せよ」は真っ赤なウソだったのですね。
2012-06-16 土 23:49:03 | URL | 桃栗 [編集]
ご挨拶
初めまして。

昨年12月までクリスチャンでしたが棄教いたしました。正確には9月ごろ信仰は捨てていましたが。アメリカの神学校に通っていた者です。ずいぶんお金と時間をかけてしまいましたがようやく目が覚めました。

クリスチャン撲滅運動と称してブログでも始めようかと思っていたところです。

クリスチャン やめてよかった で検索いたしましたらこちらにたどり着きました。


こちらの記事のコメントと返信に感銘を受けました。

> また、一連のオウム真理教事件の被害者やご家族にも伝道し、救いに導けば良い

これも同感。
囚人(加害者)への伝道は誇らし気に紹介するのに、
犯罪被害者への伝道の話は聞きませんね。

> どうせ、グチグチ言ってるだけで出来ないだろうけど

まさにその通り。

私もまったく持ってその通りだと思います。



クリスチャンは地上が腐らないための“地の塩”だと自分たちのことを思っているようですが、神学校に通いまして“地の塵(ごみ)”であると確信いたしました。



これからその神学校の有様を少しずつゲストブックに投稿していこうと思っております。記事を書くときの参考にして頂けたらと思います。

管理人様は、昔通っておられた教会の牧師やクリスチャンたちに、悪霊に取り付かれて道を踏み外したとか言われたり、道端でばったり出くわしたときに、あなたが悪魔の誘惑に勝利して正しい道に戻ってくるようにみんなでお祈りしています。教会の広報にも祈祷課題として載せています。とか言われたりしていませんでしょうか。

私の通っていた教会、神学校はそういうところでした。

伝道と称して人様をけなし、傷つけ、失礼なことをし、侮辱罪、名誉毀損罪、器物損壊罪、暴行罪(殴る蹴るをしなくても当てはまることもある)として刑事責任に問われるようなことをしていても、自分たちはイエスの名の下に罪を許された勝利者と思っているのがクリスチャンです。

一刻も早く日本からクリスチャンを撲滅する必要を痛感するものがあります。



クリスチャンたちよ。
こちらのブログにネット工作員のごとくすかさず現れ、ケチつけたり揚げ足取りにきたりする暇があるなら自分たちの素行を改めよ。

特に同じクリスチャンが伝道目的で人様(クリスチャン以外)に迷惑かけたり失礼なことをしたら、注意するなり指導するなりせよ。

人を裁くと罪になるとか、人を許す心がないと天の御国に入ることができないなどほざく前にな。





クリスチャンでない方々へ

注意した人、指導した人が、人を裁いている、人を許す心がないと攻められ、ぼこぼこに袋叩きにされる(実際に物理的に袋に入れて叩くわけじゃないですよ。頭の弱いクリスチャンが揚げ足取るかもしれないので念のため)のが教会というところです。

絶対に行ってはいけません。

2012-06-17 日 11:18:38 | URL | 元クリスチャン [編集]
桃栗 様
ご労苦、察します。

m(__)m

私達は、このブログで互いの立場や考え方を別角度で理解したり、正否を考え直したりする事を望み、参考に出来ますし、望んでますが、、 あまりに主催者に負担を掛ける人の存在も知ります。
結果、なかなか意見交換が出来ない現状か残念です。

オウムの最後の実行犯が捕まりましたね。 被害者遺族の方々の怒りのコメントを見て、キリスト教徒はどう感じどうするのてしょう?
そういった話しが出来る状態になるように望みます。
クリスチャンも、その状態で考える事が得られる筈ですが、現在はクリスチャン自身が潰してますね。 残念です。

心広き桃栗様に敬意を表し m(__)m
2012-06-17 日 15:29:44 | URL | えびせんZ [編集]
Re: 桃栗様のところも
> おかしな人がKeep On Dancingしてますね。
> クリスチャンは自分を低くする事で、“いと高き者" となる筈では?

そうですね。
私に対して「桃栗さんはクリスチャンをひとくくりにしている」とか、
「クリスチャンにだってこんな立派な人がいる」などと感情的に反論する人がいますが、
そういう本人がクリスチャンのイメージを悪くしていることに気付いてほしいです。


> “人に危害を加えた人が悔い改めたなら、悔い改め故の行動が伴う それが悔い改め " こう見解した牧師がいます。

なるほど、と思いました。
言葉だけで神に悔い改めれば赦されると思っているクリスチャンのなんと多いこと。
本当に反省しているなら行動に出してほしいものです。


> ご自分を振り返り考えたら如何でしょう。
>
> あなたは聖書に背いてます。 そのうえ、クリスチャンはエリートと思ってます。
>
> 下劣な存在です。

> 桃栗様、 このくらいで良いですか?

もっと書いてもいいですよ(笑)。

> クッキングホイル様のほうに決意書いてます。
> 次からは田分け者に手加減しませんよ (^-^)

最近あちらのブログをご無沙汰しているので、
あとで読ませていただきますね。
6年前にYahooでブログを始めた当初はクリスチャンからの反論のコメントが多かったですが、
今では賛同してくださる方が多くなり、励みになります。
2012-06-17 日 22:16:16 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 福音聞きました
> 私は、そもそも天国と地獄があるという考え方、白か黒しかないみたいな極端な思想はありません。また、罪をもって生まれてくるという思想も受け入れがたいです。例えば、アダムとエバの話も、事実なのか?とか、聞いても、「事実です。聖書に書いてあるので」という答えなのです。生物学上、人類学上はありえない話だけど、聖書に書いてあるから事実と言っているの?と確認したら、「そうだ」とのこと。

> 自分の疑問は些細だから気にしなくていい。イエスが神の子であるのは、根拠があるのか等の問いには、「聖書に書いているから本当」、じゃ聖書は誰が書いたの?「神が人を通じて書かせた」、それはなぜわかるの?「人は見ていないものは信じられない。でも真実」等の答え。

こんにちは。
その友人の方は、「聖書に書いてあるから」という理由だけで信じているのですね。
では、友人に、「死刑制度には反対か?」と聞いてみてください。
もしも反対だと言ったら、その理由をとりあえず気が済むまで言わせておいてください。
そして言い終わった時に、「イエスの死刑まで否定するのか?」と聞いてください。
「イエス・キリストの救いは、まさに死刑制度の賜物なのに、
それなのに死刑制度を否定するのか?」
と、続けざまに突っ込みを入れてやってください。

次に、このサイトで紹介されている聖句を見せて、
「聖書は死刑を肯定する書物」だということを伝えてください。
http://www51.tok2.com/home/slicer93190/10-2890.html
このサイトでは、聖句を要約してあるので、
できれば聖書の原文を読むように勧めてください。

そして、「聖書に書いてあることは真実でしょう? それなら死刑制度は正しいんだよね?」
と言ってやってください。
友人がどういう反応をしたか結果報告をしてくださるとありがたいですが。


> 今後もこんなんなのか、付き合い方に悩んでいます。決断を迫る時も、今日決断した人には、特別な祈りを捧げます。と言っていましたが、それってどんな意味があるのでしょうか?とか、なんか、今日決めろとか、特別な祈りとか、ちょっと軽く脅迫?みたい感じたり。
> すいません長々と。悶々としていたらこのサイトを見つけて、自分の選択は間違っていなかったと確信した次第です。

立場を逆にして考えましょう。
あなたが何か宗教を信じていたとします。
それを、大切な友人に強く勧められますか?


> 今後、この友人との付き合い方は、どうすればいいものなのか思案中です。というのも、人としてはとても魅力的な人だと思うので、別に普通に友人関係は続けたいなと。適当に距離をとったりもできますが。

残念ですが、私はその方と別れることをお勧めします。
中途半端な付き合いだと余計に友人はあなたに入信を勧めてくるはずです。
それでもお付き合いを続けたいとお思いでしたら、
どこかで一線を引いておいたほうがいいです。
「これ以上私の領域に入らないでほしいし、私もこれ以上そちらの領域に入らない」
という一線をきっちり引いておきましょう。
2012-06-19 火 22:09:50 | URL | 桃栗 [編集]
りこ様 [福音について] 考
桃栗様 りこ様 横槍失礼します

りこ様のコメントを拝見させていただきました。
絶対ヤバいです。
りこ様はとても真面目で純粋に物事に取り組む方みたいですね。

逆に相手の友人?は、純粋信仰者(褒め言葉に非ず)です。 ここでりこ様が信仰者の言い分を聞き入れたら、今は曖昧な見解で済ましてるけど、徐々に理解するふり~個人情報確保~人格否定~原罪意識植え付けに繋がると思いますし、自分はそうされて来ました。
りこ様が桃栗様のブログに来た事は幸い。

私の見解です。 先は罠だらけだと思います。

乱入、お許し下さい

m(__)m
2012-06-20 水 14:59:18 | URL | えびせんZ [編集]
Re: はじめまして。
> こんにちは。 はじめまして。火の玉と申します。 オレも、半年前からとあるきっかけでキリスト教教会に毎週通うようになりました。
>
> 現在、まだ、洗礼は受けていません。 毎週、祈祷会や聖書研究会にも出ていたいましたし、周りのクリスチャンから、まだ洗礼を受けていないにも関わらず、「火の玉兄弟」と言われたり、「そろそろ火の玉さんも、神の身許に身を委ねて、身を預けたら、幸せになれるよ。」と言われ始めたりしています。

初めまして。興味深く拝読させていただきました。
教会に通って半年で洗礼を勧められるのは早すぎますね。
私はクリスチャン・ホームに生まれ育ちながらも、
成人洗礼を受けたのは中学に上がってからですから。


> ただ、オレも、聖書が悪い読み物だとは思いません。ところどころ、文章がまとまってなく、全体の構成がとびとびで読みにくさを感じますが、新約聖書のキリストの一語一句などには、共感できる部分もありました。
> しかし、イエスが語っているのは、オレは宗教観で語ってるというより、こういう風に考えて生きたら、もっと楽しく生きやすいんじゃないかな?っていう、自分なりの主観を、それに共感した仲間と一緒に旅をしながら話してまわってただけの人にしか思えないのです。
> ゆえに、イエスの言動や行動からは、神が宿っているというより、かなりの人間くささばかり感じます。

私も同感です。
もしもイエスが実在した人物だとすれば、
ちょっと変わり者で、単に自分の道徳観を語っただけではないかと思います。
それを、神に祭り上げてしまったのは、
弟子たちとパウロ、そして後世のクリスチャンたちです。


> オレが最も疑問に感じたのは、イエスが十字架にかけられる前の晩の最後の晩餐の夜に、あらかじめ、神に十字架にかけられ、天に召されるという運命を知らされていて、イエスはその事を弟子たちにも知っているといった体で、遠回しに話しているにも関わらず、
> 「神はなぜ、私を見捨てたのか!」と、必死に一人で森の中で祈っているところです。

これも同感。
イエスは自ら死刑になることを予言しているのに、
その最期のセリフがこれですから、。


「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」
マタイによる福音書 / 27章 46節
マルコによる福音書 / 15章 34節


> オレ個人の主観としては、今の教会は、キリストがほんとにいたとして、実際にキリストが思い描いた方向性とは、ずいぶん違う方向にまで来てしまったのではないのか? と、わずか半年ばかりで考えてしまいました。


その通り。
例えば、カトリックなんかもイエスが意図したものとは全然違うと思います。
カトリックはキリスト教の最大の宗派であり、その最高指導者はローマ法王です。
では、もしもイエスがローマ法王に会ったら彼を称賛すると思いますか?
いいえ、けちょんけちょんにこき下ろすでしょう。
マタイによる福音書23章を読めばわかります。


> キリストが起こした奇跡の部分も、あとから誰かが足した創作じみたものも感じます。

まったくその通り。

> オレも、疑問に感じたら、黙っていない方なので、この前の聖書研究会の時、↑で思ってた事を、ハッキリ周りに伝えました。
>
> いつもなら、虫も殺さない風にニコニコ笑ってる人たちが、急に全員、顔をしかめたんですわ。
>
> その後に起こったのは、一斉無視でした。
> オレもそれを見て、キリスト教の建前と本音の間のあまりに深い溝を、垣間見た気分でした。

以前、民主党の小沢さんが、「キリスト教は排他的で独善的」と発言し、
物議を醸したことがありました。
ネット上のクリスチャンたちはそれを躍起になって否定していましたが、
やはりあの発言は当たっているという実例を教えて下さってありがとうございます。


> 付き合ってる子には悪いですが、オレも一生懸命、その子の信じるキリスト教の事を理解しようと、毎週勉強会にも出てましたが、オレが感じたのは、向こうは、自分の懐に、ひたすら人が飛び込んでくるのを待って、飛び込んできたら、逃がさないようにするのに対し、不思議な事に、向こうの人らが、こっちの価値観を理解するために、たまにでもいいから、こっちの神社の話や、こっちの家族とも会ってほしいから来てほしいという、こっちの要望には、何も答えてくれないところでした…。

こちらも大変興味深い実例です。
残念ですが、カップルまたは夫婦のどちらかが熱心な宗教の信者という場合、
あまりいい結果にならないような気がします。


> 色々大変な事もおありでしょうが、これからも執筆がんばってください。

はい、自分でいうのもアレですが、実生活は本当に大変ですね。
毎日大きなため息ばかりつきながら仕事をしていますが、
誰も私のことなど心配してくれません。
明日も休日返上で仕事です。
こうやってブログを書くことが私にとっての「癒し」です。
2012-06-23 土 00:14:49 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 桃栗さんが管理人さんだったんですね……。
> クッキングホイルさんが管理人だと勘違いをして、コメントを書いていました……。
>
> 大変失礼な事をしてしまった事、深くお詫びいたします……。

いえいえ、いろんなキリスト教批判系サイトやブログがある中で、
クッキングホイルさんのブログが一番私と方向性が似ていると思っていますから。
もっといろんな方がいろんな方向からキリスト教を見て
疑問を投げかけれくれたらいいのにと思っています。
2012-06-23 土 00:18:01 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして。
今までちょくちょく見せてもらってました。
自身もブログを作りましたが、当人の切り口はどう思われますか?
思うところあれば返信下さい。
宜しく御願いします。
2012-06-23 土 22:40:34 | URL | 青い涎掛け [編集]
同感です!
はじめまして。 私は海外で一度はクリスチャンとなりました。 洗礼はまったく重要とは思わなかったのでしていません。 おかしいところに多々気付き、 脱クリスチャンしました。

そのとたん 今までとても親切だった 兄弟?と言っていた人が いきなり疎遠になりました。 笑  笑えますよね。

どうやら教会に来させたい一心だったようです。

教会もお金(寄付など)で 運営されているビジネスだと思います。

牧師さんとか 実際ニート(働いてますか?)ではないでしょうか?
よく分かりませんが、 仕事をしているようには見えないので、、


とにかく 聖書に間違いがあることは確実です。

6000年?もの ベストセラーなので スゴイとは
思いますし、 いいこともたくさん書いてありますが、

歴史とか 戦争とか を超え、
その時代時代の権力者たち や 文化に
影響を受けて 人により 継がれてきたものに

間違いがないなどと 信じれる思考が
まったく意味不明です。


間違いがない イコール 歴史なし です。

今 書かれた このコメントには 間違いがありません。

なぜなら 今 書いたからです。

時がたてば これも過去の遺物です。



死刑囚や病人などに伝道すれば
信じる確立が高いのは あたりまえです。

海で溺れてる人が なんにでも つかまるのと
同じ原理です。



これからも おかしなものを おかしいと
伝えていってください。

それこそが 素晴らしい 伝道だと思います。

応援しています。



 
2012-06-25 月 06:00:41 | URL | あたた [編集]
Re: ご挨拶
> 初めまして。
>
> 昨年12月までクリスチャンでしたが棄教いたしました。正確には9月ごろ信仰は捨てていましたが。アメリカの神学校に通っていた者です。ずいぶんお金と時間をかけてしまいましたがようやく目が覚めました。

こんにちは。
まさに貴方のような方からの書き込みをお待ちしておりました。
私はクリスチャンホームに生まれ育ち、青春を無駄にしたと思っていますが、
貴方がアメリカの神学校にまで通われたということは、
途方もない資金や時間を費やされたということですね。
そのお気持ち、痛いほどわかります。


> クリスチャン撲滅運動と称してブログでも始めようかと思っていたところです。

ぜひ始めてください。
キリスト教も他の宗教や占いなど「趣味の一種」にすぎないことを世に知らしめましょう。


> これからその神学校の有様を少しずつゲストブックに投稿していこうと思っております。記事を書くときの参考にして頂けたらと思います。

楽しみにお待ちしております。
なお、仕事が忙しいため、コメントの承認に時間がかかりますが、
その辺のところはご理解いただければと思います。


> 管理人様は、昔通っておられた教会の牧師やクリスチャンたちに、悪霊に取り付かれて道を踏み外したとか言われたり、道端でばったり出くわしたときに、あなたが悪魔の誘惑に勝利して正しい道に戻ってくるようにみんなでお祈りしています。教会の広報にも祈祷課題として載せています。とか言われたりしていませんでしょうか。

私は個人を特定されるようなことはブログに書きたくないため、
なるべく私生活については書かないようにしています。
ただ、去年の1月から3月にかけて、
知人のクリスチャンが自殺した話を書きましたが、
その葬儀を行った教会の牧師さんにはメールを出したことはあります。
私と知人の恵まれなかった生い立ちについて話し、
「こんなひどい目に遭っているのに、どうして神を信じられるでしょうか」
という趣旨のことを書き連ねました。
それに対して牧師さんは、
「つらい経験をなさったのですね。でも、いつもイエスはあなたを愛しています」
という、クリスチャンがよく言う決まり文句の返事でした。


> 私の通っていた教会、神学校はそういうところでした。
>
> 伝道と称して人様をけなし、傷つけ、失礼なことをし、侮辱罪、名誉毀損罪、器物損壊罪、暴行罪(殴る蹴るをしなくても当てはまることもある)として刑事責任に問われるようなことをしていても、自分たちはイエスの名の下に罪を許された勝利者と思っているのがクリスチャンです。

そうです。
クリスチャンに対して腹が立つのは、「懺悔すれば赦される」と思っているところです。
だから、「殺人犯でも心から悔い改めれば赦される」などとのたまいますすが、
そういう人にはレビ記24章17節を読ませてやりたいものです。

これからもよろしくお願いします。
2012-06-27 水 23:26:43 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 桃栗 様
> ご労苦、察します。
> m(__)m
> 私達は、このブログで互いの立場や考え方を別角度で理解したり、正否を考え直したりする事を望み、参考に出来ますし、望んでますが、、 あまりに主催者に負担を掛ける人の存在も知ります。
> 結果、なかなか意見交換が出来ない現状か残念です。

私も、もう少し盛んに意見交換ができたらと思わなくもないのですが、
議論が過熱すると毎日多くのコメントが書き込まれ、
話の流れが記事の趣旨からどんどん離れていくことが多かったです。
私は、もしも自分が読者だったらという視点で、
記事の分量は毎回読みやすいと思われる量になるように心がけています。
人によってはこれでも多い、または少ないと感じると思いますが、
あくまでも「私が」読者だったらちょうどいい量にしてあります。
そして、コメント欄も、ある程度は第三者から読みやすい状態にしておきたいのです。
そのようなわけで、承認制にしてある程度はコメントを制限することにしました。
ご理解くださいませ。


> オウムの最後の実行犯が捕まりましたね。 被害者遺族の方々の怒りのコメントを見て、キリスト教徒はどう感じどうするのてしょう?

まあ、せいぜい「被害者のために祈ること」ぐらいしかできないでしょうね。
祈りで世の中が変われば苦労はしませんね。
2012-06-28 木 23:07:32 | URL | 桃栗 [編集]
「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」
初めまして。クリスチャンです。ひょんなことからこちらのブログに行き当たりました。
神様の話は大好きですから、言いたいことは沢山ありますが、ここではタイトルについて一言。
教会生活が長かったようですから、もしかしてご存知かもしれませんが、イエス様の最後の言葉は詩篇22篇の冒頭であるというのが通説です。最後まで言えずに息が切れてしまったのですね。
この詩篇の後に「主をほめたたえよ」「主がなされたその教えを後に生まれる民にのべ伝えるでしょう」とあります。
桃栗さんも、ある意味では主の言葉をのべ伝える人となられていると思います。
桃栗さんが教会を離れ、このようにブログを立ち上げてくださったことによって、私は桃栗さんを知ることが出来ました。今も教会に通っていらしたら桃栗さんを知ることはなかったでしょう。これも神様の計らいと思うのですが如何でしょう?

桃栗3年、柿8年といいますが、私が洗礼を受けたのは聖書を読み始めてから20年後のことでした。それから20年以上経ちました。
因みに今日の礼拝の聖書箇所はヨハネ6:51~58でした。
余計なお世話でしたら、ごめんなさい。
早く体調が良くなられますようにお祈り申し上げます。
2012-08-19 日 23:47:28 | URL | Elle [編集]
Re: タイトルなし
> はじめまして。
> 今までちょくちょく見せてもらってました。
> 自身もブログを作りましたが、当人の切り口はどう思われますか?
> 思うところあれば返信下さい。

初めまして。
こちらのブログのことですね?
http://kagomekamo.blog.fc2.com/
率直な感想を言いますと、
一つの切り口としてこういうブログがあってもいいとは思うのですが、
私のツボにはハマらないというのが本音ですね。
私は実生活でもほとんど笑わない人間です。
貴方様のブログを読んで、「なるほど、そういう考えもあるのか」とは思いますが、
残念ながらそれ以上の感情が湧き起こらないのです。
ただ、拍手の数が多いので支持者は多いようですね。
そのままご自身の個性でブログを続けてください。
あまり読者の反応を意識してブログを書いていると疲れると思いますので。
私は読者からどう書かれようと私のスタイルでブログを続けます。
2012-09-15 土 19:46:12 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 同感です!
> はじめまして。 私は海外で一度はクリスチャンとなりました。 洗礼はまったく重要とは思わなかったのでしていません。 おかしいところに多々気付き、 脱クリスチャンしました。

初めまして。
洗礼を受ける前に気付かれて良かったですね。


> そのとたん 今までとても親切だった 兄弟?と言っていた人が いきなり疎遠になりました。 笑  笑えますよね。

まさにこれです。
私は何度かブログで発言したことがあるのですが、
「汝の隣人を愛せよ」の「隣人」とは、実はクリスチャン同士のことなのです。
クリスチャンでない人は隣人ではないのです。
その実例を見せて下さってどうもありがとうございます。


> とにかく 聖書に間違いがあることは確実です。
> 間違いがないなどと 信じれる思考が
> まったく意味不明です。
> 間違いがない イコール 歴史なし です。

まったく同感。
どうしてクリスチャンは起源の不明な異国の書物を真実だと信じられるのか、
不思議でなりません。


> 死刑囚や病人などに伝道すれば
> 信じる確立が高いのは あたりまえです。
>
> 海で溺れてる人が なんにでも つかまるのと
> 同じ原理です。

これもまったく同感。
結局、病人や高齢者や死刑囚への伝道とは、
体が弱ったり、死の恐怖を感じている人たちの「弱み」に付け込んだものです。
本当に神がいると信じているなら、
暴力団事務所にでもいって伝道してもらいたいものです。


> これからも おかしなものを おかしいと
> 伝えていってください。

ありがとうございます。
気の済むまでキリスト教の矛盾点を指摘していきたいと思います。
2012-09-15 土 19:58:00 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」
> 教会生活が長かったようですから、もしかしてご存知かもしれませんが、イエス様の最後の言葉は詩篇22篇の冒頭であるというのが通説です。最後まで言えずに息が切れてしまったのですね。
> この詩篇の後に「主をほめたたえよ」「主がなされたその教えを後に生まれる民にのべ伝えるでしょう」とあります。

「わが神、わが神~」と記されているのはマタイとマルコの福音書ですが、
ルカとヨハネの福音書にはまったく違う言葉が書かれています。
もしもイエスの存在が史実なら、すべて同じように書かれているはずです。
ところが実際には違う。不思議だと思いませんか?
「聖書には矛盾はない」と私は教わりましたが、
実際に読んでみるとこういう食い違いがあるのは矛盾していますよね。

それから、プロフィールに
「記事に直接関係のないご意見・ご感想・批判・賛同などはゲストブックへお願いします」
と書いてありますのでご注意願います。
2012-09-30 日 18:35:32 | URL | 桃栗 [編集]
「福音聞きました」様へ
管理人様、はじめまして。

投稿することを御許し下さい。

わたくしは、名前の通りの経歴です。


「福音聞きました」様へ

>次に、このサイトで紹介されている聖句を見せて、
>「聖書は死刑を肯定する書物」だということを伝えてください。
http://www51.tok2.com/home/slicer93190/10-2890.html

に対してコメント致します。

私は、貴方の上記のコメントを読み、マタイの福音書の15章の、

神は「あなたの父と母を敬え。」
また「父や母をののしる者は、死刑に処せられる。」と言われたのです。
それなのに、あなたがたは、
「だれでも、父や母に向かって、私からあなたのために差し上げられる物は、供え物になりましたと言う者は、その物をもって父や母を尊んではならない。」
と言っています。
こうしてあなたがたは、自分たちの言い伝えのために、神のことばを無にしてしまいました。

というイエス様の御言葉を想い出しました。

旧約聖書の頃は、年金制度や社会福祉制度が整ってはいなかったのではないのでしょうか?

イエス様は、神の尊い教えや戒めを、私達の知恵を使い、私達の時代や生活に上手に活かす事を御望みなのではないのでしょうか?
2013-05-12 日 03:12:05 | URL | 聖書を読む非クリスチャン [編集]
クリスチャン大嫌いだよ。
以前こちらのサイトを見て投稿させて貰った者です。タイトルから論点がずれてますが、僕もイエスを信じなければ地獄へ落ちるとかクリスチャンの戯言は大嫌いです。はっきり言ってある意味人間の強迫観念につけこんで宗教的自己満足に浸っている偽善者だらけだと思います。いい例があります。あの福島原発事故の時にメルトダウンが怖くて真っ先に住んでいる所からトンズラしたクリスチャンがいます。その人は教会内でいつもいつも神の愛だ御心だ世の中の人の為に一生懸命愛を施す事だと回りに対して儀式的に礼拝などを中心にえらそうな事ばかり言っていました。
にも関わらず、イザとなった時は無責任な事で対応したり、腹の中では 俺には関係ねえ的な顔をしたりして又作った重い表情を演じていい格好して薄汚ない偽善を出していました。 津波に対して自ら犠牲になった 遠藤美希さんを見習えよ!これが本当の愛だろ!! 神だのキリストだの安っぼく愛と言う言葉を出してくるな!
2015-04-16 木 22:34:42 | URL | ゆーたろー [編集]
Re: クリスチャン大嫌いだよ。
> 以前こちらのサイトを見て投稿させて貰った者です。タイトルから論点がずれてますが、僕もイエスを信じなければ地獄へ落ちるとかクリスチャンの戯言は大嫌いです。はっきり言ってある意味人間の強迫観念につけこんで宗教的自己満足に浸っている偽善者だらけだと思います。いい例があります。あの福島原発事故の時にメルトダウンが怖くて真っ先に住んでいる所からトンズラしたクリスチャンがいます。その人は教会内でいつもいつも神の愛だ御心だ世の中の人の為に一生懸命愛を施す事だと回りに対して儀式的に礼拝などを中心にえらそうな事ばかり言っていました。

キリスト教は排他性の非常に強い宗教ですね。
まるで自分たちが特権階級にでもなったかのようです。
そのくせ、非信者から「キリスト教は排他的だ」と言われると、
躍起になって否定しようとする。
2009年に民主党の小沢さんの排他的発言があった時に、
いい例を見せてもらいました。

> にも関わらず、イザとなった時は無責任な事で対応したり、腹の中では 俺には関係ねえ的な顔をしたりして又作った重い表情を演じていい格好して薄汚ない偽善を出していました。 津波に対して自ら犠牲になった 遠藤美希さんを見習えよ!これが本当の愛だろ!! 神だのキリストだの安っぼく愛と言う言葉を出してくるな!

全くその通り。
キリスト教ではあまりにも安易に「愛」という言葉を口にしすぎです。
口に出す前に実践してほしいものです
2015-04-23 木 22:26:31 | URL | 桃栗 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-02-05 日 05:01:00 | | [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2017-02-05 日 05:10:43 | | [編集]
まさに狂人が書いた文章だ。
2017-06-21 水 20:27:42 | URL | 名前を入れてください [編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2017-07-06 木 12:51:41 | | [編集]
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