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桃栗

Author:桃栗
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ハレルヤ・コーラス 歌詞 その全容
以前、ハレルヤコーラスの歌詞が、ヨハネの黙示録から引用されている話を書きました。
(こちら→「ハレルヤ・コーラスの歌詞の意味を分かって歌って/聴いています?」)
結局、ハレルヤコーラスというものはハルマゲドンや最後の審判の歌です。
それなのにその歌がオカルト臭を感じさせない理由は、
黙示録の中のかっこいい言葉だけを引用し、
それを美しいメロディーに乗せて同じ言葉を繰り返しているからなのです。
歌詞が引用されたのは、黙示録11章15節、19章6節と16節の3か所だけです。
では、それ以外の箇所は何が描かれているか確かめたことがありますか?
以下、黙示録11章と19章の全文を掲載させていただきます。
クリスチャンの皆さん、よく目を通してください。
赤字にしてあるのはハレルヤコーラスの歌詞に引用された箇所、
青字にしてあるのは私が後で記事で引用した箇所です。


ヨハネの黙示録 11章
 それから、わたしは杖のような物差しを与えられて、こう告げられた。「立って神の神殿と祭壇とを測り、また、そこで礼拝している者たちを数えよ。 しかし、神殿の外の庭はそのままにしておけ。測ってはいけない。そこは異邦人に与えられたからである。彼らは、四十二か月の間、この聖なる都を踏みにじるであろう。 わたしは、自分の二人の証人に粗布をまとわせ、千二百六十日の間、預言させよう。」  この二人の証人とは、地上の主の御前に立つ二本のオリーブの木、また二つの燭台である。この二人に害を加えようとする者があれば、彼らの口から火が出て、その敵を滅ぼすであろう。この二人に害を加えようとする者があれば、必ずこのように殺される。彼らには、預言をしている間ずっと雨が降らないように天を閉じる力がある。また、水を血に変える力があって、望みのままに何度でも、あらゆる災いを地に及ぼすことができる。二人がその証しを終えると、一匹の獣が、底なしの淵から上って来て彼らと戦って勝ち、二人を殺してしまう。 彼らの死体は、たとえてソドムとかエジプトとか呼ばれる大きな都の大通りに取り残される。この二人の証人の主も、その都で十字架につけられたのである。さまざまの民族、種族、言葉の違う民、国民に属する人々は、三日半の間、彼らの死体を眺め、それを墓に葬ることは許さないであろう。地上の人々は、彼らのことで大いに喜び、贈り物をやり取りするであろう。この二人の預言者は、地上の人々を苦しめたからである。三日半たって、命の息が神から出て、この二人に入った。彼らが立ち上がると、これを見た人々は大いに恐れた。二人は、天から大きな声があって、「ここに上って来い」と言うのを聞いた。そして雲に乗って天に上った。彼らの敵もそれを見た。そのとき、大地震が起こり、都の十分の一が倒れ、この地震のために七千人が死に、残った人々は恐れを抱いて天の神の栄光をたたえた。
 第二の災いが過ぎ去った。見よ、第三の災いが速やかにやって来る。

 さて、第七の天使がラッパを吹いた。すると、天にさまざまな大声があって、こう言った。
 「この世の国は、我らの主と、
 そのメシアのものとなった。
 主は世々限りなく統治される。」

 神の御前で、座に着いていた二十四人の長老は、ひれ伏して神を礼拝し、こう言った。
 「今おられ、かつておられた方、
 全能者である神、主よ、感謝いたします。
 大いなる力を振るって統治されたからです。
 異邦人たちは怒り狂い、
 あなたも怒りを現された。
 死者の裁かれる時が来ました。
 あなたの僕、預言者、聖なる者、
 御名を畏れる者には、
 小さな者にも大きな者にも
 報いをお与えになり、
 地を滅ぼす者どもを
 滅ぼされる時が来ました。」
そして、天にある神の神殿が開かれて、その神殿の中にある契約の箱が見え、稲妻、さまざまな音、雷、地震が起こり、大粒の雹が降った。

ヨハネの黙示録 19章
その後、わたしは、大群衆の大声のようなものが、天でこう言うのを聞いた。
 「ハレルヤ。
 救いと栄光と力とは、わたしたちの神のもの。
 その裁きは真実で正しいからである。
 みだらな行いで地上を堕落させたあの大淫婦を裁き、
 御自分の僕たちの流した血の復讐を、
 彼女になさったからである。」
 こうも言った。
 「ハレルヤ。大淫婦が焼かれる煙は、世々限りなく立ち上る。」
 そこで、二十四人の長老と四つの生き物とはひれ伏して、玉座に座っておられる神を礼拝して言った。
 「アーメン、ハレルヤ。」
 また、玉座から声がして、こう言った。
 「すべて神の僕たちよ、
 神を畏れる者たちよ、
 小さな者も大きな者も、
 わたしたちの神をたたえよ。」
 わたしはまた、大群衆の声のようなもの、多くの水のとどろきや、激しい雷のようなものが、こう言うのを聞いた。
 「ハレルヤ、
 全能者であり、
 わたしたちの神である主が王となられた。

 わたしたちは喜び、大いに喜び、
 神の栄光をたたえよう。
 小羊の婚礼の日が来て、
 花嫁は用意を整えた。
 花嫁は、輝く清い麻の衣を着せられた。
 この麻の衣とは、
    聖なる者たちの正しい行いである。」
  それから天使はわたしに、「書き記せ。小羊の婚宴に招かれている者たちは幸いだ」と言い、また、「これは、神の真実の言葉である」とも言った。わたしは天使を拝もうとしてその足もとにひれ伏した。すると、天使はわたしにこう言った。「やめよ。わたしは、あなたやイエスの証しを守っているあなたの兄弟たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。イエスの証しは預言の霊なのだ。」
 そして、わたしは天が開かれているのを見た。すると、見よ、白い馬が現れた。それに乗っている方は、「誠実」および「真実」と呼ばれて、正義をもって裁き、また戦われる。その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。この方には、自分のほかはだれも知らない名が記されていた。また、血に染まった衣を身にまとっており、その名は「神の言葉」と呼ばれた。そして、天の軍勢が白い馬に乗り、白く清い麻の布をまとってこの方に従っていた。この方の口からは、鋭い剣が出ている。諸国の民をそれで打ち倒すのである。また、自ら鉄の杖で彼らを治める。この方はぶどう酒の搾り桶を踏むが、これには全能者である神の激しい怒りが込められている。この方の衣と腿のあたりには、「王の王、主の主」という名が記されていた。
 わたしはまた、一人の天使が太陽の中に立っているのを見た。この天使は、大声で叫び、空高く飛んでいるすべての鳥にこう言った。「さあ、神の大宴会に集まれ。王の肉、千人隊長の肉、権力者の肉を食べよ。また、馬とそれに乗る者の肉、あらゆる自由な身分の者、奴隷、小さな者や大きな者たちの肉を食べよ。」 わたしはまた、あの獣と、地上の王たちとその軍勢とが、馬に乗っている方とその軍勢に対して戦うために、集まっているのを見た。しかし、獣は捕らえられ、また、獣の前でしるしを行った偽預言者も、一緒に捕らえられた。このしるしによって、獣の刻印を受けた者や、獣の像を拝んでいた者どもは、惑わされていたのであった。獣と偽預言者の両者は、生きたまま硫黄の燃えている火の池に投げ込まれた。残りの者どもは、馬に乗っている方の口から出ている剣で殺され、すべての鳥は、彼らの肉を飽きるほど食べた。

引用終わり。

どうですか、皆さん。
まるで特撮かホラーかSF映画のような摩訶不思議な世界が描かれています。
ハレルヤコーラスの歌詞は、いかに都合の良い言葉だけが抜粋されたかがお分かりでしょう。
歌詞に引用されなかった箇所、例えば
 「ハレルヤ。大淫婦が焼かれる煙は、世々限りなく立ち上る。」
という箇所などはまったく噴飯ものです。
そして、「その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠があった。」
「この方の口からは、鋭い剣が出ている。」という箇所。
まるでウルトラマンにでも出てきそうな怪獣みたいですよね。
ハルマゲドンが起こった時にイエスはこんな姿になって世を裁くのだそうです。
ほかにも突っ込みどころがあり過ぎてきりがないですね。
ハレルヤコーラスを名曲だと絶賛しているクリスチャンの皆さん、
本当にこんな世界がやってくることを心待ちにしているのでしょうか?

こんなことをクリスチャンに問いかけたところで、返ってくる反論は決まっています。
あなたは聖書を正しく読んでいない、正しく理解していない、
聖書を文字通り解釈してはいけない、
そこに隠されている神のメッセージを読み取らなければならない、
聖書は部分的に読むものではない、全体的に読まなければならない云々。
聖書を正しく読めば答えが分かると言っておきながら、
どこをどう読めばいいのかと聞くと、それは答えない。
クリスチャンは聖書の都合の良い箇所は文字通り信じるのに、
都合の悪い箇所になると文字通り信じてはいけないとのたまう。
そして、聖書を部分的に読むなと言っていながら、
聖書から部分的に引用されたハレルヤコーラスは大絶賛。
まったく、クリスチャンという生き物は不思議なものです。
欧米人も、聖書なんかろくに読まずにこの讃美歌を愛唱・愛聴しているのでしょう。

以前は、ハレスヤコーラスを素晴らしい曲だと思っていました。
しかし、その歌詞の真相を知ってしまったら、
この曲が世界中で愛唱・愛聴されているのが滑稽でなりません。
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テーマ:聖書・キリスト教 - ジャンル:学問・文化・芸術

クリスマスの疑問 | 23:18:31 | トラックバック(0) | コメント(30)
コメント
歌詞
そのような歌詞だったのですね。
びっくりしました。
あまり歌詞の内容まで深く読み込まないで普通に歌っていました。
2016-12-19 月 16:58:40 | URL | moonlight [編集]
黙示録は特殊な、例外的な書ではないと思います。
ヨハネから約2000年後の高度な文明を見せられて、
しかもヨハネが理解できる範囲内でそれを記述するわけですから、
解釈に「時空を超えた」想像力が必要という点では他とちがいますが。

私たちの世代は子供時代に「ドラえもん」を見て育っていますから(笑)
それが比較的容易なんですよ。
でも、そうでない世代の人たちでも可能な方法は、
「ヨハネがこれを見たらどう書くか?」を色々と試してみるんです。
一つのサンプルをお見せしますが、題材は桃栗さんのブログにします(笑)

ある人が何かを書いていた。
見よ、そこにたくさんの蟻たちが集まってきて小鳥のようにさえずり始めた(コメント書く人)。
ある人がそれを止めると(桃栗さんが忙しい時の「しばらくコメントはご遠慮下さい」)
蟻たちはその場で凍りついた。
ある人が再び許すと、蟻たちはまた小鳥のようにさえずり始めた。
私には彼らのしていることが全くわからなかった。
(以上)

ちなみに桃栗さんが引用した黙示録11章の9節は、
みんながYouTube、またはそれを含むニュースを見ていたんだと思います。
色んな国の人が3日半、一つの死体を眺めるんですから。
それを昔「あれは人工衛星のことだ」と表現した牧師の説教が懐かしいです(笑)
2016-12-20 火 15:43:17 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
Re: 歌詞
> そのような歌詞だったのですね。
> びっくりしました。
> あまり歌詞の内容まで深く読み込まないで普通に歌っていました。

はい、ここに書いたのがハレルヤコーラスの歌詞に隠された部分です。
いかにクリスチャンがが聖書の都合の良い部分しか読まないかが良く分かる実例です。
こんな恐ろしい物語が隠れている歌が名曲として広まっているのは、
滑稽以外の何物でもありません。

他にも、こういう例があります。

そのとき、ペトロがイエスのところに来て言った。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。七回までですか。」 イエスは言われた。「あなたに言っておく。七回どころか七の七十倍までも赦しなさい。
(マタイ18章21~22節)

つまり、兄弟が罪を犯したとしても、
回数に関係なく何度でも赦しなさいということです。
教会ではこの言葉をよく引用し、
いかにイエスの教えが愛にあふれた素晴らしいものであると説きます。
ところが、どういうわけかその直前では全く正反対のことを言っています。

「兄弟があなたに対して罪を犯したなら、行って二人だけのところで忠告しなさい。言うことを聞き入れたら、兄弟を得たことになる。聞き入れなければ、ほかに一人か二人、一緒に連れて行きなさい。すべてのことが、二人または三人の証人の口によって確定されるようになるためである。それでも聞き入れなければ、教会に申し出なさい。教会の言うことも聞き入れないなら、その人を異邦人か徴税人と同様に見なしなさい。
(マタイ18章15~17節)

つまり、しつこく何度も忠告し、聞き入れないなら教会に通報し、
しまいには異邦人か徴税人と同様に扱えということです。
ところが、教会ではこういう都合の悪い箇所は積極的に取り上げようとせず、
「何度も赦しなさい」という言葉の方を何度も取り上げ、
いかにキリスト教が愛にあふれた宗教であるかをアピールするのです。

これも、聖書は都合の良い箇所しか読まれていないという好例です。
こういう事例は枚挙にいとまがありません。
2016-12-22 木 22:25:50 | URL | 桃栗 [編集]
黙示録の意味は何ですか?それから、"文字通り"の意味は?
ダニエル書も同じ様な夢や幻が出て来ますよね?それらは後にダニエルにより解説されています。黙示録も今は分からなくても、やがて解き明かされる時代が来ると思いますよ。
2016-12-27 火 13:55:50 | URL | 高階武夫 [編集]
Re: タイトルなし
> 黙示録は特殊な、例外的な書ではないと思います。

その通りですね。
聖書はすべて全知全能の神のメッセージということになっているのですから、
例外など一つもないはずですよね。
なのに、なぜ黙示録を「暗号」ということにして文字通り信じないのでしょうか。
都合の良い箇所は文字通り信じているのに、
都合の悪い箇所は「例外」にしてしまうのですから、
本当にキリスト教はご都合主義そのものですね。
2016-12-27 火 22:30:33 | URL | 桃栗 [編集]
黙示録は現実です。近未来に必ず起こることです。
そして聖書の他の部分と同じように解釈しなければいけません。
私はそのことを、桃栗さんよりもむしろクリスチャンに言いたいです。
なぜなら桃栗さんの方が黙示録の解釈、まともだからです。

しかし黙示録は聖書の知識だけでは解けません。
世界地理、世界史、現代社会に対する知識、それに想像力も必要です。
そして忘れていけないのは、世界の将来について書かれているのは黙示録だけじゃなくて旧約聖書の中にもあることです。
このことからも、黙示録だけが特別なものではないことがわかります。

特に現代のロシア、イラン、アルメニア、トルコ、スーダン、リビアがどんな運命をたどるのかはエゼキエル書に出てきます。
その一方、黙示録に出てくる国で重要なのは中国です。
そして、直接言及されていませんがバングラデシュ、インド、パキスタンといった人口の極端に多い南アジアの国々が、
中国の動きに翻弄されることが予測できます。
彼らにとってはハルマゲドンよりもこの方がむしろ怖いかもしれない。
2016-12-28 水 13:35:14 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
Re: 黙示録の意味は何ですか?それから、"文字通り"の意味は?
> ダニエル書も同じ様な夢や幻が出て来ますよね?それらは後にダニエルにより解説されています。黙示録も今は分からなくても、やがて解き明かされる時代が来ると思いますよ。

その時代いつ来るのですか?
2000年も経っているのに解き明かせられないものは、
今後も解き明かされることはないでしょう。
クリスチャンは「いつか~~~と信じています」という表現をよく使いますが、
それは「実現しないこと」へのただの願望に過ぎません。
2016-12-29 木 23:51:43 | URL | 桃栗 [編集]
Re: タイトルなし
> 黙示録は現実です。近未来に必ず起こることです。
> そして聖書の他の部分と同じように解釈しなければいけません。
> 私はそのことを、桃栗さんよりもむしろクリスチャンに言いたいです。
> なぜなら桃栗さんの方が黙示録の解釈、まともだからです。
>

ペンテコスチちゃんさんのコメントの内容については深く突っ込みませんが、
いわゆる正統派を名乗るほかのクリスチャンはこの内容をどう感じるでしょうか。
とにかくキリスト教の不思議なところは、
大小さまざまな宗派、教派、教団、教会に分裂しておいて、
それぞれに聖書の解釈が違っていて、
しかも自分達の解釈こそが正しいと思い込んでいるところです。
私が通っていた教会の牧師さんも、
「ペンテコステ派は異端というほどではないけど原理主義的なところがある」
と、否定的なことを言っていました。
ほかのクリスチャンがペンテコスちゃんさんのコメントにどんな反応をするのか興味深いです。
2016-12-30 金 12:16:54 | URL | 桃栗 [編集]
僕が思うに黙示録の話は生まれた時代、国によってどうとでも解釈できると思います。

色々な時代の色々な記述者が書いたものをまとめているので、文化や人物の
逸話に関してはどの時代にも比喩や想像が利く文章がもりだくさん。
人物が変わるだけで、同じような事を人間は繰り返している事が分かります。

10世紀のフランク王国人ならマジャール王国や、ビザンツ帝国に思いを馳せたでしょうし、
15世紀の東ローマ帝国人ならチムール帝国やオスマントルコに思いを馳せたでしょう。
20世紀の日本人だったらロシアや中国に思いを馳せるのと違いはなさそうに思えます。

なお、エゼキエル書を15章まで読み進んで苦笑いしてしまいました。

聖書の他の話では肯定的なぶどうの例え話や、
わたしの目には、あなたは高価で尊い等と書いてあるのに、
この章ではぶどうも人も何の役にも立たないと全否定。

同じ「人の子」でも信じる者は褒め称え、背けば無価値。
旧約は神様が天使を使って人間社会に介入しまくるので地獄絵図に拍車がかかります。

「火に投げ入れる」と言う表現に、うっかり又吉イエスを思い出しました。

-----

聖書の内容を知っておけば、1年おきに韓国人クリスチャンが
仏像の首を落としに来たり、寺や神社に油をかけたりする理由が理解できるので、
文化としてキリスト教を知っておくのは、まあ良かったなと思いました。

信仰としては…無理ですよね。マリアさんの処女懐妊の時点で無理。
浮気か暴漢による妊娠をヨセフさんか親戚が美化したとしか思えないのです。
2016-12-30 金 14:45:04 | URL | kusozaru [編集]
Re: タイトルなし
> 僕が思うに黙示録の話は生まれた時代、国によってどうとでも解釈できると思います。

いえ、黙示録だけではなく聖書全体そのものが、
時代によって人によってどうにでも解釈できる書物なのです。
だから、世界中に教義の解釈の異なるキリスト教が多数存在するのです。
聖書の都合の良いところを取り出して都合よく解釈すれば、
聖書は善にもなり悪にもなります。


> 聖書の内容を知っておけば、1年おきに韓国人クリスチャンが
> 仏像の首を落としに来たり、寺や神社に油をかけたりする理由が理解できるので、
> 文化としてキリスト教を知っておくのは、まあ良かったなと思いました。

全くその通りですね。
韓国のクリスチャン率は20%とも30%とも言われていますが、
キリスト教の特性というものを知ってしまえば、
なぜ韓国で爆発的にキリスト教が普及したのかが良く分かります。
なんでも正当化したがるあの国民性が、
よほどキリスト教とマッチしていたのでしょう。
そうとしか思えません。
2017-01-12 木 22:23:52 | URL | 桃栗 [編集]
天は人の上に人をつくらず
この青いところ、要りますか? 桃栗さまの主張に閲覧者を誘導してるようにしか見えないのですけど。
一部しかない、都合よくと、いいますが、例えば「天は人の上に人をつくらず」「健全な精神は健全な肉体に宿る」「指切りげんまん」「人間万事塞翁が馬」などなど。全部知ってて使ってるんですか? 前者二
つはこの記事のように本来の意味と全く違う意味に使われていますよ?
ああ、屁理屈だとかゲストブックとかは無しにしてくださいね? 私、真剣に話をしたいのですから。
2017-01-21 土 00:33:01 | URL | ぴー [編集]
Re: 天は人の上に人をつくらず
> この青いところ、要りますか? 桃栗さまの主張に閲覧者を誘導してるようにしか見えないのですけど。

私が書いたそばからこのコメントですか。
結局、クリスチャンは「聖書は神の言葉」と言っておきながら、
都合の悪い部分は「要らない」ことにするんですね。
では、その青字のところが要らないと誰が言ったのでしょうか?
エホバの神ですか? イエスですか? 聖霊ですか? パウロですか?
聖書は全て大切な神の言葉のはずではありませんか?

> 一部しかない、都合よくと、いいますが、例えば「天は人の上に人をつくらず」「健全な精神は健全な肉体に宿る」「指切りげんまん」「人間万事塞翁が馬」などなど。全部知ってて使ってるんですか? 前者二
> つはこの記事のように本来の意味と全く違う意味に使われていますよ?

ええ、おっしゃる通りです。
人間なんて、都合の良いところしか見ないものです。
例を挙げればきりがありませんが、
例えば、ヒット曲なんかでも、
実際の歌詞とは違うイメージ持たれることが少なくありません
ホイットニー・ヒューストンのオールウェイズ・ラブ・ユーは、
ウェディング・ソングだと勘違いしている人が多いですが、
あれは「破局ソング」です。
「贈る言葉」は卒業式の定番ソングとなっていますが、
あれも「破局ソング」であって卒業式とは何の関係もありません。
人間の脳みそなんてその程度のものです。

クリスチャンもそういう一般社会とまったく同じです。
聖書の中の都合の良い部分だけを読んで、
都合よく想像力を膨らませて信じているだけです。
にも関わらず、神を信じない一般社会を「罪深い」として見下し、
自分達が神様になったかのように高飛車な人がなんと多いこと。

> ああ、屁理屈だとかゲストブックとかは無しにしてくださいね? 私、真剣に話をしたいのですから。

真剣に話をなさりたいのなら上に書いたこの質問にお答えください。
「では、その青字のところが要らないと誰が言ったのでしょうか?
エホバの神ですか? イエスですか? 聖霊ですか? パウロですか?」

答えられないからと言ってフェードアウトは無しにして下さいね。
2017-01-25 水 22:55:36 | URL | 桃栗 [編集]
あれま
失礼、言葉が足りなかったようですね。青文字はハレルヤ・コーラスのほそくの為に桃栗さまが引用したのかと。
聖書、こと黙示録は「ヨハネを尊敬する誰か」が、迫害下の仲間を激励する目的で書いた、というのは別記事でも述べた通り、私と、少なくともカトリック神学と一般の宗教学の共通見解です。類似としてイザヤがあります。ルシファー=ネブカドネザルはプロテスタントの、あれは福音派かな?の教授から聞きました。わたしもこれにはさんせいです。
んで、のちのカトリックになる派閥が150年くらいしてから「作った」といっていますし、ロザリオとかイラストとかで文字の読めない民衆に教え、その中から新しい司祭がでてくるわけですから、少なくとも今日のプロテスタント、とくルーテルほど聖書には拘りがないようですよ。
もちはもちやということでドイツにいた同窓生に聞いたところ、

・日本だって花いちもんめで遊ぶじゃねーか子供に何させてんだ
・お前の国(日本)の国家なんて、作者も分からなければ、「きみ」が政治家や学閥でぶれてんじゃねーか。
・韓国の国民性が生んだのは統一協会だ

とのことで。

猿かに合戦やしたきり雀を子供に読み聞かせてるくせにドイツにナチスが生まれたのを聖書のせいにするな、とも。(*ナチスは彼のドイツ成分で重要事項らしいです)

やる気はフェードアウトしませんが、フェードインする広告で文字が入らなかったりエロゲサイトにいったり固まったりはフェードアウトしたくなりますね。fc2.のしようですか。、めっちゃ電池食いますし
2017-02-02 木 14:46:04 | URL | ぴー [編集]
ur really sad, miserable person. but i'll pray for you. G-d loves people even like you. bless you.
2017-02-04 土 07:33:35 | URL | 名前を入れてください [編集]
聖書は一般人には意味がない❓
一年ぐらい教会にいったんですけど教会の牧師さんや信者に聖書について質問しても信じて読まないとわからないとか納得出来ない答えばかりでした。いろんな解釈にもとずいて議論する場所ではないんだと感じて行かなくなりました。結局牧師さんの聖書解釈を憶えるだけのような感じでした。だったら聖書直接読まなくても良いんじゃないかと思いましたね。ちなみに僕の嫁さんは多分牧師さんに言われた部分しか読んでないです。新約聖書の男尊女卑的な部分を指摘すると無視します。他宗教を批判する時は旧約聖書の十戒を出してくるくせに新約聖書のパウロの言葉は無視です。いやーなんか他人に厳しく自分に甘いような気がしましたね
2017-02-05 日 14:25:34 | URL | 猫好き [編集]
Re: あれま
> 失礼、言葉が足りなかったようですね。青文字はハレルヤ・コーラスのほそくの為に桃栗さまが引用したのかと。

どこをどう読んだらそのような解釈になるのでしょうか?
勘違いしたかのように装っていますが、
本当は答えられないのをごまかしているだけではないですか?


> 聖書、こと黙示録は「ヨハネを尊敬する誰か」が、迫害下の仲間を激励する目的で書いた、というのは別記事でも述べた通り、私と、少なくともカトリック神学と一般の宗教学の共通見解です。

ですから、そのように見解しろと言ったのは
エホバの神でしょうか、それともイエスでしょうか?
結局、人間が都合良く解釈しているにすぎません。
以下、記事とは関係がないのでレスしません。
2017-02-09 木 23:00:01 | URL | 桃栗 [編集]
あらら、kusozaruさんはエゼキエル書15章まで読んだんですか?
もしそこでやめたんだったらとても残念です。
私が以前書いたことは38章、39章に出てきますから、
途中をすっ飛ばしてでもそちらを読んでみて下さい。
桃栗さんもよかったらどうぞ…

ついでに、もっと面白いのはダニエル書11章。
そこに書かれていることは35節までが過去の出来事。
36節以降は未成就です。
しかも35節までと36節以降は同じ人物が引き起こすんです。
これはハデスから復活する人間の存在を意味します。

これが黙示録17章11節の、昔いたが今はいない獣の正体。
8番目でもあるが、先の7人のうちの1人。
答えは5番目が復活して8番目になるんです。
これは黙示録13章3節の、打ち殺されたかと思われたが云々(でんでん、じゃなくてうんぬん)と同一人物。

すみません、ちょっとクリスチャンを刺激してみました(笑)
桃栗さんはあまり気にしないで下さい。
興味があれば幸いですけど…
2017-02-09 木 23:36:20 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
Re: タイトルなし
> ur really sad, miserable person. but i'll pray for you. G-d loves people even like you. bless you.

日本語訳
「あなたは本当に悲しく哀れな人です、でも、貴方のためにお祈りします。
神は貴方のような人でさえ愛しておられます。
神の祝福がありますように。」

もう、まさに典型的なクリスチャンのコメントです。
依然、このことについてブログに取り上げました。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-169.html
今までに「あなたのために祈ります」とコメントするクリスチャンを何人も見てきました、。、
そもそもクリスチャンが私のために祈ると何が起こるのでしょうか。
具体的に説明してください。
私はこの通り何も変わっていませんが。
クリスチャンが祈るとどんな効果があるのでしょうか。
クリスチャンは何も実行しないくせに、
口先では「あなたのために祈ります」などと言って、
いかにも自分は人のために何かをしてあげているという態度が大嫌いなのです。
この方もまさにその典型でした。
皮肉にも、クリスチャンが書き込めば書き込むほど、
私がブログで主張していることが裏付けられる結果となります。

プロフィールにも書きましたが、
記事に直接関係のないご意見・ご感想・批判・賛同などはゲストブックへお願いします。

2017-02-10 金 22:23:37 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 聖書は一般人には意味がない❓
> 一年ぐらい教会にいったんですけど教会の牧師さんや信者に聖書について質問しても信じて読まないとわからないとか納得出来ない答えばかりでした。いろんな解釈にもとずいて議論する場所ではないんだと感じて行かなくなりました。結局牧師さんの聖書解釈を憶えるだけのような感じでした。だったら聖書直接読まなくても良いんじゃないかと思いましたね。

全くその通り。
牧師といえども人それぞれに聖書の解釈が異なります。
それぞれに自分の解釈こそが神のお墨付きをもらったかのようにと信じ込み、
その話を聞くクリスチャン側も、
あたかも牧師の言葉=神の言葉と信じ込むのがキリスト教のタチの悪いところです。

> ちなみに僕の嫁さんは多分牧師さんに言われた部分しか読んでないです。新約聖書の男尊女卑的な部分を指摘すると無視します。他宗教を批判する時は旧約聖書の十戒を出してくるくせに新約聖書のパウロの言葉は無視です。いやーなんか他人に厳しく自分に甘いような気がしましたね

これも全くその通り。
パウロの書簡に、はっきりと女性を差別する箇所か出てきます。
例えばこの箇所。

婦人たちは、教会では黙っていなさい。婦人たちには語ることが許されていません。律法も言っているように、婦人たちは従う者でありなさい。何か知りたいことがあったら、家で自分の夫に聞きなさい。婦人にとって教会の中で発言するのは、恥ずべきことです。
コリントの信徒への手紙一/ 14章 34~35節

しかし、男尊女卑のようなことが書かれていようがなかろうが、
聖書はすべて誤りのない神の言葉ということになっています。
それならクリスチャンはその聖書の教えを守るべきはずのに、
教会の中では御婦人方のおしゃべりの声の方が大きいのはなぜでしょうか。

クリスチャンは教会で教わる部分しか聖書を読んでいないくせに、
それでいて自分たちこそ正しく聖書を理解しているつもりになっていて、
自分達こそが正統派キリスト教だと信じているのです。
私の経験ではエホバの証人の方がよほど聖書を読んでいる印象でした。
解釈の是非は別として。
2017-02-10 金 23:29:14 | URL | 桃栗 [編集]
誰もいってませんよ
単純に私が黙示録に興味がなく読んでおらず、エホバの証人のように同じ意味の聖句を引っ張ってきたか、それとも原文を丸ごと持ってきて、悪意をもって過激なところを色分けしたか、区別がつかなかっただけです。桃栗さまは聖書ならどんな扱いをしても、どんな反応が返ってきても、「ほら、私の言った通り」と強引に纏めて良いと思っているような節がありますからね。だから後者なのかとおもったらどうもそうじゃないらしい、それだけですよ。

解釈するのは誰の命令でもありませんよ。ただその説が多く支持されているってだけで、私はそれを持ってきた。それだけです。
で、現地の生きた声や類似した話は無視なさるのですね。答えられないからですか? コメントが書き込みしにくいことも、桃栗さまが聖書やキリスト教にかすった文化をこきおろすのには関係ありませんからね。私が統一協会やカトリックに特攻して教義を散々攻撃したときは、きちんと時間を割いて分かりやすく彼等は話す努力はしてたというのに…
ミイラとりななんとやら、ですかね
2017-02-11 土 11:58:07 | URL | ぴー [編集]
クリスチャンはアホ
クリスチャンって愛とかなんだ言ってるけど結局は「ただ地獄に行きたくないから信じる」っていうのが根本にあると思います。
結局「苦しいの嫌だー」なんですよねえ・・・
私だったら、「愛とかいらないから。天国行ければそれでいいから」って言います。
だってもし人類全員がなんの条件なしで天国に行けたとしたら、今クリスチャンの人はキリストなんか信じずに自由に生きるでしょう。
彼らは、そういう下心を愛とか奇跡とかで誤魔化していることに気づかないんでしょうね。
イエスの弟子たちのように、そこらへんのクリスチャンや牧師を捕らえて拷問にかけ、「イエスは神じゃないと言えば解放してやる」って言ったらすぐに降参するでしょうね。本当にあいつらの爪をはがして膝を割ったりして拷問にかけたい気分です。それほど腹が立つ連中です。
2017-02-15 水 20:17:20 | URL | こだま [編集]
少し補足させていただきますね。
ヨハネ黙示録には、かつて神に反逆したまま死んだ人間が復活して地上で活動するという、
聖書の他の書にはない教えがあります。
でも全然矛盾してないんです。ましてやヨハネ教でもありません。

ダニエル書11章21節から35節までをやり遂げ、36節以降をやらないまま死んだ人間がいるからです。
それはダニエルの時代からは未来のことなので預言ですが、現在、2017年から見れば過去の出来事です。
それをやったのはアンティオコス4世エピファネスという人です。
彼は紀元前163年にダニエル書11章35節までやったところで急死しました。
でも、その後のことが36節以降に書かれていることから、彼は復活して残りの仕事をしなければならないのです。
それはいわゆる「反キリスト」としての活動です。

よって、ヨハネ黙示録を否定したらダニエル書11章に矛盾が生じるんです。
2017-02-20 月 00:49:27 | URL | ペンテコスちゃん [編集]
Re: 誰もいってませんよ
> 単純に私が黙示録に興味がなく読んでおらず、エホバの証人のように同じ意味の聖句を引っ張ってきたか、それとも原文を丸ごと持ってきて、悪意をもって過激なところを色分けしたか、区別がつかなかっただけです。桃栗さまは聖書ならどんな扱いをしても、どんな反応が返ってきても、「ほら、私の言った通り」と強引に纏めて良いと思っているような節がありますからね。だから後者なのかとおもったらどうもそうじゃないらしい、それだけですよ。

見苦しい言い訳はおやめください。
素直に勘違いでしたと認めれば済む話です。

> 解釈するのは誰の命令でもありませんよ。ただその説が多く支持されているってだけで、私はそれを持ってきた。それだけです。

その説が多く支持されている=正しいとおっしゃるのでしょうか?
その根拠は聖書にありますか?
結局、人間が自分たちの都合のように解釈し、
それが正しい解釈だと信じているにすぎません。
だから、解釈の異なる「正統派キリスト教」が世界中に多数存在するのです。
同じことを何度も言わせないでください。

> で、現地の生きた声や類似した話は無視なさるのですね。答えられないからですか?

「天は人の上に人をつくらず」の話でしたらちゃんと字数を割いて答えていますが。
それとも猿蟹合戦の話にレスしてほしいのですか?
私は、記事に関係ないコメントはご遠慮いただきたいことと、
コメントへのレスは割愛する場合があると最初から断っています。

> コメントが書き込みしにくいことも、桃栗さまが聖書やキリスト教にかすった文化をこきおろすのには関係ありませんからね。私が統一協会やカトリックに特攻して教義を散々攻撃したときは、きちんと時間を割いて分かりやすく彼等は話す努力はしてたというのに…

だから何なのですか?
私の記事の主旨から外れたコメントにちゃんと字数を割いてレスしています。
もうこれ以上主旨から外れたコメントするのはおやめください。
注意書きを守って頂けないのでしたら
今後ぴーさんのコメントを一切禁止にしますのでご承知おきください。
2017-02-26 日 21:16:13 | URL | 桃栗 [編集]
Re: クリスチャンはアホ
> クリスチャンって愛とかなんだ言ってるけど結局は「ただ地獄に行きたくないから信じる」っていうのが根本にあると思います。
> 結局「苦しいの嫌だー」なんですよねえ・・・

私の信仰生活がまさにこれでした。
神の教えに感動して信仰の道には行ったのではなく、
罰を受けたくないという恐怖心から信仰していたことに、
信仰を捨ててから気付きました。
結局、キリスト教は人を支配するために作られた宗教なんですよね。
聖職者たちは、表向きには穏やかな顔をしていますが、
本当は支配欲があるからそういう職業に就いたのではないかと思えてきます。

> 私だったら、「愛とかいらないから。天国行ければそれでいいから」って言います。
> だってもし人類全員がなんの条件なしで天国に行けたとしたら、今クリスチャンの人はキリストなんか信じずに自由に生きるでしょう。
> 彼らは、そういう下心を愛とか奇跡とかで誤魔化していることに気づかないんでしょうね。

全くその通りですよ。
キリスト教は言葉遣いが丁寧で雰囲気が穏やかでおごそかですが、
要するにオブラートをかけてごまかしているのです。

> イエスの弟子たちのように、そこらへんのクリスチャンや牧師を捕らえて拷問にかけ、「イエスは神じゃないと言えば解放してやる」って言ったらすぐに降参するでしょうね。本当にあいつらの爪をはがして膝を割ったりして拷問にかけたい気分です。それほど腹が立つ連中です。

まったく本当にその通りですよ。
そして、クリスチャンたちはそうやって嘘を言って解放された後に
「ああ、神よ、罪深い私たちをお赦しください」などと懺悔して、
神様に罪を赦してもらえばそれで一件落着ですからね。
罪を犯しても懺悔すれば赦されるのですから、
本当にキリスト教って便利な宗教ですよね。
だから世界中に広まったのでしょうね。
2017-02-26 日 21:49:40 | URL | 桃栗 [編集]
聖書解釈のひとつ。
お久しぶりです。
クリスチャン達が聖書を都合よく解釈して、偏向した教説を作り上げてるのは確かですね。
ヨハネの黙示録が何を趣旨としているかは正直、よく分かりません。これをそのまま読み取れば、グロテスクな選民思想の終末論でしかありませんね。

桃栗さん。自分は実は、伝統的キリスト教の教義から切り離して見るなら、聖書もまた見るべきものがあると思っています。
ノーマン・ヴィンセント・ピール牧師の世界的ベストセラー「積極的考え方の力」をご存知でしょうか?
この本には十字架の贖いだの、復活だの最後の審判だのという教義は無く、イエスを信じなければ救われないなどといった偏狭な事は説かれてません。
ただ、聖書の章句やエピソードを心に抱く事を通しての意識の新生といった趣旨の教えがあるだけです。(神への信仰から生ずる、積極的な考え方の力があるといったところでしょうか。)

このピール牧師の思想は、キリスト教の世界ではどういう位置付けになっているのかは分かりませんが、これを読んで思ったのは、聖書で説かれている神とは人間の意識本来の広大な力の象徴であり、聖書とはそれを引き出す為の指南書ではないか?という事です。そうした聖書の解釈なら、とても納得出来ます。




黙示録のハルマゲドンとはあるいは、人間の心の中での迷いと目覚めの意識の戦いを意味するもので、最後に目覚めた意識が勝利する課程を象徴した話では?とも思えたりします。
2017-02-27 月 22:27:45 | URL | リュウライザー [編集]
はじめまして。
はじめまして。

あなたのブログはとても興味深い事が書いてありますね。
地獄に行きたくないからキリスト教を信じる・・・その他もろもろ・・・。
彼らのやっている事は結局、自分の利益や保身の事を考えての事なんですよね。

聖書を正しく読むと、キリスト教の矛盾に気づけるとは何とも皮肉な事です。

宗教を信じても幸せになれない、という主旨の主張をするブログや論客は多数ですがなぜ宗教はいけないのか?と説明してくださる記事はあまりないので、あなたのブログは貴重だと思います。

私もキリスト教や聖書の矛盾や問題点を検証してみたくなりました。
そこで質問ですが、クリスチャンにとって都合が悪い所が隠されていない聖書、もしくは関連書を読んでみたいと思いますがどの本を読めばいいのでしょうか?
差し支えなければ教えていただきたいと思います。
書店や図書館にある聖書には、クリスチャンに都合が悪い所は削除されていない本はないというなら特に探す必要もないとは思いますが・・・。

あと話は変わりますが・・・。
私の学生時代の先生に女性のクリスチャンがいましたが、彼女はほんとヒステリックで嫌な女性でした。
キリスト教って何を教えているんだ?と思いました。

エドワードギボンは、
「一般人は宗教を真理とみなし、賢者は偽りとみなし、支配者は便利とみなす。」と言ったそうですが全くその通りだと思います。

その他に世の中に溢れている綺麗事をうたっている輩も、クリスチャン同様に言動に矛盾があるような気がします。

彼らは口では聞こえのいい事を言っておいて、ちゃっかり自分の利益は尊重して仲良くする必要がないと判断した相手には、とても冷酷に接する奴が多いと思います。

最も頭に来る綺麗事は、
「結婚できない人は人格に問題があるんじゃないのか?」と言っておきながら、
彼らの恋人、もしくは夫や妻は容姿に優れていたり何かしらの力がある事が多いと感じます。
そして彼らが道徳的に優れているかというと、そうでもないことが多いと感じます。
ところが彼らにその事を指摘してもろくな事にならないのは目に見えています。実際に彼らの十八番である綺麗事で煙に巻かれたりした事がありましたからね。
しかもヒステリックな口調で。

彼らは善人面をして残酷な事をすると感じました。あなたがおっしゃる、クリスチャンの特徴によく似ていると思います。彼らは究極のご都合主義者だと思います。

もちろん既婚者で人格が良い方も少なくないとは思いますが。

あまり綺麗事やキリスト教に関する私の意見を述べると字数が足りなくなりそうなので、今回はこの辺にしておきたいと思いますが・・・。

綺麗事はキリスト教同様に善人面をして、邪魔者を制御したり攻撃できる便利な物だと思います。
自分にとって都合が悪い所は曖昧にできる所も便利です。

だから綺麗事をいう人は多いのでしょうね。
キリスト教が世界中に広まったのと同様に。
2017-03-01 水 12:29:07 | URL | アクアフォース [編集]
黙示録って…。
結局、新約聖書で説かれてる愛なるものが、人間にとっていかに実現困難なものかを示している書物なんじゃないでしょうかね、ヨハネの黙示録って。

なんというのか、愛の美名のもとに抑圧された様々な欲望、奇怪な幻想…そういう意識下の魑魅魍魎が、新約の明るい愛の物語の最後の最後で一気に噴出しているような、そんな感じすらあります。お前らイエスの教えを表面だけ取り繕って実践してると、行き着く先はこういうことだぞ、それでも信じるかと、何かが暗がりからそう問いかけているようにもみえます。

人間の愛の限界点を示していると思われる点では意味もある、破壊的な書物だと思います。なかなか表に出てこない、キリスト教のもうひとつの暗い素顔でしょう。こういうグロい側面をちゃんと表に出して布教すれば、勘違いして入る人も減っていいんでしょうけどね。それじゃ都合悪いんでしょうね。
2017-03-03 金 17:02:56 | URL | おばったちゃん [編集]
Re: 聖書解釈のひとつ。
> お久しぶりです。
> クリスチャン達が聖書を都合よく解釈して、偏向した教説を作り上げてるのは確かですね。
> ヨハネの黙示録が何を趣旨としているかは正直、よく分かりません。これをそのまま読み取れば、グロテスクな選民思想の終末論でしかありませんね。

私もそれ以上でもそれ以下でもないと思っています。
2017-04-06 木 22:07:41 | URL | 桃栗 [編集]
Re: はじめまして。
> はじめまして。
>
> あなたのブログはとても興味深い事が書いてありますね。
> 地獄に行きたくないからキリスト教を信じる・・・その他もろもろ・・・。
> 彼らのやっている事は結局、自分の利益や保身の事を考えての事なんですよね。
>
> 聖書を正しく読むと、キリスト教の矛盾に気づけるとは何とも皮肉な事です。

まさにこれですね。
先入観なしに聖書を文字通り読むと、
あまりにも多くの矛盾が見つかってとても信仰する気になれません。


> 宗教を信じても幸せになれない、という主旨の主張をするブログや論客は多数ですがなぜ宗教はいけないのか?と説明してくださる記事はあまりないので、あなたのブログは貴重だと思います。
>
> 私もキリスト教や聖書の矛盾や問題点を検証してみたくなりました。
> そこで質問ですが、クリスチャンにとって都合が悪い所が隠されていない聖書、もしくは関連書を読んでみたいと思いますがどの本を読めばいいのでしょうか?

> 差し支えなければ教えていただきたいと思います。
> 書店や図書館にある聖書には、クリスチャンに都合が悪い所は削除されていない本はないというなら特に探す必要もないとは思いますが・・・。

私は、忙しくてなかなか本を読む時間がないですが、
これは面白いと思った本に、
「誰も教えてくれない聖書の読み方」という本があります。
http://exchristian.blog80.fc2.com/blog-entry-92.html
著者はアメリカ人です。
聖書の矛盾を皮肉たっぷりに指摘していて面白かったです。

> あと話は変わりますが・・・。
> 私の学生時代の先生に女性のクリスチャンがいましたが、彼女はほんとヒステリックで嫌な女性でした。
> キリスト教って何を教えているんだ?と思いました。

私のブログにも時々異様に感情的な人が現れます。
先日もそういう人からのコメントがしつこかったので、
コメント書き込み禁止の措置を取りました。


> エドワードギボンは、
> 「一般人は宗教を真理とみなし、賢者は偽りとみなし、支配者は便利とみなす。」と言ったそうですが全くその通りだと思います。

私も全くその通りだと思います。
クリスチャンはキリスト教の正当性を主張する根拠として、
「キリスト教は2000年もの間信じ続けられてきた」と言い張ります。
しかし、キリスト教は「信じられてきた」のではないのです。
「利用されてきた」が正解です。

> その他に世の中に溢れている綺麗事をうたっている輩も、クリスチャン同様に言動に矛盾があるような気がします。
>
> 彼らは口では聞こえのいい事を言っておいて、ちゃっかり自分の利益は尊重して仲良くする必要がないと判断した相手には、とても冷酷に接する奴が多いと思います。

> 最も頭に来る綺麗事は、
> 「結婚できない人は人格に問題があるんじゃないのか?」と言っておきながら、
> 彼らの恋人、もしくは夫や妻は容姿に優れていたり何かしらの力がある事が多いと感じます。
> そして彼らが道徳的に優れているかというと、そうでもないことが多いと感じます。
> ところが彼らにその事を指摘してもろくな事にならないのは目に見えています。実際に彼らの十八番である綺麗事で煙に巻かれたりした事がありましたからね。
> しかもヒステリックな口調で。

まさにその通り。
「煙に巻く」とはクリスチャンの習性をピッタリ言い表した良い表現です。
とにかく、キリスト教のサイトを読めばわかりますが、
一見、丁寧な言葉遣いでキリスト教を説いていると思いきや、
難解な解釈が多くて要点が定まらずに何を言っているのかさっぱり分かりません。
そしてクリスチャンたちは、
抽象的で難解な話をしておきながらそれを理解できない一般人に対して、
「どうしてこんな有り難い話を理解してもらえないのだろう」と見下す。
本当にお高く留まった人達です。

> 彼らは善人面をして残酷な事をすると感じました。あなたがおっしゃる、クリスチャンの特徴によく似ていると思います。彼らは究極のご都合主義者だと思います。
>
> もちろん既婚者で人格が良い方も少なくないとは思いますが。
>
> あまり綺麗事やキリスト教に関する私の意見を述べると字数が足りなくなりそうなので、今回はこの辺にしておきたいと思いますが・・・。

私も時間があればもっともっと言いたいことが山ほどあります。

> 綺麗事はキリスト教同様に善人面をして、邪魔者を制御したり攻撃できる便利な物だと思います。
> 自分にとって都合が悪い所は曖昧にできる所も便利です。

まったく同感。
自分が分からないところは曖昧にしておいて
「神様なら答えをご存知です」などともっともらしくごまかせますから、
本当にキリスト教は便利な宗教です。

私のブログに現れるクリスチャンも同様。
自分達がこのブログに反論できないものだから
「教会に行けば答えが分かる」「牧師さんに聞けば分かる」「聖書を読めばわかる」
などと強がりを言ってごまかしてこのブログから去っていきます。
それなら、「あなたが教会で答えを聞いて私に教えてください」、ってな話です。


> だから綺麗事をいう人は多いのでしょうね。
> キリスト教が世界中に広まったのと同様に。

何度かブログで発言したことがありますが、
この「都合の良さ」があるからこそキリスト教は世に広まったとしか思えません。
お隣の韓国を見れば明らかです。
あちらは国民の3割がクリスチャンと言われていますから。
何でもでっち上げて正当化したがるあの国民性が
キリスト教とよほどマッチしていたのでしょう。
2017-04-06 木 22:50:06 | URL | 桃栗 [編集]
Re: 黙示録って…。
> 結局、新約聖書で説かれてる愛なるものが、人間にとっていかに実現困難なものかを示している書物なんじゃないでしょうかね、ヨハネの黙示録って。

黙示録のどこをどう解釈すればそういう考えになるのでしょうか?

> なんというのか、愛の美名のもとに抑圧された様々な欲望、奇怪な幻想…そういう意識下の魑魅魍魎が、新約の明るい愛の物語の最後の最後で一気に噴出しているような、そんな感じすらあります。お前らイエスの教えを表面だけ取り繕って実践してると、行き着く先はこういうことだぞ、それでも信じるかと、何かが暗がりからそう問いかけているようにもみえます。
>
> 人間の愛の限界点を示していると思われる点では意味もある、破壊的な書物だと思います。なかなか表に出てこない、キリスト教のもうひとつの暗い素顔でしょう。こういうグロい側面をちゃんと表に出して布教すれば、勘違いして入る人も減っていいんでしょうけどね。それじゃ都合悪いんでしょうね。

ええ、都合が悪いんですよ。
キリスト教は都合の悪いところは見事に隠します。
イエスの誕生の陰でベツレヘムで幼児大量虐殺事件が起こっているのに、
クリスマス礼拝では絶対に取り上げようとしませんから。
マタイによる福音書2章をお読み下さい。
あんな大事件があったのに、讃美歌「もろびとこぞりて」では
どういうわけか「平和の君」と歌われていますからおかしなものです。
2017-04-06 木 22:59:44 | URL | 桃栗 [編集]
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