■プロフィール

桃栗

Author:桃栗
このブログでのコメントは承認制です。原則として、書き込まれた順に承認・公開していきますが、承認までお時間をいただきます。★コメントへの返事は割愛させていただく場合がありますが★、寄せられたコメントはすべて目を通しています。初めての方はカテゴリーの中の自己紹介をお読みください。記事に直接関係のないご意見・ご感想・批判・賛同などはゲストブックへお願いします。多忙時は一時的にコメントの書き込みを制限する旨をお知らせすることがありますのでご了承ください。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■カテゴリー
■FC2カウンター

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | --:--:--
私が信仰をやめた理由
こんにちは。桃栗と申します。
ブログを始めるに当たって自己紹介させていただきますね。

私はいわゆる元クリスチャンです。
両親がクリスチャンだったので、小さいころから家族で教会に通っていました。
私がいつごろから通い始めたのかは記憶にありませんが、
たぶん生まれて間もないころから両親に連れられて行っていたと思います。
小学生のころには教会学校だけ出席していましたが、
中学に上がったころに大人の礼拝にも出るようになり、洗礼も受けました。

自分の記憶ではただの一度も教会を休んだ記憶がありません。
学校の体育祭やクラブ活動など学校の行事を除き、
とにかく日曜日は欠かさず教会に通う家族でした。
ところが今では私は信仰を捨てました。
キリスト教をやっていてわけが分からなくなったからです。

むしろ自分が小さかったころは教会で教わる話を素直に信じていました。
小さいころからまったく疑問がなかったわけではありませんが、
神を疑うことは罪だと思っていましたので、
そういう疑問は心の奥底にギュッと押し込め、
いつか理解できる時が来るだろうといちおうは信じていました。
その後、自分が成長して中学、高校、大学へと進むにつれて、
キリスト教への理解が深まるどころかますますわけが分からなくなってきました。
そして信仰を捨てた瞬間から、心に閉じ込めていた疑問が次々にあふれ出し、
とりあえずは文字に書いてみようということでブログを始めました。


どこがどういう風に疑問なのかはこれから書き綴っていこうと思います。
なお、毎日パソコンに向かえるわけではないので
レスが遅れることがありますのであらかじめご了承ください。

P.S.
私は3ヶ月前から他のブログを利用していましたが、
使い勝手が自分に合わないようなので
FC2に移転することにしました。
しばらくの間は、旧ブログからの本文を
そのまま移植することが多いと思いますのでご了承ください。
スポンサーサイト


自己紹介 | 15:27:27 | トラックバック(0) | コメント(42)
コメント
紹介読みました。私もまったく同じ体験をして育ってきました。日曜日は必ず教会でした。
2007-11-02 金 12:17:38 | URL | min [編集]
minさん、こんにちは。
小さい頃から教会に行き、キリスト教という(日本では)特殊な環境で育っていると、
物の考え方が普通の子供と違ってしまって、
戸惑うことってありませんでしたか?
私の信仰生活は戸惑いばかりでした。

「重荷を背負っている者は・・」とキリストは言っていますが、
私にとってはキリスト教が重荷でしたね。
2007-11-03 土 20:42:40 | URL | 桃栗 [編集]
 始めまして、東京都在住の32歳の男性です。私も桃栗さんと同じく、クリスチャンの両親に信仰を強要され、それを信じ込むよう洗脳され、その後棄教しました。
 私の場合、もともとすごくドライな性格で、親が熱狂的に成れば成るほど興醒めし、何でこんな事で感情的になっているのかが理解できませんでした。なので、親や牧師の言うことを疑い、聖書を疑いました。その結果、もう自己の良心を騙すことができなくなり、ちょうどその頃「オウム真理教事件」が起きたので、その後しばらくして棄教しました。私が基督教から得たものは何もありません。寧ろヘンテコなトラウマだけが残されました。いつかキチンと落とし前をつけて欲しい位です。
 所で私は棄教した頃、岡林信康氏の事を知りました。実はちょうどその頃、テレビで懐かしのシーンをもう一度みたいな、歌番組をやっており、その中で岡林氏の事が紹介された時、家の父が氏の妹と昔教会の礼拝で一緒で、妹は兄があんなになってしまったので、お祈り下さい、と訴えていた。と言っていたのを聞いて、興味を持ったのです。図書館で岡林氏の自伝みたいな「伝説信康」が偶々置いてあったので、読んでみました。氏は牧師の子息として生まれ、同志社大学神学部に在学中に山谷で日雇い労働者と共に生活した事が原因で「基督教から脱出」した。とその生々しい体験が綴ってありました。余り物事に感動しない私も、彼の体験には感動しました。まさに今の私の現状にぴったりだと思ったのです。
彼の歌も幾つか聴いてみました。なかなかいい歌が多かったです。特に強烈なインパクトに残っているのは「おいらはエテ公」とか言うタイトルで、ウロ覚えなのですが、歌詞の中で
「自分はついこの間まで、人間は神様が造った尊い物だと信じていた。でも今は猿の末裔である。…」というのを聞いて、独りで拍手喝采してしまったんです。岡林氏の歌は何気にいい歌が多いです。よろしかったら聴いてみてください。
 それから、私の好きな女優、仲間由紀恵の代表作「TRICK」を最近見たのですが、その中に「母之泉」というインチキカルト宗教団体の嘘を暴くのがあります。インチキを暴かれ、最後に教祖が服毒自殺するのですが、これにも独りで拍手喝采してしまいました。
 因みに私は狂信的な両親の元にパラサイトしています。無神論者の仮面を被って、日頃はそういうことをおくびにも出しません。なので、こういうサイトを見つけたのは将に幸いでした。私如きでお役に立てることがありましたら、喜んで力を貸したいです。こういう所で私の体験を吐露したいです。ファンダメンタリズムに断罪を。積年の大嘘に糾弾の裁きをです。同じような体験を持っていそうなので、メールのやり取りをしませんか?念のため、メアドを表記しておきます。
2008-04-20 日 18:07:53 | URL | 沢野忠庵 [編集]
熟女との出会いをお探しならこちらで
2008-11-12 水 20:52:46 | URL | 熟女 [編集]
沢野忠庵様
お返事が遅れてすみません。
先日メールを差し上げましたが、
あて先不明で帰ってきてしまいました。
新しいアドレスを教えていただければ
改めてメールを差し上げたいのですが、
もうこちらはご覧になっていないかもしれませんね。。
2008-12-01 月 21:34:38 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして
はじめまして。yukikkusuと申します。
僕は元エホバの証人2世ですが、私も桃栗さんと同様、親の強制により、矛盾だらけの聖書を気づかないふりをして続けた挙句、全くの社会不適格者になってしまいましたwww
桃栗さんの記事、ごもっともという内容なので楽しみにしています☆
d.hatena.ne.jp/yukikkusu/
2009-11-01 日 12:24:22 | URL | yukikkusu [編集]
Re: はじめまして
> はじめまして。yukikkusuと申します。
> 僕は元エホバの証人2世ですが、私も桃栗さんと同様、親の強制により、矛盾だらけの聖書を気づかないふりをして続けた挙句、全くの社会不適格者になってしまいましたwww
> 桃栗さんの記事、ごもっともという内容なので楽しみにしています☆
> d.hatena.ne.jp/yukikkusu/

書き込みありがとうございます。
コメントの中の「気づかないふり」という言葉が興味深いですね。
私も、聖書やキリスト教の教えに矛盾を感じそうになることがありましたが、
それは自分の信仰が足りないせいだと思っていました。
そして、本当はキリスト教のことをちゃんと理解していないのに、
理解しているかのように振舞わなければならないようなこともありました。
そう、まさに「矛盾に気付かないふり」をしていたと思います。
もっと早く矛盾に気付いていればと後悔しています。

ただ、エホバの証人に関しては、
私はどちらかといえば中立的な立場を取っているつもりです。
エホバの証人は、キリスト教の比較対象としては
ある意味で興味深いものを感じます。
2009-11-16 月 22:05:14 | URL | 桃栗 [編集]
返信ありがとうございます
忙しい中、返信ありがとうございます。
僕の場合は父が仕事で忙しく、頼れるのは母だけでしたので、依存するしかなかったので、どうしようもなかったと思ってます・・・残念ですが。
矛盾に気づくのが、世の中のことを何もろくに知らない小中学校時代だったので、大人に論理的に抵抗できなかったってこともあります。
今は希望や欲望がないのでぼーっと厭世気分にひたっております。暇な時は絡んでください・・・てか、ほとんど日記書いてませんがwww

>>ただ、エホバの証人に関しては、 私はどちらかといえば中立的な立場を取っているつもりです。 エホバの証人は、キリスト教の比較対象としては ある意味で興味深いものを感じます。
原理主義と世俗主義って見ると確かに面白いですね。ま~どっちも真理ではないのですが・・・。

面白いサイトあったので参考になればと思いはっときます。

キリスト教についてそもそも聖書が間違っているっていう、桃栗
さんと同じ主張をしてます。
//www.j-world.com/usr/sakura/bible/index.html

DEVIL'S PLAYGROUND
カルヴァン派のアーミッシュの子供たちの映画です。
//d.hatena.ne.jp/yukikkusu/20090717

ジーザス・キャンプ Jesus Camp
アメリカの福音主義のキリスト教の子供たちを育成するキャンプの映画です。
//d.hatena.ne.jp/yukikkusu/20090606

同志社大学 神学部・神学研究科 神学部オープンコース
組合派の神学部の講義ビデオです。森孝一先生のアメリカキリスト教史は勉強になりました。
//www.d-theo.jp/opencource/index.html

あと一応、僕のブログです。自己紹介です。
//d.hatena.ne.jp/yukikkusu/20090731

なんかリンクばっか貼ってもうしわけありません。
2009-11-19 木 22:00:22 | URL | yukikkusu [編集]
Re: 返信ありがとうございます
> >>ただ、エホバの証人に関しては、 私はどちらかといえば中立的な立場を取っているつもりです。 エホバの証人は、キリスト教の比較対象としては ある意味で興味深いものを感じます。
> 原理主義と世俗主義って見ると確かに面白いですね。ま~どっちも真理ではないのですが・・・。


聖書の内容を、伝説や伝承として捉えるのならいいのですが、
それを100パーセント正しいと信じ切ってしまうところが
エホバの証人などを含むキリスト教宗教の欠点だと思います。

> 面白いサイトあったので参考になればと思いはっときます。

そのうちいくつかは見ていますが、
佐倉さんのサイトは実に冷静に客観的に聖書を見ていますし、
寄せられたコメントし対する返答にも感情を交えず、
冷静沈着、かつ理論的な回答をされているので頭が下がります。
私も当初はそのようなブログを目指していたのですが、
結果はご覧のとおりです。

> あと一応、僕のブログです。自己紹介です。
> //d.hatena.ne.jp/yukikkusu/20090731

後日ゆっくり読ませていただきますね。
2009-12-07 月 21:32:29 | URL | 桃栗 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2010-07-23 金 05:10:19 | | [編集]
こんちは
桃栗さんは今は唯物論者なのですか?それとも神は信じる?
2010-09-02 木 23:29:08 | URL | でこ [編集]
Re: こんちは
> 桃栗さんは今は唯物論者なのですか?それとも神は信じる?

私は、自分を「○○論者」と型にはめるのは好きではありませんし、
またどの型にはまるのかも分かりません。
一つだけ確かなことは、
キリスト教の神様は100.00パーセント信じていないということです。
2010-09-20 月 21:01:54 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして。
はじめまして、城戸崎と申します。
僕はキリスト教系の大学に通っているのですが、大学の必修科目だったキリスト教の授業がきっかけで、キリスト教に疑問を抱くようになってしまいました。

その教授はどこかの牧師をやっているとかいないとか仰っていたのですが、アブラハムがイサクを捧げる場面の解説で
「アブラハムはここで神の声を聞いたわけですが、ここで素直に神の声を聞いた、と読んではいけませんよ。本当に聞こえたら、それは頭のおかしい人ですからね」
と仰ったんですね。
「それを言っちゃったら信仰も何も無いのでは…」と思いました。

それ以降、キリスト教について自分なりに調べまくっている中、このブログにたどり着きました。
幼い頃からキリスト教に関わってきたわけではありませんが、記事がどれも的確なご指摘であるため、最初から読ませていただくことにしました。
これからも、どうぞお疲れの出ませんように。
2011-12-20 火 01:09:28 | URL | 城戸崎 [編集]
Re: はじめまして。
> はじめまして、城戸崎と申します。
> 僕はキリスト教系の大学に通っているのですが、大学の必修科目だったキリスト教の授業がきっかけで、キリスト教に疑問を抱くようになってしまいました。

コメントありがとうございます。
キリスト教の大学のクリスチャン率がどのぐらいかは知らないのですが、
まさか、全員がクリスチャンではないですよね。
むしろ、「普通の人」の割合の方が圧倒的に多いですよね?
そんな普通の人がキリスト教の授業を受けたときに、
本当に素直にキリスト教を受け入れられるのか興味がありました。


> その教授はどこかの牧師をやっているとかいないとか仰っていたのですが、アブラハムがイサクを捧げる場面の解説で
> 「アブラハムはここで神の声を聞いたわけですが、ここで素直に神の声を聞いた、と読んではいけませんよ。本当に聞こえたら、それは頭のおかしい人ですからね」
> と仰ったんですね。
> 「それを言っちゃったら信仰も何も無いのでは…」と思いました。

出ましたね。クリスチャン特有の「言い逃れ」です。
聖書の中の都合の良い箇所は、
「聖書にこう書いてあるから」と文字通り解釈するのに、
都合の悪い箇所は「文字通り解釈してはならない」と言い訳するのです。
とにかく、その場その場の都合で聖書の記述を解釈するため、
聖書の解釈に一貫性がないのです。
これがクリスチャンの習性です。


> それ以降、キリスト教について自分なりに調べまくっている中、このブログにたどり着きました。
> 幼い頃からキリスト教に関わってきたわけではありませんが、記事がどれも的確なご指摘であるため、最初から読ませていただくことにしました。

的確と言いますか、理論的に考えればそういう疑問が出るはずなのに、
クリスチャンはなぜ気付かないのか不思議に思います。


> これからも、どうぞお疲れの出ませんように。

お心遣いどうもありがとうございます。
くれぐれも城戸崎さんもキリスト教に洗脳されませんように。
知識や教養としてキリスト教の世界を知るのはいいですが、
あえて信仰する必要はありません。
2011-12-25 日 21:52:50 | URL | 桃栗 [編集]
こんな事を 辞めたほうがいいです。
私は愉快に見てますが、
信仰の弱い人やあなたのように矛盾追及するされると弱い人は
つまずきますね。
イエス様は 弱い者をつまずかせちゃいけないって言ってますね。
そういう輩が 裁きに会うわけで、
そうならないようにお気をつけ下さいね。
聖書を引用するけど、ご容赦を!

しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。(マタイ18.16)
2012-12-22 土 09:52:05 | URL | 聖霊体験 [編集]
Re: タイトルなし
> こんな事を 辞めたほうがいいです。
> 私は愉快に見てますが、
> 信仰の弱い人やあなたのように矛盾追及するされると弱い人は
> つまずきますね。

つまづくぐらいなら信仰なんてやめた方がいいです。
私がブログを開始した当初のサブタイトルの候補の一つが
「キリスト教をやめたいあなたへ」でした。


> イエス様は 弱い者をつまずかせちゃいけないって言ってますね。
> そういう輩が 裁きに会うわけで、
> そうならないようにお気をつけ下さいね。
> 聖書を引用するけど、ご容赦を!
>
> しかし、わたしを信ずるこれらの小さい者のひとりをつまずかせる者は、大きなひきうすを首にかけられて海の深みに沈められる方が、その人の益になる。(マタイ18.16)

目には目を、歯には歯を、聖書には聖書を、
ということで、こちらも聖書の言葉を引用しますね。


義のために迫害される人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。わたしのためにののしられ、迫害され、身に覚えのないことであらゆる悪口を浴びせられるとき、あなたがたは幸いである。喜びなさい。大いに喜びなさい。天には大きな報いがある。あなたがたより前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。」
マタイによる福音書 / 5章 10~12節


こうして私がクリスチャンを迫害しているのですから、喜んだらどうですか?
なのに、貴方はこうして不快感を露わにする。
つまり貴方の信仰はその程度だということです。


2012-12-24 月 22:24:05 | URL | 桃栗 [編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013-03-20 水 08:43:15 | | [編集]
キリスト教の一番嫌な面は
一面やさしい愛の神として現れますが、突如凶暴さを発揮します。
ドイツ農民戦争で最初の民たちに優しかったルターは突如態度を変え
「農民に味方して生命を失う者は、永遠に地獄の火に焼かれる。彼は神のみ言葉と服従にそむいて剣を帯びた者であり、また悪魔の輩下であるからである。……
、打ち殺すことが私の任務であり、その任務を遂行することが、あなた(キリスト)のみ心に沿うこととなる。そのために私は喜んで戦って死にましょう。こうして死ぬものこそ殉教者として天国に迎えられることとなる。
 これに反して悪魔は悪魔であるから、彼らは死ねば永遠に地獄の業火に焼かれることとなる。いい気味だ、とルターはアジる。」
これがすべてを証明しています。
2013-08-19 月 03:38:00 | URL | tanuki [編集]
Re: タイトルなし
> キリスト教の一番嫌な面は
> 一面やさしい愛の神として現れますが、突如凶暴さを発揮します。

私も同感。
キリスト教が「愛の宗教」のイメージでアピールしても、
何かが起こった時には本性が現れるものです。
震災の時がそうでしたよね。
それから、他の方の受け売りになりますが、
クリスチャンが「神の御心」「神の導き」「神がそうおっしゃった」などと言うのは、
結局は「自分自身の意志」なんですよね。
それを「神の~~」と置き換えて正当化しているだけですね。


> ドイツ農民戦争で最初の民たちに優しかったルターは突如態度を変え
> 「農民に味方して生命を失う者は、永遠に地獄の火に焼かれる。彼は神のみ言葉と服従にそむいて剣を帯びた者であり、また悪魔の輩下であるからである。……
> 、打ち殺すことが私の任務であり、その任務を遂行することが、あなた(キリスト)のみ心に沿うこととなる。そのために私は喜んで戦って死にましょう。こうして死ぬものこそ殉教者として天国に迎えられることとなる。
>  これに反して悪魔は悪魔であるから、彼らは死ねば永遠に地獄の業火に焼かれることとなる。いい気味だ、とルターはアジる。」
> これがすべてを証明しています。

非常に興味深いですね。
出典が分かれば明示していただきたいです。
2013-09-11 水 21:50:05 | URL | 桃栗 [編集]
はじめまして、桃栗さん。
はじめまして。
40代男性です。
私は自分から信じて、自分から離れました。
25年間ですよ。やっと抜けました。
以後の人生楽しみですわ、もう。
2014-01-06 月 14:12:41 | URL | タクヤ [編集]
Re: はじめまして、桃栗さん。
> はじめまして。
> 40代男性です。
> 私は自分から信じて、自分から離れました。
> 25年間ですよ。やっと抜けました。
> 以後の人生楽しみですわ、もう。

脱会おめでとうございます。
私も、キリスト教を離れてからは表面上は人生を楽しんでいます。
が、幼少時から思春期という人格形成に大事な時期を、
キリスト教という特殊な世界で過ごしてきた私にとって、
この現実の社会の中は生きづらいです。
本当に苦しいです。
人付き合いが上手く行かなくてもどかしさを感じます。
先日、職場でブチ切れて大声でわめき散らしてしまいました。
もう生きているのが情けないです。
こうしてキリスト教を否定し続けることがこれからの生きがいです。
2014-01-30 木 23:35:55 | URL | 桃栗 [編集]
偽りの教会が多いので辞めて正解
自由への扉 「クリスチャンの正しい回心のための聖書義解」

この世にあるカトリックとプロテスタントの教会は、偽りの教会、つまり、悪魔の教会だったのですね。
2015-01-18 日 14:45:32 | URL | カタルシス [編集]
やめてよかった
やめて精神の自由を得て晴れ晴れしました。
2015-06-18 木 10:44:30 | URL | yuki [編集]
Re: やめてよかった
> やめて精神の自由を得て晴れ晴れしました。

おめでとうございます。
私も、キリスト教は精神の自由を奪う宗教だと思っています。
2015-06-18 木 22:06:42 | URL | 桃栗 [編集]
桃栗様、お久しぶりです。以前何回かコメントを投稿させて頂いた物です。このブログは本当に教会生活に疑問や躓きを経験した物にとって本当に為になるブログです。私は全部が全部じゃないけど、本当にクリスチャンが大嫌いです。と言うか、キリスト教にものすごい疑問を感じます。キリスト教の礼拝や賛美はやたら神の深き愛、神の限りなき愛だの連呼しますが、信者とか未信者に対して 貴方は罪人だ。悔い改めなさい。貴方は罪を犯した、悔い改めなさい。と自責の念にかられる事を平気で言ってきます。そして、クリスチャンだからと言うことで様々な戒律を脅しつけます。その例
クリスチャンだから、ギャンブルしてはいけません。
クリスチャンだから、キャバクラ、風俗にいってはいけません。 
クリスチャンだから、恋愛してはいけません。
クリスチャンはクリスチャン同士で結婚してください。未信者と結婚するのは罪」です。
恋愛感情の相手がいる場合ですが、牧師に間に入ってもらい誘惑に負けない様に注意して貰いましょう。
セックスは罪です。
とにかく誘惑が多い繁華街などは行かないようにしましょう。
クリスチャンとして健全にしましょう。


はっきり言って、ふざけんじゃねえよ。と言いたい。そう言っているクリスチャン連中にはっきり言ってやるよ。
中世ヨーロッパの異端審問」、魔女狩り、、そして インデイオの大虐殺、それが神の限りない愛なのかい?答えてみろよ。クリスチャン共。
2015-10-12 月 22:24:06 | URL | 偽善もいい加減にせーよ [編集]
Re: タイトルなし
> 桃栗様、お久しぶりです。以前何回かコメントを投稿させて頂いた物です。

>
> はっきり言って、ふざけんじゃねえよ。と言いたい。そう言っているクリスチャン連中にはっきり言ってやるよ。
> 中世ヨーロッパの異端審問」、魔女狩り、、そして インデイオの大虐殺、それが神の限りない愛なのかい?答えてみろよ。クリスチャン共。

あと、広島に原爆を落とした飛行機にカトリックの神父さんが乗っていたそうです。
最近、アメリカの黒人の教会に白人が押し入り、
銃を乱射して多数の死傷者が出る事件がありました。
限りない愛を持った全知全能の神様はどこで何してるんでしょうね。
2015-12-15 火 21:44:27 | URL | 桃栗 [編集]
神の愛をしらないなんて悲しすぎる。
2016-05-10 火 11:25:45 | URL | 名前を入れてください [編集]
離れてしまったなんてもったいない。若いころにキリスト教に関わって、大人になって、60代くらい、あまりにもいいとはいえない人生を送っている人を4人ほど知っています。神様から離れては何もできないと思う。
2016-05-10 火 11:29:35 | URL | 名前を入れてください [編集]
なぜ、神との1対1の関係を築こうとしなかったのですか?どんなに祝福があるかわからないのに。。。
2016-05-10 火 11:33:00 | URL | 名前を入れてください [編集]
Re: タイトルなし
> なぜ、神との1対1の関係を築こうとしなかったのですか?どんなに祝福があるかわからないのに。。。

クリスチャン特有の「上から目線」のコメントありがとうございます。
こういうコメントを見るたびに、この宗教をやめて良かったと思います。

2016-05-15 日 23:18:16 | URL | 桃栗 [編集]
元信者を自称する人々へ
他宗教や共産党支持者らと徒党を組んで安保法制反対を叫んでいるキリスト教団体を見るにつけ、平和ボケもここまで来たのかと意気阻喪する昨今だ。しかし、「元キリスト教信者」を自称する人々の平和ボケにも困ったものだ。迫害があるわけでもないこの日本であっさり転んでしまうとは、しばらくは信じているが試練に遭うと身を引いてしまう、あの「石地に蒔かれた」人々以下ではないか。あるいは、道端に蒔かれた人々に属するのかもしれない。後者であれば、初めから救われていなかったので「元信者」を名乗る資格さえないと言える。
信者の偽善的言動、実生活から遊離したような窮屈な教会の教えに疑問を感じるのはわかる。が、信仰を棄ててキリスト教の暗部ばかりを扱き下ろすに至っては、聖霊の光に照らされながら堕落してしまった、ヘブル人への手紙6:4以下にある再悔悛不能の人々と同一視されても仕方がない。この箇所は信者への恐ろしい警告であって、救いが無効になりうることを教えたのではないと考えるが、イスカリオテのような落伍者が著者の念頭にあることは想像に難くない。
しかし、本物の「元信者」であれば、回復の道はまだ残されている。様々な言い訳があるだろうが、教会離れや信仰離れの最大の理由は人間関係の躓きと、神を擬人化あるいは物質化して考えることにあると要約できる。牧師や信者の言動に失望して教会嫌いになるだけならまだ良い。教会離脱者の信仰維持率は牧師が心配するほど低くはないようだから(確か、米の統計数値が出ていた)。しかし、信仰離れが常態化すると、自分の欲求を満たさない神に失望、憤慨し、聖書の権威や信頼性、イエスの神性や歴史性、さらには創造主の存在そのものまでも否定するようになりうる。永遠の命へと罪人を救い出す神に従うよりも、現実のあらゆる難問に介入してくれる神の働きの方に過剰な期待を寄せるとすれば、それは神を完璧なレスキュー隊員であるかのように擬人化している証拠だ。反対に、あらゆる悪の問題に対して沈黙する神を非難するとすれば、それは神を無価値な石のように物質化して考えている証拠だ。そして、神をその程度にしか考えない人が神を疑うための知識を豊富に仕入れ、聖書を曲解する一方で、聖書やその教理を何の疑念も持たないかのように庇護する信者たちを軽蔑し、彼らとの関係をついには破壊してしまう道を選んだとしても不思議ではない。
しかし、本物の「元信者」はそんな滅びの道を選ばない。必ず外れた軌道を修正するために、よく祈り、聖書を研究する。そう、自身のリバイバルをもたらす秘訣は、祈りと聖書研究にあると断言できる。
2016-06-08 水 23:56:51 | URL | ニヒリスト [編集]
Re: 元信者を自称する人々へ
> 他宗教や共産党支持者らと徒党を組んで安保法制反対を叫んでいるキリスト教団体を見るにつけ、平和ボケもここまで来たのかと意気阻喪する昨今だ。しかし、「元キリスト教信者」を自称する人々の平和ボケにも困ったものだ。迫害があるわけでもないこの日本であっさり転んでしまうとは、しばらくは信じているが試練に遭うと身を引いてしまう、あの「石地に蒔かれた」人々以下ではないか。あるいは、道端に蒔かれた人々に属するのかもしれない。後者であれば、初めから救われていなかったので「元信者」を名乗る資格さえないと言える。

平和ボケであることがなぜ悪いのでしょうか?
この平和な日本で身の危険を感じながら生きろと言うとは無理です。
そんなに平和ボケが悪いことだとおっしゃるなら、
聖書の舞台のイスラエルのガザ地区へでも行って、
危険と隣り合わせの生活をしてください。
2016-06-09 木 22:33:07 | URL | 桃栗 [編集]
元信者を自称する人々へ 続き
>この平和な日本で身の危険を感じながら生きろと言うとは無理です。

まずは、拙文の承認ありがとう。
しかし、論点をはぐらかしてはいけない。あなたが本当に元信者、すなわちイエスを信じ、受洗して「神の子」とされた者ならば、転んで滅びの道を歩み続けること(=信仰離脱者の平和ボケ)を正当化する理由はない。また、あなたが神を拒否し続けた結果、あなたの死後に受けるべき報酬がゼロになったとしても、それであなたの永遠の救い=十字架の贖いの業のあなたへの適用が帳消しになることはない。誰でも永遠の命を得るように定められている人は信仰に入る(使徒13:48)。だから、入信したあなたは火の中をくぐるようにして救われるだろう。
しかし、あなたが「道端に蒔かれた人」であるなら、受洗の有無にかかわらず初めから信者ではなかったのだから、神はあなたをその不信心な欲望のままの生き方に任せられるかもしれない。その結果は第二の死、永遠の滅びだ。
だが、それでもあなたが生きている間、神はあなたに聖霊を通して働きかけ続けて下さる。耳をふさいで鈍くなってはいけない。
2016-06-10 金 11:55:10 | URL | ニヒリスト [編集]
教会っていう集団はね、弱き人・迷える羊を排除する性質を持つんですよ。
信仰に疑問を持つことは誰にでも起きることなのに、それを認めず『脱落者』の烙印を安易におしてしまう。
救う能力はないんです。集団であるが故、異質を排除する性質が出てしまうんですね。
一匹の子羊を救う心のある教会よりも、99匹の子羊を大切にするのが教会なんでしょうかね。
2016-06-12 日 09:44:35 | URL | タカえもん [編集]
Re: タイトルなし
> 教会っていう集団はね、弱き人・迷える羊を排除する性質を持つんですよ。
> 信仰に疑問を持つことは誰にでも起きることなのに、それを認めず『脱落者』の烙印を安易におしてしまう。
> 救う能力はないんです。集団であるが故、異質を排除する性質が出てしまうんですね。
> 一匹の子羊を救う心のある教会よりも、99匹の子羊を大切にするのが教会なんでしょうかね。

教会は自分たちに都合の良い人しか助けてくれません。
一般社会と何ら変わりません。
にもかかわらず、神を信じない一般社会を見下し、
自分達こそが正しいことをしているとのたまう姿が偽善的です。
2016-06-14 火 23:12:54 | URL | 桃栗 [編集]
こんばんは
わたしもそう思います

教会とは、教会に疑問を持つようになった人を信者に近づけさせないようにするのです

教会から引き離すものは悪霊(サタン)が働いているとかなんとかいって・・・

従順な羊たちを囲いの外に引きずり出されては困るからです
つまづかせてはいけないからです

信者が減るからです 献金が減るからです

都合が悪ければサタンサタンという

神の愛から引き離す=サタン=つまづいたひと

教会から離れると神さまの愛から離れたと言う

でも神さまは良い者にも悪い者にも恵みの雨を降らせ養ってくれるのではなかったの?

聖書の神さまはいろんな顔がありすぎて矛盾が多すぎて、やっぱり教会の教義は真実とは思えません

人の都合で造られた寄せ集めの宗教だと感じます


2016-06-18 土 04:53:10 | URL | さくら [編集]
元信者を自称する人々へ 3
元信者さんや未信者さんたちには、信者を偽善者扱いする理由が海辺の砂のようにあることだろう。確かに、ガンディーのような「イエス好きのクリスチャン嫌い」は世界中にいる。イエスの愛、正義、勇気、寛容に比べたら、信者の言動はまるで見劣りするし、権威主義者、権力志向者、人格欠損者、犯罪者も少なくない。説教壇から愛を語りながら、子どもに性的暴行を働く神父や、弟子を利用して自らの不倫の隠ぺい工作を図る牧師がいるのだから、まったく恥ずかしい限りだ。けれども、そうした信者の偽善は、信者が神との関係で大きな懲らしめとしての裁きを受ける理由とはなるが、未信者が聖書の真理を拒否する理由には絶対になり得ない。躓きの理由が何であれ、真理の拒否は永遠の裁きの十分な理由になってしまうのだ。
福音書は救いを語り、黙示録は裁きを語る。救いはキリストの従順により、裁きはキリストの主権により実現される。ガンディーやトルストイは愛、非暴力、崇高な倫理性といった、自分の信条に合致するキリストの言動を高く称賛した。だが、裁き主としてのキリストの厳しい側面を無視してしまった。彼らは、神の義や聖が愛と矛盾すると考えたのだろう。旧約と新約の連続性が理解できなかったのだ。キリスト教を攻撃する人々は必ずこの矛盾を突いてくる。神のひとり子を十字架の死に付けることで、人の罪を裁く神の義と聖、人を救う神の愛とが同時に実現された。北森嘉蔵は十字架における神の義や聖と愛との葛藤を「神の痛み」と表現した。しかし、こうした感情表現から、神にも自己矛盾があったのかと即断するのは間違いだ。神には自己矛盾がなく、すべての属性が完全に統合されている。律法と信仰にも矛盾がない。矛盾があるのは人間の側だ。モーセの律法を完全には守れないと知った民はアブラハムの信仰を働かせ、神の前に自分の弱さを素直に持ち出して悔い改めるべきであったが、彼らは肉の欲求に自らを任せたため、滅ぼされてしまった。アブラハムの信仰も不完全だったが、それでも、神は彼の信仰を義とされた。まして、イエスの完全な信仰により救いの道が開かれた今、イエスへの信仰を持つ者はなおさら義とされるのだ。だが、モーセが率いた民のように、救いの唯一の道を知りながら、滅びの道を選び取る者がいる。これほど矛盾したことはない。信仰がないとは恐ろしいことだ。裁き主としてのキリストを黙示録で確認して、もう一度信仰に立ち返ることをおすすめしたい。
2016-06-19 日 16:06:11 | URL | ニヒリスト [編集]
Re: タイトルなし
> こんばんは
> わたしもそう思います
>
> 教会とは、教会に疑問を持つようになった人を信者に近づけさせないようにするのです
>
> 教会から引き離すものは悪霊(サタン)が働いているとかなんとかいって・・・
>
> 従順な羊たちを囲いの外に引きずり出されては困るからです
> つまづかせてはいけないからです
>
> 信者が減るからです 献金が減るからです
>
> 都合が悪ければサタンサタンという
>
> 神の愛から引き離す=サタン=つまづいたひと
>
> 教会から離れると神さまの愛から離れたと言う

結局、クリスチャンという生き物は、
自分が神様になったつもりで人を裁きたがるのですよ。
それに、その場の都合に合わせて言うことがコロコロ変わります。
「汝の隣人、汝の敵を愛せよ」と、無限の愛を説いておきながら、
都合が悪い人は隣人ではないですから。

>
> でも神さまは良い者にも悪い者にも恵みの雨を降らせ養ってくれるのではなかったの?
>
> 聖書の神さまはいろんな顔がありすぎて矛盾が多すぎて、やっぱり教会の教義は真実とは思えません
>
> 人の都合で造られた寄せ集めの宗教だと感じます

全くその通り。
聖書に書かれている神様の性格をそっくりそのまま人間に当てはめれば、
神様の性格がいかに異常なのかが良く分かります。
イエスの言葉もそう。
いかにも素晴らしいことを言っているかのように翻訳されていますが、
日常的な日本語に訳せば、大したこと言っていませんから。
2016-06-19 日 21:48:15 | URL | 桃栗 [編集]
元信者を自称する人々へ 4
結局、桃栗さんは聖書をまったく理解していないんだね。家庭や教会でどんなトラウマをもらったのかは知らないが、あなたは自分自身の偽善や悪意をクリスチャンに投射しているだけのみじめな人だ。あなたのお友達コメンテーター(あなたのバーター?)も、せいぜいヒメナイかアレクサンドロ、あるいは第2テモテに登場する情欲に駆られた愚かな女の部類に入る人たち。いつも学んでいながら真理の知識を得ることができない、精神の腐った信仰の失格者たちだ。信仰の失格者で終わるくらいなら、初めから御言葉も神の賜物も知らない未信者のまま死んだ方が罰も軽くて済むだろう。第2テモテ3章は、終わりの時にあなたのような人たちが現れることを預言しているので、ぜひ参照してほしい。ああ、またも「上から目線」で「神」のごとく裁いてしまった( ´∀` )
2016-06-21 火 16:00:27 | URL | ニヒリスト [編集]
ニヒリストさん、あなた思いっきり裁いてますよ(笑)
少なくとも、人格を否定するような発言はよろしくないと思います。

そもそも、人のブログにコメントするのにそんなに熱くならなくてもいいじゃないですか?
桃栗さんとはケンカや議論をするよりも普通に話をした方が楽しいですよ(笑)
面白い人だもの(笑)
2016-07-04 月 20:53:25 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
なろう日刊(´ω`)
キリストは、キリスト教を捨てています。

理由

キリスト教徒は、朝鮮人が多い。
キリスト教徒は、韓国人だらけ。
キリスト教徒は、自惚れ過ぎ。
キリスト教徒は、自分だけ天国に入れると
馬鹿馬鹿しぃ妄想を、抱いている。
キリスト教徒は、キリストの奇跡を美化し過ぎ。それは、たとえ愛の行為でも、仏教から見ると、他人のカルマを背負う事になる。無慈悲になれとは、言わない。しかし愛こそ全てでも、責任は取らないといけない。例、出産。
キリスト教徒は、キリストが本当は何をしたかったか、無い頭で考える事❗!
キリスト教徒は、頭が無いので、無理かも
なぁ(´ω`)
2017-04-29 土 10:04:27 | URL | 近藤無一 [編集]
Re: なろう日刊(´ω`)
> キリストは、キリスト教を捨てています。
>
> 理由
>
> キリスト教徒は、朝鮮人が多い。
> キリスト教徒は、韓国人だらけ。
> キリスト教徒は、自惚れ過ぎ。
> キリスト教徒は、自分だけ天国に入れると
> 馬鹿馬鹿しぃ妄想を、抱いている。
> キリスト教徒は、キリストの奇跡を美化し過ぎ。それは、たとえ愛の行為でも、仏教から見ると、他人のカルマを背負う事になる。無慈悲になれとは、言わない。しかし愛こそ全てでも、責任は取らないといけない。例、出産。
> キリスト教徒は、キリストが本当は何をしたかったか、無い頭で考える事❗!
> キリスト教徒は、頭が無いので、無理かも
> なぁ(´ω`)

同感。
日本のクリスチャンは韓国人に似ていると感じます。
すなわち、事実ではなく自分たちが脳内で作り上げた世界を信じる、
聖書の記述を信じないで自分たちの都合の良い解釈ばかりする。
自分達が神になったような気分でいて、非信者を見下す。
そして、聖書の記述をあまりにも美化しすぎ。
もしも聖書の記述と全く同じことが目の前で起こったら、
本当に感動できるのかどうか非常に疑問です。
もしもキリストの処刑場面のカラー写真が存在したら、
そんなグロテスクなものを教会に飾ろうとは思わないはずです。
2017-05-12 金 23:39:56 | URL | 桃栗 [編集]
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。