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桃栗

Author:桃栗
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イエスが生まれたのは本当に馬小屋か?
11月28日(日)に引き続き、イエス・キリスト誕生物語について書いてみたいと思います。
もう一度、「教会が教えるキリスト誕生物語」のあらずじを貼っておきます。

大工ヨセフとその許婚のマリアに、それぞれ天使が子供の誕生を予告します。
マリアは夫ヨセフと肉体関係を持つことなく妊娠。
やがて皇帝アウグストの命令で大規模な住民登録が行われることになり、
ヨセフと臨月のマリアはその登録のためにベツレヘムへ里帰り。
ところが宿屋が満室だったためにやむなく馬小屋に泊まることに。
そこでマリアはイエスを出産。
周辺で野宿をしていた羊飼いたちがお祝いに訪れ、
東の国の博士たちが星に導かれてイエスの居場所を探し当て、
黄金、乳香、没薬(もつやく)を贈り物として捧げ、めでたしめでたし。


教会ではここまでしか教えませんが、
この博士たちが帰った後、あの幼児大量虐殺事件が起こったのは前回書きましたね。


さて、今回突っ込みを入れたいのは、イエスが生まれた場所です。
教会では「イエスは馬小屋でお生まれになった」と信じられていますが、
本当にそうなのでしょうか。

教会で教えるキリスト誕生物語は、
ルカによる福音書1~2章の話をベースに、
マタイ2章の「東の国の博士たち」の話を切り貼りしてメルヘンチックに脚色したものです。
イエスが生まれた時の状況については聖書にこう記されています。

(マリアは)初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。
宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである。(ルカ2:7)


分かっているのは、宿屋にはヨセフとマリアが泊まる場所がなかったことと、
イエスが布にくるまれて飼い葉桶に寝かされていたことだけなのです。
どこにも馬小屋はまったく登場しないのです。
そもそも、聖書の中に馬が登場する場面は思い当たりません。
探せばどこかにあるのでしょうが、
ともかく当時のイスラエルで馬が一般的だったという印象もありません。
それなのに、なぜクリスチャンは「馬小屋」だと信じているのでしょうか。
なお、西洋では馬小屋ではなく「家畜小屋」と信じられているようで、
あちらのキリスト誕生の絵画には牛やろばなどが描かれているものをよく見受けますが、
やはり聖書には「家畜小屋」とも書かれていません。
いかにクリスチャンが聖書を読んでいないかがよく分かります。

私が通っていた教会の牧師さんがクリスマスの時期にこんな説教をしていました。

「馬小屋というのは、皆さんご存知の通り、大変汚いところです。
そこにイエス様がお生まれになったことは何を意味しているでしょうか。
これは、”私たちの罪の中に入ってきてくださった”という意味なのです」


○○先生、あなた牧師失格ですね。
どこにも「イエスが馬小屋で生まれた」とは書かれていません。
それに、キリストが罪を救うために生まれたという教義はパウロが作ったものです。

また、Yahoo知恵袋にはこんな質問がありました。

キリストは馬小屋で生まれたと言いますが、その証拠となる文献はどこにあるのですか?

おそらく、質問者の方は聖書に馬小屋の記述がないのを知っていたと思われます。
この質問に対し、こんな回答をしたおバカなクリスチャンがいます。

あります!証拠文献!
「 聖書 」です^^ 世界の大ベストセラーですよね^^^^
新約聖書の冒頭、「マタイの福音書」、読んでみてくださいまし!


マタイの福音書(の2章)に記されているのは、
イエスが誕生したがために起こった「幼児大量虐殺事件」の一部始終です。

まったく、聖書をちゃんと読んでいないクリスチャンの何と多いことでしょう。
教会で「イエスは馬小屋で生まれた」と洗脳されているがために、
聖書の言葉を直視しようとせず、
都合よく「脳内変換」してしまうのかもしれません。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

クリスマスの疑問 | 22:13:00 | トラックバック(0) | コメント(6)
コメント
かいば桶のあるところ?
桃栗さま

さすがにいいとこ突いてきますねw


そういえば私も家畜小屋のイメージが自然にありましたが聖書にはないということ、お!となりました。

たぶん当時の福音著書が書かなかった分を教会が「伝承」で埋め合わせたんだろうと思います。(キリスト教は、聖書のみのプロテスタントでは理解しようとしませんが、本来、聖書自体も数ある聖伝の中の部分として扱われるのが正しいようです)

それも単純に「かいば桶があるとこ(なら戸外じゃなく家畜小屋!)」という短絡的発想だったのでしょうw


それから、現代の日本人牧師は家畜小屋を不潔・臭いといじめの発想で見るかもしれませんがw当時のユダヤ人には神殿にも捧げる大切な家畜の保管庫だったわけで、現代の日本人牧師が勝手に思い浮かべるような嫌悪感とはまたかなり違ったイメージの場所だったと言えそうです。(過ぎ越しの祭りの子羊も家畜小屋から出されるわけですしw)


聖書を字義通り解釈するのは、そのもともとの性質(=伝承の部分)上、よけいにww無理が生じるようです。
2010-12-05 日 02:45:23 | URL | 未信者 [編集]
牧師って、根拠もない事を、いい加減に話してるんですね。

そんないい加減な話しをしているのに、
牧師に先生まで付けて、「牧師先生」って呼ばれてますよね。
キリスト教会って、ゆがんでますね。


2010-12-08 水 01:05:27 | URL | 猫 [編集]
馬小屋
クリスマスに馬小屋を作って飾る風習は確かアシジのフランシスコ(もしかしたら違う人かも、とにかく誰か)が始めたと聞きます。
馬小屋説はそこから来てるかもしれませんね。
2011-11-03 木 22:38:51 | URL | かな [編集]
Re: 馬小屋
> クリスマスに馬小屋を作って飾る風習は確かアシジのフランシスコ(もしかしたら違う人かも、とにかく誰か)が始めたと聞きます。
> 馬小屋説はそこから来てるかもしれませんね。

宗教に関しても宗教以外でも、「最初にそれを言った(または「やった」)人の影響は
後々まで影響するものなのだなあとつくづく思います。
例えば、「ハレルヤ・コーラス」の演奏時に起立する習慣など、
ある一人の人物の何気ない行動や発言が元になっている習慣は案外多いのではないでしょうか。
それから、アダムとエバが食べた果実の種類は聖書には記されていないのに、
それがなぜか「リンゴ」になってしまったのも、
誰かが書いた(描いた)小説や絵画が元とする説がありますね。

結局、カトリックもプロテスタントも、
聖書そのものよりも「習慣」を重んじるのでしょうね。
2011-11-05 土 23:27:42 | URL | 桃栗 [編集]
馬小屋
クリスマスに教会では馬小屋を飾りますが、そこには馬は
いません。牛と羊が一般的です。もしかすると、牛も史実に
合わないかもしれませんが。

フランス語ではクレッシュと言って家畜小屋という意味だ
そうです。聖書を日本語に訳すとき馬小屋になってしまった
のかも知れません。

当時のユダヤ人の暮らしが今のように研究されていなかった
から仕方ない気もします。

私たちキリスト者は馬小屋でも家畜小屋でもどっちでも
大して違わないと思いますが、いい加減でしょうかねー。

要するに、人の泊まる宿屋でなく、富や名誉と無縁の貧しい
家畜小屋でお生まれになったことを思いめぐらし、自分の
富や名誉に執着する心を恥じるのであります。
2011-12-14 水 23:29:28 | URL | カトリックばあちゃん [編集]
Re: 馬小屋
> クリスマスに教会では馬小屋を飾りますが、そこには馬は
> いません。牛と羊が一般的です。もしかすると、牛も史実に
> 合わないかもしれませんが。

史実に合うとか合わないとか以前に、聖書に合わないのですが。
それに、ヨセフとマリアはイエス誕生よりもずっと前から、
ベツレヘムにすでに滞在していたと聖書には記されています。
ルカ2:6をご覧ください。
それなのに、宿屋を探そうとしたのか不思議ではありませんか?
もしかしてそれまで野宿でもしていたのでしょうか?
2011-12-25 日 12:35:40 | URL | 桃栗 [編集]
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