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Author:桃栗
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クリスマスの季節です。聖書を読みましょう。
今年もクリスチャンにとって待望のクリスマスの季節がやってきました。
もちろん、教会ではイエス・キリスト誕生物語が語られるわけですが、
この機会にこそ、本当に教会で教わる話が聖書に基いたものであるか、
今一度確認してみてはいかがでしょうか?


去年の11月から12月にかけて数回にわたって、
教会で教えているキリスト誕生物語について検証しましたが、
もう一度おさらいをしておきましょう。

・イエスの誕生日は12月25日ではない
聖書には、イエスの誕生日の日付は一切記されていません。
現在では、ミトラ教というまったく別の宗教に由来していることが分かっています。
にもかかわらず、未だに12月25日がイエスの誕生日だと勘違いしている人がいます。

・「平和の君なる御子」が生まれたせいで幼児大量虐殺事件が起こった
賛美歌「もろびとこぞりて」の中に「平和の君なる御子を迎え」という一節がありますが、
イエスが生まれたがためにベツレヘムで幼児大量虐殺事件が起こっています。
その間、ヨセフ一家は天使のお告げでエジプトで逃亡生活をしていたとのこと。
(マタイ2章13節以降参照)
「平和の君が」災いをもたらしたというこの矛盾。
クリスマス礼拝では、この世にもおぞましい話は隠蔽されています。
某クリスチャンサイトにキリスト誕生物語の演劇のシナリオが載っていましたが、
見事にこの部分だけごっそりカットされていました(笑)。

・「博士たち」の正体は占い師だった?
イエスが生まれた時に「東の国の博士たち」がお祝いに来たとされていますが、
新共同訳聖書によるとその正体は「占星術の学者」だそうです。(マタイ2章)
一神教であるキリスト教では占いは明確に禁じられています。(申命記18:10-11参照)
また、従来、文語訳、口語訳、新改訳では「博士」と訳されていた箇所が、
新共同訳で「占星術の学者」になったのも妙な話です。
なお、エホバの証人の聖書でも「占星術者たち」になっています。
しかも、上に挙げた幼児大量虐殺事件の引き金となった張本人たちでもあります。

・「博士たち=占い師」がお祝いに来たのは、イエスの出生直後ではない?
教会で語られるキリスト誕生物語では、
ヨセフとマリアのベツレヘム到着、イエスの誕生、羊飼い達の祝福、博士たちの訪問が、
一晩のうちに起こったかのように信じられていますが、
「博士たち=占い師」が来たのはイエスが2歳ごろの可能性が高いのです。
ヘロデ王は、その預言されていた「救い主(イエス)」を殺そうとしたが、
どの子供が救い主なのかが分からなかったため、
博士たち=占い師の証言に基いて2歳以下の男の子を皆殺しにしたわけですから、
イエスはこの頃すでに2歳ぐらいになっていたことになります。(マタイ2:16)
しかも、博士たち=占い師が「星」に導かれて訪問した場所は馬小屋でも家畜小屋でもなく、
「(ヨセフの?)家」だそうです。(マタイ2:9~11)
したがって、イエス誕生の場面に博士たち=占い師が描かれているのは
聖書的にはおかしいことになります。
The Wise Men

・イエスが生まれた場所は馬小屋でも家畜小屋でもない?
聖書のどこにもイエスが馬小屋や家畜小屋で生まれたとはまったく記されていません。
分かっているのは、イエスが「飼い葉おけ」に寝かされていたことと、
「宿屋?」には泊まる場所がなかったことだけです。(ルカ2:7 新共同訳、新改訳)
なお、この「宿屋」の部分は口語訳では「客間」となっており、
本当に2人が泊まろうとしていたのが「宿屋」だったのか気になるところです。

・ヨセフとマリアはイエス出産の何ヶ月も前にベツレヘムに到着していた?
私がキリスト誕生物語でもっとも大きな矛盾を感じるのがこの部分です。
一般には、ヨセフとマリアがベツレヘムに到着したその日に、
宿屋を探し回ったがどこも満室で、仕方なしに馬小屋(または家畜小屋)に泊まり、
そこでイエスは生まれたと信じられています。
しかし、聖書によれば、イエスが生まれる前に2人はベツレヘムに滞在していたのです。

ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満ちて、(ルカ2:6 口語訳)

「滞在している間に、~月が満ちて」とありますから、
少なくとも2人はイエス出生1~2ヶ月前にはベツレヘムに到着し、
泊まる場所も確保されていたはずです。
そもそも、臨月の妻を連れてナザレから遠く離れたベツレヘムへ、
距離にして百数十キロ、標高差が数百メートルという長旅は考えられません。
しかもベツレヘムにやってきたのは住民登録が目的であり、
そこがヨセフの故郷でもある可能性が高いですから、(ルカ2:1~5)
自分の実家、または親類宅に泊まっていたことも十分に考えられます。
それなのに、「宿に泊まれず馬小屋で出産」とはなんとも矛盾していませんか?
キリスト誕生物語を子供達の演劇で再現する教会も多いですが、
登場人物の中に必ずいるのが「宿屋の主人」です。
そして2人が宿屋の主人に宿泊を断られ、
やむなく馬小屋(または家畜小屋)をあてがわれた場面が必ず出てきますが、
聖書には宿屋の主人も断られた話も馬小屋も家畜小屋も出てきません。
ともかく、2人はすでにベツレヘムに「滞在」していたにもかかわらず、
「宿屋に泊まれなかった」とするのはおかしな話です。
ただ、先にも書いたように、
口語訳では「”客間”には彼らのいる余地がなかった(ルカ2:7)」とありますから、
むしろこちらの解釈ほうがつじつまが合います。
リュック=オリヴィエ・メルソン 「ベツレヘム到着」

さて、もうすぐクリスマス礼拝の時期ですね。
クリスチャンの皆さん、これを機会に教会で教わるキリスト誕生物語が、
本当に聖書に基いたものであるか今一度聖書を手に取ってお確かめください。
勇気がある方は、
「ヨセフとマリアはイエスが生まれるずっと前からベツレヘムに滞在していたんですよね。
泊まる場所があったのになぜ馬小屋で出産したのですか?」
と、聖書(できれば口語訳)を見せて牧師さんに突っ込みを入れてみてください。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

クリスマスの疑問 | 13:34:15 | トラックバック(0) | コメント(6)
コメント
誕生物語の矛盾
住民登録は収税のための登録でもあるので『ルカ』のように先祖の町で登録するやり方は方式としてかなり疑問です。(通常居住地で行う) 帝国全土で一斉の人口調査令が出たこと自体、行政の記録上ないそうですが交通も経済活動も滞る現実離れした人口調査です。

『マタイ』の方は確かに誕生から時が経過していて、家族はベツレヘムの家(?)で生活してるようですね。ナザレに家がある『ルカ』と全く話が違います。

結局は宗教的伝説としての脚色なのでしょう。
福音書は歴史上の人物を織り交ぜて創ってるから紛らわしいけどフィクションだらけです。
2011-12-21 水 00:11:46 | URL | ミスラ [編集]
承認待ちコメント
このコメントは管理者の承認待ちです
2011-12-22 木 00:35:56 | | [編集]
Re: 誕生物語の矛盾
> 住民登録は収税のための登録でもあるので『ルカ』のように先祖の町で登録するやり方は方式としてかなり疑問です。(通常居住地で行う) 帝国全土で一斉の人口調査令が出たこと自体、行政の記録上ないそうですが交通も経済活動も滞る現実離れした人口調査です。

確かに、教会学校でキリスト誕生物語を教わったときに、
人口調査のために故郷へ帰るのも不思議だなと思った記憶があります。
また、一部のクリスチャンブログやサイトでは、
ヨセフはもともとベツレヘムにに住んでいて、
大工としてナザレに出稼ぎに行っていたという解釈がありますが、
そうするとベツレヘムに自宅があるわけですから、
「宿屋が満員で泊まれなかった」という話に矛盾が生じます。
また、この「宿屋」も聖書の訳によって「客間」だったり「泊まり部屋」だったりで、
本当にそれが「宿屋」だったのか疑わしいところです。


> 『マタイ』の方は確かに誕生から時が経過していて、家族はベツレヘムの家(?)で生活してるようですね。ナザレに家がある『ルカ』と全く話が違います。

両者のキリスト誕生物語を読んでいると、
別々のストーリーに見えますね。
結局、教会で語られるキリスト誕生物語は、
マタイとルカの「都合のいい部分」をつなぎ合わせ、
メルヘンチックに脚色しているにすぎません。
「ベツレヘム幼児大量虐殺事件」や「エジプト逃亡生活」など、
都合の悪い部分はカットされています。


> 結局は宗教的伝説としての脚色なのでしょう。
> 福音書は歴史上の人物を織り交ぜて創ってるから紛らわしいけどフィクションだらけです。

ですね。
2011-12-26 月 23:07:19 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> アダムとイヴの話はメソポタミアの神話だったとか呉善花さんがキリスト教徒をやめてしまったとか、古い記事に横レスしたりとか度々お邪魔しています。

今後はハンドルネームを固定していただくようお願いします。
そうでないとどなたがどなたか分かりませんので。


> 前々から疑問なんですが、プロテスタントはカトリックの様々な儀式を『聖書に根拠なし』と言って廃止しているのに、なぜクリスマスは廃止しないのでしょう?クリスマスも『聖書に根拠なし』のはずですが。

カトリックの習慣のの都合のいい部分だけを引き継いだのではないでしょうか?
レント(断食)は引き継がなかったのに聖餐式はしっかり引き継いでいますから。
聖餐式ではお酒が飲めますしね。


> 『日本基督教団』所属の知り合いの牧師がいるのですが(牧師だったから知り合ったのではなく知り合った人がたまたま牧師でした)聞いてみたいと思いながら聞けていません。

単刀直入に聞いてみたらどうですか?
それで向こうが気分を害したら、その程度のお付き合いだったことになります。
2011-12-27 火 22:04:52 | URL | 桃栗 [編集]
去年、こちらで『なぜプロテスタントはクリスマスを廃止しなかったか?』と疑問を投げかけましたが、調べてみたら、教派によってはクリスマスに否定的なところもあったようです。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1222354772
2012-12-22 土 11:14:26 | URL | 厨崎 [編集]
Re: タイトルなし
> 去年、こちらで『なぜプロテスタントはクリスマスを廃止しなかったか?』と疑問を投げかけましたが、調べてみたら、教派によってはクリスマスに否定的なところもあったようです。
>
> http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1222354772

以前、私は記事に書いたことがあるのですが、
宗教の正統派・異端は何で決まるかというと、
その時代において多数派か少数派かということです。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-45.html

たとえ三位一体の神を信じる教会であってもクリスマスを祝わないのは少数派ですので、
間違いなく異端視されるでしょう。
その知恵袋のベストアンサーがそれを如実に物語っています。
2012-12-24 月 22:34:27 | URL | 桃栗 [編集]
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