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桃栗

Author:桃栗
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正統派キリスト教会は民間企業以下である? パート1
民間企業の世界では、マスコミは別として、
公の場で他企業を名指しで批判することはまず決してしません。
競争社会においては、企業としては同業他社の存在が大変気になりますが、
自社を宣伝するためにライバル会社を名指しで比較、批判したりはしません。
理由は簡単。もしそんなことをすれば名誉毀損で裁判沙汰になるからです。
したがって、民間企業はその商品やサービスなどの質で正々堂々と勝負するものです。

ところが、同業者を堂々と名指しで公の場で批判する人たちがいます。
そう、それは「正統派キリスト教会」を名乗る人々です。


キリスト教会、特にプロテスタント教会のHP、冊子、パンフレットなどで、
このような記述を目にされたことがある方は多いでしょう。

当教会は正統派プロテスタント教会(またはキリスト教会)であり、
エホバの証人(ものみの塔)、
モルモン教(末日聖徒イエスキリスト教会)、
統一教会(世界基督教統一神霊協会)
とは一切関係がありません。
これらの問題でお悩みの方は当教会へご相談ください。


つまり、エホバの証人、モルモン教、統一教会などのカルトとは違って、
自分たちの教会こそが模範となるべき正統派だと主張しているのです。
中には、これらの宗派(宗教)の特徴を挙げ、
いかに異端であるかを説明しているサイトもいくつか見受けられます。

しかし、これを民間企業に置き換えるなら、
「我が社こそが正統派であって、他社は異端である」
と言っているようなものではないですか?
民間企業がこんな宣伝をしたら間違いなく裁判沙汰です。

正統派キリスト教会を名乗る方々は、
他宗派(他宗教)を批判することが
主イエス・キリストの教えだとでも思っているのでしょうか?

中には、エホバの証人、モルモン教、統一教会との関係を否定しながら、
「互いに愛し合いなさい(ヨハネ13:34)」
というキリストの教えを説いている教会のHPもあり、
見ていて滑稽に思えます。
わざわざキリスト教は排他的であると宣伝しているようなものです。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

クリスチャンの独善性 | 19:05:22 | トラックバック(0) | コメント(27)
コメント
同感です。
お久しぶりです。
久しぶりに、同感できる記事だったのでコメントしても宜しいでしょうか。

私もそれには同感です。
「一切関係がありません」という表現は、厳密には間違っていますし、愛も配慮も無い表現だと思います。
聖書や神を信じるという点で、共通点もあると言えるので、関係はあると思います。
ですが、明らかな違いがあることも事実です。
ですから、個人的には「ではありません」という表現の方がベターだなといつも思って、私自身がチラシなどを作る際にはその表現にしていたりします。
全くもって同感です。

私の家にもよく、エホバの証人の方が訪問伝道に来られます。
家にお迎えしてお話をしたこともあるのですが、彼らには彼らの信仰があるのだと実感しました。
しかしそれは、やはり私の信じているキリスト教の信仰とは違いました。
もっと知りたいと思わされました。

大切なことは、関係無いと言って関係を断ってしまうことではないですね。
否定することでもない。
お互いの違いをよく捉えて、自分が正しいと思うならば、相手を否定する心を全く排除して、自分の正当性を自分から見た限られた形の中で、正直に誠実に語るだけ、ですね。
そうしていきたいなぁと、しみじみ思わされました。
2012-01-31 火 10:06:30 | URL | まこと [編集]
Re: 同感です。
> お久しぶりです。

> 私もそれには同感です。
> 「一切関係がありません」という表現は、厳密には間違っていますし、愛も配慮も無い表現だと思います。
> 聖書や神を信じるという点で、共通点もあると言えるので、関係はあると思います。
> ですが、明らかな違いがあることも事実です。

珍しく私に同感かと思いきや・・・・、

> ですから、個人的には「ではありません」という表現の方がベターだなといつも思って、私自身がチラシなどを作る際にはその表現にしていたりします。

ただ「表現を変えただけ」であって、
結局はエホバ、モルモン、統一との関係を否定しているわけですよね。


> 私の家にもよく、エホバの証人の方が訪問伝道に来られます。
> 家にお迎えしてお話をしたこともあるのですが、彼らには彼らの信仰があるのだと実感しました。
> しかしそれは、やはり私の信じているキリスト教の信仰とは違いました。
> もっと知りたいと思わされました。
>
> 大切なことは、関係無いと言って関係を断ってしまうことではないですね。
> 否定することでもない。
> お互いの違いをよく捉えて、自分が正しいと思うならば、相手を否定する心を全く排除して、自分の正当性を自分から見た限られた形の中で、正直に誠実に語るだけ、ですね。
> そうしていきたいなぁと、しみじみ思わされました。

しかし、回りくどい表現でなんだかんだ言いながら、
貴方はエホバの証人とは積極的に交流しようとはしないのでしょう?
結局、「互いに愛し合いなさい」というイエスの教えを看板に掲げていても、
実際は積極的に愛し合おうとしないのですから不思議なものです。

私は実際、私が通っていた教会の牧師さんにこう質問したことがあります。
「エホバの証人を非難するのは”汝の敵を愛せよ”という教えに矛盾していませんか?」
これに対して牧師さんはこう答えました。
「それぞれに自分が正しいと思うものを信仰すれば良いのです」
こう言って、いかにもエホバの証人を擁護するかのような発言をする一方、
結局はその牧師さんはエホバの証人は異端だとのたまっていました。

まことさんもそれとまったく同じです。
いかにも「私は「汝の敵」を愛しています」のように発言していながら、
結局はまわりくどく関係を否定しているのです。
はっきり認めたらどうですか?
「正統派キリスト教は”汝の敵を愛せません”」と。
2012-02-06 月 23:04:55 | URL | 桃栗 [編集]
お返事頂けて嬉しいです。
「ではありません」=関係の否定と解釈されるのは、ちょっと釈然としません。

そして「愛する」ということ。桃栗さんはどうお考えなのでしょうか。
私は、何でも「いいねいいね、君は正しいよ」というのが愛だとは思いません。
相手の命を尊重して、受容し受け止めることは大事です。
(その意味で、キリスト教の歴史も、今のキリスト教会も、多くの間違いを犯してきたのは事実です)
私は職業柄、いつも子どもたちの発言を受容します。
ですが、それだけでは愛ないと思います。
学校教育も、子育ても子どもたちの自由な発言とわがままだけでは成り立っていきません。
時に優しく、時には自分がどう思われてもいいという覚悟で心を鬼にして言わなければならないことがあります。
それは否定することと紙一重なのですが、相手のためにその紙一重を追い求めることが愛だと私は思います。
それで私は、「私とあなたの考え、信じているものは同じではありません」と言うことは、関係を絶つことではなく、相手と本当に正直な関係を始めるためのスタートだと思います。

関係ないと切り捨てるわけではなく、
別にいいんじゃないの?と距離をとって、面倒くさい関わりから逃げるのでもなく、
違いを認めて、そこからスタート。

桃栗さんとも、紙一枚いや点とも言えるわずかな接点だとしても、機会を逃さずに関係をもっていたいと思う、これが私の思いです。

「愛する」ことについて、宜しければ桃栗さんのご意見を聞かせて下さい。
キリスト教の批判ではなく、桃栗さんのご意見を。
記事の趣旨と違うならば、ゲストブックか新規記事か、メールでもかまいません。
お手数ですので、時間のあるときに。
2012-02-07 火 07:40:54 | URL | まこと [編集]
「異端」問題私見
 お邪魔します。

 桃栗様の投稿、興味深いものがしばしば見受けられましたが(「アメイジング・グレイスと黒人奴隷」などなど)、ひとつ、意見させていただければ幸いです。

 この「正統派キリスト教会は民間企業以下である」という題ですが、あくまで私の主観ですが、「企業」と「宗教団体」では、まるで性質が違うという反論も十分に考えられます。(もし「企業」に例えるなら、「異端」はコピー商品だとか、商標権の侵害だとかに例えられそうな気がしますが)

 また、「正統」と「異端」の論争は、他宗教でも当たり前に起こっていることのようですから「キリスト教の問題」として提起するのは、やや難があると思いますが……。
 例をあげるなら、日蓮宗と創価学会、スンナ派とシーア派、アーレフとひかりの輪などなど……。

>正統派キリスト教会を名乗る方々は、
>他宗派(他宗教)を批判することが
>主イエス・キリストの教えだとでも思っているのでしょうか?

>中には、エホバの証人、モルモン教、統一教会との関係を否定しなが>ら、「互いに愛し合いなさい(ヨハネ13:34)」
>というキリストの教えを説いている教会のHPもあり、
>見ていて滑稽に思えます。
>わざわざキリスト教は排他的であると宣伝しているようなものです。

 と、この辺りの事情についての私見ですが、キリスト教に限らず、アブラハムの宗教が排他的な一神教という性質を持つことの現状はともかく、「異端」と呼べる存在は「愛の対象外」のようです。

 該当する聖書の箇所を引用すると……。

「7 なぜお願いするかと言えば、人を惑わす者、すなわち、イエス・キリストが人として来られたことを告白しない者が大ぜい世に出て行ったからです。こういう者は惑わす者であり、反キリストです。
8 よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい。
9 だれでも行き過ぎをして、キリストの教えのうちいとどまらない者は、神を持っていません。その教えのうちにとどまっている者は、御父をも御子をも持っています。
10 あなたがたのところに来る人で、この教えを持って来ない者は、家に受け入れてはいけません。その人にあいさつのことばをかけてもいけません。」
 (ヨハネの手紙第二 7節から10節)
http://blogs.yahoo.co.jp/jusus_christ_no1/10665866.html 

 この個所は超有名ですが、もう一か所どうぞ。

「1 しかし、イスラエルの中には、にせ預言者も出ました。同じように、あなたがたの中にも、にせ教師が現れるようになります。彼らは、滅びをもたらす異端をひそかに持ち込み、自分たちを買い取ってくださった主を否定するようなことさえして、自分たちの身にすみやかな滅びを招いています。
2 そして、多くの者が彼らの好色にならい、そのために真理の道がそしりを受けるのです。
3 また彼らは、貪欲なので、作り事のことばをもってあなたがたを食い物にします。彼らに対するさばきは、昔から怠りなく行われており、彼らが滅ぼされないままでいることはありません。」
ペテロの手紙 第二 2章1節から3節。 http://blogs.yahoo.co.jp/jusus_christ_no1/10665666.html

 つまるところ「異端」には「挨拶も、家に受け入れるのもいけない」(初代教会と21世紀の現状を、同一視するには異論もありますので、念のため)
「彼らは滅びをもたらす。滅ぼされる」という扱いは、この当時から聖書で太鼓判を押されているので、「互いに愛し合う」なんて蚊帳の外のようです。
(イエスも律法学者やパリサイ人とは愛し合わなかったと思いますが)


 余談ですが、桃栗様の過去の投稿を見ていると、エホバの証人(以下JW)を「やや好意的」に取り上げているように感じますが(誤解でしたらご容赦願います)、

>そういうわけで、私はブログでエホバの証人を取り立てて非難するつもりはありません。
>主に、プロテスタントについて語るときの引き合いに出すつもりでいます。
>時には擁護するような発言をするかもしれませんが、
>それはプロテスタントへの当て付けだと思ってください。

 これは「正統派教会」に対する反動の現れと思われますが、「教義が異端か否か」という問題は、所詮「キリスト教内部の問題」ですが、JWが輸血禁止など生命に関わる問題を抱え、(子供をムチで叩いて虐待死させた事件もありますが)奥さんがJWの研究生になり、家庭崩壊の事態も起こしたという「社会問題」(カルト問題)の側面をJWは持つことも認識していただければ幸いです。
 
 お目汚しと思いますが、参考になれば幸いです。
 お騒がせしました。
2012-02-07 火 21:26:42 | URL | 浅見定雄のシンパ(自称) [編集]
Re: タイトルなし
> お返事頂けて嬉しいです。

「嬉しい」という言葉を頂いても何か釈然としません。
以前、メールで、私の知人の自殺の真相と、
私の身近なところでもう一人のクリスチャンが亡くなった体験を書きましたが、
それに対しても貴方は冒頭で「メールを頂けて嬉しい」という内容の発言をされました。
別にそれが悪いとまでは言いませんが、
何か違うんじゃないかと感じます。
なお、私がメールで書いたことは絶対に口外なさらないでください。


> そして「愛する」ということ。桃栗さんはどうお考えなのでしょうか。

> 「愛する」ことについて、宜しければ桃栗さんのご意見を聞かせて下さい。
> キリスト教の批判ではなく、桃栗さんのご意見を。
> 記事の趣旨と違うならば、ゲストブックか新規記事か、メールでもかまいません。
> お手数ですので、時間のあるときに。

簡単に書けば、私は愛を知りません。
人にも神にもイエスにも愛されたと実感したことがないのです。
また、心のどこかで人の愛に飢えているようで、
逆に人の愛を拒絶するようなところがあります。
人に愛された(と実感した)こともないので人の愛し方を知りません。
そういうわけで実生活では人付き合いに戸惑うばかりです。
以上。
2012-02-12 日 21:54:41 | URL | 桃栗 [編集]
愛以前の問題
相手がハッキリ拒絶していることを無視してすり寄っていくことは、愛とはかけ離れた自分勝手な迷惑行為です。
2012-02-13 月 00:34:25 | URL | Davy [編集]
"愛"がテーマになってますよね?

思うに此処で論じられている愛は以下の2通りでしょう。
1.イデオロギーが押し付ける愛。
2.人間が生物として持つ自然な愛。
この2つは全く異なったものです。

例えば、何かの仕事とか寄り合いとかでたまたま隣に座った人に笑いかけたり、目配せしあったり。下らない話で盛り上がったり。子供達は近所の子供と仲良くなって意気投合してお腹を抱えて笑っています。そういうのが自然な愛。

私はクリスチャンホームに育ち、信者以外の人間の愛を否定されて育ちました。

人間は罪人であり、クリスチャン以外は滅びの道にある。

そう言われて私以外ノンクリの子供のコミュの中で私はどうすれば良かったというのでしょう。

私はまわりの人間と自然なコミュニケーションを交わす方法を失って生きるしか無かったのです。

イデオロギーが押し付ける愛は愛などではありません。
愛はもっと自然でほがらかでほころびているものです。

人々を従わせる為にイデオロギーはいつもうまい餌を用意するのです。キリストの美しき人格、贖罪という美味しい餌で人々を釣り、新しきパリサイ人の群れ(キリスト教徒)を生み出した。愛を餌にする宗教。そこに愛はありません。
2012-02-14 火 19:05:42 | URL | victim [編集]
「当教会は・・・・」云々。
クリスチャン達が、街頭で、配っている、トラクト(の裏面)に、「当教会は正統派プロテスタント教会(キリスト教会)・・・・。」と、印字されているのを、見る度に、「どうであれ、お前ら、所詮、同じ穴の狢だろうよ。目糞鼻糞じゃないか!?何言ってやがる!!」と、感じてしまうのです。あの、如何にも、「一種独特の笑顔」(優越感たっぷりの)と、「上から目線」さながらの言動。「一体、お前ら、何様なんだよ!!」、更に、輪をかけて、「常軌を逸した、脳内お花畑的思考回路」・・・・。コイツら、野放しにしたら、ますます、トンデモナイ事しでかすぞ……。(願わくば、「○○の楽園」にでも、トットと逝っちまえ!!」と、切望する程に、嫌ですね!!!!!)
2012-02-16 木 14:35:01 | URL | 深草茫々。 [編集]
「嬉しい」ということについて、桃栗さんはおかしいと思われるのですね。
ただ、”私は”嬉しいと思ったんです。
それは私の感情ですから、そう申し上げるほかありません。
もっとも、その発言に対して不快に思われたのでしたら話は別ですが。
メールの内容について公言だなんて、するはずがありません。
でも、言ってしまえば、公言してほしくないようなことを話して下さったことが、私にとっては嬉しいことだったんです。
そこに桃栗さんがどんな意図を持っていたとしても、”私は” です。

>簡単に書けば、私は愛を知りません。
>人にも神にもイエスにも愛されたと実感したことがないのです。
>また、心のどこかで人の愛に飢えているようで、
>逆に人の愛を拒絶するようなところがあります。
>人に愛された(と実感した)こともないので人の愛し方を知りません。
>そういうわけで実生活では人付き合いに戸惑うばかりです。
>以上。

愛を知らない桃栗さんが、キリスト教に対して、愛について語っている。
それも不思議なことですね。飢えから来るのでしょうか。
キリスト教を信じているクリスチャンとは言っても、人間ですから、そこ完璧な愛などありませんよ。
私も絶えず人間関係では傷つき、また傷つけてしまっている者です。
でもそのたび、自分を愛して下さる愛に触れて、自分を見つめなおすんです。

愛は批判や拒絶でもなければ、無関心や無神経でもない。
逃げずに認め、受け止め、誠実さと信念、忍耐を持って相対することだと思います。
自分も、そうできるものになりたいと、願い歩んでいる途上です。
2012-02-17 金 00:23:15 | URL | まこと [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012-02-17 金 00:50:32 | | [編集]
きっと敵を愛しています
こんにちは
駄文で失礼いたします。
多分「汝の敵を愛せよ」とは、戦って相手に自分の思想を植え込むことなのです。同じ思想なら相手は神によって救われますので、この戦法は有意義ではないかと思うのですが・・・・・・。
学校の礼拝と聖書だけ読んでいる私では、各宗派の違いがイマイチ分かりにくいところですが、カソリックとプロテスタントはいつ仲良くなったのでしょうか?
宗教革命の時に戦争までしましたよね?なのに、この件に関しては歩調を合わせているかのようです。
そもそも「汝の敵を愛せよ」は人間には向かない教えのようです。それが出来たら戦争は起こらないとおもいます。

お忙しいようですが、最近特に寒いので体には気を付けられてください。
2012-02-17 金 16:21:25 | URL | もうすぐ春 [編集]
Re: 「異端」問題私見
>  お邪魔します。

>  この「正統派キリスト教会は民間企業以下である」という題ですが、あくまで私の主観ですが、「企業」と「宗教団体」では、まるで性質が違うという反論も十分に考えられます。(もし「企業」に例えるなら、「異端」はコピー商品だとか、商標権の侵害だとかに例えられそうな気がしますが)

日本のいわゆる正統派キリスト教会は、
世間の人が神を信じていないことを批判し、嘆いています。
そして、世間を良くするためには、皆が神を信じるべきだと信じています。
それなら、まず教会が世間の模範になるべきではありませんか?


>  また、「正統」と「異端」の論争は、他宗教でも当たり前に起こっていることのようですから「キリスト教の問題」として提起するのは、やや難があると思いますが……。
>  例をあげるなら、日蓮宗と創価学会、スンナ派とシーア派、アーレフとひかりの輪などなど……。

他の方のコメントにも書きましたが、
他の宗教について書く知識も労力もないため、
このブログではキリスト教のみを批判対象としています。


>  これは「正統派教会」に対する反動の現れと思われますが、「教義が異端か否か」という問題は、所詮「キリスト教内部の問題」ですが、JWが輸血禁止など生命に関わる問題を抱え、(子供をムチで叩いて虐待死させた事件もありますが)奥さんがJWの研究生になり、家庭崩壊の事態も起こしたという「社会問題」(カルト問題)の側面をJWは持つことも認識していただければ幸いです。

まさにこのような反論をずっとお待ちしていました。
エホバの証人の輸血拒否や虐待がどうかしたのでしょうか?
それより、キリスト教ほど歴史上で大量の殺人を犯した宗教はないでしょう。
十字軍遠征、異端審問、魔女狩り、白人による世界の植民地支配などなど、
検索してお調べになってはいかがですか?
また、日本で唯一法的規制を受けた宗教こそ「キリスト教」です。
あなたも「禁教令」をご存知でしょう?
かのオウム真理教でさえ破防法が適用されなかったのに、
キリスト教は信仰そのものが長い間禁止されていたのです。
そんな法律が発布されたほどにキリスト教は日本社会を大混乱させたのです。
あのまま日本でキリスト教をはびこらせていたら、
日本はポルトガルの植民地になっていたかもしれないのです。
また、広島に原爆を落とした飛行機に神父が乗っていたのをご存知ですか?
人を救う立場の人が、なぜ原爆投下に協力したのでしょう。

そんなことを考えると、エホバの証人の被害者なんて焼け石に水でしょう。
だからといってそれがいいと言うつもりはありませんが、
キリスト教のほうこそ歴史を直視したらどうでしょうか。
2012-02-26 日 22:04:06 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 「当教会は・・・・」云々。
> クリスチャン達が、街頭で、配っている、トラクト(の裏面)に、「当教会は正統派プロテスタント教会(キリスト教会)・・・・。」と、印字されているのを、見る度に、「どうであれ、お前ら、所詮、同じ穴の狢だろうよ。目糞鼻糞じゃないか!?何言ってやがる!!」と、感じてしまうのです。

私もそう思います。
プロテスタントが正統派なんて誰が決めたのでしょう。
神様でしょうか? イエス様でしょうか? 聖書の教えでしょうか?
たった500年の歴史しかないプロテスタントが正統派なら、
それ以前の1500年も続いたキリスト教は何だったのでしょうね。
2012-02-29 水 22:28:48 | URL | 桃栗 [編集]
Re: きっと敵を愛しています
> こんにちは
> 駄文で失礼いたします。
> 多分「汝の敵を愛せよ」とは、戦って相手に自分の思想を植え込むことなのです。

よくおぞっしゃってくれました。
聖書には「汝の隣人を愛せよ」とも書かれていますね。
この「隣人」とは実は「クリスチャン同士」のことです。
要するに、クリスチャンは世界中にキリスト教を広めて、
人類全員を隣人にしてしまおうという考えなのです。


> 学校の礼拝と聖書だけ読んでいる私では、各宗派の違いがイマイチ分かりにくいところですが、カソリックとプロテスタントはいつ仲良くなったのでしょうか?
> 宗教革命の時に戦争までしましたよね?なのに、この件に関しては歩調を合わせているかのようです。

カトリックは、ローマ法皇を頂点とする世界最大の宗教組織ですから、
プロテスタント側としては、
その世界最大の宗教組織を敵に回したくないのではないでしょうか。
プロテスタントが非難するのは、エホバ、統一、モルモンなど、
自分たちより新しくて小さな宗派だけです。
カトリックはプロテスタントよりも歴史があって組織が大きいので、
頭が上がらないのかもしれません。


> そもそも「汝の敵を愛せよ」は人間には向かない教えのようです。それが出来たら戦争は起こらないとおもいます。

人間というより生物全般に当てはまらない教えと言った方がいいでしょう。
虫も動物も縄張り争いをしますし、
弱肉強食の世界ですから、食ったり食われたりが日常茶飯事です。


> お忙しいようですが、最近特に寒いので体には気を付けられてください。

今年に入ってすでに2回も風邪で寝込みました。
まだ完治していません。
風邪が恨めしいです。
2012-02-29 水 22:47:52 | URL | 桃栗 [編集]
愛について
キリスト教は愛の宗教です。最初から最後まで聖書には愛のことがメインに書かれています。
キリスト教は『愛』という名前の付いた印籠が商売道具の三流以下企業です。
人の死も痛めない愚か者どもが社員です。
『だれがてめえらの安っぽい商品を買うかよ。返金しろ。』 としか思えません。 クリスチャンの振りかざす印籠は世間一般では使えませんよ。世間で使えばただのストーカーやっちゅうねん。
2012-03-02 金 23:56:28 | URL | Davy [編集]
Re: 「異端」問題私見
 桃栗様、レスに気付くのが遅れて恐縮ですが、他の皆さんからの投稿も多々あるようなので、手短に意見を追加します。

>>  この「正統派キリスト教会は民間企業以下である」という題ですが、あくまで私の主観ですが、「企業」と「宗教団体」では、まるで性質が違うという反論も十分に考えられます。(もし「企業」に例えるなら、「異端」はコピー商品だとか、商標権の侵害だとかに例えられそうな気がしますが)

>日本のいわゆる正統派キリスト教会は、
>世間の人が神を信じていないことを批判し、嘆いています。
>そして、世間を良くするためには、皆が神を信じるべきだと信じていま>す。
>それなら、まず教会が世間の模範になるべきではありませんか?

→どの教会が、何を信じようが私には大して興味もありませんが、これは「某団体が異端だ、カルトだ」(コピー商品、商標権の侵害)と騒ぐよりも先に、もっと「世間の模範」になるような行動をした方がよいという考えでしょうか? 

 私見では、エホバの証人、統一協会、モルモン教は「正統派キリスト教会」にとって、「異端の教義」(キリスト教内部のみで通用する論理)+「カルト性」(一般社会でも通用する論理)という、二つの事情を抱えていると思います。
 そのため、キリスト教関係者にとっては、外部へは「カルト性」を批判の理由として挙げ、キリスト教内部では「異端の教義」も批判する理由になると思いますが、現状として、「カルト問題に取り組んでいますよ」という姿勢は、(日本基督教団の統一協会対策など)一種のPRになっていることも事実ですから、異端・カルトとされる団体に「あなた方とは違うんです」という態度を教会が取り続けることは必定かと……。

http://dailycult.blogspot.jp/2012/03/blog-post_14.html#more

(この「やや日刊カルト新聞」の記事もご参考に)


>>  また、「正統」と「異端」の論争は、他宗教でも当たり前に起こっていることのようですから「キリスト教の問題」として提起するのは、やや難があると思いますが……。
>>  例をあげるなら、日蓮宗と創価学会、スンナ派とシーア派、アーレフとひかりの輪などなど……。

>他の方のコメントにも書きましたが、
>他の宗教について書く知識も労力もないため、
>このブログではキリスト教のみを批判対象としています。

→キリスト教批判のページで、他宗教のことばかり書くつもりはありませんが、「正統」「異端」論争・対立は他宗教の世界でも日常茶飯事ということを認識していただければ幸いです。


>>  これは「正統派教会」に対する反動の現れと思われますが、「教義が異端か否か」という問題は、所詮「キリスト教内部の問題」ですが、JWが輸血禁止など生命に関わる問題を抱え、(子供をムチで叩いて虐待死させた事件もありますが)奥さんがJWの研究生になり、家庭崩壊の事態も起こしたという「社会問題」(カルト問題)の側面をJWは持つことも認識していただければ幸いです。

>まさにこのような反論をずっとお待ちしていました。
>エホバの証人の輸血拒否や虐待がどうかしたのでしょうか?
>それより、キリスト教ほど歴史上で大量の殺人を犯した宗教はないで>しょう。
>十字軍遠征、異端審問、魔女狩り、白人による世界の植民地支配な>どなど、
>検索してお調べになってはいかがですか?
>また、日本で唯一法的規制を受けた宗教こそ「キリスト教」です。
>あなたも「禁教令」をご存知でしょう?
>かのオウム真理教でさえ破防法が適用されなかったのに、
>キリスト教は信仰そのものが長い間禁止されていたのです。
>そんな法律が発布されたほどにキリスト教は日本社会を大混乱させ>たのです。
>あのまま日本でキリスト教をはびこらせていたら、
>日本はポルトガルの植民地になっていたかもしれないのです。
>また、広島に原爆を落とした飛行機に神父が乗っていたのをご存知で>すか?
人を救う立場の人が、なぜ原爆投下に協力したのでしょう。

>そんなことを考えると、エホバの証人の被害者なんて焼け石に水でしょう。
>だからといってそれがいいと言うつもりはありませんが、
>キリスト教のほうこそ歴史を直視したらどうでしょうか。


→いやはや、ごもっともです。
 『キリスト教暗黒の裏面史』なんかも興味深いですし、巨大虎猫さんらの投稿で見られるように、「正統派」教会だって、カトリックにプロテスタントに正教会を問わず、散々阿漕な真似(暴虐の限り)を尽くしています。
 日本人が海外に奴隷として売り飛ばされたりもしましたね。
 もっとも、桃栗様がキリスト教批判を続ける予定なら、このように「キリスト教が何をやってきたか」という方面からぶつけても、信者さんにはあまり効果はないかと思います。

(反論のテンプレートとして、「人間は不完全で罪人だから仕方ない」とか、「当時はそうするしかなかった」とか、「他の宗教だって人身御供やら何やらをやっていた」とか、「そのキリスト教世界から政教分離や人権思想が誕生した」とか等)
 
 何せ「信じなきゃ地獄に落ちる!」と思いこんでる以上、正面切っての批判は「私は迫害されている。だけどイエス様……」とお祈りに逃げ込まれるのが落ちです。
 むしろ、褒め殺しの方が効果があると思いますが……。

  もっとも、この「キリスト教史のダークサイド」ネタは、突き詰めるなら「勝てば官軍」です。
 「正統派キリスト教会」が、過去に何をしようと、結果的には淘汰されずに生き残ってしまってますから、「現在、非人道的な行為」を行っていないと、オウムのように攻撃するのは難しいかと思います。
(イラク戦争ネタはまだ効くと思いますが)

 一方、エホバの証人や統一協会は未だに(モルモン教はアメリカ国内で重婚を教義にしていたり、ユタ州から独立しようと「ユタ戦争」をやったりしてましたが)、児童虐待、輸血拒否死、霊感商法、合同結婚式等の反社会的行為を行っていることが、「現時点の問題」と私は認識しています。

 私の結論は、「キリスト教批判をすることは尊重しますが、だからといって、カルト問題を『焼け石に水』や『どうかしたでしょうか?』と評するのは、少しばかり慎重に考えていただきたい」と思います。

(もちろん、プロテスタントの「原理主義」「福音主義」と呼ばれるグループなどが、カルト的な性質を持ちやすいことも事実です)

 それは、旧日本軍の戦争責任を非難しながら、チベットやウイグル自治区の中国共産党の弾圧、虐殺については目をつぶるようなものと私は考えます。
 
 回答ありがとうございました。  
2012-04-02 月 23:45:43 | URL | 浅見定雄のシンパ(自称) [編集]
Re: Re: 「異端」問題私見
>  桃栗様、レスに気付くのが遅れて恐縮ですが、他の皆さんからの投稿も多々あるようなので、手短に意見を追加します。

手短にとおっしゃる割にはずいぶんと長いコメントですね?

>  私見では、エホバの証人、統一協会、モルモン教は「正統派キリスト教会」にとって、「異端の教義」(キリスト教内部のみで通用する論理)+「カルト性」(一般社会でも通用する論理)という、二つの事情を抱えていると思います。
>  そのため、キリスト教関係者にとっては、外部へは「カルト性」を批判の理由として挙げ、キリスト教内部では「異端の教義」も批判する理由になると思いますが、現状として、「カルト問題に取り組んでいますよ」という姿勢は、(日本基督教団の統一協会対策など)一種のPRになっていることも事実ですから、異端・カルトとされる団体に「あなた方とは違うんです」という態度を教会が取り続けることは必定かと……。
>
> http://dailycult.blogspot.jp/2012/03/blog-post_14.html#more
>
> (この「やや日刊カルト新聞」の記事もご参考に)

こちらもご参考に。
http://rachi.up.seesaa.net/html/kankin_list-4ea1b.html
いわゆる正統派キリスト教を名乗っているであろう牧師による監禁事件の一覧です。

プロテスタントの牧師が統一教会信者を監禁して強制改宗を行おうとして
自殺に追い込んだ実例です。
http://ratikan2010.blog134.fc2.com/blog-entry-82.html
大規模なデモが起こるほどの騒ぎにまで発展しています。
2012-04-14 土 11:56:58 | URL | 桃栗 [編集]
プロパガンダ・拉致監禁キャンペーン
 桃栗様、統一協会の「拉致監禁」ネタですが、これは統一協会のプロパガンダという要素も強いことを認識願います。

 「拉致監禁をなくす会」=統一協会関係者が関わっています。

 http://dailycult.blogspot.jp/2012/03/blog-post_23.html
(やや日刊カルト新聞の藤倉主席やエイト氏はキリスト教関係者ではありませんので、念のため)

 http://ameblo.jp/w-kazoku/entry-10663352129.html
(こちらは元統一協会員の方のページ)

 拉致監禁ネタへの私見ですが、信者(食口)の結束を深め、外部への脱出を防ぐには、「我々は外部から攻撃されている」とPRするのが有効ということが、他のカルト教団でも報告されています。

 また、教団は「毒ガス攻撃を受けている」と主張しており……
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%B3
(オウム真理教)

 時が経つにつれ、次第にジムは「迫害」の強迫観念に取り憑かれるようになった。
http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/god.htm
(人民寺院)

 このように、外部から攻撃されていると騒ぐのは、カルト問題ではよくあることです。

 拉致監禁と騒ぐ方は、合同結婚式ネタの以下の記事もどうぞ。
http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/41c5689ceb87c9440540630aa2551372
 (日本の女性を韓国農村の嫁不足に貢献!)

 このネタについて、意見交換・議論を希望されるなら喜んで対応しますが「正統派キリスト教会」を批判するために「統一協会の拉致監禁キャンペーン」を持ち出すことは、桃栗様が「統一協会に協力的」等と、他の方から看做される可能性もありますので、慎重な対応を願います。  

 
2012-04-22 日 22:17:52 | URL | 浅見定雄のシンパ(自称) [編集]
Re: プロパガンダ・拉致監禁キャンペーン
>  桃栗様、統一協会の「拉致監禁」ネタですが、これは統一協会のプロパガンダという要素も強いことを認識願います。
>
>  「拉致監禁をなくす会」=統一協会関係者が関わっています。

>  拉致監禁ネタへの私見ですが、信者(食口)の結束を深め、外部への脱出を防ぐには、「我々は外部から攻撃されている」とPRするのが有効ということが、他のカルト教団でも報告されています。

>  このように、外部から攻撃されていると騒ぐのは、カルト問題ではよくあることです。

では、外部から攻撃されること、
つまり「迫害されること」が幸せだと説くキリスト教もカルトですね。


義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。
喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
(マタイによる福音書5:10-12)

今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受け、後の世では永遠の命を受ける。
(マルコによる福音書10:30)


>  拉致監禁と騒ぐ方は、合同結婚式ネタの以下の記事もどうぞ。
> http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/41c5689ceb87c9440540630aa2551372
>  (日本の女性を韓国農村の嫁不足に貢献!)

ですからね、「キリスト教」そのものが世界最大のカルトと言われ、
長い歴史の中でキリスト教ほど人命を奪った宗教はないのですよ。
合同結婚式がどうかしたのですか?
殺されないだけマシじゃないですか。
そのリンク先には、極貧、差別のことが書かれていますが、
キリストは、貧しい者、差別を受ける者(迫害を受ける者)は幸いだと言っています。


そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
(ルカによる福音書6:20)


それなら、貧しくて差別を受ける生活は、
キリストの教えに従えば、まさに幸いだということになります。


私はクリスチャン生活を送っていた頃、特に中高生の頃、
学校でいじめに遭ったり人間関係でずいぶんと悩みました。
しかし、信仰を捨てようなどとはまったく思いませんでした。
なぜなら、この試練を乗り越えてこそ神の祝福があると信じていたからです。
それに、神から離れれば、自分はもっと不幸になると信じていました。
神から離れようなどと言う考えはまったく思いつかなかったのです。
だから、統一教会の洗脳が解けない人たちの心理が私にはかなり理解できます。


>  このネタについて、意見交換・議論を希望されるなら喜んで対応しますが「正統派キリスト教会」を批判するために「統一協会の拉致監禁キャンペーン」を持ち出すことは、桃栗様が「統一協会に協力的」等と、他の方から看做される可能性もありますので、慎重な対応を願います。  

ご心配なく。そういうことには慣れています。
それより、貴方はクリスチャンですか? 聖書の知識はありますか?
もしも本当に聖書の知識があるなら、
なぜエホバの証人や統一教会のような団体が存在するのか分かるはずですが。
私が言いたいのは、要するに聖書やキリスト教の教義そのものに問題があるということです。
あなたは統一教会反対論者のようですが、
その前にまず大元である聖書やキリスト教の問題点を先に考えるべきだとは思いませんか?
2012-05-06 日 23:02:07 | URL | 桃栗 [編集]
桃栗様、落ちついて下さい
 多数のレスに返信とあって、お忙しいとは思いますが、ご容赦願います。

>>  このように、外部から攻撃されていると騒ぐのは、カルト問題ではよくあることです。

>では、外部から攻撃されること、
>つまり「迫害されること」が幸せだと説くキリスト教もカルトですね。


>義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのも>のである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないこと>であらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。
>喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがた>より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
>(マタイによる福音書5:10-12)

>今この世で、迫害も受けるが、家、兄弟、姉妹、母、子供、畑も百倍受>け、後の世では永遠の命を受ける。
>(マルコによる福音書10:30)

→桃栗様、この段階で意見のずれがあるようです。

 「外部から攻撃されていると騒ぐ」(これはカルト団体の妄想

 「迫害されること」(信教の自由の侵害ですね。中国なら当局から弾圧されている法輪功やチベット仏教が「迫害」といえるでしょうし、イスラム原理主義の国なら、棄教・他宗教に改宗したらシャリア法で処刑されます)

 カルト団体の妄想と、実際に起きている人権侵害を混同されていませんか?

 カルトの定義につきましては、「アラン・ジュスト報告書」をどうぞ。

 1:精神の不安定化
 2:法外な金銭的要求
 3:住み慣れた生活環境からの断絶
 4:肉体的保全の損傷
 5:子供の囲い込み
 6:反社会的な言説
 7:公秩序の攪乱
 8:裁判沙汰の多さ
 9:従来の経済回路からの逸脱
 10:公権力への浸透の試み
 以上の項目のいずれかにあてはまる団体をセクトとみなしている[8]
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%AB%E3%83%88


>ですからね、「キリスト教」そのものが世界最大のカルトと言われ、
>長い歴史の中でキリスト教ほど人命を奪った宗教はないのですよ。
>合同結婚式がどうかしたのですか?
>殺されないだけマシじゃないですか。
>そのリンク先には、極貧、差別のことが書かれていますが、
>キリストは、貧しい者、差別を受ける者(迫害を受ける者)は幸いだと>言っています。

→「キリスト教が最大のカルト」と主張されることは自由ですが、無神論者や創価学会以外の方に、その主張がどれだけ定着するかは疑問ですね。 
 もっとも、ムハンマドや天皇や共産圏の指導者などを批判するのと違って、生命の危険はありませんが。

 桃栗様自身も、異端審問や宗教裁判や魔女狩りで拷問にかけられたり、十字軍やコンキスタドールに略奪、虐殺、強姦されたり、あるいは桃栗様が堕胎手術をして病院を爆破されたり、射殺されたり、進化論を教えて教職から追放されたり、無神論を公言したリチャード・ドーキンスのように脅迫状紛いのいやがらせ的な手紙の山が届いたとかいうなら訳が分かりますが。
 最近は共産主義の殺人実績も侮れませんねえ。
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mike/nakano4.htm
(もっとも「共産主義だってたくさん人殺しをしているから、キリスト教の殺人について大目に見ろなんて言うつもりはありませんので、念のため)

 もっとも、このネタをいくら突っついても、せいぜい「ローマ法王の公式謝罪」なんて形で落ちつくのが関の山だと思われます。
 (プロテスタントは日本キリスト教団辺りなら同調し、あとはだんまり?! 正教会については情報不足ゆえ割愛)
 
 
>そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
(ルカによる福音書6:20)

>それなら、貧しくて差別を受ける生活は、
>キリストの教えに従えば、まさに幸いだということになります。

→ 桃栗様の聖書の引用ですが、他の場合を含めていささか「詰めが甘い」と思わさせられるので、補足させていただきます。
 上記のイエスの発言は「12弟子やユダヤ人」に向けられたものであり、統一協会の食口に向けたものと読み取るのは難しいでしょう。
(清貧の例としてはアッシジの聖フランシスコなどが妥当では?)
 
 イエスは度々、「偽キリストに気をつけろ」と言っていますねえ。

 マタイ24章4節~5節、同24節

4:そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。
5 :わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。

24: にせキリスト、にせ預言者たちが現れて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。

http://blogs.yahoo.co.jp/jusus_christ_no1/10508739.html

 統一協会の文鮮明や、オウムの麻原などは「私はキリストだ」なんて名乗っていますねえ。(いかがわしさ満載だが)
 したがって、韓国農村の嫁不足に貢献してしまった合同結婚の被害者は「にせキリストの犠牲者」でしかないと私は認識していますので、悪しからず。


>私はクリスチャン生活を送っていた頃、特に中高生の頃、
>学校でいじめに遭ったり人間関係でずいぶんと悩みました。
>しかし、信仰を捨てようなどとはまったく思いませんでした。
>なぜなら、この試練を乗り越えてこそ神の祝福があると信じていたか>らです。
>それに、神から離れれば、自分はもっと不幸になると信じていました。
>神から離れようなどと言う考えはまったく思いつかなかったのです。
>だから、統一教会の洗脳が解けない人たちの心理が私にはかなり理>解できます。

→貴殿が中高生の頃、大変苦労されたことはお見舞い申しあげます。
 しかし、貴殿がエホバの証人や統一協会の親元で育った場合は、さらに深刻な問題となったことは間違いないでしょう。


>ご心配なく。そういうことには慣れています。
>それより、貴方はクリスチャンですか? 聖書の知識はありますか?
>もしも本当に聖書の知識があるなら、
>なぜエホバの証人や統一教会のような団体が存在するのか分かるは>ずですが。
>私が言いたいのは、要するに聖書やキリスト教の教義そのものに問>題があるということです。
>あなたは統一教会反対論者のようですが、
>その前にまず大元である聖書やキリスト教の問題点を先に考えるべ>きだとは思いませんか?

→私はただの「イカれた素人」ですが、「護教論争」に首を突っ込むつもりはありませんな。
 そんな事は、このHPで「無邪気なクリスチャン」たちが常にやっていることゆえ、大して興味も涌きません(もっとハイレベルなネタがあったり、私が神父や牧師から報酬を提示されたら話は別ですが)
 カルト問題に興味があっても、「アンチクリスト」や「無神論」に肩入れするかどうかは別の問題ですので、念のため。
 
 なお、キリスト教系カルトの二大産地は米国と韓国のようですな。

 追伸:2月26日の桃栗様のレス、
>また、日本で唯一法的規制を受けた宗教こそ「キリスト教」です。

→「唯一」は語弊のある表現ですね。
 他には不受不施派や隠れ念仏なども存在します。

 不受不施派
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E5%8F%97%E4%B8%8D%E6%96%BD%E6%B4%BE
 
 隠れ念仏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%A0%E3%82%8C%E5%BF%B5%E4%BB%8F

 では、これにて失礼。

 
 
2012-05-13 日 19:14:07 | URL | 浅見定雄のシンパ(自称) [編集]
Re: 桃栗様、落ちついて下さい
私からのこの↓の問いかけに対して、

>それより、貴方はクリスチャンですか? 聖書の知識はありますか?

貴方の答えはこちら↓ですね。


私はただの「イカれた素人」ですが、

つまり聖書やキリスト教の知識がない方だと解釈してよろしいでしょうか?
聖書やキリスト教を知らないのに知っているかのように議論なさらないでください。
コメントの流れがどんどん記事の主旨から外れて収拾が付きませんので。
2012-05-20 日 20:43:43 | URL | 桃栗 [編集]
補足
>それより、貴方はクリスチャンですか? 聖書の知識はありますか?

→私が「クリスチャン」かどうかはともかく、(「サタニストだよ」なんて言ったら、どうするつもりですか?)貴殿に比べれば、「聖書やキリスト教の知識」に劣るとは思えませんが、法的には宗教関係者でも学者でも弁護士でもないゆえ、「素人」と分類されるでしょう。


>聖書やキリスト教を知らないのに知っているかのように議論なさらないでください。

 →誤解を招いたとすれば恐縮、貴殿に議論をふっかけるのが目的ではないゆえ、この辺で失礼させてもらいましょう。

 なお、私の意見としては

「キリスト教批判をするのはどうぞ。しかし、上手に批判しないと共感は得られず、無邪気なクリスチャンたちの相手をするのに終始する恐れがあるので、どうぞお気を付けて」

「カルト問題に取り組んでいる人種は、無神論者よりも宗教家の方が多いことも事実」
 

 この2点に尽きます。

 僭越ですが、リチャード・ドーキンスの『神は妄想である』でも、読み返されることを推奨します。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E3%81%AF%E5%A6%84%E6%83%B3%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B

 またはボビー・ヘンダーソンの『反・進化論講座――空飛ぶスパゲッティモンスターの福音書』でもどうぞ。
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%BA%E9%A3%9B%E3%81%B6%E3%82%B9%E3%83%91%E3%82%B2%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E6%95%99

 では、しばらくROMに戻りますので、悪しからず。
2012-05-20 日 23:33:13 | URL | 浅見定雄のシンパ(自称) [編集]
自称シンパさんへ
早く病院に行って下さい。
2012-05-21 月 23:50:31 | URL | Davy [編集]
Re: 補足
> >それより、貴方はクリスチャンですか? 聖書の知識はありますか?
>
> →私が「クリスチャン」かどうかはともかく、(「サタニストだよ」なんて言ったら、どうするつもりですか?)貴殿に比べれば、「聖書やキリスト教の知識」に劣るとは思えませんが、法的には宗教関係者でも学者でも弁護士でもないゆえ、「素人」と分類されるでしょう。

ですからね、なぜ貴方は私の質問にはっきりと答えないのでしょうか。
貴方はクリスチャンですか? 聖書の知識はありますか? と尋ねているのですから、
答えは「はい」か「いいえ」のどちらかでしょう?
なのになぜはっきりと答えられないのでしょうか。


>貴殿に比べれば、「聖書やキリスト教の知識」に劣るとは思えませんが

などと回りくどい表現を使っていますが、
要するに貴方は本当は私よりも聖書の知識が劣っているのに、
わざわざ勿体ぶった言い方をしてごまかしているだけです。


> 「カルト問題に取り組んでいる人種は、無神論者よりも宗教家の方が多いことも事実」

貴方は何がおっしゃりたいのでしょうか。
だから貴方も宗教家だとでもおっしゃるのでしょうか。

頭のいかれた人を相手にするのは時間の無駄ですので
今後一切の書き込みはご遠慮ください。
2012-05-22 火 23:06:23 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 自称シンパさんへ
> 早く病院に行って下さい。

よくぞ言ってくださいました。
2012-05-22 火 23:08:52 | URL | 桃栗 [編集]
人の夢を無神経にぶち壊すキリスト教
コメントさせて有り難うございます。このブログはキリスト教に色々鬱憤を晴らすある意味いいサイトですね。余り言い過ぎると身元がバレますので控え目にさせて頂きます。
色々なクリスチャンを見てますが、本当に自分の事や価値観しか押し付けない連中ですね。例えば、僕はこういう事を望み、こういう風になりたい、そしてこう願っている。と主張しても、それは神の御心か?愛か?御心に従えとあーだこーだ言って言ってくる。そして御心じゃないから辞めろとまで批判してくる。それに恋愛に関してもあーだこーだズケズケ言って無神経にあーでもない、こーでもないの批判。そしてクリスチャン同志結婚させて(好きでもないのに)その関係が最悪になっても『神の愛です。』と言ってせせら笑う最悪の連中です。笑っちゃうよ!
2015-05-31 日 21:44:02 | URL | 色々あるけどね。 [編集]
Re: 人の夢を無神経にぶち壊すキリスト教
> コメントさせて有り難うございます。このブログはキリスト教に色々鬱憤を晴らすある意味いいサイトですね。余り言い過ぎると身元がバレますので控え目にさせて頂きます。
> 色々なクリスチャンを見てますが、本当に自分の事や価値観しか押し付けない連中ですね。例えば、僕はこういう事を望み、こういう風になりたい、そしてこう願っている。と主張しても、それは神の御心か?愛か?御心に従えとあーだこーだ言って言ってくる。そして御心じゃないから辞めろとまで批判してくる。それに恋愛に関してもあーだこーだズケズケ言って無神経にあーでもない、こーでもないの批判。そしてクリスチャン同志結婚させて(好きでもないのに)その関係が最悪になっても『神の愛です。』と言ってせせら笑う最悪の連中です。笑っちゃうよ!

クリスチャン言う「神の御心」とは、「自分たちの御心」なんですよ(笑)。
自分達の都合の良いことを正当化したいがためにそう言っているのです。
もしもこの世のすべての出来事が「神の御心」なら、
日本のクリスチャン人口が激減しているのも「神の御心」のはずなのに、
そういう都合の悪い時には神に祈って「神の御心」を変えたがる。
おかしくって仕方ありませんね。

2015-06-14 日 22:30:05 | URL | 桃栗 [編集]
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