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桃栗

Author:桃栗
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コメント
キリストの象徴 魚
ここ何日か幾つかの反キリスト教のブログを読んでいたのですが、私が抱えている疑問に少し答えが見えて来た様に思いました。

どうしてたかが宗教の事で私はこんなに怒りを抱え続けなければいけないのだろう。
もう年老いた親が宗教にはまっているのを年寄りの楽しみとして容認出来ないのか。
親が本当に悲しいボロボロの看板の様に見える。笑っている人物の写真のボロボロの看板。

それは気付かずに仕掛けられてきた罠に幼い日から落とされて来た事への怒り。
その巧妙な罠の巧みさ。それを引き継いだ新興宗教のおぞましさ。人類史に残る2000年前に始まったカルトは今現在も沢山の人間を殺し続ける。

踏みにじられた人間にとって最も大切なもの。
精神的なレイプ。歴史を超えて来た詐欺。
作られた救世主に心の底から親しみを覚え救い主と慕った時があったのです。
美しいキリストの生涯、身をていした贖罪。
その餌で人々を釣って来た。
まさに人間をとる漁師。魚が彼の象徴なのは皮肉な事でしょうね。
2012-02-08 水 19:14:52 | URL | victim [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2012-02-22 水 23:20:19 | | [編集]
Re: キリストの象徴 魚
> ここ何日か幾つかの反キリスト教のブログを読んでいたのですが、私が抱えている疑問に少し答えが見えて来た様に思いました。
>
> どうしてたかが宗教の事で私はこんなに怒りを抱え続けなければいけないのだろう。
> もう年老いた親が宗教にはまっているのを年寄りの楽しみとして容認出来ないのか。
> 親が本当に悲しいボロボロの看板の様に見える。笑っている人物の写真のボロボロの看板。

私はほとんど家族との関係についてはブログには書きませんが、
victimさんのお気持ちは私と重なる部分があるのでよく分かります。
私の過去についての詳しい話はブログには書けませんが、
神を信じる者がなぜあんな仕打ちを受けなければならないのだろうかと、
本当に憤りを感じます。


> それは気付かずに仕掛けられてきた罠に幼い日から落とされて来た事への怒り。

キリスト教こそがこの世の唯一絶対の基準だと信じてきたのに、
それが矛盾だらけの宗教だと気付くのが遅かったのが残念です。
2012-02-27 月 23:27:28 | URL | 桃栗 [編集]
時間の浪費
教会へ通いだして約24年、今になってキリスト教は単なる妄想だと気がつきました。
今現在、高齢の両親の介護のためという理由ができ、日曜礼拝を休んでいますが、このことで感じたことは、なんと今まで日曜日の半日の貴重な時間を浪費してきたか、ということです。(午後の行事等も含めると半日以上ですが)
とても大きな損をしたと後悔しております。
2012-03-20 火 06:34:13 | URL | Y.N [編集]
精神的苦痛の日々
私のクリスチャン人生は過酷なものでした。

それは教会の中で陰湿なイジメというか、
精神的苦痛をうけるような嫌がらせを受けたからです。

具体的にいってしまうと身元がバレてしまうので
あまり言えませんが、少なくてもこれだけは言っておきます。
信者からではなく、牧師の家族や親族からの嫌がらせがありました。

なんともうしましょうか、小姑のイビリに似たような感じです。
教会は「愛の集合体」とか、愛を語る宗教だと思っていましたけど、
なんだかものすごく裏切られた気分になります。

なんで私だけが牧師たちに、こんなひどい仕打ちを受けなきゃいけないの?
と、何度も何度も、心の中で叫んでいました。

でもキリスト教だから、牧師たちが心無いことを平気でするんだと思えてから、キリスト教はニセモノの宗教だと感じました。

生きる力や生きる希望さえもなくなる、宗教は人々を幸せにするためにあるものだと思っていましたから、結局は神父や牧師といった聖職者だけが自己満足や裕福になる宗教では?
と感じました。


そして、桃栗さんのブログを拝見してからは、キリスト教で苦しんでいた人の書き込みを見て、苦しんでいたのは私だけじゃなかったんだと
桃栗さんのブログを読んで、心が救われた気分です。
キリスト教に疑問を感じた人や過酷なクリスチャン人生を書き込みする人の意見に共感するところも多くあって、
桃栗さんとこの貴ブログに出会って本当によかったと心から感じています。

ありがとう

2012-03-24 土 14:48:00 | URL | すすき [編集]
Re: 時間の浪費
> 教会へ通いだして約24年、今になってキリスト教は単なる妄想だと気がつきました。
> 今現在、高齢の両親の介護のためという理由ができ、日曜礼拝を休んでいますが、このことで感じたことは、なんと今まで日曜日の半日の貴重な時間を浪費してきたか、ということです。(午後の行事等も含めると半日以上ですが)
> とても大きな損をしたと後悔しております。

そのお気持ちよく分かります。
私はクリスチャンホームに生まれたがために、
学校の体育祭以外は必ず教会に通っていました。
友達と遊びたいのも我慢して神を賛美することが人間の義務だと信じていました。
今から考えると何と時間の無駄だったのだろうと思います。
青春を返して欲しいです。
2012-03-27 火 22:28:01 | URL | 桃栗 [編集]
青春返してほしいですね
私もよい大人の年齢ですが、(教会に捧げた?)青春を返してほしいです(苦笑)。
中高生時代は日曜ともなると、友達はみな原宿や渋谷に行って楽しく遊んでいたようでした。
礼拝後に遊ぼうと思っても、友達はたいてい午前中に集合して出かけるので、礼拝に出ていたら参加などできません。
私の場合は自分の意思で主日礼拝を選んでいたので、まあ自分の責任でもあるのですが、
それでもあの時もっと若者らしい経験がいろいろできたのでは、と後悔があります。
信仰なんて、いつからでも何歳からでも始められますしね。
年を重ねてなにか心の支えがほしくなったら宗教にでも頼ればいいでしょう。
一方、若いうちはその年代でしかできないこと、出会いなど
いろいろ可能性が広がっているわけでして。
その可能性の芽を摘み取って、
「教会に行くのが正しい」「繁華街には誘惑が多いから行くべきではない」
などと規制するのは、結果的に選択の自由を妨げ、マイナスにしかならないと思うのもです。

学生時代の(ノンクリスチャンの)友人から学ぶことは、実はとても多いんですよね。
だから学生時代に教会中心の狭い世界で過ごしてしまうと、
成人して社会に馴染めない大人になってしまうことがあるんです。
(あ、これは私自身の自戒ですが…)
2012-04-09 月 13:52:29 | URL | ゆま [編集]
Re: 精神的苦痛の日々
> 私のクリスチャン人生は過酷なものでした。
>
> それは教会の中で陰湿なイジメというか、
> 精神的苦痛をうけるような嫌がらせを受けたからです。
>
> 具体的にいってしまうと身元がバレてしまうので
> あまり言えませんが、少なくてもこれだけは言っておきます。
> 信者からではなく、牧師の家族や親族からの嫌がらせがありました。

> なんともうしましょうか、小姑のイビリに似たような感じです。
> 教会は「愛の集合体」とか、愛を語る宗教だと思っていましたけど、
> なんだかものすごく裏切られた気分になります。

キリスト教は愛の宗教ではなく、愛を「押し売りする」宗教だと思います。
クリスチャンたちはキリスト教の神の愛だけがこの世の真理だと信じていますから、
そういう人たちの目から見ると、
信じていない人はすべて「神の愛を知らない哀れな人」に見えるのでしょう。
実際、私もクリスチャンだったころは、
世間の人たちが神を信じていないのは嘆かわしいことだと思っていましたから。


> 生きる力や生きる希望さえもなくなる、宗教は人々を幸せにするためにあるものだと思っていましたから、結局は神父や牧師といった聖職者だけが自己満足や裕福になる宗教では?
> と感じました。

結局は、宗教も自己満足の世界なんですよね。
趣味なんかと同じです。


> そして、桃栗さんのブログを拝見してからは、キリスト教で苦しんでいた人の書き込みを見て、苦しんでいたのは私だけじゃなかったんだと
> 桃栗さんのブログを読んで、心が救われた気分です。

私自身、ネットをやるまでは、キリスト教に疑問を持つ人は少ないと思っていましたが、
ネット上のクリスチャン、元クリスチャンの両方の意見を見て、
キリスト教の性質というものが見えてくるようになりました。
また、毎日ストレスの多い生活をしていますが、
こうしてブログに自分の気持ちを書くことによって気分が落ち着きますし、
皆様に読んでいただいてこちらとしても心強く思います。
2012-04-14 土 11:39:00 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 青春返してほしいですね
> 私もよい大人の年齢ですが、(教会に捧げた?)青春を返してほしいです(苦笑)。
> 中高生時代は日曜ともなると、友達はみな原宿や渋谷に行って楽しく遊んでいたようでした。
> 礼拝後に遊ぼうと思っても、友達はたいてい午前中に集合して出かけるので、礼拝に出ていたら参加などできません。
> 私の場合は自分の意思で主日礼拝を選んでいたので、まあ自分の責任でもあるのですが、
> それでもあの時もっと若者らしい経験がいろいろできたのでは、と後悔があります。

まるで自分が書いたコメントかと思うほど同感です。
私も、日曜日は学校の友達と遊ぶことよりも、
神を賛美することの方が大事であり、当たり前だと信じていましたから。
子供というものは小さい頃から仲間と遊びながら社会性を身に付けていくものです。
しかし、私はそういうものを十分に身に付けられないままに成長した気がします。
こんな悩みをクリスチャンに投げかけたところで
「どんな時も神は貴方を愛しています」という決まり文句が返ってくるだけです。
神が愛しているから、だから何なのでしょう。


> 信仰なんて、いつからでも何歳からでも始められますしね。
> 年を重ねてなにか心の支えがほしくなったら宗教にでも頼ればいいでしょう。

まさにその通り。
教会が伝道の際によく用いる言葉に
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」
(マタイ11:28)
があります。

その言葉どおり、大人になってからクリスチャンになった人の多くは、
人生に挫折したり疑問を感じたときにキリスト教に出会って入信しています。
しかし、まだ人生の挫折も経験したことがない小さな子供に、
「罪から救われるためにキリストを信じなさい」と教えるのはやめて欲しいです。
そうやって余計に子供に「罪の意識」という重荷を背負わせているのです。


> 一方、若いうちはその年代でしかできないこと、出会いなど
> いろいろ可能性が広がっているわけでして。
> その可能性の芽を摘み取って、
> 「教会に行くのが正しい」「繁華街には誘惑が多いから行くべきではない」
> などと規制するのは、結果的に選択の自由を妨げ、マイナスにしかならないと思うのもです。
>
> 学生時代の(ノンクリスチャンの)友人から学ぶことは、実はとても多いんですよね。
> だから学生時代に教会中心の狭い世界で過ごしてしまうと、
> 成人して社会に馴染めない大人になってしまうことがあるんです。
> (あ、これは私自身の自戒ですが…)

キリスト教の教えを信じていると、
キリスト教的価値観と一般社会の価値観との違いに戸惑いますね。
どちらに合わせたらいいか分からなくなります。
社会の中でうまくやっているクリスチャンは、
実は「ダブルスタンダード」なんじゃないかと思います。
教会の中と企業社会の中とで上手く価値観を合わせているのかもしれません。
私はそんな器用なことが出来ませんでした。
いえ、実際には、社会の中では一般社会の価値感に表面上は合わせていたのですが、
心の中では、自分が神の教えに背いているような、
何か後ろめたい気持ちがありました。
本当に余計なエネルギーを使ったものだなあと思います。
2012-04-14 土 12:47:45 | URL | 桃栗 [編集]
自称救世主
はじめまして、桃栗様!お世話になります、どうかよろしくお願いします。

自称救世主、イエス様とやらの興味深い動画を見つけました。どうか心の
底から笑ってください!
http://www.youtube.com/watch?v=WLKk00OYKhU

2012-05-07 月 22:12:56 | URL | Alex [編集]
キリスト教価値観
矛盾は人間の思考で判断、理解しようとすればするだけ広がります。

ではどの宗教イスラム教、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教(神)が本物で、
それを証明してくれますか?

聖書を理解する事はとても難し事は理解しています。矛盾と人が感じる事もわかります。なぜなら神の心も、考えも理解していないからです。私も理解していません。ですからこの文章も矛盾かもですね。

キリスト教

とは、ナザレのイエスをキリスト(救い主)として信じる宗教。イエス・キリストが、神の国の福音を説き、罪ある人間を救済するために自ら十字架にかけられ、復活したものと信じる。その多く(正教会・東方諸教会・カトリック教会・聖公会・プロテスタントなど)は「父と子と聖霊」を唯一の神(三位一体・至聖三者)として信仰する。

教義・教理

キリスト教における正統教義・正統教理では、神には同一の本質を持ちつつも互いに混同し得ない、区別された三つの位格、父なる神と子なる神(キリスト)と聖霊なる神がある(三位一体)とされる。正教会、東方諸教会、カトリック教会、聖公会、プロテスタント諸派といった主要教派の全てが、この教義・教理を共有している。
アダムとイヴの堕罪以降、子孫である全ての人間は生まれながらにして罪に陥っている存在であるが(原罪または陥罪)、(神にして)人であるイエス・キリストの死はこれを贖い、イエスをキリストと信じるものは罪の赦しを得て永遠の生命に入る、という信仰がキリスト教の根幹をなしている。

Ⅰキリスト教とは世界観

*私たちはキリスト教信仰が超理性的(既知の事柄を元にして未知の事柄について知ろうとする)であることを知っています
*私たちは神がおられる事を知っています。知識ではなく個人的信頼につながっていると信じている。
*私たちは天地創造の神が父なる神、子なるキリストを見ればその方を見たのと同じであり、それを理解させて下さるのが聖霊様である事を信じている。それゆえ、三位一体の神を信じている。

Ⅱ目標に向かっていく聖書的歴史観

・個人的歴史観
 聖書は創世記1:1節 初めに、神が天と地を創造した。ところから始まり、終わりは「しかり。わたしはすぐに来る。」と言うゴールに向かう事(今自分がどこにいるのかをわかる事)
・聖書的歴史観
 人を支配する罪の力に打ち勝ったキリストの勝利、「(イエスの)復活こそが神が備えてくださった勝利の証拠」キリストが十字架につけられて復活した時にサタンの敗北が決まり、歴史が変わった。ところが、時間のギャップがあり、一人でも多くの人が救われる事を神が願っているから再臨がまだ来ていない。(人間的考え)
サタンからの支配権をうばい返して占領地を回復して神の国に向かって行く戦いにあなたも招かれている。(クリスチャン生活のゴール)
神の義をまとってサタンと戦うこと(その様に信じている)

Ⅲキリスト教的人生観は信仰のとらえ方の違い
・聖霊の働きによってイエスキリストを信じる
・聖霊の働きによって清くされる
・聖霊の働きによって完成される

信仰の強さを聖書的に言うと
・神様は私たちがだれを信じている対象が問題である。だから信仰が強くても弱くても正しい御方を仰ぎ見て信じているならば全員同じようにイエスキリストと言う御方を持っています。似た物に変えられていくことがキリスト教信仰の真髄です

そしてこれらを私は信じています。
個人的ですが桃栗さんは迷ってると思います。明らかにノンクリスチャンや知識の少ない方にはコメントしてないし、まぁ~神様の答えもそんな感じなのかもしれません。御利益的な方には答えを簡単にはくれません。迷って下さいそれがもしかしたら近道かもしれませんから。
良い事も悪い事も裁く事が出来るのは神様だけです。もし周りにその様な方がいたらパウロを見て下さい。
良いメッセージ時間がある時にでも ローマ章7:1~25
バーべストタイム 律法からの解放(1)(2)(3) 中川健一
http://www.harvesttime.tv/message-station/audio/harvest-forum-tokyo/episode/149

知恵に富む唯一の神に、イエスキリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン


2012-05-10 木 22:52:46 | URL | からし種 [編集]
Re: キリスト教価値観
> 矛盾は人間の思考で判断、理解しようとすればするだけ広がります。
>
> ではどの宗教イスラム教、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教(神)が本物で、
> それを証明してくれますか?

貴方は他の宗教を挙げていらっしゃいますが、
結局はその中でキリスト教こそが本物だと言いたいのでしょう?
と、予測しながらコメントを読んでみたら予想通りでした。

では、イスラム教、ユダヤ教、仏教、ヒンドゥー教がニセモノだと証明できますか?
ちゃんとそれらの宗教を詳しく比較した上で
キリスト教こそが本物だと分かって入信されたのでしょうか?
2012-05-20 日 20:07:13 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 自称救世主
> はじめまして、桃栗様!お世話になります、どうかよろしくお願いします。
>
> 自称救世主、イエス様とやらの興味深い動画を見つけました。どうか心の
> 底から笑ってください!
> http://www.youtube.com/watch?v=WLKk00OYKhU

面白い動画の紹介、ありがとうございます。
ニヤニヤしながら見ていたら最後の「落ち」の部分でビックリしました(笑)。
あと、その動画のコメントにもキリスト教を批判するものがありますね。

Bible is bullshit.

直訳すると「聖書は牛のクソ」ですから(笑)。
2012-05-20 日 20:20:52 | URL | 桃栗 [編集]
もし意味をご存知でしたら、すみません。

英語の bullshit は俗語で、ばかげたこと、でたらめ、くだらないことなどを意味します。
"Bible is bullshit."は聖書はばかげてる、くだらん、とけなしていることになります。

単独で間投詞にも使われます。貴ブログのコメント欄が承認制になった今も、まさに

  Bullshit!

の一言に値する、一方的な教義の説教や、ネチネチネバネバの挑発や、ただの自ブログ
宣伝のコメント投稿が見受けられます。
2012-05-23 水 01:08:53 | URL | AC [編集]
桃栗様 初めましてm(__)m
クッキングホイル様のブログから流れて来ました
キリスト教に疑問を持ちながら、友人の牧師に世話になった恩から受洗し、後悔している者です
クリスチャンの根拠無き過剰エリート意識に散々苦しめられた経験が有ります 桃栗様に突っ掛かってくるクリスチャンの方、私の知るクリスチャンと違いますね クリスチャンって、、聖書というおかしな価値観を信じてる、奇特な存在ですが、どこか心に余裕が有るものです まあ、その余裕がおかしな自尊心になってますが
クリスチャンなら、イエス様を否定しようが教会を批判しようが、それも神へ繋がっていると考えるはず そんな余裕無き人に唯一の真理を語り他人を導くなんて無理だと感じるのは可笑しいですかね?
クリスチャンは自分が罪人と認めた勇気ある存在で他人を裁かない価値観を持ってる筈ですが
私の見解違いかな?


これから宜しくお願いいたします m(__)m


2012-05-24 木 15:12:54 | URL | えびせんZ [編集]
クッキングフォイルさんは、ブログに前は、ツイッター名を2つ掲載しておられクッキングフォイルとkazutosi69でした。
kazutosi69は、最近 クッキングフォイルさんをブロックされたようで掲載は、ありません。
他の人のツイッター名を使ってたようです。
2012-05-24 木 20:29:51 | URL | 匿名 [編集]
Re: タイトルなし
> もし意味をご存知でしたら、すみません。
>
> 英語の bullshit は俗語で、ばかげたこと、でたらめ、くだらないことなどを意味します。
> "Bible is bullshit."は聖書はばかげてる、くだらん、とけなしていることになります。
>
> 単独で間投詞にも使われます。貴ブログのコメント欄が承認制になった今も、まさに
>
>   Bullshit!

その単語の意味は重々承知です。
ただ、直訳したほうが面白そうだったのであえてそうしました。
また、以前、アメリカ人の英会話の先生に私の生い立ちを話したら、
「私の両親もクリスチャンだけど、私はキリスト教が嫌いだ。
クリスチャンが多かったのは私の親の世代までで、
今の若い人は教会へ行かない人が多い」と言っていました。
ニュージーランドのクライストチャーチ出身の先生も、
キリスト教は偽善的だと言っていました。
キリスト教離れはあちらでも進んでいるようです。


> の一言に値する、一方的な教義の説教や、ネチネチネバネバの挑発や、ただの自ブログ
> 宣伝のコメント投稿が見受けられます。

あの方は、私が発言していないことを平気でねつ造する方です。
私は「進化論が正しいと信じている」とはただの一度も言ったことがないのに、
いつのまにか私が「人類の祖先は猿」と発言したことになっています。
http://blog.livedoor.jp/tacodayo/archives/4859513.html
2012-05-24 木 22:17:21 | URL | 桃栗 [編集]
キリスト教の自己愛性人格障害者
ハマルティア氏が消えたと思いきや、今度はシンパ氏、からし氏のお出ましですか。とは言え、これらの人格は、実は同一人物である、と私は睨んでいます。(文体や内容に共通点が多い。)恐らくは、クッキングホイルさんのブログを荒らす、風俗通いで梅毒患者の自称神学生ではないかと思うのです。
クリスチャンには異常者が多い(特に、自己愛性人格障害者が多い)です。自己愛性人格障害者のクリスチャンの典型的な例が、あの自称神学生だと思います。
2012-05-24 木 22:56:02 | URL | 巨大虎猫 [編集]
Re: 桃栗様 初めましてm(__)m
> クッキングホイル様のブログから流れて来ました
> キリスト教に疑問を持ちながら、友人の牧師に世話になった恩から受洗し、後悔している者です

そのお気持ちお察しします。
友人関係で受洗しただけに、今更信仰を捨てたいとは言えませんよね。
私は、友人関係に「利害関係」を持ち込むべきではないと考えます。
例えば、生命保険やマルチ商法、もちろん宗教の勧誘など、
友人関係を利用して利害関係が発生するとロクなことがありません。


> クリスチャンの根拠無き過剰エリート意識に散々苦しめられた経験が有ります 桃栗様に突っ掛かってくるクリスチャンの方、私の知るクリスチャンと違いますね クリスチャンって、、聖書というおかしな価値観を信じてる、奇特な存在ですが、どこか心に余裕が有るものです まあ、その余裕がおかしな自尊心になってますが

クリスチャンには変な特権階級意識がありますね。
キリスト教の前身がユダヤ教で、
そのユダヤ教はイスラエル人の選民思想から来ています。
どうもクリスチャンにはその「選民思想」が受け継がれているのかも知れません。


> クリスチャンなら、イエス様を否定しようが教会を批判しようが、それも神へ繋がっていると考えるはず そんな余裕無き人に唯一の真理を語り他人を導くなんて無理だと感じるのは可笑しいですかね?
> クリスチャンは自分が罪人と認めた勇気ある存在で他人を裁かない価値観を持ってる筈ですが
> 私の見解違いかな?

イエス・キリストは、
「迫害される者は幸いである、自分たちを迫害する者のために祈りなさい」、
と言っていて、クリスチャンもその言葉をよく知っているはずですが、
どうもエリート意識に凝り固まっているクリスチャンは人を裁きたがりますよね。


> これから宜しくお願いいたします m(__)m

こちらこそよろしくお願いします。
2012-05-26 土 20:30:32 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> クッキングフォイルさんは、ブログに前は、ツイッター名を2つ掲載しておられクッキングフォイルとkazutosi69でした。
> kazutosi69は、最近 クッキングフォイルさんをブロックされたようで掲載は、ありません。
> 他の人のツイッター名を使ってたようです。

私はツイッターはまったくやらないので状況がよくわかりませんが?
2012-05-26 土 20:32:31 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
桃栗様

> その単語の意味は重々承知です。
> ただ、直訳したほうが面白そうだったのであえてそうしました。

やはりそうでしたか。それを恐れて拙コメントの始めでおわびしました
が、無用の指摘を改めておわびします。

> あの方は、私が発言していないことを平気でねつ造する方です。

お察しのとおり、「あの方」は、私が触れた一群の投稿者に入ります。
貴ブログで、議論が止まった昔の記事を掘り返し、変なコメントの濫発
と勘違い批判を繰り返していたので、私は、2011年ゲストブックの
2011-09-09の投稿で、それを指摘しました。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-120.html#comment1947

そこであげた例の1つが、貴ブログの次の記事に対する批判です。

学校の生物の授業に戸惑う 2007-05-06
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-9.html

そこで桃栗さんは別の訪問者に対して、進化論が正しいとは発言して
いないと繰り返し返答しました。その数年後、あの方は「進化論」という
言葉に条件反射して、進化論否定に終始する発言に終始しました。

問題のあの方のブログのコメント欄を拝見しましたが、あの方は同じ
パターンで、他者の発言を勝手に作って叩いて、勝ち誇っています。
2012-05-26 土 20:39:20 | URL | AC [編集]
長い間隠れていた,根深い虚偽が断罪される時
近頃,特に感じます。長い間隠れていた,根深い虚偽が表に出てくる時なのだと。

ここ数年,日本でも世界でも,権力を持つ者による虚偽や隠蔽が次々に露呈しています。

たとえば,日本だけでも,検察による証拠改ざん,虚偽捜査報告書,電力会社の「やらせ」
オリンパスの損失隠し,「AIJ」の年金消失,など。

これらには共通している点があります。「力」を持っている者が,長い間,甚だしく相手を
だましたり,利用したりしてきたという点です。

もちろん,「うそやだましなんて,いつの時代だってあるさ」という方もいるでしょう。
しかし,どうも,一過性の現象ではないように私は感じます。社会の中枢というか,根源的
な部分ですね,世の中がまともであるための柱みたいな部分です。それが腐っているという
ことが,明らかになる時が来たんじゃないか,などと感じますね,

いわゆるキリスト教会も,非常に影響力が強いし,私は腐敗していると見ています。何よりも
聖書と調和していない点が非常に多いですから。

次のことばが思い浮かびます。

「 彼は言った、『いや、毒麦を集めようとして、麦も一緒に抜くかも知れない。収穫まで、両方とも
育つままにしておけ。収穫の時になったら、刈る者に、まず毒麦を集めて束にして焼き、麦の方は集
めて倉に入れてくれ、と言いつけよう』」。

私は,宗教界の偽善や搾取,虚偽が断罪され,焼かれるときが近いんじゃないかと感じています。
2012-05-31 木 22:30:03 | URL | 読人 [編集]
Re: キリスト教の自己愛性人格障害者
> ハマルティア氏が消えたと思いきや、今度はシンパ氏、からし氏のお出ましですか。とは言え、これらの人格は、実は同一人物である、と私は睨んでいます。(文体や内容に共通点が多い。)恐らくは、クッキングホイルさんのブログを荒らす、風俗通いで梅毒患者の自称神学生ではないかと思うのです。
> クリスチャンには異常者が多い(特に、自己愛性人格障害者が多い)です。自己愛性人格障害者のクリスチャンの典型的な例が、あの自称神学生だと思います。

とりあえず、このブログが「まともではない」ということは自覚しています(笑)。
そのせいか、時々ヘンに突っかかってくる人がいるのもやむを得ないと思っています。
今のところ、そのお三方のホストはそれぞれ違うのが分かっています。
が、逆にハンドルネームが同一なのに少なくとも3つのホストを使い分けている人がいます。
ともかく、キリスト教に限らず、宗教にハマっている人には変わり者が多いですね。
2012-06-03 日 00:27:24 | URL | 桃栗 [編集]
Re: Re: タイトルなし
> 桃栗様
> > あの方は、私が発言していないことを平気でねつ造する方です。
>
> お察しのとおり、「あの方」は、私が触れた一群の投稿者に入ります。
> 貴ブログで、議論が止まった昔の記事を掘り返し、変なコメントの濫発
> と勘違い批判を繰り返していたので、私は、2011年ゲストブックの
> 2011-09-09の投稿で、それを指摘しました。
> http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-120.html#comment1947
>
> そこであげた例の1つが、貴ブログの次の記事に対する批判です。
>
> 学校の生物の授業に戸惑う 2007-05-06
> http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-9.html
>
> そこで桃栗さんは別の訪問者に対して、進化論が正しいとは発言して
> いないと繰り返し返答しました。その数年後、あの方は「進化論」という
> 言葉に条件反射して、進化論否定に終始する発言に終始しました。
>
> 問題のあの方のブログのコメント欄を拝見しましたが、あの方は同じ
> パターンで、他者の発言を勝手に作って叩いて、勝ち誇っています。

FC2でブログを始める直前にYahooでブログを書いていましたが、
この時も、私は進化論が正しいとは一言も言っていないのに、
躍起になって進化論を否定するクリスチャンがいました。
あくまでも、私が問いかけているのは、
「学校で進化論が教えられていることをクリスチャンはどう思うのか」ということなのに。
後日、その当時の話を紹介したいと思います。
2012-06-03 日 00:33:40 | URL | 桃栗 [編集]
リンク貼らせて頂いて宜しいでしょうか?
はじめまして。今年4月頃から頻繁にお邪魔しております。私はアフリカ人の夫からのDVから逃れる為、公的支援を受け、住んでいた神奈川県から逃亡した者です。

そして生まれながらの仏弟子です。

別に仏教こそが至宝、と宣うつもりはありません。そもそも、仏教の本質は宗教と言うより哲学ですから。それは置いといて。

こちらのブログ、大変勉強になります。キリスト教に対して長年抱いてきた疑問が一つ一つ、解決していきます。

夫はプロテスタントでした。昔、質問した事があります。

「何故、黒人奴隷を肯定した宗教を信奉するのか?」

どんな回答だったか内容は覚えてませんが、チンプンカンプンな返答だったのは確かです。

今では合点がいっています。

愛を騙り他者から奪う人間にはうってつけの宗教です。

貴ブログは素晴らしいです。実は、私は自らの所属する教団でかなり浮いた存在です。でもそこに居ます。教徒を指導する立場にある方に言われたのです。「あなたはこの教えを本当に良く解っている。あなたなりの信心を育んで下さい」と。

残念ながら、当教団にも阿呆はいます。寧ろ阿呆に多く出会します。正に馬鹿の一つ覚え。

「信じろ!ただ信じて精進すれば道は拓ける!」

盲信するばかりで思考力のない人間が、一体どうやって人様の手助けをすると言うのか。

頭痛がします。
2012-06-07 木 23:39:21 | URL | 不破慈(ふわめぐみ) [編集]
イエスの死亡年齢を調べてて来たのですが

私はキリスト教も信じてないですし、特定に敬虔な宗教も持たない典型的な「日本人」ですから、当然聖書なんか信じられるわけもないし、真偽の証拠の無いものを盲目に信じられる敬虔なキリスト教徒も理解できません。

ただ、現在地球上にそれを信じている人間が十億単位でいること、イスラム教や仏教のような他の宗教も多大な信者がいることを考えれば、なんとしてでもキリスト教を糾弾しよう、とは思いません。

信者を論争で打ち負かすというのが、どれほど不可能に近いかは言うまでもないことです。理屈の無いものを信じている人に理屈は通じません。キリスト教国でキリスト教が持つ影響力は絶大ですが、国家規模になればそれこそ単なる信教の自由の問題でもないです。

と、すみません余計なことを言いました。
個人のブログで何をしようがそれこそ自由ですもんね。

イエスの死亡年齢は30代前半なのは間違いなく、33とも言われるらしいですが
すると実質数年程度の間にあれだけやってるんですよね…
神の子が30になるまでどう生きていたのかは想像すると愉快ではありますねw
いきなり大工→救世主ってのもw
2012-06-08 金 02:57:12 | URL |   [編集]
Re: リンク貼らせて頂いて宜しいでしょうか?
> はじめまして。今年4月頃から頻繁にお邪魔しております。私はアフリカ人の夫からのDVから逃れる為、公的支援を受け、住んでいた神奈川県から逃亡した者です。
> そして生まれながらの仏弟子です。
> 別に仏教こそが至宝、と宣うつもりはありません。そもそも、仏教の本質は宗教と言うより哲学ですから。それは置いといて。

こんにちは。
私も、日本人は仏教を信じるべき!とまでは言いませんが、
奥ゆかしいものを感じますね。


> こちらのブログ、大変勉強になります。キリスト教に対して長年抱いてきた疑問が一つ一つ、解決していきます。

ありがとうございます。
私は、クリスチャンだったころは、キリスト教に疑問を持ちそうになっても、
それは神に背くのと同じことだと信じていたので、
心の中にギュッとしまいこんでいました。
それが、信仰を捨てたとたんに湯水のごとく疑問があふれるようになりました。
もしかして私のように疑問を持ちながら信仰をしている人が多いのではないかと思い、
このブログを書き続けています。


> 夫はプロテスタントでした。昔、質問した事があります。
>
> 「何故、黒人奴隷を肯定した宗教を信奉するのか?」
>
> どんな回答だったか内容は覚えてませんが、チンプンカンプンな返答だったのは確かです。

そういえば黒人の歌手も「アメイジング・グレイス」を歌っていますね。
日本人だって、アメリカに2回も原爆を落とされたのに、
そのことを恨みに思っている人はほとんど見当たらず、
むしろアメリカにあこがれを持つ人が多いですよね。
結局、人間は遠い過去の出来事はどうでもいいのかもしれません。
それに尽きると思います。
ただし、お隣の某国に限っては未だに反日感情を露わにします。
クリスチャン人口が25パーセントもいるのに国なのに不思議です。


> 今では合点がいっています。
>
> 愛を騙り他者から奪う人間にはうってつけの宗教です。

私もこのブログで何度か発言しましたが、
キリスト教は自己を正当化するのに都合の良い宗教です。


> 貴ブログは素晴らしいです。実は、私は自らの所属する教団でかなり浮いた存在です。でもそこに居ます。教徒を指導する立場にある方に言われたのです。「あなたはこの教えを本当に良く解っている。あなたなりの信心を育んで下さい」と。
> 残念ながら、当教団にも阿呆はいます。寧ろ阿呆に多く出会します。正に馬鹿の一つ覚え。
> 「信じろ!ただ信じて精進すれば道は拓ける!」
> 盲信するばかりで思考力のない人間が、一体どうやって人様の手助けをすると言うのか。
> 頭痛がします。

クリスチャンは、ただ教会で聞いた話を、自分でよく考えようともせず、
そのまま信じ込んでいるのでしょう。
まさに「一つ覚え」です。
だから、マニュアルに載っているようなことはとうとうと語りますが、
「想定外」の質問をされた時にはチンプンカンプンなことしか言えません。
なぜならマニュアルに載っていないからです。
私はあの宗教から逃れることができて本当に良かったと思います。

なお、リンクを貼ってくださっても結構です。
ご主人のことで苦労されているようで、私は何もして差し上げられないですが、
陰ながら応援しています。

2012-06-11 月 22:40:28 | URL | 桃栗 [編集]
リンクのご報告
リンク申請の許可、ありがとうございます。短い紹介文も書かせて頂いたので、ご報告させて頂きます。不適切な表現はしてないと思うのですが……。ご確認頂ければ助かります。

http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-155.html
2012-06-14 木 10:59:25 | URL | 不破慈(ふわめぐみ) [編集]
Re: タイトルなし
> 私はキリスト教も信じてないですし、特定に敬虔な宗教も持たない典型的な「日本人」ですから、当然聖書なんか信じられるわけもないし、真偽の証拠の無いものを盲目に信じられる敬虔なキリスト教徒も理解できません。

こんにちは。私も同感ですね。
クリスチャンはなぜ証拠もないのに信じられるのか不思議です。
まるで神の声でも聞くかのように教会の話を聞いているのでしょう。
また、いつ誰が書いたかもわからないのに、
「聖書に書いてある」という理由だけで信じられるのも不思議です。
一方で、聖書に書いてあるのに、書いてある通りに信じようとしません。
以前書いたイエス誕生物語がその一例です。
結局、聖書の都合のいい箇所を都合よく解釈して信じているにすぎません。


> ただ、現在地球上にそれを信じている人間が十億単位でいること、イスラム教や仏教のような他の宗教も多大な信者がいることを考えれば、なんとしてでもキリスト教を糾弾しよう、とは思いません。

私も同感ですよ。
別にキリスト教を撲滅しようとまでは思っていません。
ただ、キリスト教も結局は数多くある宗教の一つにすぎないのであり、
人間が作った世界であるがゆえに矛盾も多いということに気付いてほしいです。


> 信者を論争で打ち負かすというのが、どれほど不可能に近いかは言うまでもないことです。理屈の無いものを信じている人に理屈は通じません。

これは嫌というほどこのブログで実例を見てきましたね。
でも、私は書き続けます。


> キリスト教国でキリスト教が持つ影響力は絶大ですが、国家規模になればそれこそ単なる信教の自由の問題でもないです。

宗教と政治が結び付くとろくなことがないですから。

> イエスの死亡年齢は30代前半なのは間違いなく、33とも言われるらしいですが
> すると実質数年程度の間にあれだけやってるんですよね…
> 神の子が30になるまでどう生きていたのかは想像すると愉快ではありますねw

クリスチャンはどうしてそういう疑問を持たないのか不思議です。
神であるイエスは子供時代はどうやって近所のガキんちょと遊んだのでしょう。
あと、父親のヨセフの扱いがお粗末なんですよね。
息子を大工として育て上げたのに、なぜかキリスト教の世界ではヨセフの影が薄いです。
そして、少年イエスの失踪騒動以降、ヨセフは登場しません。
一体どこへ行ったのでしょうね。
聖書を読んでいると突っ込みどころが満載です。
クリスチャンにはそこまで想像力が働かないようです。
2012-06-16 土 23:34:47 | URL | 桃栗 [編集]
Re: リンクのご報告
> リンク申請の許可、ありがとうございます。短い紹介文も書かせて頂いたので、ご報告させて頂きます。不適切な表現はしてないと思うのですが……。ご確認頂ければ助かります。
>
> http://fuwameg.blog.fc2.com/blog-entry-155.html

不破慈様、私のブログを紹介してくださってどうもありがとうございます。
正確に言えば、一般にキリスト教の世界では、
クリスチャンとは成人洗礼を受けた人のことを呼ぶので、
「生まれた時から」というのはちょっと大げさな感じですが、
(でも、別に表現を変えなくていいですよ)
ともかく、クリスチャンの家庭に生まれ育った私にとっては、
キリスト教は空気と同じように当たり前の存在でした。
当たり前だったがゆえに、小さい頃はキリスト教を疑うなど考えもつきませんでした。
しかし、今は宗教観が180度逆転し、キリスト教の矛盾ばかりが見えてしまいますね。
2012-06-19 火 22:19:11 | URL | 桃栗 [編集]
こんにちわ。 丁寧なお返事、ありがとうございました  それと、この前は、違う記事のところに、自分の話を書いてしまい、申し訳ない……。 昨日、パソコンでこちらのブログを読ませて頂いていた時、初めて桃栗さんのプロフィールと、ゲストブックの存在を知りました。

普段、携帯でネットを見てるのですが、機種にもよるかもしれませんが、FC2ブログは、携帯で見てると、記事しか表示されないみたいで…。 お詫びいたします。

桃栗さんも、休日を返上しての仕事、大変っすね…。
こっちはこっちで、図書館で読みたい本を探してたら、カトリックの本田哲郎という神父さんが書かはった「釜ヶ崎の福音」っていう本を見つけて、ここ数日、読んでました。 この本、どうにも興味深い内容やって、桃栗さんが普段おっしゃってる事に近い事や、オレが前に桃栗さんに話した身の上話に近い話を、神父の立場やのに、書いたはるんすよ…。
どうにも興味を持った人物やったので、本田神父の活動を、ほんとに本のとおりの方なのか、自分の目で見てみたいと思い、思いきって、釜ヶ崎のふるさとの家に電話してみました。 七夕の日に、会う事ができるみたいです。

オレはオレのやり方で、何が真実なんか、自分の目で見ていこうと思います。
オレも桃栗さんとおそらく同じで、そんなに高給とりとか、そんな仕事をやってるわけではないのですが、桃栗さんのブログは、今まで信じてたキリスト教に、なにかのきっかけで、疑問を持つようになった人にとって、希望になってると思います。

もしかしたら、突き詰めていけば、桃栗さんの道を照らしてくれる道しるべぬっていくかも、と、個人的には思ってます。

でも、イエスが言ってはったけど、預言者を受け入れる人は、預言者と同じむくいを受けるっていう一節があります。

色んな解釈をしはる人がいますが、オレは単純に、自分が正しいって思って突き進む事が、周りから見た場合、なんでもないと思う人しかいないなら、いくらその人らにこんな話をしても、相手にされるわけないっしょ。

それはそれで辛いし、イエスとか預言者イザヤとか、みんなそんな道を通ってます…。 本田神父の言ってるとおり、オレも大半のクリスチャンは、そんな道なんか通ってなくて、ただ、神に忠実な自分に、自己満足で酔ってるだけとしか…。 オレもそんな風に見えます。

色々書いてしまいましたけど、何かをやろうと思ったら、いい事ばっかりじゃなくて、悪い事も自分で引き受けられなかったら何も意味がない。
それだけの事かもしれません 

桃栗さんも、大変なお仕事だと思うので、無理だけはせず、がんばってください 
2012-06-26 火 12:51:15 | URL | 月光 [編集]
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2012-07-09 月 11:23:39 | | [編集]
ストレス 大変ですね。
お久しぶりです。
クッキングホイルさんのブログでもお話したのですが、私は現在何の因果か自転車で数回こげば教会にぶち当たる地域で仕事をしています。
まあ仕事上、キリスト系のところもありますが制度的には関係ないです。
もう親の通っている教会は年寄りばかりで、放っておくつもりです。
ただお墓のことをどうしようかとは思います。日本人ですしね。
クリスチャン2世は本当に生きにくいですよね。
私も毎日辛くてたまらない。人魚姫のお話の様に日常の全てが痛いのです。
がもうあきらめました。痛くてもあきらめる。全てあらかじめ失われたと思い捨てています。
2012-07-19 木 21:22:35 | URL | victim [編集]
ニセモノの“キリスト教”に起こりそうなこと
 最近の出来事を見ていると,単なる“スキャンダル”じゃないように感じる。
バチカンの資金洗浄に関わる機密文書をイタリアの検察当局が入手したという件。

でも,単純な話しじゃない。流れが異例だ。

 長い間隠されていた,銀行間取引の金利を不正に操る「LIBOR不正操作」が露呈し,
英国中央銀行も関わっていた証言が出た。と思ったら,資金洗浄の防止措置をしなかった
ことも露呈した。そうしたら不思議なことに,バチカンの資金洗浄の疑惑が,これまでに
ない大規模で深刻な仕方で操作対象になったということだ。

 もう,岩のような権威あるところが長い間積み重ねた「勝手な不正」や「虚偽」が,ここ
に至って急速に露見・露呈するようになっている。どうしたことだろう。

 人間には「ヘンだ」「おかしい」という感覚がある。この「感覚」「感じ」が純粋なら,
それにはウソはつけないんだなと思う。

 それにしても,長期間,継続反復的に,こんな大規模な不正や虚偽を積み重ねられたのに,
なんでこんな形で,つぎつぎにあらわになるんだろう。

 神の名をかたる者たちが,実際には何をやってきたのか,あらわにされるような気がする。

「 隠されているもので、あらわにならないものはなく、秘密にされているもので、ついには知ら
れ、明るみに出されないものはない。」-ルカ 8:17
2012-07-30 月 11:32:27 | URL | 読人 [編集]
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2012-08-24 金 11:36:02 | | [編集]
Why?
あなたはほんとに悲しい道を歩んでいますね。

あなたが死んだ後に最後の裁判で聖書がすべてほんとうだったと気づく時がきます。 そのときにどれほど後悔するかおわかりですか?

イェス様は誰のために十字架で死んだのですか? 答えてください。 あなたは本当の答えがわかっていてもきっと答えないでしょうね。

2012-09-20 木 10:19:02 | URL | I love Jesus! [編集]
Re: ストレス 大変ですね。
> お久しぶりです。

> もう親の通っている教会は年寄りばかりで、放っておくつもりです。
> ただお墓のことをどうしようかとは思います。日本人ですしね。
> クリスチャン2世は本当に生きにくいですよね。

本当にそうですね。
小さいころからキリスト教こそがこの世の唯一絶対の真理だと信じ込まされている子供は、
思春期になって世間が見えてくる年頃になると、
キリスト教と現実の世界とのギャップに悩まされるものです。
私が、自分と周囲の人との価値観が違うと気付き始めたのもこのころです。
クリスチャンであることを理由に学校でいじめに遭っても、
イエスの教えの通りに隣人を赦さなければならないのは屈辱的でした。
大人になってからキリスト教を知ってクリスチャンになった人は、
そういう子供の心理がまったくわかっていません。


> 私も毎日辛くてたまらない。人魚姫のお話の様に日常の全てが痛いのです。
> がもうあきらめました。痛くてもあきらめる。全てあらかじめ失われたと思い捨てています。

私も、今の自分をどうにかしたいという前向きな気持ちと、
もうこうなってしまったのだから仕方がないとあきらめる気持ちとがあり、
毎日が複雑な心境です。
2012-09-25 火 22:46:48 | URL | 桃栗 [編集]
Re: Why?
> あなたはほんとに悲しい道を歩んでいますね。
>
> あなたが死んだ後に最後の裁判で聖書がすべてほんとうだったと気づく時がきます。 そのときにどれほど後悔するかおわかりですか?

「死んだ後に後悔する」ということを貴方は自分の目で確かめたのですか?
貴方の周囲で、死んだ後に神に裁かれて後悔した人がいるのですか?
どんなふうに後悔したのか実例を教えて下さい。
と書いても答えられないでしょう。
結局、貴方は迷信を信じている人とまったく同じです。

このように、キリスト教は死後への恐怖を植え付けて洗脳するのが特徴です。
私はもっと早くこれに気付いてキリスト教から離れるべきでした。
いつも神の罰を恐れてビクビクするような生活には二度と戻りたくありません。


> イェス様は誰のために十字架で死んだのですか? 答えてください。 あなたは本当の答えがわかっていてもきっと答えないでしょうね。

私のために死んだとでもおっしゃるのでしょうか?
私はイエスに「私のために死んでください」と頼んだ覚えはありませんよ。
貴方はイエスに死んで欲しいと頼んだのですか?

おたより、ありがとうございました。
2012-09-30 日 19:08:02 | URL | 桃栗 [編集]
質問
こんにちは 教会を知る以前の私は自殺をしようとしてました。社会でいつも一人で、慢性の病気で、経済力もなくて、周りの理解もなく、ホント希望がなかったです。

今 私を支えているアイデンティティは
1.キリストは私たちの罪のために死なれたこと
2.葬られたこと
3.旧約聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと

私はこれを信じて生きてます。

キリスト教を信仰したからといって、非キリスト教徒とたいして変わらないでしょう

パソコンのos変わりますか?
自転車の乗り方変わりますか?
ファーストフードは行かないのでしょうか?
スマホは持たないのでしょうか?
クリスチャンしか交流しないのでしょうか?

最後に桃栗さんに質問があります

キリスト教は変ということですが・・・
他に問題のない、欠点のない
考えがあるのなら、定義してブログで
発表してください。 

それはキリスト教に勝る教えですからね
あの死を打ち砕く以上の考えでなければ満足できないですね





2012-10-17 水 14:43:30 | URL | anonymous FTP [編集]
Re: 質問
> こんにちは 教会を知る以前の私は自殺をしようとしてました。社会でいつも一人で、慢性の病気で、経済力もなくて、周りの理解もなく、ホント希望がなかったです。

最初からクリスチャンの家庭に生まれ育ったのに、
社会ではいつも一人で、周りの理解もなく、希望も失い、
自殺したクリスチャンを私は知っています。
実際にその葬儀にも行きました。
他にもクリスチャンなの自殺した事例があります。
http://sokudokuhikky.blog103.fc2.com/blog-entry-1701.html
神やイエスが本当に存在するなら、
人が追い詰められるのをただ黙って見ていただけということですね。


> 今 私を支えているアイデンティティは
> 1.キリストは私たちの罪のために死なれたこと

私たちの罪のために死んだからと言ってそれがどうかしたのでしょうか?
それが事実だと仮定して、キリストが死んでこの世の何がどう変わりました?


> 2.葬られたこと

どこに???

> 3.旧約聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと

旧約聖書???

> キリスト教を信仰したからといって、非キリスト教徒とたいして変わらないでしょう

いいえ、はっきりと違います。と言うより、「違っていなければなりません」。
宗教に入るというということは、
普通の人とは違う「何かプラスになるもの」を得るために入るはずです。
もしも信じている人と信じていない人が同じなら、
信じている意味がありません。


> 最後に桃栗さんに質問があります
>
> キリスト教は変ということですが・・・
> 他に問題のない、欠点のない
> 考えがあるのなら、定義してブログで
> 発表してください。 

私は、他に問題も欠点もない考えがあるとは一言も発言していません。
キリスト教の世界は一般社会と変わらないと発言したことはあります。
むしろ、キリスト教の場合、神を信じない一般社会を否定・批判し、
自分たちがさも素晴らしいことをしているかのように振る舞う分、
一般社会に比べて「相対的」に偽善的です。


> それはキリスト教に勝る教えですからね
> あの死を打ち砕く以上の考えでなければ満足できないですね


キリストの死がこの世の何を打ち砕きましたか?
では、あなたがキリスト教には問題も欠点もないとお思いでしたら
その根拠をお教えください。
2012-10-19 金 22:34:08 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして。
 私は精神世界やスピリチュアルと呼ばれている分野で、桃栗さんと同じ主張を投げ掛けるブログを作っている者です。
 そして同じく伝統的キリスト教の教説にもまた、承服しかねています。 ある時代のある地域に生まれた、特定の人物を信じる以外に救いが無いなどと言う教説を大真面目に信奉する人は、やはり異常な心理状態にあると言わざるを得ません。

 とはいえ、キリストの十字架というシンボル、元型は人々の心に訴える何かがある訳で、これによって心に巣くう苦悩から解き放たれ、救いを感じる人もいるであろう事は否定しないし、それに文句をつけるつもりもありません。

 しかし、自分らの信奉する教義の価値概念から、あらゆる事象を高見から見下ろす様に偏向して決め付ける言動は納得出来ません。
 先の大震災を神の罰などと言い放つ様は、実に憤りを覚えます。これはスピリチュアルの妄信者も同じで、彼らは、震災は人類のカルマの浄化であるとか主張してはばかりません。
 そうした主張の矛盾を指摘するとその事には直接答えず、ただ教義の論理を振りかざしてくるだけなのは両者とも同じ様ですね。

 桃栗さんのブログが、キリスト教が救いでは無く、心の重荷となってしまっている多くの人の光となる事を願ってます。

 よろしかったら、リンクを貼らせてもらえませんか?
2012-11-16 金 21:26:21 | URL | リュウライザー [編集]
嫌なシーズン到来!!
桃栗さん、こんにちは、

さて、嫌なシーズンが毎年のようにやってきては、
あまりいい気分がしないです。

クリスマスが来ると、拒絶反応というか、じんましんというか、
胸の中で虫が這いずり回しているような、気分になります。

特に、クリスマスはやっかいなイベントだなーと感じます。
賛美歌が町で流れてくると、ムズムズした気持ちになりますね。
きらびやかなイメージで多くの人が教会に吸い寄せられるように入っていくのを見ると、なんでクリスマスはこんなにも人の心をひきつける魔力があるんだろうと思ってしまいます。

クリスマスのキラキラしたオブラートにひきつけられて集まる夏の虫って感じでしょうか。
虫は光に集まる性質があるのと同じように、人の心もキラキラしたもの美しいものに魅かれる。

教会堂は外見上は格調高く、純白で美しい作りになっていますけど、
その中身は汚れに満ちた罠(トラップ)だというのをあまり多くの人が知らない、

そして、一番悔しいのが、そのキリスト教を社会が受け入れている部分があるということが、許せないですね。

クリスマスというイベントがキリスト教の毒を中和しているんだろか?
クリスマスが日本に受け入れられていなかったのなら、
もしかすると、キリスト教という宗教自体、日本で生き残ることが難しかったのかもしれない・・・。
2012-11-17 土 15:27:16 | URL | すすき [編集]
初めまして。高校三年生のクリスチャンです。私の両親ともクリスチャンで、物心がつく前から教会に通っていました。

私はあなたのプロフィールを拝見させてもらって、あなたが洗礼をうけたことを知りました。
あなたは一度でも神様を信じると心から告白したなら、神様の御国へ行けることが約束されたのです。

私も正直クリスチャンになって不自由を感じたことはありました。
しかし、逆にクリスチャンでなかったならば、罪からの束縛をうけていると思います。
あなたは罪悪感やなにかを恨む感情が消えていなかったりしていませんか?
その感情は人間を幸せにしますか?

神様に心から祈ればその感情は取り去ってくれます。

あなたがキリスト教に嫌悪感を抱くようになったのはクリスチャンである私たちの責任であると思います。
そのことを悔い改めます。

キリスト教がオカルト集団だとしたらなぜ世界の過半数がキリストを信仰しているでしょうか?
世界中のクリスチャンの中にはもちろん形だけのクリスチャンはいるでしょう。しかし、彼らもほとんどは一度は神を信じてバプテスマをうけました。
キリスト教が洗脳する宗教だとしたらこんなにおおくの人を洗脳することは可能でしょうか?

あなたは聖書に非常に詳しい人ですね。
あなたは聖書の言葉を信じていますか?
信じていないのなら聖書の言葉をこのブログに載せない方が良いと思います。
偽りだという先入観を持ちながら聖書を読むと正しい解釈が出来ないからです。
聖書は神様からの助けを頂いて読むものです。
もし聖書の言葉を載せるのでしたら、一度神様に祈ってから読むことをお勧めします。
聖書の言葉を一部だけ抜粋するのも良くないと思います。
なぜなら、このブログを読む人間に間違った解釈をさせる可能性があるからです。
論文の中の一文を読んだだけでは筆者が言いたいことを理解できないのと同じです。
キリスト教を批判するのはかまいませんが、するのなら正しいやり方でした方が良いのではないでしょうか。
皆に間違った解釈をさせるような載せ方は間違っていると思います。

あなたは東北大震災の時にあるクリスチャンの方が多大な寄付をしたことについて見返りを求めている、と批判なさいました。
しかしその寄付によってどれだけの被災者が助かりましたか?
被災者は迷惑がったでしょうか。
そのクリスチャンの方は強制的に集会に参加させキリストを信じるようにと強制しましたか?
もしそうだとしたら本当にそのことは間違っています。
しかしそうでならとても素晴らしい行動だと思います。
また、クリスチャンの方は自分の知っている最善の方法で人々が苦しみから解放されることを祈って行動しました。
人々が苦しみから解放されることがそのクリスチャンの利益になりますか?
自己満足のためだったとしたら巨額のお金は自分の為に使うと思います。

私はあなたがまたいつの日か同じ神様を信仰するときが来るのを信じて祈っています。本当に祈ってます。
長文失礼しました。
2012-11-18 日 00:52:02 | URL | るるるるい [編集]
Re: はじめまして。
>  私は精神世界やスピリチュアルと呼ばれている分野で、桃栗さんと同じ主張を投げ掛けるブログを作っている者です。
>  そして同じく伝統的キリスト教の教説にもまた、承服しかねています。 ある時代のある地域に生まれた、特定の人物を信じる以外に救いが無いなどと言う教説を大真面目に信奉する人は、やはり異常な心理状態にあると言わざるを得ません。

初めまして。私も同感です。
西洋で仏教が広まらないのと同様に、日本ではキリスト教は広まらないのです。
海のない国では海の神様を祭りませんし、砂漠の国では森の神様を祭らないのです。
宗教というものは、本来、その土地や風土にふさわしい神が祭られるものです。
それを、特定の時代の特定の地域で発生した宗教をこの世の唯一の真理と信じるのは
まったくバカげているとしか思えません。


>  とはいえ、キリストの十字架というシンボル、元型は人々の心に訴える何かがある訳で、これによって心に巣くう苦悩から解き放たれ、救いを感じる人もいるであろう事は否定しないし、それに文句をつけるつもりもありません。
>  しかし、自分らの信奉する教義の価値概念から、あらゆる事象を高見から見下ろす様に偏向して決め付ける言動は納得出来ません。

私は、キリスト教を100パーセントまでは否定はしていません。
本人だけがそれを信じて幸せを感じるのはまあいいでしょう。
問題は、信者ではない人にもその価値観を押し付けることです。
キリスト教では、次のような聖句を振りかざして、
聖書を信じていない人は「死んでいる」かのように説いています。


人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる。
マタイによる福音書 / 4章 4節(元ネタ 申命記 / 8章 3節)


しかし、現実に人は聖書(神の言葉)なんて信じなくても、
食生活が良ければ健康に生きていますよね。
それをクリスチャンに指摘すると、
「それは違う。見かけだけ生きているだけだ。
本当の”生きる”という意味は、神の言葉を信じて”霊的に生きる”ことを言うのだ」
と、わけのわからない苦しい言い訳をします。


>  先の大震災を神の罰などと言い放つ様は、実に憤りを覚えます。これはスピリチュアルの妄信者も同じで、彼らは、震災は人類のカルマの浄化であるとか主張してはばかりません。
>  そうした主張の矛盾を指摘するとその事には直接答えず、ただ教義の論理を振りかざしてくるだけなのは両者とも同じ様ですね。

まったくその通り。
このブログでも、キリスト教の矛盾をクリスチャンに投げかけたところで、
「はい」「いいえ」「わからない」ではっきり答えようとせず、
質問に関係ない話を並べてそれで答えたつもりになっているのです。

例えば、某クリスチャン氏がご自身のサイトでこう発言していました。
「外国は日本人の冷静さに賞賛の言葉を送ってはくるが、
彼らには守ってくれる神がついている、
しかし日本には守ってくれる神はいない。」
そこで私は、外国で震災が起こった時に、
彼らを守ってくれる神は何をしていたのかと聞きましたが、
案の定、こちらの質問には答えず、関係ない話を並べるだけでした。
こちらをご覧ください。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-138.html


>  桃栗さんのブログが、キリスト教が救いでは無く、心の重荷となってしまっている多くの人の光となる事を願ってます。
>  よろしかったら、リンクを貼らせてもらえませんか?

OKです。
これからもよろしくお願いします。
2012-11-27 火 23:46:13 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 嫌なシーズン到来!!
> 桃栗さん、こんにちは、
>
> さて、嫌なシーズンが毎年のようにやってきては、
> あまりいい気分がしないです。
> クリスマスが来ると、拒絶反応というか、じんましんというか、
> 胸の中で虫が這いずり回しているような、気分になります。

私は、嫌な気分というより、むなしい気分になりますね。
小さい頃はあんなに楽しみにしていたのに、
今では冷めた目でしかクリスマスを見られなくなってしまいました。


> 特に、クリスマスはやっかいなイベントだなーと感じます。
> 賛美歌が町で流れてくると、ムズムズした気持ちになりますね。

私も、スーパーや街のBGMで讃美歌が聞こえてくるとムズムズします。

> 教会堂は外見上は格調高く、純白で美しい作りになっていますけど、
> その中身は汚れに満ちた罠(トラップ)だというのをあまり多くの人が知らない、
>
> そして、一番悔しいのが、そのキリスト教を社会が受け入れている部分があるということが、許せないですね。

同感です。
一般的にはキリスト教がいいイメージを持たれているのが悔しいです。
民主党の小沢さんが「キリスト教は排他的で独善的」と発言したときは
胸がスカっとしました。
2012-11-29 木 23:08:04 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 初めまして。高校三年生のクリスチャンです。私の両親ともクリスチャンで、物心がつく前から教会に通っていました。

こちらこそ初めまして。
コメントの雰囲気からすると、高校生活はうまくいっているようですね。
もしかしてキリスト教系の私立の高校でしょうか?


> 私はあなたのプロフィールを拝見させてもらって、あなたが洗礼をうけたことを知りました。
> あなたは一度でも神様を信じると心から告白したなら、神様の御国へ行けることが約束されたのです。

こういう無責任なことを書くのはやめていただきたいです。
私がクリスチャン時代にキリスト教の教義で大変混乱したのはこれです。
洗礼を受ければ誰でも救いが約束されているかのように教えたり、
はたまた、すべての人間は死んだ後に神によって裁かれるから、
本当に救われるかどうかは神にしかわからないとか、
その人やその時によって言うことが違うため、非常に混乱しました。
自分が死後天国に行けるかどうかが心配で、不安な信仰生活でした。


> 私も正直クリスチャンになって不自由を感じたことはありました。
> しかし、逆にクリスチャンでなかったならば、罪からの束縛をうけていると思います。

私は逆です。
教会で「罪の意識」を植え付けられたがために、
いつも神に対して後ろめたい気持ちがありました。


> あなたがキリスト教に嫌悪感を抱くようになったのはクリスチャンである私たちの責任であると思います。
> そのことを悔い改めます。

会ったこともないあなたが悔い改めたところで、私の何がどう変わりますか?
できれば、私に罪の意識を植え付けた人たちに目の前で直接謝罪してもらいたいものです。


> キリスト教がオカルト集団だとしたらなぜ世界の過半数がキリストを信仰しているでしょうか?
> 世界中のクリスチャンの中にはもちろん形だけのクリスチャンはいるでしょう。しかし、彼らもほとんどは一度は神を信じてバプテスマをうけました。
> キリスト教が洗脳する宗教だとしたらこんなにおおくの人を洗脳することは可能でしょうか?

キリスト教が世界中に広まったのはなぜだか知っていますか?
それは、ヨーロッパの白人のクリスチャンたちが、
世界中を植民地にして先住民を迫害し、土地も言葉も宗教も奪い、
キリスト教を押し付けたからです。
アメリカ大陸、それにオーストラリア、ニュージーランドは、
すべて白人が先住民の土地を奪ってできた国家です。
では、貴方は、もしも日本がヨーロッパのどこかの国の植民地にされ、
土地も言葉も奪われてキリスト教を広められたら嬉しいですか?


> あなたは聖書の言葉を信じていますか?
> 信じていないのなら聖書の言葉をこのブログに載せない方が良いと思います。
> 偽りだという先入観を持ちながら聖書を読むと正しい解釈が出来ないからです。

そうでしょうか?

> 聖書は神様からの助けを頂いて読むものです。

↑まさにこれこそ先入観です。

> 聖書の言葉を一部だけ抜粋するのも良くないと思います。

貴方はまったくご自身の宗教を客観的に見れていないですね。
教会では、「前後関係抜きに」聖書の都合の良い個所だけを抜き出し、
さも素晴らしい教えであるかのように説いているではありませんか。
かの「マタイ」だってそうです。
マタイ1章23節にインマヌエルの言葉が引用されていますが、
あれでキリスト誕生の予言が当たったというのはおかしいです。
元ネタのイザヤ書7章14節とその前後をお読みください。
あれのどこがイエス・キリスト誕生の予言でしょうか?
しかも、マタイ1章23節のインマヌエルの予言は改ざんされているのをご存知ですか?
こちらをお読みください。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-112.html
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-113.html

このように、聖書のたった一部だけを抜粋し、
しかも都合の良いように改ざんすることは大昔から行われているのです。


> キリスト教を批判するのはかまいませんが、するのなら正しいやり方でした方が良いのではないでしょうか。
> 皆に間違った解釈をさせるような載せ方は間違っていると思います。


「キリスト教批判の正しいやり方」とはどういうやり方ですか?
いいえ、貴方にとって自分に都合の悪いことはすべて「間違ったやり方」なのです。
私がどんな方法でキリスト教を批判しても、
貴方は私のやり方が間違っていると批判するでしょう。


> あなたは東北大震災の時にあるクリスチャンの方が多大な寄付をしたことについて見返りを求めている、と批判なさいました。
> しかしその寄付によってどれだけの被災者が助かりましたか?
> 被災者は迷惑がったでしょうか。

では、広島と長崎に原爆が落とされたとき、
そしてベトナムに枯葉剤が撒かれたとき、
アメリカのキリスト教団体が何をしてくれましたか?


> そのクリスチャンの方は強制的に集会に参加させキリストを信じるようにと強制しましたか?

別に強制したとは私は一言も言っていませんよ。

> もしそうだとしたら本当にそのことは間違っています。
> しかしそうでならとても素晴らしい行動だと思います。
> また、クリスチャンの方は自分の知っている最善の方法で人々が苦しみから解放されることを祈って行動しました。
> 人々が苦しみから解放されることがそのクリスチャンの利益になりますか?

信者が大勢集まると多額の献金が集まりますから。
まさにこれこそ「利益」です。
それに、「信者」の文字をくっつけて書けば「儲かる」ですから。


> 私はあなたがまたいつの日か同じ神様を信仰するときが来るのを信じて祈っています。本当に祈ってます。

もう、クリスチャンの「祈っています」の言葉はいい加減聞き飽きました。
貴方が祈ると私の何が具体的にどう変わるのですか?
私は一般企業の超超超ワンマン上司の元で毎日働き、
人間関係のストレスでもうブチ切れそうです。
今日、上司にいつも通り「バカ!」となじられたので
「バカで悪かったな!」と思わず言い返してやりました。
上司との関係は日に日に悪化するばかりです。
数日以内には私は本当にブチ切れてしまうかもしれません。
そうなったらクビも覚悟しなければなりません。
では、貴方が祈るとそういう状況が改善されるのですか?

貴方は高校3年生ですね。
社会に出てもっと現実の世の中を知ってください。
祈りで解決できるほど世の中甘くはありませんから。
祈りで人の心が変わるぐらいなら戦争なんて起きません。

おたよりありがとうございました。
2012-12-06 木 00:09:05 | URL | 桃栗 [編集]
ペルー、リマ市の宗教裁判所博物館
> > キリスト教がオカルト集団だとしたらなぜ世界の過半数がキリストを信仰しているでしょうか?
> > 世界中のクリスチャンの中にはもちろん形だけのクリスチャンはいるでしょう。しかし、彼らもほとんどは一度は神を信じてバプテスマをうけました。
> > キリスト教が洗脳する宗教だとしたらこんなにおおくの人を洗脳することは可能でしょうか?

> キリスト教が世界中に広まったのはなぜだか知っていますか?
> それは、ヨーロッパの白人のクリスチャンたちが、
> 世界中を植民地にして先住民を迫害し、土地も言葉も宗教も奪い、
> キリスト教を押し付けたからです。

その迫害の酷さを示すものがあります。ペルー、リマ市にある宗教裁判所博物館です。

ウィキペディアの記事より
概要
1532年、フランシスコ・ピサロがペルーへ進出。ペルーを支配下に収めるとほぼ同時期にカトリックの宗教使節も活動を始め、1584年には宗教裁判所博物館の母体となった裁判所が設立。ペルーが独立した1820年まで存続した。裁判所では、キリスト教(カトリック)への改宗や異端審問を行っており、多くの住民らが命を落とした。現在の博物館では、当時の拷問風景などを展示している[1]。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8

時事ドットコム:ペルー・リマ「宗教裁判所博物館」 写真特集
☆注意!! 残酷な展示物の写真多数
http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_museum&p=psm001&rel=y&g=phl
2012-12-10 月 02:43:10 | URL | AC [編集]
Re: ペルー、リマ市の宗教裁判所博物館
> > > キリスト教がオカルト集団だとしたらなぜ世界の過半数がキリストを信仰しているでしょうか?
> > > 世界中のクリスチャンの中にはもちろん形だけのクリスチャンはいるでしょう。しかし、彼らもほとんどは一度は神を信じてバプテスマをうけました。
> > > キリスト教が洗脳する宗教だとしたらこんなにおおくの人を洗脳することは可能でしょうか?
>
> > キリスト教が世界中に広まったのはなぜだか知っていますか?
> > それは、ヨーロッパの白人のクリスチャンたちが、
> > 世界中を植民地にして先住民を迫害し、土地も言葉も宗教も奪い、
> > キリスト教を押し付けたからです。
>
> その迫害の酷さを示すものがあります。ペルー、リマ市にある宗教裁判所博物館です。
>
> ウィキペディアの記事より
> 概要
> 1532年、フランシスコ・ピサロがペルーへ進出。ペルーを支配下に収めるとほぼ同時期にカトリックの宗教使節も活動を始め、1584年には宗教裁判所博物館の母体となった裁判所が設立。ペルーが独立した1820年まで存続した。裁判所では、キリスト教(カトリック)への改宗や異端審問を行っており、多くの住民らが命を落とした。現在の博物館では、当時の拷問風景などを展示している[1]。
> http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E6%95%99%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%89%80%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8
>
> 時事ドットコム:ペルー・リマ「宗教裁判所博物館」 写真特集
> ☆注意!! 残酷な展示物の写真多数
> http://www.jiji.com/jc/d4?d=d4_museum&p=psm001&rel=y&g=phl

ACさん、ナイスフォローです。
るるるるいさん、目を背けずに現実を直視してください。
こんな形で日本にもキリスト教が広まったらうれしいですか?
植民地にされたのはアメリカやオセアニアやアフリカだけではありません。
アイルランドも長年イギリスの植民地だったのです。
そして、アイルランドはもともと「アイルランド語」の国でしたが、
イギリスによって英語の国に変えられてしまいました。
その関係上、今でもアイルランドとイギリスの間には対立感情があり、
北アイルランドではプロテスタントとカトリックによる衝突が度々起こっています。
キリスト教が広まってもちっとも平和になりませんね。
もっと世界の現実に目を向けてください。
2012-12-10 月 23:02:38 | URL | 桃栗 [編集]
教会
度々お邪魔させて頂いています。
初めて桃栗さんのブログを少しだけですが拝見して、どうしてここまでキリスト教を、教会を批判するのか、ただただ不思議でした。
私が通う教会は代々クリスチャンホームの方が多く、お子さん方もいつの間にか洗礼を受けています。その時期はまちまちで、もちろん子供の頃は教会学校へ行ってはいらしていたと思いますが、早い人で中学生~高校生、多くの方は成人してからです。遅い方ですと親御さんが亡くなられた後、50歳を過ぎてからとかです。あまり子供に受洗、信仰告白は強制しない教会のようです。
これは教会のタイプの違いかしら?と考えました。教会と言っても、日本基督教団の中でもバプテスト、メソジスト、長老派、その他諸々あります。これも教会に行き始めてから知ったことでした。他にもカトリック、聖公会、ルーテル教会etcもあります。

クリスマス礼拝にしても、今日は丁度クリスマス礼拝(朝)でしたが、礼拝はいつもと同じ礼拝で説教が「降誕」でイエス・キリストの誕生に関することでした。その後の祝会では皆で食事をし、賛美歌を歌ったりしてお祝いします。プレゼント交換はありません・・・。
かつて青年会でのクリスマス会ではプレゼント交換はしていたようですが、今はしていません。
いろいろなタイプの教会があると思いますので、桃栗さんの教会と同じことを全ての教会がしているとは思わないで欲しいと思いました。
その人の個性に合った教会に通うの一番いいと思います。現に教会員の方でご両親は違う教会に通っている方もいます。信仰に関しては自由なのです。
明日はクリスマス・イブ礼拝を夜にします。これは固定の日でしますが、主日礼拝のクリスマス礼拝は、年によって違うので、実際のクリスマスより早くすることが多いです。


2012-12-24 月 01:18:44 | URL | Elle [編集]
クリスマス
『クリスマスの出来事は人間の歴史に神(イエス・キリスト)が介入された。』
これは私が牧師先生から聞いた言葉の中で一番印象に残っている言葉です。
クリスマスはChiristmasでキリストのミサ(礼拝する)を意味しています。キリストが実際に生まれたのは4月頃ではないかということですが、布教している間に、その土地の祭り(冬至祭)を取り入れたと言われています。
時期はいつでもいいのです。神(イエス・キリスト)が人間の世界に生まれたという事実が重要なわけです。それもキリストを神と信じない人には関係ないことかもしれませんが、イエス・キリストは全人類のためにお生まれになったのですから、人間がその意味を知ろうが知るまいが神の意志は遂行されるということだと思います。
神様を知らない、信じていない人には分からないことです。(神を信じるか信じないかも神様のみ旨と思っています。ユダヤ民族が神に選ばれた民族のように、その中からイエス・キリストはお生まれになりました。そこには人の意思は関係ありません。)

西暦がBCとADに分けられているのもキリストの誕生によってですよね。
BC=Before Christ、AD=annno Domini ラテン語で「主の年に」
キリストの誕生によって人間の歴史が分けられているわけです。
因みにイエス・キリストの誕生は「降誕」=天から降りて来られた、と言った方が良いのでしょうね。「主のご降誕をお祝い申し上げます」とクリスマスカードには書かれています。

新約聖書は旧約聖書の成就であるとも習いました。その成就とはメシア誕生~十字架~復活の出来事です。
ですから新約聖書にたくさん旧約聖書の言葉が出てきます。
旧約のユダヤ民族はず~っとメシアの誕生を待ち望んでいました。イエス・キリストが生まれた時、イエスをキリスト(メシア=救い主)と信じた人はクリスチャンになり、信じられなかった人はユダヤ教徒として今もメシアの誕生を待ち続けています。しかし、それも神様のみ旨なんですね。

パウロがそうでした。ユダヤ教徒として真面目に信仰してキリストの教会を迫害していましたが、ダマスコ途上でイエスに出会い、声を聞き、イエスをメシア・救い主と信じるようになりました。これはパウロが己の意思で信じたのではなく、信じさせられたのです。ヨハネの父のザカリアにしても然りですね。尤もこの話を「そんなバカな!」と思う人と「ふ~ん、そうなのかな~?」と思う人の違いが出てくると思います。信仰は聖霊(神の霊)によって与えられるものですから、聖霊を与えられなければ信じることは出来ないのかもしれません。それこそ、神様のみ旨ですね。

私は桃栗さんがパウロのようにイエス様に出会えたら良いのにと思っています。
また、牧師先生から『分かったから信じるのではなく、信じたら分かることがある』とも言われました。後々、確かにそうだと思いました。
2012-12-24 月 01:30:28 | URL | Elle [編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2012-12-24 月 23:34:39 | | [編集]
リンクのご報告。
 先月より、既にブログにてリンクを貼らせてもらっています。よろしくお願いします。


 http://m.blogs.yahoo.co.jp/ryutamua/10757284.html
2012-12-29 土 12:29:26 | URL | リュウライザー [編集]
Re: クリスマス
> 『クリスマスの出来事は人間の歴史に神(イエス・キリスト)が介入された。』
> これは私が牧師先生から聞いた言葉の中で一番印象に残っている言葉です。


> クリスマスはChiristmasでキリストのミサ(礼拝する)を意味しています。キリストが実際に生まれたのは4月頃ではないかということですが、布教している間に、その土地の祭り(冬至祭)を取り入れたと言われています。
> 時期はいつでもいいのです。神(イエス・キリスト)が人間の世界に生まれたという事実が重要なわけです。それもキリストを神と信じない人には関係ないことかもしれませんが、イエス・キリストは全人類のためにお生まれになったのですから、人間がその意味を知ろうが知るまいが神の意志は遂行されるということだと思います。
> 神様を知らない、信じていない人には分からないことです。(神を信じるか信じないかも神様のみ旨と思っています。ユダヤ民族が神に選ばれた民族のように、その中からイエス・キリストはお生まれになりました。そこには人の意思は関係ありません。)
>
> 西暦がBCとADに分けられているのもキリストの誕生によってですよね。
> BC=Before Christ、AD=annno Domini ラテン語で「主の年に」
> キリストの誕生によって人間の歴史が分けられているわけです。
> 因みにイエス・キリストの誕生は「降誕」=天から降りて来られた、と言った方が良いのでしょうね。「主のご降誕をお祝い申し上げます」とクリスマスカードには書かれています。
>
> 新約聖書は旧約聖書の成就であるとも習いました。その成就とはメシア誕生~十字架~復活の出来事です。
> ですから新約聖書にたくさん旧約聖書の言葉が出てきます。
> 旧約のユダヤ民族はず~っとメシアの誕生を待ち望んでいました。イエス・キリストが生まれた時、イエスをキリスト(メシア=救い主)と信じた人はクリスチャンになり、信じられなかった人はユダヤ教徒として今もメシアの誕生を待ち続けています。しかし、それも神様のみ旨なんですね。
>
> パウロがそうでした。ユダヤ教徒として真面目に信仰してキリストの教会を迫害していましたが、ダマスコ途上でイエスに出会い、声を聞き、イエスをメシア・救い主と信じるようになりました。これはパウロが己の意思で信じたのではなく、信じさせられたのです。ヨハネの父のザカリアにしても然りですね。尤もこの話を「そんなバカな!」と思う人と「ふ~ん、そうなのかな~?」と思う人の違いが出てくると思います。信仰は聖霊(神の霊)によって与えられるものですから、聖霊を与えられなければ信じることは出来ないのかもしれません。それこそ、神様のみ旨ですね。
>
> 私は桃栗さんがパウロのようにイエス様に出会えたら良いのにと思っています。
> また、牧師先生から『分かったから信じるのではなく、信じたら分かることがある』とも言われました。後々、確かにそうだと思いました。
2012-12-29 土 19:01:34 | URL | 桃栗 [編集]
Re: クリスマス
> 『クリスマスの出来事は人間の歴史に神(イエス・キリスト)が介入された。』
> これは私が牧師先生から聞いた言葉の中で一番印象に残っている言葉です。

それで、「救世主」イエスが生まれてこの世の何がどう変わりました?
イスラエルとその周辺の国との民族紛争は、
旧約聖書時代から何も変わっていないようですが?


> クリスマスはChiristmasでキリストのミサ(礼拝する)を意味しています。キリストが実際に生まれたのは4月頃ではないかということですが、布教している間に、その土地の祭り(冬至祭)を取り入れたと言われています。
> 時期はいつでもいいのです。神(イエス・キリスト)が人間の世界に生まれたという事実が重要なわけです。

では、春でも夏でも気候のいい時にお祝いしたらいいのではないですか?
わざわざ「ミトラ教」という異教の祝日に合わせる必要はないでしょう?
もしも今、「クリスマスは異教のお祭りだから、正しい時期にイエス誕生を祝おう」
と提唱する教会が出現したらどうなると思いますか?
おそらく異端扱いされるでしょうね。


> 西暦がBCとADに分けられているのもキリストの誕生によってですよね。
> BC=Before Christ、AD=annno Domini ラテン語で「主の年に」
> キリストの誕生によって人間の歴史が分けられているわけです。

しかし、実際には何年かのズレがあるという説が有力ですよね。
イエス誕生が「人類史上最大の出来事」ならば、
忘れずに記録されているはずでしょう?
しかし、実際はいつ生まれかのかもあやふや。
イエス誕生とはその程度のものでしかなかったということです。

それに、西暦が算出されたのは6世紀にもなってからだということです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E6%9A%A6#.E8.A5.BF.E6.9A.A6.E5.85.83.E5.B9.B4.E3.81.A8.E3.82.A4.E3.82.A8.E3.82.B9.E7.94.9F.E5.B9.B4.E3.81.AE.E3.82.BA.E3.83.AC
2012-12-29 土 19:14:27 | URL | 桃栗 [編集]
Re: お邪魔します
> >北アイルランドではプロテスタントとカトリックによる衝突が度々起こっています。
>
> ドイツでは30年間もカトリックとプロテスタントがお互いを『邪教だ』と罵りあいながら殺し合いをして、人口が1/3にまで減ったそうですね。

30年戦争のことでしょうか?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89
これこそ、キリスト教は戦争の抑止力にはならないという好例ですね。

「なぜキリスト教は戦争をするんだ」と批判すると、
決まってクリスチャンはこう言い訳します。
「宗教と戦争は関係ない」
「それは本当のキリスト教じゃないから」
「その人たちは本当のクリスチャンじゃないから」

クリスチャンは、世界中にキリスト教が広まったことを誇るくせに、
何かキリスト教に都合が悪いことがあると関係を否定する。
本当にご都合主義の宗教です。


> 『信仰の自由』って素晴らしい事のように言われていますが、殺し合いに疲れたから、もうお互い干渉しあうのはやめよう、っていうだけですからね。

それを言っては「身も蓋もない」といった感じですね。
現在、日本が平和でいられるのは、
あの第二次世界大戦の記憶があるからなんですよね。
多くの犠牲があった上に現在の平和が成り立っているのですから。
2012-12-29 土 19:28:10 | URL | 桃栗 [編集]
こんばんは
はじめまして 高校生のクリスチャンです。
まだ2013年版ができていないのでこちらに書かせていただきました。


白人は異教徒に対してキリスト教を強制したとおっしゃいますが、キリスト教徒もネロ帝やディオクレティアヌス帝をはじめとするローマ皇帝から異常ともいえる迫害を受けていました。信頼されていたのに皇帝崇拝を拒否して殺された人もいる。
しかし、それでも滅びることなく今日のように全世界に広がっている。
なぜでしょう。

神の御働きではないでしょうか?


また戦争や殺戮についてなのですが、歴史の中ではキリスト教徒だけでなくアジア、日本を含めた世界のあらゆるところで殺し合いがなされてきました。もちろん戦争肯定の宗教なんてないでしょう。キリスト教とかいう問題じゃなく、殺し合いは人の欲望や権力によって起こるのだと思います。


バロック音楽とか、お好きですか?
あんな美しい音楽は神を心から敬う澄んだ心から生まれるのだと思います。讃美歌も同様です。作った人は敬虔な心から作ったのではないでしょうか。まあどのように歌うのかはその人次第だけど。
神やキリストを道具にして政治に使うのは好きではないですね。原点に帰れば素晴らしい宗教だと思います。


本当のクリスマスを知らず誰を祝っているのかもわからないまま楽しんでいる人を見ると少し悲しくなりますが、福音を宣べ伝えねばという気持ちにもなります。ただ信じるだけで救われる。これ以上ない福音をどうして信じられないのかなぁ…
桃栗さんも天国に行けるように期待します。



2013-01-05 土 00:27:25 | URL | さだと [編集]
Re: こんばんは
> はじめまして 高校生のクリスチャンです。
> まだ2013年版ができていないのでこちらに書かせていただきました。
>
>
> 白人は異教徒に対してキリスト教を強制したとおっしゃいますが、キリスト教徒もネロ帝やディオクレティアヌス帝をはじめとするローマ皇帝から異常ともいえる迫害を受けていました。信頼されていたのに皇帝崇拝を拒否して殺された人もいる。
> しかし、それでも滅びることなく今日のように全世界に広がっている。
> なぜでしょう。
>
> 神の御働きではないでしょうか?

では、アメリカ大陸・オセアニアの先住民が白人のクリスチャンに迫害されたのも、
神の御働きでしょうか?
日本にキリスト教が伝わった時も、
キリシタン一揆が起こったのは日本史の授業で習ったと思いますが、
あれも神の御働きでしょうか?


> また戦争や殺戮についてなのですが、歴史の中ではキリスト教徒だけでなくアジア、日本を含めた世界のあらゆるところで殺し合いがなされてきました。もちろん戦争肯定の宗教なんてないでしょう。キリスト教とかいう問題じゃなく、殺し合いは人の欲望や権力によって起こるのだと思います。

クリスチャンに、「キリスト教はなぜ戦争をするのか」と問いかけると、
決まって「他の宗教もやっている」という答えが返ってきます。
他の宗教がやっているからキリスト教もやっていいのでしょうか?
では、全知全能の神もイエス様も、
戦争が起こっている間何をしていたのでしょうか?
所詮、キリスト教がどんなに自らを正当化しようとも、
キリスト教には戦争の「抑止力」はありません。
あなたがおっしゃる「神の御働き」とは、
キリスト教を世界中に広めるだけ広めておいて、
宗教が原因の戦争をその「神の御働き」によって止めることはできないのですね。


> バロック音楽とか、お好きですか?
> あんな美しい音楽は神を心から敬う澄んだ心から生まれるのだと思います。讃美歌も同様です。作った人は敬虔な心から作ったのではないでしょうか。まあどのように歌うのかはその人次第だけど。

その部分については否定はしません。
宗教から芸術が生まれるのはどこの国でもあることです。
日本の古典芸術も、仏教や神道などに影響されたものが多いですから。
西洋にも、ギリシャ神話やローマ神話などにちなんだ芸術作品が多いですよね。

私が言いたいのは、キリスト教を完全否定しようというわけではなく、
あくまでもキリスト教は「数多くある宗教の一つに過ぎない」ということです。
そのキリスト教に影響されて多くの芸術が生まれたこと自体は否定しません。

ただ、教会には分厚い讃美歌集が置かれていますが、
数多く作られた讃美歌の中で日常的に歌われるものが、
果たしてどれほどあるでしょうか。


> 神やキリストを道具にして政治に使うのは好きではないですね。原点に帰れば素晴らしい宗教だと思います。

原点ってどこですか?
聖書の創世記ですか?
神は恐ろしく排他的だとしか思えませんけどね。
あんな神が実際にいたら素晴らしいと思いますか?


> 本当のクリスマスを知らず誰を祝っているのかもわからないまま楽しんでいる人を見ると少し悲しくなりますが、福音を宣べ伝えねばという気持ちにもなります。ただ信じるだけで救われる。これ以上ない福音をどうして信じられないのかなぁ…

私が否定したいのは、まさにこの「自分たちの宗教が一番だ」という排他的考えです。
そして、信じない者に対するこの「上から目線」。
そこが私が否定したい部分です。

「信じるだけで救われる」とは、気持ちの問題でしかありません。
では、「あの人は死んだ後、救われた」と、どうやって確かめますか?
それは結局あなたがそう信じているだけです。
信じることが悪いとまでは言いません。
ただし、信じていない者に対して愚か者であるかのように言うところが
私の嫌いなところなのです。
2013-01-19 土 21:16:11 | URL | 桃栗 [編集]
ゲストブック2012年版は締め切らせていただきましたので、
今後はここのコメントをご遠慮ください。
2013-01-23 水 23:27:01 | URL | 桃栗 [編集]
Re: リンクのご報告。
>  先月より、既にブログにてリンクを貼らせてもらっています。よろしくお願いします。
>
>
>  http://m.blogs.yahoo.co.jp/ryutamua/10757284.html

コメントを見落としていて承認が遅れてしまい、すみませんでした。
リンクを貼ってくださってありがとうございます。
2013-02-03 日 20:54:52 | URL | 桃栗 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013-05-01 水 23:11:19 | | [編集]
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