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東の国の”博士”たちがイエスを拝みに来たタイミングは?
キリスト誕生物語を聖書に照らし合わせて検証してみる企画第5弾。
前回はヨセフとマリアのベツレヘム到着と
イエス出産のタイミングについて書きましたが、
今回は東の国の”博士”(=占い師?)たちが
出生後の幼子イエスを拝みに来たタイミングについて書きます。


教会で教えるキリスト誕生物語では、
ヨセフとマリアがベツレヘムに到着した日の夜に宿屋に泊まろうとしたが、
満室だったためにやむなく”馬小屋”に泊まり、
そこでイエスが生まれ、周辺で野宿していた羊飼いたちがお祝いに訪れ、
”星”に導かれてやって来た博士たちがイエスの生まれた”馬小屋”を探し当て、
生まれたばかりのイエスに3つの捧げ物をしたところで大団円を迎えます。
つまり、一般に信じられている誕生物語では、

・ヨセフとマリアのベツレヘム到着
・”馬小屋”でのイエス出生
・羊飼いたちの訪問
・東の国の博士たちの訪問

の4つの出来事が一晩のうちに起こったかのように語られ、
また絵画やオブジェなどでも羊飼いと博士たちが”同居”しているものをよく見受けます。
キリスト誕生の場面
(左端が羊飼い、奥の3人が博士(=占い師?)たち)


教会で語られるキリスト誕生物語は、
マタイ1~2章、ルカ1~2章をつなぎ合わせて脚色したものです。
イエスが生まれた時の話はルカ2章に、
博士たちが訪問に来た話はマタイ2章に書かれており、
それぞれ別々のストーリーとして書かれています。
そして、そのマタイ2章をよくよく聖書を読んでみると、
博士たちがイエスを拝みにきた場所は馬小屋ではなく、
もしかしてヨセフの”自宅?”だったかもしれないのです。
しかもその時期はイエス出生直後ではなく、”2歳”のころだったらしいのです。

博士たちとイエスが対面した場面はこう記されています。

東方で見た星が先立って進み、ついに幼子のいる場所の上に止まった。
学者たち(注)はその星を見て喜びにあふれた。
家に入ってみると、幼子(おさなご)は母マリアと共におられた。
(マタイ2:9~11)

(注)新共同訳聖書では「博士」ではなく、「(占星術の)学者」と訳されている

そこには「家に入ってみると」とあります。
つまり、博士たちがイエスと対面を果たした場所は馬小屋ではなかったのです。
ルカ2章によれば、ベツレヘムはヨセフの故郷だそうですから、
”星”に先導されて博士たちがたどり着いたその「家」が、
ヨセフの自宅または実家であったと考えればつじつまが合います。
そして、イエスがその当時2歳だったらしいという根拠は後に出てきます。

先月、キリスト誕生物語を検証する企画の第1弾として、
博士たちが帰った後に起こった「ベツレヘム幼児大量虐殺事件」のことを書きました。
その事件が起こったと時の様子は、新共同訳聖書にこう記されています。

さて、ヘロデは占星術の学者たちにだまされたと知って、大いに怒った。
そして、人を送り、学者たちに確かめておいた時期に基づいて、
ベツレヘムとその周辺一帯にいた二歳以下の男の子を、
一人残らず殺させた。(マタイ2:16)


おそらく、ヘロデ王に謁見した博士たちは、
旧約聖書に預言されている救い主がすでに2歳ぐらいになっていると話したのでしょう。
そこで博士たちに裏切られて激怒したヘロデ王は、
その救い主を殺そうと企てたものの、それがどこの子供だか分からなかったため、
とりあえず2歳以下の子供達を片っ端から殺したと考えられます。
これが事実だとすると、この時すでにイエスは2歳ぐらいになっていたことになります。

The Wise Men

したがって、出生直後のイエスと羊飼いが同居していることはあり得ても、
そこにさらに博士が描かれている絵は聖書的にはあり得ないことになります。
こうしてみると、教会で語られる話は、
聖書の話をずいぶんと”脚色”していることが分かります。
聖書を読めばおかしいと気付くはずなのに、
クリスチャンは教会でメルヘンチックに洗脳されているために、
キリスト誕生物語の矛盾に気付かないようです。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

クリスマスの疑問 | 21:44:41 | トラックバック(0) | コメント(2)
コメント
新説ですね。
桃栗さま おはようございます。


〉家に入ってみると


新説になりますが聖書の辻褄を『誕生当日の訪問』じゃないように合わせようとすると確かにそうなりますね。


カトリックや正教会はプロテスタントとちがって、クリスマス2週間後くらいに『主の公現』という祭日を主日に祝います。占星術の学者たちが来たのもこの日に教会で説教されて、カトリックや正教会のクリスチャンなら占星術の学者たちの訪問はキリスト誕生の数日後というイメージが定着しているので矛盾を疑問に感じないみたいです。

参考)www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycle0/epifania.php
「公現の祭日は、はじめ、東方教会で、主の降誕、占星術の学者の来訪、洗礼、カナにおける最初の奇跡など、神の顕現を祝う日としてはじまりました。西方教会では、12月25日の主の降誕祭が成立していたので、公現は主に占星術の学者の来訪を祝うものとして取り入れられました。」


2歳時説もいいですが、(たとえちゃんと読んでなくても)カトリック・正教会があって伝わった聖書という事実は見落とせないでしょう。

プロテスタント的にはすべて「聖書のみ」に依りたいとこですが…。
2010-12-19 日 08:19:40 | URL | 未信者 [編集]
Re: 新説ですね。
> 桃栗さま おはようございます。
>
>
> 〉家に入ってみると
>
>
> 新説になりますが聖書の辻褄を『誕生当日の訪問』じゃないように合わせようとすると確かにそうなりますね。
>
>
> カトリックや正教会はプロテスタントとちがって、クリスマス2週間後くらいに『主の公現』という祭日を主日に祝います。占星術の学者たちが来たのもこの日に教会で説教されて、カトリックや正教会のクリスチャンなら占星術の学者たちの訪問はキリスト誕生の数日後というイメージが定着しているので矛盾を疑問に感じないみたいです。
>
> 参考)www.pauline.or.jp/calendariocappella/cycle0/epifania.php
> 「公現の祭日は、はじめ、東方教会で、主の降誕、占星術の学者の来訪、洗礼、カナにおける最初の奇跡など、神の顕現を祝う日としてはじまりました。西方教会では、12月25日の主の降誕祭が成立していたので、公現は主に占星術の学者の来訪を祝うものとして取り入れられました。」

カトリックの情報提供ありがとうございます。
ますますカトリックの礼拝に参加してみたくなりました(笑)。
例のフランクリン・グラハム大会のカトリック版みたいなものがあれば
ぜひとも潜入してみたいものです。
>

> 2歳時説もいいですが、(たとえちゃんと読んでなくても)カトリック・正教会があって伝わった聖書という事実は見落とせないでしょう。
>
> プロテスタント的にはすべて「聖書のみ」に依りたいとこですが…。

プロテスタントの姿勢は「聖書のみ」という建前になっていますが、
聖書そのものよりも、古くから伝わる解釈や習慣が重んじられるようですね。
2011-01-03 月 00:11:30 | URL | 桃栗 [編集]
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